第6話 暗黒神様、絡まれる


「…………」

「クックック、笑いが止まらんな」

「すっごい金額じゃのう~」


 試合後、専用の個室にあるカウンターにて、100万C分の賭け札を手渡し、配当金として30億Cという大金を得た。

 本来の倍率から言えばもっと高くなっていたそうだが、さすがにコロシアム側が破産しかねないため、配当金の上限額が決まっているらしい。


「ご、ご主人様……。落ち着きません……」

「キョロキョロするな」

「そうじゃぞ? そう言うのは、むしろ却って絡まれやすくなる」

「だ、だけど! アシュリー!」

「何ならワシが全部持ってやろうかの?」

「う、ううん。ご主人様から賜った使命を、投げ捨てるわけには行かない」

「なら普通にしとればええんじゃ」

「…………」


 これほどの金額が吐き出される事はまず無いらしく、スタッフたちもどうやって渡したものかと困っているようだった。結果、普通は貴族が旅行する際に使う、巨大な箱に金をありったけ詰め込み、それを6つに分けるという形になった。

 ちょうど3人居るので、それぞれ二つずつ持って歩いている。中身が中身なだけに、重量はかなりあるはず。私とアシュリーはともかく、レラは相当キツいのではないだろうか。


「それにしても」

「どうしたのです?」

「この金をどう使ったものかと思ってな……」

「なるほど……」


 なんとなく勢いで賭けてボロ儲けしたはいいが、そこまで金に飢えているわけではない。

奴隷をまた買うか? だが、それにしてもとても使いきれん額だしな……。

 屋敷を買ったところで、どこかに定住するつもりはまだ無い。となると、レラたちの武具を充実させるために使うか。しかし、それでも余るだろう。困ったな。


「まあ、焦って使い込む必要も無いかと」

「それは言えているな。消えて無くなるわけでもなし、ゆっくりと考えるか」

「それにしても、まさかこんな所にあんな者が居るとは、驚きじゃったのう」

「オーバーデッド、でしたよね。ご主人様」

「ああ。驚異的な不死性と、膨大な霊力を持つ事が特徴だな。例え粉々になっても再生してしまうのだ。殺しきるには、少々骨が折れる魔物だな」

「本当、なんで人間の街に……?」

「さあの。なぜわざわざ血闘士などをやっているのか、理由も気になるわい」


 殺しきるには少々骨が折れると言ってはみたが、あくまで私以外の者から見たら、だ。

私ならば即座に存在ごと消して終わりだな。


「多少気にはなるが、まぁ別によかろう。

そんな事より、さっさと帰って2人を驚かせてやろうではないか」

「コロシアムに行って、こんな大金を抱えて帰って来るのを見たら、プルミエディアさんもフィリルも腰を抜かしそうですね」

「ぬはは、それは笑えるな!」


 とりあえずあのリアクラフトとかいうオーバーデッドの事は置いておき、2人が待つ宿屋へと急ぐ。色々と妙な視線を感じてはいるが、いちいち相手をするのも面倒だし、無視する。


 だが、宿まで後10分ほどの距離まで来たところで、筋肉質な男たちに取り囲まれてしまった。大方この莫大な金が目当てだろう。


「げっへっへ……。

嬢ちゃんたち、見てたぜ?

まぐれとは言え、そんな大金を当てるなんてすげぇじゃねえか。嬢ちゃんたちみたいなカワイ~子たちが持ってちゃ危ねぇから、俺らが預かってやるよ」


 案の定だった。

と言うか、『嬢ちゃんたち』とはな。

この街でも私は女に間違えられるのか。

 思わず、深いため息を吐く。


「言っておくが、私は男だぞ」

「んな……ッ!? マ、マジかよ!?」

「ああ。じゃ、通るぞ?」


 武装しているところを見ると、こいつらは血闘士かハンターか。あるいはその両方だろう。

街の中でコイツらをあの世に送ってしまうと、面倒なことに、犯罪となってしまう。

人間に付け狙われるのは暗黒神時代に散々経験しているので、ご遠慮願おう。


「って通すかァッ!

なんだよ、キレーな姉ちゃんを侍らせたクソ野郎だってんなら話は別だ!」

「ご主人様、どうしますか?」


 私が男だと知り、途端に憤慨し出すチンピラたち。これは、あれか。男の醜い嫉妬と言う奴か。

 はてさて、どうしたものかな。


 ふと隣を見ると、アシュリーがかなり不機嫌そうな顔になっていた。やめろバカ、こんな所で暴れるなよ? 頼むぞ? この街が消えて無くなってしまう。前振りじゃないからな?


