第5話 暗黒神様、血闘を観戦する
「ぬはは、プルミエディアよ! あの時の受付嬢の驚いた顔、笑えたのう!」
「……全然笑えないわよ……。何よ、全項目SSSって……。フィオグリフと同じじゃない……」
「なんじゃ? 人間の“カガク”とやらもいまいち信用に欠けるのう。どう考えてもワシなんかよりフィオグリフ様の方がお強いのに」
「あんたらが規格外すぎんのよっ! 計測機じゃ計りきれないんでしょ」
「なるほどのう」
宿で部屋を取り休憩していると、プルミエディアとアシュリーがハンターズオフィスから帰ってきた。登録が終わったのだろう。
プルミエディアの顔と会話から察するに、アシュリーも全項目SSSと計測されたようだ。まあ、弱かった勇者ですらSSランクと評価される程度なのだから、アシュリーや私に対してロクに機能しないのも納得だな。
「プルミエディアちゃん、まさか……」
「そのまさかよ。この人もバケモノだったわ」
「わ~ぉ……」
「まあそんなことはいいじゃろ! さあさあフィオグリフ様っ! 一緒にコロシアムへ行きましょう!」
「引っ張るな。自分で歩ける」
「なんだか、とんでもないパーティーになってきたような……」
プルミエディアたちからすれば衝撃の事実だろう。フィリルは心なしか死んだ目をしているように見える。
レラはアシュリーの正体を知っているので、ある程度は予想していただろうが、私と同じ計測結果というのは少し驚きだったらしい。目を丸くしてアシュリーをガン見していた。
さて、それではコロシアムへ行って、血闘と言うものを観戦してみようではないか。
私の腕をグイグイ引っ張ってくるアシュリーに脳天チョップをかまし、部屋を出ようとドアに手をかける。
「プルミエディアたちはどうする?」
「あたしはちょっと休憩かな」
「わたしもです~」
「なら、プルミエディアさんとフィリルは留守番ね。私はご主人様に同行しますよ」
「確かフィオグリフ様の奴隷じゃったな。
まあ……よかろう」
「不服そう」
「ま、まぁの」
「お前たち、仲良くしろ」
「はい」
「むむぅ……」
プルミエディアとフィリルを残し、私たち三人で行くことになった。恐らく二人きりになりたかったのだろう、アシュリーが膨れっ面をしている。レラも少し不機嫌そうだ。
うーむ。せっかく共に旅をする仲間なのだし、なんとか打ち解けて欲しいものだが……。
◆
広場がポツポツとあり、その中で何人か殴り合っている男たちがいた。何やら怒鳴りあっているが、よく聞き取れない。まぁただの喧嘩だろう。スルーしてコロシアムを目指す。
「あの巨大な円形状の建物が、コロシアムですね。奴隷になる前に来たことがあるのですが、なかなか歴史のある施設なんですよ」
「そうなのか?」
「はい。確か、300年ほど前にとある英雄が建てた訓練所が元になっているらしいです」
「それが今ではただの商売道具か。時の流れは残酷なものだ。まあ、その英雄とやらが何のために建てたのかはわからんが」
「ん? 訓練所と言うのなら、その英雄はどこぞの教官とかだったのではないじゃろうか?」
「それだと、あれほどに巨大な建物である必要がないだろう」
「ふむう」
レラが指差す方向に、相当な人数が収容可能であろう程の巨大な建物が見えた。
屋根は白く、そこから下は黒い金属のようなものでできているようだ。
日々戦いが繰り広げられる場所なのだし、そこそこ頑丈だと思われる。
近付くに連れて武装した人間たちが増えていき、すれ違う男たちの多くがアシュリーに見蕩れているようだった。黙っていれば相当な美人だからな、こいつは。
そして、コロシアムにたどり着き、大きな門をくぐり抜け、その中へと入る。
「広いな」
「ふむふむ、一般人もそこそこおるのじゃな」
「恐らく、血闘を見に来た者たちよ。観戦料は庶民でも問題なく払える額だし、賭博が行われてたりもするから、色んな人間が見に来るの」
