第10話 暗黒神様、朝が弱いと判明する
「……は?」
「ああ、プルミエディア。おかえり」
「おかえりなさい。初めまして」
「……う、うん……?」
街をぶらぶら食い歩いた後、夜になってから流水亭の部屋に戻り、レラから色々と話を聞いていた。過去に何があったかとか、どうして奴隷になったのか、とかだ。
そうしている内にプルミエディアが帰還し、突然増えた
「フィオグリフ」
「なんだ?」
「何があったの?」
「奴隷屋で奴隷を買ってきた。以上」
「……は?」
きょとんとした顔で、その場に立ち尽くすプルミエディア。そして、いつの間にかレラが紅茶を用意し、差し出してくれた。
「どうぞ、ご主人様」
「ご苦労。プルミエディアも飲むといい」
「あ、うん……。って、そうじゃなくて!
奴隷を買ってきた!? あなた総支配人に会いに行ったんじゃなかったの!?」
「む? 行ったとも。その帰りにふと奴隷屋に立ち寄り、この女が面白そうだったから買ってきただけだ」
「土産を買ってきたとでも言わんばかりの表情で、軽々しく言うなッ! あなた、わかってるの!? 奴隷ってのは、主が死んだら一緒に死んじゃうのよ!?」
「ほう? まぁよかろう。私が死ぬわけがない。それはお前が一番わかっているはずだ」
「ぐぬ……。それは確かに……」
ほほう、奴隷とはそう言うものなのか。
主を裏切るような真似はできないようになっているのだろうし、まさにレラの命は私が握っているのだな。
「ご主人様、おいしいですか?」
「ああ。なかなかに美味だ」
「よかった」
「……あ、あれ? 奴隷、なのよね?」
「そうだけど、何?」
「あ、あたしに対しては敬語使ったりしないのね……。いや、奴隷ってもっとこう、生きてるのに死んでるというか、そんな感じだと思ってたんだけど……」
やはりプルミエディアもそう思うか。
実際、レラ以外の奴隷はまさに生きる屍と言った様相を呈していたからな。
「うむ。他の奴隷はそうだった。だが、この女は違うぞ。目の光が失われていない。
それに──」
「それに?」
「この女、レラには、素晴らしい潜在能力がある。というか、現時点でもそこらのハンターよりよっぽど役に立ちそうだ」
「えへへ」
「へ、へぇ~……」
話を聞いているとわかったのだが、レラは昔、エルフの小国に務める騎士だったらしい。
だが、戦争で母国が敗北し、捕虜にされたが隙をついて逃げ出し、長い逃亡生活の末にザザーランドの手の者に捕まったそうだ。
元々様々な分野において非凡な才能を発揮し、いずれは国を担う大物になると期待されていたようだが、まぁ運がなかったのだな。
奴隷として躾を受けても正気を保っていられる精神力と言い、私の興味を引く程の才能と言い、なかなかの傑物だ。
ちなみに、まだ身体は乙女だそうだ。
そう言った需要も多いということなので、その辺の配慮なのだろうな。しかし、戦争に負けて捕まった時は、どうやって潜り抜けたのだろう? 女の捕虜と言えば、欲望のはけ口にされるのが常だと思うのだが。まぁ、どうでもいいか。
「さて、話は終わりかね?」
「まぁ……あなたが買ったのならあたしがどうこう言う事じゃないけどさ……」
「ご主人様がハンターだと言う話は聞いた。
私は戦えるから大丈夫」
「……言っとくけど、コイツは規格外の化け物よ?」
「ストレートにひどいな」
「買われた時、威圧されてチビりかけたからなんとなくわかる」
「フィオグリフ。あなた何したのよ」
「む、むむ?」
「あれは死ぬかと思いましたよ、ご主人様」
「うっかり威圧してしまっただけだ。気にするな」
「……うっかり威圧するって何よ? はぁ、全く。ほんと、変な人……」
プルミエディアの私に対する評価が“変人”で固定されてしまっている。何故だ。
別にそんなにおかしな事はしていないと思うのだが……。まぁいいか。
それにしても、奴隷を買ったと知っても特に軽蔑されたりとかはしていないようだな。そこら辺は寛容な世の中になっているのか?
