第8話 暗黒神様、抱きつく


「えーと、こちらです」

「…………」

「ず、随分奥まった所に入るのね」

「なんだか、秘密基地って感じですね~」

人気ひとけもほとんど無いし、迷子になりそう……」

「ぬはは、ワシはもう帰り道なぞ忘れたぞ?」

「威張る事じゃないでしょ、それ」


 イシュディアの街並みを歩き、歩き、歩き。裏通りを抜け、曲がりくねった迷路のような道を抜け、小さな建物が無数に並ぶ場所へとやってきた。ミリーナの奴、なんでこんな所にいるのだ? まるで 、誰かから隠れているようではないか。いや、隠れ家とか言っていたし、実際に隠れているのか?

 リアクラフト……いや、リアも、気を抜いたら迷子になってしまいそうな雰囲気を出している。さっきから何度もキョロキョロと辺りを見回しているしな。


「む、行き止まりだぞ?」

「こちらです」

「おぉ、隠し通路!?」


 黒い石壁がズゥ~ンと立ち、完全な行き止まりかと思われた。が、リアがとある建物の壁を叩くと、霧のように消え去り、新たな道が現れた。まるでダンジョンの奥地だな。というか、なんか私の住処にある仕掛けと似てないか?


「我々オーバーデッドの隠れ家なので、侵入者対策のため、こんな面倒な構造になっているのです」

「なるほどな。と言うか、もしかしてミリーナの奴も……?」

「それは、ご自分の目でお確かめ下さい」

「ふむ……」


 私の問いに対し、不敵な笑みを浮かべてそう答えるリア。無駄にもったいぶるな。まあ、別に構わんが。例えオーバーデッドになっていようと、ミリーナはミリーナだ。血が必要だと言うのなら、私の血でもくれてやる。果たして私のソレで大丈夫なのかは怪しいが。作り物だしな。


「こちらです。罠が所々に仕掛けてありますので、注意してくださいね」

「本当にダンジョンのようだな」

「さすが、オーバーデッドの隠れ家と言ったところかの。人間たちも、まさか自分たちの街にこんな所があるとは思うまい」

「まったくね。あたしもびっくりよ」

「わ、罠!? なんてものを! 私、いっつも引っかかるんですよぉ~!」

「フィリルらしいね」

「レラちゃん、そこはかとなく私のことをバカにしてますね?」

「うん」

「あう~……」


 リアの先導に従い、慎重に進む。やはり思うのだが、ここは私の住処に似ているな。まさか、わざと似せて作ったのだろうか?

 時々フィリルが罠に引っかかりそうになったが、レラや私がフォローし、事なきを得た。そして無事に最奥部へ到着し……。


「ミリーナ様。今帰還しました。あなたのフィオグリフ様もお連れしております」

「リアちゃん、おっつかれ~! で、フィオは? フィオはどこっ!?」


 確かに、ミリーナが居た。

 大胆に腋を露出させ、豊かな胸の谷間が強調される白いノースリーブに、動きやすさを追求した黒いショートパンツ。そして、腰まで伸びた、絹のように美しい金髪に、この世で最も整った顔立ちだと私が認めるほどの美貌。