「そ、それぐらいわかるわっ!」
「はいはい」
「ぐぬ~……!」
ここぞとばかりに知識を披露するレラと、悔しげにそれを聞くアシュリー。
何とも奇妙な空間が出来上がっていた。
さて、観戦受付は……。
ああ、あった。たぶんあのカウンターだろう。
「失礼。血闘を見たいのだが」
「ようこそ、いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」
「3人だ」
「3名様ですと、合計300Cになります!」
「随分安いな。これでいいか?」
「ありがとうございます! こちらが観戦チケットになります。コロシアム内では、これが身分証代わりになりますので、絶対に無くさないよう、お願い申し上げます」
「わかった」
正装をした若い男に料金を支払い、観戦チケットとやらを3枚もらった。薄っぺらく細長いそれには、『一般観客』と書かれている。
わざわざ“一般”と表記してある辺り、金持ちにはそれ相応の特別なチケットが用意されているのかもしれんな。
カウンターから離れ、にらみ合いをしていたレラとアシュリーにチケットを渡す。
どうやら私が消えていた事に気付かなかったようで、2人とも深々と頭を下げ、申し訳なさそうに受け取っていた。
「さっさと行くぞ。ああ、そのチケットは身分証だそうだから絶対に無くすなよ」
「はい」
「大切にしまする!」
「谷間にしまうな、馬鹿が」
「えへっ」
まるで宝物に触れているかのように、慎重に、とても慎重にチケットを握る2人。
特にアシュリー。何を思ったのか、さも当然のごとく、胸の谷間に挟みだした。
何を考えているのだ、こいつは。
「異空間にでも入れておけ」
「はい……」
「異空間、ですか?」
「コイツは空間霊術を使えるのだよ。その容量たるや、この世界が丸ごと入る程だ」
「え~……」
「ちなみにフィオグリフ様も使えるぞ!」
「まぁな」
「そ、そうなのですか」
奴の谷間で踊るチケットを抜き取り、そのまま拳骨をくれてやった。周りの目もあるのだから、少しは考えて行動してほしい。
ちなみに、レラやプルミエディアに対して同様に拳骨をお見舞いした場合、潰れて死ぬ。私の筋力が強すぎるからだ。
その辺りの力加減は、目下練習中である。
◆
血闘が行われているフィールドが見える観客席に出ると、夥しい数の人間たちが席に座っていた。どうやら今は血闘の準備時間らしい。
「お~、結構広いのう!」
「ここの収容人数は8万人だから。一番後ろの席ともなると、血闘士がただの豆にしか見えないよ」
「かなり人が入っているようだが、悪くない位置を取れたな。下の広場がフィールドなのだろう?」
「そうです。二つの入口から血闘士が入場し、あの場所で互いの命を奪い合うんです。降参も認められていますけど、中には相手の息の根を止めるまで武器を下ろさない者もいますね」
「ククク、物騒だな」
「フィオグリフ様、悪~い笑み」
「ククク……」
つまり、相手を殺してしまっても全く問題がないと言うわけだ。強いて言うなら、相手の関係者に恨まれるだろうというぐらいか。
手加減なしで良いなら、本当に出場してみるのも面白いかもしれんな。
とりあえずは空いていた席に座り、血闘が始まるのを待つことにする。今日は観戦しにきたのだしな。
ここで、席の隅に機械が置かれていることに気付いた。と言うか、既にレラがそれを手に取り、何やら操作している。
「次の試合は……。あった、これだ。
有名な血闘士が出てくるようですね」
「ほう?」
「必ず相手を殺してしまう事から、“狂戦士”の異名を持つそうです。この端末に紹介文が表示されています。対して、その相手は全く無名の新人だそうです」
「ふむ。見せしめ、とでも言ったところかのう?」
「かもね。でも、いくらなんでもただの新人をそんな危険な相手とぶつけないと思う」
「なかなか面白そうじゃないか」