「この野郎、金をよこしやがれッ!」

「断る。使い道が余り思い付かんが、それでもダメだ。わかったら帰れ」

「んだとォ!? こっちの数をちゃんと見てからほざきやがれ!」


 ああ、本当にさっさと帰ってくれ。

アシュリーのイライラゲージがどんどんたまっている。このままでは爆発するのは間違いない。まずいぞ、まずい。非常に、まずい。


 あ、ちなみにチンピラたちは10人ほど居るな。一応数えておいた。


「…………」

「アシュリー、落ち着け」

「てめェッ! のんきに女と話してんじゃねえッ! ムカつく野郎だぜ! どっちもとびっきりのいい女だってのが、より腹立つ!」


 プツンと、何かが切れる音がした。


 ちっ……。


「こ、の、小僧共が……!

ちょ~偉大にして最強にして最っ高にカッコイイこのお方に向かって……!」

「ん? なんだ?」


 アシュリーが、キレてしまった。

相変わらず妙に沸点の低い女だ。

さて、街を守るとするか。このチンピラたちも生かしておかなければな……。


「レラ、私の後ろに隠れていろ」

「は、はい!」


 まず、レラを避難させておく。

私の後ろが一番安全な場所になるので、そこに。

 そして、それを合図にしたかのように、アシュリーのこめかみから、長く太い、双角が生えた。押さえ込まれていた圧倒的なまでの邪気が噴出し、禍々しい光の柱が、天高く上る。


「てめェ、だとォォォ!?」


 アークデーモンも裸足で逃げ出すほどの形相を露わにし、大声で叫ぶアシュリー。

いや、この場ではあえて、魔王と呼ぼうか。


「ひ、ひぃぃぃ!?」


 威勢の良かったチンピラたちが、一斉に腰を抜かした。まあ、激怒した魔王と対面するなんて事、大半の人間は経験しないだろうしな。

歴代の勇者たちですら、少ないだろう。

奴らと戦う時の歴代魔王は、基本的に威厳を崩さないように心掛けているらしいからな。


「小僧共。選べ」

「え、選ぶ……?」

「どう殺して欲しいか選べっつってんだよノロマがァ!! 簡単に死なない体に作り替えて、マグマに放り込むか? それとも100年の悪夢を見ながら衰弱死がいいか? 言っとくが、簡単には死なせてやらねーぞ、ゴミ共!!」


 おいおい、口調が変わってるぞ。

それに、顔。女としてやばすぎる。

と言うか邪気をビシバシ飛ばすのを止めろ。

私が抑えていなければ、とっくにこの街は塵になっているぞ。


「こ、怖い……」

「アレでも一応魔王だからな」

「そ、そうですよね……。本当に、彼女が、魔王なんだ……」


 ガタガタ震えながら、噛みしめるように呟くレラ。安心しろ。奴の矛先がお前に向くことはないぞ。もし向いてもすぐに奴を消すから大丈夫だ。


「す、すんませんっしたァァ!

許してください……! この通りですぅ!」


 チンピラたちが、土下座して謝罪する。

しかし、そんな物で怒りが収まるなら苦労はしない。


「……はァ? 何言ってんだ。

許すわけねーだろ、クズ共が」

「そ、そんなぁ!?」


 生ゴミを見るかのように、チンピラたちを見下ろす魔王。そんなに怒ることでもないだろう。本当に、このバカは……。


「アシュリー」

「はいっ! フィオグリフ様っ!」

「…………」


 あの形相が嘘のように、満面の笑みを浮かべ、猫撫で声で応えるアシュリー。

あまりの変わり様に、皆ドン引きである。

もちろん私もだ。


「許してやれ」

「えっ? でも……」

「二度も言わせるな」

「は、はい!」


 微妙にごねそうだったので、殺気を浴びせて言うことを聞かせておいた。

こうでもしないと、本当にこの街ごとチンピラたちを消し飛ばしてしまうからな、コイツ。

 アシュリーの気が静まったのを確認したチンピラたちは、一目散に逃走していった。


「……ゴミ共め。後で処理させよう」

「やめておけ。面倒になったらまずい」

「でも」

「やかましい。まず、こんな事で怒るな。周りの被害を抑えなければならない、私の身にもなってみろ」

「はい……すいませんです……」


 アシュリーに脳天チョップをかまし、静かにさせておく。レラが怯えているしな。


「角、仕舞っておけよ」

「あ、はいですじゃ」


「アシュリー……怒ると怖すぎます……」


 双角を収納し、元通りになったアシュリーを見て、ぼそりとレラが呟いた。


 さて、これ以上面倒なことに巻き込まれる前に、さっさと宿へ戻るか。と言うか早く戻らないと、アシュリーのバカがやらかしそうで困る。

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