 間違いなく、私の唯一無二の友。ミリーナ・ラヴクロイツその人だ。


 ちなみに、“フィオ”と言うのは私の愛称である。ミリーナにだけは、その呼び方を使うことを許しているのだ。


「あれがミリーナって人なのね。すっごい綺麗……ってフィオグリフっ!?」


 彼女に見蕩れているプルミエディアたちをスルーし、全力で駆け寄る。そして、懐かしい友を、強く抱きしめた。柔らかな肌の感触と、心地よい香りが漂ってくる。

ああ、懐かしい。本当に、懐かしい。


「ミリーナ……!」

「……フィ、フィオ……? あなた、フィオなの……? どうしたの、その格好……。ああ、変装してるのか……」

「そうだ、私だ。フィオグリフだ。今はこうして、人間に化けて生活している。なかなか充実しているぞ」

「この馬鹿げた霊力……。間違いなく、本物のフィオだね……。懐かしい……」

「ああ、懐かしいな……」


 私が本物のフィオグリフだとわかると、ミリーナも強く抱きしめ返してきた。ふと彼女の目を見ると、きらきらと輝く液体が、頬を伝っていた。


「ミリーナ、泣いているのか?」

「……当たり前だよ……。あんな別れ方しちゃって、もう会えないって思ってたんだもん……」

「そうか、そうだな……。私も、もう二度と会えないと思っていた」

「くすっ。あなたのポリシーのせいでね」

「言うな。ポリシーは絶対に曲げないからこそ、ポリシーなのだ」

「あはっ、相変わらずだね」

「お前もな。安心したぞ」

「ほんと?」

「ああ、ほんとだ」

「わたしも、安心した。フィオが元気そうで、本当によかったよ」

「ほんとか?」

「うん、ほんとだよ」

「お前は、いろいろと大変そうだな」

「そういうあなたは、いつも通りお気楽そうだね。少し分けてほしいな」

「いくらでも分けてやるさ。私が来たからには、お前には何も不自由はさせん。絶対にだ。敵が居るなら、私が全て滅してやる」

「物騒だなぁ。でも、頼りにしちゃうよ? いいんだよね?」

「無論だ」

「うふふ、ありがと」

「礼などいらん。私とお前の仲だ」

「やめてよ、恥ずかしいなぁ」

「そうか? その割に、嬉しそうだぞ」

「えへへ、バレちゃう?」

「当然だ。私を誰だと思っている」

「さすが、フィオグリフ様だね~」

「バカにしているな?」

「そんな事ないですよ~、えへへっ」

「ふふふ……」


 それからも、私たちはしばらく抱き合っていた。が、周りの目があるということをすっかり失念していた。


「お、おっほん! 仲良しで何よりねっ!」

「ぐぬぬ、初代め……! 初代めぇ……っ!」

「あんなご主人様、見たこと無い……」

「くすん……。感動の再会ですねぇ……。事情はよく知らないですけど……」

「ミリーナ様、フィオグリフ様。いちゃつくのは後でお願いします」


 わざとらしく咳払いをするプルミエディア。

憎々しそうに呻くアシュリー。

呆然とするレラ。

何故かわんわん泣いているフィリル。

事務的な声で冷静に呟くリア。


「わ、わぁっ!?」


 我に返ったミリーナが、慌てて飛び退いた。見れば、その顔は湯気が出そうなほど真っ赤に染まっている。


「おお、すまない。お前たちも居たのだったな。完全に忘れていたぞ」

「も、も~! フィオ~っ! 皆の前でいきなり抱きつかないでよっ!」

「何だと!? 貴様も抱きしめ返してきたではないか!」

「わ~っ! 恥ずかしいから言うなぁっ!」

「今更何をほざくか!」

「うっさいなっ!」

「うっさいだと!? 久しぶりに再会したというのに、その言い種はなんだ!」

「うっさいうっさいうっさ~い! この、万年引きこもりっ!」

「何を言うかっ! 今はこうして外界に出てきているだろうが! だいたい、貴様の方こそ子孫に苦労をさせるとは何事だ!」

「よ、余計なお世話だよっ! あなたの方こそ、どうせ仲間に苦労させてるんでしょ!? 常識っていう言葉が頭の辞書に存在しない人だもんねっ!」

「黙れ! 私にその常識とやらを授けたのは貴様だろうが!」

「何万年前の話さっ! もう時効だよ!」

「ええい、うるさい!」

「なにおぅ!? そうやってすぐごねる!」

「どの口が言うか!」

「や~い、万年幼児のフィオグリフ~!」

「貴様ァァァ!! 消し炭にして、冥界に送り返してやろうか!?」

「おうやってみろぉ! 返り討ちにしてやらぁ!」

「ハッ! できるものならやってみろ!」