周りを見ると、賭け札を握っている者たちがちらほらと居た。そういえば賭博も行われていると言っていたな。となると、賭けた対象は大方、その狂戦士とやらだろう。
ふむ。
「レラ」
「なんでしょう、ご主人様」
「あの者たちが握っている賭け札は、どこで買えばいい?」
「少々お待ち下さい。今、端末を使ってスタッフを呼びます」
「ああ」
なるほど、便利だな。
そろそろ私も機械の操作に慣れた方が良さそうだ。レラに任せておけばいい話なのだが、純粋に色々といじってみたい、という欲求もあることだし。
少し待つと、正装の女が現れた。
コロシアムのスタッフとやらだろう。
「お呼びでしょうか?」
「次の試合、新人が出るそうだな」
「はい、左様でございます」
「そいつの勝ちに賭ける。札をくれ」
「えっ? あ、ああ……はい。承知しました」
「ええっ!? フィオグリフ様、狂戦士の方に賭けないのですかっ!?」
「ご主人様。お言葉ですが、少しばかり分が悪いかと」
スタッフが、アシュリーが、レラが、そして盗み聞きしていた周りの観客たちが、大きくざわついた。まぁ、普通はそんな有名な血闘士が新人に負けるとは思わんだろうしな。
だが、私の勘が告げているのだ。
「賭け金はおいくらでしょうか?」
ここは一つ、勝負に出よう。
「100万だ」
「……えっ?」
「ちょ、フィオグリフ様っ!?」
「聞こえなかったか? 100万C賭けると言ったんだ。さっさと札をよこせ」
「は、はいっ! こ、こちらになります」
ざわつきがより一層増した。
そして、やがてそれは嘲笑に変わる。
100万Cと言えば、上等な奴隷娼婦すら買える額だ。一見勝ち目の無い新人に賭けるには、確かに無謀だと映るだろう。
珍しい物を見るような視線を受けながら、100万Cを渡し、代わりにスタッフの女から賭け札を受け取った。
後は、血闘が始まるのを待つのみだ。
ちなみに、この金はリスキークエストを延々とやっている内にたまった物である。プルミエディアの金も含まれているので、もしも賭けに負けたら怒られるな。
レラは私の奴隷なので、依頼で得た報酬は全て私の手元に入ってくる。つまり、この100万Cは我々3人分の所持金ということだ。
「ご、ご主人様……?」
「フィオグリフ様、失礼ながら、さすがに無謀の極みかと……」
「まぁ見ていろ。私の勘はよく当たるのだ」
「「…………」」
奇異の目を受けつつ、試合の開始を待つ。
◆
そして数分後、ようやく2人の血闘士が入場してきた。大斧を携えた筋骨隆々の大男と、身長140cm程度の小さな少女。
見れば分かるが、大男の方が“狂戦士”で、少女の方が新人だろう。
「あ、あんな女の子が戦えるの……?」
「フィ、フィオグリフ様……? やはり、無謀だったのでは……」
「…………」
早速、2人の血闘士の力量を探ってみる。
狂戦士の方は、まあぼちぼちだ。少なくとも今のプルミエディアやレラよりは強いだろう。
あの見た目と得物から考えて、そのままのパワーファイターだと思われる。
クックック……。
愉快、愉快だ。なかなかに面白いぞ。
外界へ出てきてから、本当に退屈しないな。
「アシュリー」
「は、はい?」
「新人を探ってみろ。なかなか愉快な奴だぞ」
「えっ?」
「愉快? それはどういう……」
私の言葉を受け、わたわたと慌てながら少女の力を探り始めるアシュリー。
それを不思議そうに眺めるレラ。
そして……。
「あっ」
「わかっただろう。奴はただの新人ではない。
やはり私の勘は正しかったのだよ」
「な、なるほど……」
「えっ? どういう、どういうことですか?」
「それは……。おっと、試合が始まるようだ」
「ええっ!? 気になります!」
「見ていれば分かるさ」
力を探り終わり、納得した様子のアシュリー。1人困惑しているレラに説明してやろうとしたが、血闘が始まり、遮られた。
『皆様、お待たせしました!
