第7話 暗黒神様、驚愕する


「……なにこれ」

「金だ」

「見ればわかるわよっ! あたしが言いたいのは、こんな大金をどこで手に入れたのかってことよっ!」

「血闘の賭けで儲けたのだ」

「……これ全部?」

「ああ。実はだな──」


 宿の部屋に戻り、休んでいたプルミエディアとフィリルに合流。30億Cという大金をドンと置き、それを見た彼女たちが目を丸くしたと言うわけだ。

 とりあえず、コロシアムでの事を話しておく。もちろん、『オーバーデッド』のリアクラフトという少女についても、話して聞かせた。


「──と言うわけだ」

「そんな事があったんですか~」

「ねえ、フィオグリフ」

「なんだ?」


 何故か、ニッコリと満面の笑みを浮かべるプルミエディア。そして……。


「人の金も賭けるってどういう事かしら?」

「勝ったのだからいいだろう?」

「ええ、そうね。でも、もしも負けていたらどうしてくれるつもりだったの?」

「……勝つと確信していたからな」


 どうやらちょっとばかり怒っているようだ。オーバーデッドがあんな筋肉達磨に負けるわけもなし、絶対に勝つのだから、少しでも賭ける額が大きい方がいいと思ったのだが……。


「確かに、勝ってボロ儲けしたのはいいわ。でも、一発殴らせなさいっ!」

「何故だ」

「勝手にあたしの金も一緒に賭けたからよ! せめて本人の許可を得てからにするでしょうが、普通はっ!」

「ふむ……」

「あの、ご主人様」

「なんだ」

「素直に謝るべきかと」

「そうか?」

「何故じゃ? 勝ったのだから別に問題はないではないか」

「このままだと、プルミエディアさんからの信用を失ってしまいます」

「ふむ……」

「面倒くさいのう、人間って」


 そういうものなのか。終わりよければ全てよし、と言うわけにはいかないのだな。


「すまない、プルミエディア」

「……ふぅ。まあ、あなたは非常識が服を着て歩いてるような人だものね。今後気をつけてくれればいいわ。信じられないぐらいの大金を持って帰ってきたんだし」

「んふふ~。これ、パーティー全体のお金になるんですよね? ですよね? 何に使いましょうかね~。お洋服を買うか、高級料理店のメニューを制覇しちゃうか。夢が広がりますぅ~」


 丁寧に頭を下げると、彼女は快く許してくれた。まあ、勝ったからこそだろう。これで負けていたらエラいことになっていたに違いない。

 ウサ耳が何かほざいているが、今のところただの役立たずなコイツに浪費させるのは、少々もったいない気がする。

  


 翌日、とんでもないことが起きた。

 いつものようにプルミエディアに叩き起こされ、勝手に閉じようとする眼をこじ開け、ハンターズオフィスにでも顔を出してみようか、と考えていたのだが、突然来客があったのだ。


 問題は、その来客である。


「初めまして」

「ぬぬ? お主は確か、先の血闘の……」

「リアクラフトと言う。よろしく」

「う、うむ。して、何用じゃ?」

「ちょっとね。部屋に入ってもいい?」

「少し待っておれ」

「ん」


 部屋の入口で、アシュリーと彼女が会話している声が聞こえる。先の血闘で“狂戦士”を葬った新人、オーバーデッドのリアクラフトだ。

 何のために来たのだろう? というか、何故この宿に来た? 目的はなんだ?


「フィオグリフ様、どうなさるんじゃ?」

「…………」

「ちょっと、フィオグリフ。彼女何者?」

「例の新人血闘士だ」

「ああ、昨日聞いたヤツ?」

「うむ」

「オーバーデッド、でしたっけ? どうやってこの宿屋を突き止めたんでしょうね~」

「まあ、方法はいくつかあるさ。とりあえず、話だけでも聞いてみるか……?」

「一応、私たちは逃げる用意をしておいた方がいいでしょうか?」

「そうだな。もしも戦闘になれば、私とアシュリー以外ではすぐに殺されるだろうし」

「うぇ、マジ……? まあ、最強クラスの魔物なんだもんね……」

「なんか、ドキドキしてきましたよぉ……」


 目的はさておき、私やアシュリーの霊力を辿り、この宿にやってきたと言うのが一番無難だ。私はコロシアムで少しだけ力を使っているし、アシュリーはチンピラに絡まれた際に邪気を爆発させているから、それらを感知して辿ってくるのは、オーバーデッドならば簡単な事だからな。

 プルミエディアたちがいつでも逃げられるように準備を整えた事を確認し、アシュリーに命じて客を招かせた。


 腰のあたりまで伸びた銀の髪を揺らし、白いパーカーで上半身を着飾り、動きやすそうな黒いショートパンツで下半身を着飾った、背の低い少女。

 確かに、あの時見た血闘士と同じだ。


 私は部屋の中央にあるテーブルの窓側の席に座り、その後ろにプルミエディアたちを立たせている。そして、部屋の入口側の席にリアクラフトを座らせ、その背後をアシュリーに見張らせておく。