「上等ぉ! リベンジマッチだよぉ!」

「だが、この場所ではまずいな!」

「そうだねっ!」


 久しぶりに再会したと言うのに、馬鹿馬鹿しい口喧嘩を繰り広げる私とミリーナ。

気付けば、プルミエディアたちが生暖かい視線を向けてきていた。


「「…………」」

「本当に仲がいいのね」

「夫婦みたいですね~」

「ちょっと微笑ましいですね、ご主人様とミリーナさん」

「羨ましい……。ワシもあんな風にフィオグリフ様とイチャイチャしたい……」

「はぁ……。話には聞いていましたが、これほどとは……」


 ギャラリーの冷静な言葉を聞き、我々は一気に頭が冷えた。そして、2人、視線を交わし合い、共に顔を赤くして正座をする。


「ミリーナ」

「なに?」

「積もる話は後だ。今は客がいる」

「そうだね……」


 あまりにも久し振りすぎる再会と言うのも、考え物だな。とんだ赤っ恥をかいてしまった。

 そしてミリーナが立ち上がり、わざとらしく咳払いをしてごまかした。ごまかしきれていないが、そこを突っ込むとまた口喧嘩になるのは想像に難くないので、我慢する。


「じゃ、フィオ。そのお仲間さんたちも、改めてお話をしよっか」

「ああ」


 そう言えば、そもそも私たちは何のためにここに来たのだったかな? ミリーナの事で頭が一杯で、忘れてしまったぞ。


 日の射さない閉ざされた大部屋に、ミリーナ、リア、私、プルミエディア、レラ、フィリル、アシュリーが立つ。しかし、霊力を用いた灯りがともっており、きちんと視界は確保されている。無駄に手が込んでいるな。


「どうぞ、腰掛けてください」

「フィオはわたしの隣ねっ!」

「うむ」

「はいはい、お熱いことで」

「んなッ!? べ、べべべ別にそんなんじゃないしっ!? 変なこと言わないでよね、リアちゃん!」

「はいはい」

「むむぅ。子孫のくせに生意気な……! 可愛いからいいんだけどっ!」


 ミリーナに促され、用意された大きなテーブルを囲むように配置された椅子に座った。どうやら使用人たちが居るらしく、見た感じ生活にはあまり困って無さそうな印象を受ける。まあ、その分リアが苦労しているのだろうが。

 ちなみに、使用人たちも漏れなくオーバーデッドだった。これだけの数がいれば、国の一つや二つは余裕で滅ぼせるのではないだろうか。


 皆が席に着いたことを確認し、咳払いを一つしてから、リアが真剣な表情で口を開いた。

って、ミリーナ。仕切るのはお前じゃないのか。


「改めて言いますが、フィオグリフ様。あなたには、“邪神”の一柱、冥王神ハデスを滅ぼし、一族の恨みを晴らしていただきたいと思っています」

「まさか、わたしが死んだ後に、そんな事を子孫がやらかすなんて思ってもみなかったよ~。でね、ハデスと契約したせいで、一族はみんなオーバーデッドになっちゃって、当時は有数の名門貴族だったラヴクロイツ一族が、一気に没落しちゃったんだ。リアちゃんが生まれたのは、没落した後の事なんだって」

「これは逆恨みかもしれません。我々が歴史から完全に忘れ去られる程に時が過ぎてしまったとは言え、ハデスは確かにミリーナ様を蘇らせたのですから。でも、私には夢があります。人間としての身体を一族の手に取り戻し、再びラヴクロイツの名を世に知らしめるという、大きな夢が。そのためには、やはりハデスがどうしても邪魔なのです」

「わたしとしても、可愛い子孫がこんな事言ってちゃ、手伝わないわけにもいかないでしょ? だからまずハデスに会ってみたんだけどさ~」


 我々の反応を伺うこともなく、ズラズラと喋り続けるミリーナとリア。ちょっと待て。色々とちょっと待て。


「ミリーナ、お前何をしているのだ」

「ゴアイサツだよ、ゴアイサツ! で、まぁ力を探ってみてびっくり。まさか、わたしより遙かに強いとはね~。驚いてそのまま帰って来ちゃったよ」


 復活したばかりだというのに、またコイツはそんな無茶を……。もしもこうして再会する前に再び死んでいたらどうするつもりだったのだ。


「ミリーナ様は平気で無理をなさるので困ります。いきなり“ハデスに会ってくる!” と言って飛び出していった時は、心臓が飛び出るかと思いましたよ」


 苦笑いを浮かべる、リア。どっちが先祖でどっちが子孫なんだか、わかりゃしないな。ミリーナよりよっぽどしっかりしているじゃないか。まあ、オーバーデッドなのだから見た目通りの年齢ではないのだろうが。