次の血闘で戦うは、“狂戦士”ことワドルグ選手! そして対するは、先日登録したばかりの新人、リアクラフト選手です!』
どこからか、アナウンスが響いた。
選手同士の軽い紹介だな。
ワドルグに、リアクラフトか。
『ぐわははは!! この俺様に挑んでくるとは、命知らずな嬢ちゃんだぜェ!』
『…………』
『安心しな! 痛みを感じないよう、一瞬で叩き潰してやるからよォッ!』
狂戦士の声が会場に響く。また何かの機械を使っているのだろうか? 遠くにいても会話が聞こえるように細工されているらしい。
まあ、少女の方は黙っているが。
『それでは、始め!』
再びアナウンスが響き、戦いのゴングが鳴った。その声にいち早く反応したのは、このコロシアムで戦い慣れている狂戦士の方だ。
『ふんっ!』
地を蹴り、疾走する狂戦士。
図体の割には動きが速い。人間にしてはな。
私やアシュリーからすれば欠伸が出る程だ。
『おおりゃ!』
そして、不動のリアクラフトに対し、狂戦士が容赦なく大斧を振り下ろした。
轟音が響き、粉塵が舞い、土煙がモクモクと辺りを包む。勝利を確信した狂戦士の咆哮が響き、観客の歓声が湧いた。
『おぉっと、ワドルグ選手、渾身の一撃が決まった~~ッ! さすがは“狂戦士”! 新人が相手でも、全く容赦がありません!』
──だが。
『この程度か』
『なに……ッ!?』
『えっ……!? あ、し、失礼しました!
リアクラフト選手、なんと生きています!
それどころか、傷一つありませんッ!
いったい、どんな手を使ったのか!?』
彼女は生きていた。
土煙が晴れると、狂戦士の後ろに立っていたのである。それも、全くの無傷で。
『俺様の攻撃を避けただけでなく、後ろに回り込むたぁな……。新人の割にやるじゃねえか』
『それはどうも』
『ハッ! 無愛想なガキだ!』
『よく言われる』
短い会話の後、大斧を振り回す狂戦士。
それは、後ろに立つリアクラフトの体を両断すべく、容赦のない勢いで唸りを上げる。
『なっ……』
しかし、その体を真っ二つにする直前に、見えない壁に当たったかのように弾かれ、驚いた狂戦士は反動でよろめいた。
『これはどうしたことだ!?
ワドルグ選手の大斧が何かに弾かれ、リアクラフト選手はまたも無傷です!』
アナウンスが実況を続けているが、その声はまるで驚愕の色を隠せていない。レラを含めた周りの観客や、狂戦士本人も同様である。
『《ネガトロン》』
大きな隙をさらした狂戦士に対し、霊術を放つリアクラフト。ネガトロンか。アレは、風霊術の中でも強力な部類に入る。
その小さな手のひらから放たれた雷撃の槍は、容赦なく狂戦士の肉体を貫き、青白い雷が彼を包む。
『ぐわああああッ!』
『ワ、ワドルグ選手に霊術が命中~!
悲痛な叫びを上げており、そのダメージの深さを感じさせます!』
『あれ、まだ生きてる。
……まあいいか。コレで終わりだ。
《ディザトロン》』
狂戦士が原型を留めている事に首を傾げ、更に続けて風霊術を唱える。
ディザトロンか。ふむ。なかなか規模の大きい霊術を使うのだな。一応、観客たちを守ってやるか。
暗黒霊術を使い、客席一面に結界を張る。
こんな所でアレを放てば、恐らくコロシアムごと消し炭になってしまうからな。せっかく面白そうな場所を見つけたというのに、それでは困るのだ。
『!』
直後、狂戦士の肉体に向けて、フィールドを覆うほどの巨大な落雷が降り注ぐ。
「「きゃあああ!?」」
「「うおおお!?」」
『~~ッ!?』
観客たちの悲鳴が響き、それを合図にしたかのように、空気の膜を裂いて雷鳴が轟いた。
『今の力、もしかして……』
『~~……? あッ!?
す、凄まじい落雷が場内を襲いましたが、どうやらアレはリアクラフト選手の霊術だったようです! ワドルグ選手は……姿が見当たりません! これは、まさか……!?』
事が済んだ後、狂戦士の姿はどこにもなかった。跡形もなく消し飛んだのだろう。
まあ、今まで相手を殺し続けてきたのだし、こんな結末を迎えるのも仕方あるまい。
そんな事より、賭けに勝ったという事の方が大事だ。
ククク、ボロ儲けだな。
「な、なんなのあの子……」
「う~む、やはり本物か」
「レラ」
「は、はい?」
『しょ、勝負ありッ!!
勝者、リアクラフト~~ッ!!』
少女の力に驚愕しているレラに、試合の前に言おうとしていた事を教えてやるとするか。
一呼吸置き、私は口を開いた。
「あの少女は、オーバーデッドだ。
エンシェントドラゴンやアークデーモンと並ぶ、最強クラスの魔物だよ」
──所謂、吸血鬼と言う奴である。
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