 まずは挨拶といこうか。


「初めましてだな。私はフィオグリフ。君のおかげでボロ儲けさせてもらったよ」

「初めまして。私の名はリアクラフト。リアクラフト・ラヴクロイツ」

「……何?」

「ご先祖様がお世話になったそうですね、フィオグリフ様」


「……なん……だと……」


「ご先祖様? フィオグリフ、どういうこと?」

「実はお知り合いだったんですか~?」

「ご主人様?」


「……ラヴクロイツ、じゃと……?」


 まさか、そんなバカな。

 ラヴクロイツ? コイツが、ミリーナの子孫だと言うのか……? いや、彼女には子はいなかったはず。となると、彼女の一族の誰かの、遠い子孫か。

 だが、それが何故オーバーデッドに?


「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫。あなたと敵対するつもりは無いですから」

「……私に会いに来た理由は何だ?」

「力を貸していただきたい。我々、ラヴクロイツ一族のために」

「いきなり会いに来てソレは、いくらなんでも怪しすぎじゃろ。それも、オーバーデッドが」

「いや、あなたが言ってもいまいち……」


 確かに怪しいが、恐らくこの少女は私の正体をわかった上で会いに来ている。でなければ、わざわざ私を様付けで呼ぶ必要がない。それに、ミリーナの一族の子孫と言うことは、私にとっても子も同然だ。協力してやらない訳がない。


「具体的に何をして欲しいのだ?」


 例えうっすらとでも、この少女がミリーナの血を引いているかもしれないとわかると、途端に愛おしく思えてくる。

 そんな私の変化を察したのか、リアクラフトの表情がぱぁっと明るくなった。もしも私に娘がいたら、こんな感じなのだろうか。


「“邪神”という存在をご存知でしょうか?」

「知らんな。それがどうかしたか?」

「そ、そうですか……」

「あー、リアクラフトだっけ? この人、超が付くほどの非常識だから、一から説明してあげないと何もわからないわよ? まあ、邪神ってのはあたしも知らないけど」

「うーん。邪神ですか~? 知らないですね~。全くの初耳ですぅ~」

「あなたにはハナから誰も期待してないよ。邪神と言えば、エルフの昔話に登場する存在ですね。奴隷になる前にも少し話を聞いたことがありますが、複数居るらしいと聞きました」

「邪神……邪神のう。確か、人間と契約し、何らかの見返りと引き換えに、契約した者の願いを叶えるとかなんとかじゃったかな?」


 なるほどな、つまりは悪魔みたいなものか。プルミエディアやフィリルが知らないところから見るに、表の人間には馴染みがないのだろう。レラやアシュリーは裏の事情にも精通しているから知っている。そんなところか。

 リアクラフトに視線を遣ると、コクリと頷いていた。そして再び私に向き直り、口を開く。


「我がラヴクロイツ家は、邪神の一柱、『冥王神ハデス』という者と契約し、呪われた一族なのです。私がオーバーデッドになってしまったのも、それが関係しています」

「いつからだ」

「ご先祖様が亡くなられてから、100年程過ぎた頃からだと聞きました」

「なるほど。で、私はそのハデスとか言うバカを殺せばいいのか?」

「はい。ハデスを殺し、一族にかけられた呪いを解いて頂きたいのです。遠い昔の先祖が引き起こした事とはいえ、やはり恨みがありますので……。ですが、ハデスが叶えた願いが問題でして」

「なんだと?」


 冥王神ハデスか。ミリーナの一族を呪うなど、バカなことをしてくれたものだ。リアクラフトが言うご先祖様とやらは、十中八九ミリーナの事だろう。つまり、彼女が死んでから100年後、一族の者がハデスを呼び出し、何らかの契約をした。そのせいで、ラヴクロイツ一族は呪われ、リアクラフトはこうしてオーバーデッドになってしまっている。

 その頃私は荒れていて、そんな事など知る由もなかった。少々、腹立たしいな。自分にも、ハデスにも。そして、ハデスと契約したという者にも。腹が立つ。

 しかし、願いが問題というのはどういう事だろうな? 話を続けるように促し、耳を傾けてみる。


「ご先祖様……いえ。初代勇者、ミリーナ・ラヴクロイツ様の復活。それが、ハデスが叶えた願いなのです」

「えっ? ミリーナって、確かフィオグリフの……」

「なんじゃと……? 初代勇者の、復活?」


 驚愕し、目を見開いた。

 ミリーナの、復活だと?