「さて。明日からはプルミエディアの修行に移るわけだが……。レラも共に鍛えてやろうと思っている。異論はあるか?」
「無いわ」
「その前にまず私もハンター登録しなきゃですね、ご主人様」
「うむ。やはり実戦が一番手っ取り早いだろうし、適当な依頼を受けるついでに、レラのハンター登録も済ませてしまおう」
「わかったわ」
「この街のオフィスには行ったことが無いから、楽しみです」
街の中だと暗黒霊術……いや、神霊術の訓練をするには危険すぎると言うこともある。
ついでに、私のランキングも上げたい。
魔王アスガルテの話を聞いたレイグリードがどう動くかも気になるし、しばらくはこの街を拠点にして活動することになるだろう。
「ご主人様」
「なんだ?」
「あの……ご奉仕とかは……」
「しなくていい。少なくとも今はな」
「そ、そうですか?」
「ああ。そんな事よりさっさと寝ろ」
「は、はい」
そういえばコイツ、一応娼婦だったか。
まあ今はそんな気分でもないし、そのうち気が向けば、でいいだろう。
何故かちょっとしょんぼりしているレラに首を傾げつつ、私は至高の寝床に潜り込んだ。
ああ……本当にベッドは寝心地がいいな……。
◆
「それじゃ、行きましょうか」
「……もう少し寝たい……」
「子供かっ! さっさと起きなさい!」
「ああ、何をするっ!?」
翌朝。せっかく人が気持ちよく寝ていたのに、やけに張り切っているプルミエディアに起こされた。彼女は既に準備万端、と言った様子であり、レラも同様にしゃっきりしていた。
まだベッドを味わっていたかったのだが、布団をはぎ取られてしまった……。無念。
「ご主人様、コーヒーです」
「……うむ……」
「寝るなっ!」
「頭を叩くな」
「……相変わらず、痛い……」
「…………」
「ご主人様は朝が弱い、と……」
レラが差し出してきたコーヒーに手を伸ばそうとしたが、急に襲い来る睡魔に勝てず、そのまま夢の世界へ飛び立ちそうになった。
しかし、プルミエディアに頭を叩かれ、ようやく覚醒する。
代わりに彼女がすごい痛そうにしていたが。
私は頭も硬いのだ。物理的に。
「ご主人様、朝食です」
「うむ、ご苦労」
「それ作ったの、あたしじゃなくてレラちゃんだからね。ちゃんと味わって食べなさい」
「む、そうなのか」
焼いたパンに、目玉焼き。
スライスした肉も付いているが、これは何の肉だろうな? まぁなんでもいいか。
作ったのがプルミエディアではないと聞き、少し不安になったが、食べないわけにもいかないので恐る恐る口に運んでみる。
「……ふむ」
「どう、ですか?」
「悪くはない。だが、プルミエディアの手料理には少し劣るな」
「あなた、作ってもらってるくせに無駄に偉そうね……」
「気にするな。偉そうなのは生まれついての性分だ」
「うーん、料理には結構自信があったんですが……。精進します」
「うむ」
あくまでプルミエディアと比べると劣る、と言うだけであって、普通に美味いのだがな。
ガン見してくるレラに構わず、その後は黙々と食べ進め、完食した。
「御馳走様」
「エラく早い完食ね」
「美味いからな」
「でも、さっきは……」
「プルミエディアの料理上手が異常なだけだ。レラの手料理も、一般と比べると充分に美味いと思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ふふん、ぼっち生活が長いあたしを舐めないでよね。料理が趣味になっちゃってるんだから」
それは自慢か? それとも自虐か?
リアクションに困る発言はやめてくれ。
とりあえず、料理を作ってくれたレラに感謝の意を伝えるため、頭を撫でてやった。
「あうっ」
「今後もよろしく頼むぞ、レラ」
「は、はい……」
「……たまにはあたしも作ってあげるわよ」
「それは楽しみだな。さて、オフィスに向かうとするか」
目を細め、嬉しそうに微笑むレラ。
容姿が美しいだけに、その様もなかなか似合っている。今後の成長に期待しよう。
何故かプルミエディアも張り合ってきたし、そっちはそっちで楽しみだ。彼女の手料理はかなり本格的な上、とんでもなく美味いからな。
宿を出た時、他の男性客からの視線が痛かった。何か恨まれるような事をしたかな?