「ほほう、邪神は強さがまちまちだとは聞いた事があるが、お主よりも遙かに強いのか」


 実はアシュリーとミリーナは初対面であり、戦いの最中に私が話して聞かせていたアシュリーの方は、ミリーナの事を知っているが、アシュリーより遙か前に死んだミリーナは、アシュリーの事を知らない。

 その差が、次の爆弾発言を生んでしまう。


「うん~。っていうかさっきからずっと思ってたんだけど、なんで魔王がこんな所に居るの? 気配が完全に魔王のソレなんだよね、キミ。ま、わたしが言うのも変な話なんだけど」

「「えっ?」」

「あ、ば、ばかものっ! 勝手に……!」

「あ、あれ? 言っちゃダメだった?」


 思わず、私は深いため息を吐いた。少々迂闊だったな。プルミエディアたち人間組は、宿に残してくるべきだった。これでは、アシュリーの正体がバレてしまう。まぁ、それは別にいいのだが、問題は……。


「え? アシュリーが、魔王……?」

「う、うそ、ですよ、ね……?」

「…………」

「“元”魔王じゃ! もうワシは魔王などというシケた職はやめたわい!」

「いや、魔王って職業じゃないんじゃ……」

「何を口走っているのだ……」

「あ、あちゃ~……。フィオ、ごめん。内緒だったみたいだね。となると、あなたの事も?」

「まぁ、な」


 呆然と呟くプルミエディアとフィリルに対し、大声で反論するアシュリー。いや、それは自分が魔王ですって認めたようなものだぞ。それに、ミリーナ。余計なことを言うな。


「「…………」」


 口をパクパクと動かし、驚愕の表情を示す2人。まあ、こんなバカが魔王だとは夢にも思わんだろうしな。怪しさ爆発だったが。


「フィオグリフ、あなた、何者?」


 魔王や初代勇者とただならぬ関係にある私に対し、絞り出すような声で問うてくる、プルミエディア。これは、隠しきれんか。レラも、私の正体までは知らないため、興味津々といった様子だし。


「……はぁ。まぁ、いつまでも隠しておくのは何か違うと思っていたところだしな。ちょうどいい。ミリーナ、広場はあるか?」

「え、あー……。ついてきて」

「「「…………?」」」


 この部屋もなかなか広いのだが、できればもっと天井が高く、もっと広い場所の方がいい。でなければ、丸ごと破壊してしまうからな。

 テクテクと歩くミリーナ。そして、右手を伸ばし、何かを握るような仕草を取る。


「来て。“ラグナロク”」


 眩い光と共に、私が愛用している大剣と全く同じ外見の武器が現れ、彼女の手に収まった。


 時空聖剣ラグナロク。

 ミリーナが持つ、人の手には余る怪物。それを彼女は、まるで棒きれのように軽々と振るうのだ。その筋力はどこから来ている?


「よいしょ」


 ラグナロクを構え、空間を切りつけるミリーナ。すると、切り口から光が零れ、異空間への道が現れた。これも、懐かしい光景だな。


「中に入って」

「うむ」


 視線を送り、後を任せる。わざわざ言葉にせずとも、私がこれから何をしようと言うのかは、きちんと伝わる。ミリーナだからな。


「あ、ご主人様! お待ちください!」

「ど、どこ行くのよ!」

「あ、君たちはちょっと待っててね。たぶんあっちで彼が準備してるから」

「な、なんですか、これ……」

「異空間。広いからフィオが入っても問題ないんだよ」

「ああ、なるほどのう。そういうことか」

「どういう、こと?」


 さて、奴らが来ない内に歓迎の用意をするとしようか。果たして、どんな反応が返って来るやら。場合によっては、戦わなければならないかもしれんな。


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