「待て。と言うことは、ミリーナは生きているのか!? いや、そんな昔のことならば、どの道彼女は死んで……?」

「落ち着いてください。ミリーナ様は確かに復活なされましたが、それは今からほんの数ヶ月前の事です」

「どういう、ことだ?」

「結果的には確かにハデスは願いを叶えてくれたのですが、奴は契約者の霊力を食らう事を優先したのです。ミリーナ様が復活なされば、ハデス自らが滅ぼされるのは目に見えている。しかし奴は、ラヴクロイツ一族が持つ膨大な霊力を食らいたかった。だから、呪いをかけて一族の力を削ぎ、自らが力を蓄える時間を設けたのです。 『初代勇者を蘇らせる程の願いとなると、相当な時間がかかる』と嘘を吐いて」

「つまり、今はそのハデスとやらはミリーナよりも強いのか」

「はい。ミリーナ様もその事は自覚なさっているらしく、ひたすらに修練を積んでいます。故に、あなたに会いに行く事もできなかったのです。まあ、行方をくらましたあなたをこうして探すように私に命じたのも、ミリーナ様なんですけどね」

「ミリーナは今どこにいる?」

「協力してくださるのなら、お教えします」

「考えるまでもない。ラヴクロイツ一族を苦しめるようなバカは、私が滅してやるさ」

「そ、そうですか? 何か、ミリーナ様から聞いていたのとは、大分様子が違いますね……。もっとこう、クールな方で、協力してくれるかはわからないと聞いていたのですが……」

「そうか」


 クールか。別にそんな事はないと思うんだがな。奴め、ボケたか? いや、元々か。


「フィオグリフ? 何かどんどん話を進めちゃってるけど、あなた本当に何者なの? 初代勇者とか、もう何百年前の人なんだか……」

「何百年どころか、何千年前とかじゃないですかね~? ほんと、どれだけ長生きなんですか。エルフでも無いのに、不思議な方ですよね、フィオグリフさんって」

「ご主人様。いずれあなた様の過去を教えてくださると、レラは嬉しいです」

「初代勇者が、生きておるじゃと……。ぐ、ぐぬぬ……! 何という事じゃあ!」


 ああ、そうだった。今はプルミエディアたちも居るのだったな。ミリーナが生きていると言うことが衝撃的すぎて、思考の外に飛んでいってしまっていたぞ。


「ま、何にせよ、あたしはあなたについてくつもりだけどね。パーティーなんだし」

「わたしもですね~。フィオグリフさんと一緒に居たら面白そうですし~」

「私は常にご主人様と共にあります」

「ワシは、ぐ、ぐぬぬ……! 負けん! 初代勇者なんぞには負けんぞ~!」


 アシュリーだけなんか雰囲気が違うな。まあ、奴の奇行は置いておこう。変人なのは元からだしな。さて、それでだ。


「ミリーナはどこにいる?」

「あ、はい。この街にいらっしゃいますよ」

「そうなのか?」

「ええ。観光気分で練り歩いています」

「なるほど、あいつらしいな」

「まぁ、今は隠れ家で休憩中のはずですが」

「ふむ?」


 と言われても、ミリーナの霊力を全く感じないのだが。本当にこの街にいるのだろうな?


「案内してくれないか?」

「わかりました。何か準備する事はありますか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうですか。では、行きましょう。ついてきてください」


 元々、リアクラフトが敵対行動を取ってくる場合を想定し、いつでも出られるように準備しておいたのだからな。一応プルミエディアたちに視線を遣ってみたが、全員頷いていたし、問題はないだろう。


 ん? そういえば……。


「リアクラフト」

「リアで結構ですよ。どうしました?」

「何故血闘士などやっているのだ?」

「あ、私はこの通りオーバーデッドなので、定期的に人間の血を摂らないといけないのです。血闘士ならば、それにピッタリだな~と思いまして。それだけですよ?」

「なるほどな」

「お金にもなりますしね。ミリーナ様が浪費家なので、いくらあっても足りないのです」

「なるほどな。後でキツく言っておこう」

「お願いします。我々の言うことは全く聞きやしないので。本当にお願いします」

「すまん、世話をかけているようだな」

「いえいえ、あなたが謝られる事はありませんよ」


 ミリーナめ。子孫に苦労をさせるとは何事だ。それでも初代勇者か? 全く、会ったらまず説教をしてやらねばなるまいな。

 と考え事をしている私に、プルミエディアがにやけながら声をかけてきた。


「随分嬉しそうね、フィオグリフ」

「なんだと?」

「今まで見たことがないぐらいの、良~い笑顔を浮かべてるわよ?」

「そ、そうか?」

「よくわかんないけど、ミリーナって人に会えるのがよっぽど嬉しいのね。そこらへんの昔話とか、いつかきちんと聞かせてよ?」

「む、うむ。そうだな」


 昔話か。そうなると、私の正体をバラす事になるのだが、大丈夫だろうか? だが、確かに黙ったまま仲間面していると言うのも、何か違う気がするのも事実だしな。よく考えておかねばなるまい。

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