◆
「あっ! フィオグリフさん!」
「フィリルか。おはよう」
「おはようございます! なんか、女の人が二人ほど増えてますね……?」
「うむ。私の仲間たちだ」
「へぇ、そうなんですか」
オフィスに着くと、白いウサ耳が目に入ってきた。あの特徴的な姿は……と考えていると、案の定フィリルで、向こうからこちら側に声をかけてきた。カウンター越しに。
「フィオグリフ。この人って……」
「結構、有名なハンターですよね……?」
「何、そうなのか?」
プルミエディアとレラが、受付嬢をしているフィリルを見て驚いていた。
どうやら彼女は有名人だったようだ。意外。
「おー、誰かと思ったらプルミエディアちゃんじゃないですか! 噂には聞いていましたが、本当に仲間を見つけたんですねっ!」
「フィ、フィリルさん。お久しぶりです」
「なんだ、知り合いだったのか」
「ご主人様。このフィリルという方はですね。入れ替わりが激しいランキング1万位以内をキープし続けている、凄腕のハンターなんですよ。私も、噂で聞いただけですけど」
「サウザンドナンバーズか?」
「いえ~。その何歩か手前で止まってるんですよ~。依頼者を怒らせてしまったり、物を壊して借金を負ったり、色々やらかしてしまっているので……」
「なるほど、納得だ」
「ひどいっ!?」
「自分から言ったんだろうが」
何故レラがそんなに詳しいのか気になるが、もしかしたらまた一般常識なのかもしれん。
それにしても、この慌てん坊ウサ耳がランキング上位者だったとはな……。
おっと。
「まぁウサ耳の事は置いておく。
今日はこのレラをハンターとして登録するためと、依頼をもらうために来たのだ」
「あ、了解ですっ! ぱぱっと済ませちゃいますね~。え~っと、計測機は……あった!」
カウンターの影をガサゴソ漁り、計測機をドンと取り出したフィリル。その後、私の時と同じように何やら書いていく。
「登録料として1000C頂きます!」
「うむ。あ、ちなみにレラは私の奴隷だ」
「了解です! 追記しときますね!」
「次は計測だったかな?」
「ですよ~」
レラも、戸惑うことなく淡々と計測機に手を置いた。なんだか妙に慣れているな。
騎士もこういう手続きをやったりするのだろうか。
「おっけーです! ふむふむ、なかなか期待できますね~。ご主人より強かったりとか?」
「それは無いわね……」
「ぼそっと言うな、プルミエディア」
計測が終わり、レラの戦闘能力が明らかになった。『レラが
「だってだって、新人とは思えない程の高い能力ですよ?」
「……まあ、たしかに」
「そういえば、ご主人様の計測結果はまだ知らないです」
「む、そうだったか?」
計測機に表示されていた、レラの戦闘能力は以下の通りだ。
●
名前:レラ
性別:女
主:フィオグリフ
筋力 =C(869)
技量 =A(123)
素早さ=B(556)
耐久力=C(339)
霊力 =B(884)
精神力=A(378)
生命力=C(223)
●
「はぁ……。あたしより強いかも……」
「Aが二つもありますし~、鍛えたら充分サウザンドナンバーズも射程圏内かもですね~!」
「AとかBとかはわかるが、この数値は?」
「Eの1000がDの1と同じ、Dの1000がCの1と同じ、と言った感じですよ~。同じランク内でもこれで差が出るんです」
「ああ、なるほどな」
「ご主人様の能力、知りたいです」
「やめといた方がいいと思うけど」
「え~? わたしも気になります!」
そこまで言われたなら応えぬ訳にもいくまいよ。諦観した表情のプルミエディアとは逆に、レラとフィリルの目は輝いているしな。
私は、そっと計測機に手を置いた。
●
名前:フィオグリフ
性別:男
筋力 =SSS(999)
技量 =SSS(999)
素早さ=SSS(999)
耐久力=SSS(999)
霊力 =SSS(999)
精神力=SSS(999)
生命力=SSS(999)
●
「…………」
「…………」
「はぁ……。改めて見ると、頭が痛くなってくるわ……」
うむ。実際に数値として見てみると、なかなか笑いがこみ上げてくるな。
フィリルとレラは、目を点にしている。
「あ、あれ~? 計測機、壊れたかなあ?」
「ぜ、全項目……SSS……?」
「だから言ったのよ、やめといた方がいいって……」
「……さて、依頼は……」
少し心がどこかへ飛んでいってしまっているフィリルとレラを放置し、めぼしい依頼が無いか探してみる。
む、そういえばパーティーの申請とかはしなくていいのだろうか?
「依頼の前に、フィリルさん」
「は、はい? なんでしょう?」
「レラちゃんをあたしたちのパーティーに追加したいんですけど」
「あ、ああ! 了解です!」
やはり必要なのか。
これを忘れたらどうなるのだろうな。
とりあえず、レラよ。帰ってこい。
「おい」
「SSSがたくさん……」
「おい、レラ!」
「は、はいっ!」
「よし。戻ってきたな」
「はい!」
何なら軽く叩いてみようかと思っていたのだが、そうするとレラが死にかねないので実行するのは躊躇われた。あっさり戻ってきてくれて助かるよ。
「では、依頼はこれにするか」
「またリスキークエスト……」
「ご主人様が言うなら何でもいいです」
「……まぁ、フィオグリフさんが居るなら、どうとでもなりそうですね……」
なかなか報酬がおいしい依頼があったので、それを受けることにした。どうやらリスキークエストと言う、難度の高い物らしいが、パイロヒュドラも同様だったとのことなので、何とかなるだろう。
場所は、この街の南にあるバルスト砂漠だ。
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