第9話 暗黒神様、奴隷を買う

「それで、フィオグリフさん」

「うむ。まず聞きたいのだが……」


 レイグリードの個室なのだろう、あの広い部屋へとまたやってきた。

相変わらず、様々な物が置いてあるな。

今日は、他に誰もいない。

 まっすぐ、レイグリードの目を見据え、真剣に問うてみる。


「魔王アスガルテ、と言う者を知っているかね?」

「え、ええ。知っています……」

「そうか、なら話は早い」


 もし知らないのであれば、あの小娘について色々と説明してやるつもりだったが、その必要がないのであれば、かなり助かる。

手間が省けるからな。


「あくまで人伝いに聞いた話なのだが、アスガルテが復活したようだ」

「なん、ですって……?」

「最近、以前と比べて凶暴な魔物が多くなっている。そう思わんかね?」

「……ええ。それは確かに」

「どうもその原因が、魔王アスガルテの復活に因るものらしいのだよ」


 私がわざわざ呼び出したからには、それ相応の理由があると思っていたのだろうが、さすがに小娘の復活などというとんでもない話が舞い込んでくるとは予想していなかったようだ。

 レイグリードの表情からは、これ以上ないほどに驚愕の色が伺えた。


「なるほど……。確かに、それならば筋は通っていますね……。フィオグリフさんは、アスガルテがいつ頃封印されたのかご存知ですか?」

「500年前だろう?」

「その通りです。これは御内密に願いたいのですが、実は僕は、かつて魔王アスガルテを封印したメンバーの一人でして」

「ほう」

「……その時も、封印してから明らかに魔物たちがおとなしくなったのです。エンシェントドラゴンや、アークデーモンなどの凶悪な魔物たちも、それぞれが辺境へと逃げていきました」


 まあ、寿命が長いエルフで、勇者に匹敵するほどの実力者であるレイグリードならば、確かにあの小娘を封印する事も、奇跡が起きれば、あるいは可能かもしれない。

 500年前か。奴め、なかなか楽しんでいたようではないか。それで最終的に敗北するというのは、小娘らしい間抜け具合だがな。


「エンシェントドラゴン、か」

「ええ。ドラゴンの最上位種です」

「知っているとも。それに、つい昨日会ったばかりだ」

「なんですって!?」


 ええと、あの平原は何という名前だったかな……? ふ、ふる? ふり? うーむ?


「……朽ちた氷像、だったか?

あの近くで、奴と遭遇したぞ」

「そ、そんなバカな!? まさか、もうこんな近くにまで……!」

「まぁ、追い払っておいたから問題はない。

二度とこの地に舞い戻ることもあるまいよ」

「……あのエンシェントドラゴンを……。

やはり、あなたは規格外ですね」

「ふむ」


 レイグリードが、驚いたような呆れたような、そんな複雑な顔をしている。

実際には下僕にしたのだが、そこまでバラす必要はあるまい。

 それにしても、あのトカゲごときが、こうまで恐れられる存在とはな。わかってはいたが、やはり人間は脆い。


「それで、どうするかね?」

「調査隊を派遣する必要がありますね。

幸い、魔王アスガルテの根城は僕が覚えていますから」

「選りすぐりの精鋭を派遣した方が良いぞ。

魔王の一派、あるいは魔王本人と交戦する事も充分に考えられるからな」

「ええ、そうですね」


 本拠地を移している可能性も無くはないが、あの小娘は単純バカだからな。きっと昔と同じ場所に住んでいるに違いない。

 いい具合に話が進んできたが……。


「サウザンドナンバーズを召集します」

「ほう。確か、ランキングの上位千人をそう呼ぶのだったな」

「そうです。彼ら以外に、この任務は任せられませんよ」

「私が行ってきても構わんが?」

「いえ。残念ながらそれは厳しいでしょう。

実力があるとは言っても、未だハンターになったばかりの新人ですから」

「……むう……」


 やはり、そう来るか。

エンシェントドラゴンを追い払った、というのも私の自己申告だし、まだハンターになったばかりで実績がない。いくら“計測機”で規格外の力を見せたとは言っても、それだけで納得するほど人間社会は単純にはできていないはずだ。

 レイグリード自身、半信半疑の所もあるのだろうしな。だがそうなると……。

 サウザンドナンバーズ、だったか。恐らく、死者の数は膨大なものになるだろう。あの勇者程度がトップと言うのなら、他の面々の実力もたかが知れている。仮に小娘の居城に乗り込んだとして、幹部連中に大半を殺され、生き残った数人で小娘と対峙……。

そうなれば、全滅すらも有り得る。

 まあ、今回は偵察が主だ。さすがに死地に特攻するような愚行は犯すまい。そう信じたい。


「では一つ、助言をしておこう」

「なんです?」

「間違っても、魔王アスガルテとはまともに戦おうとするな。奴の幹部連中ともな。

そんな事になれば、下手をすれば全滅するぞ」

「……ええ。重々承知しています」


 ……まさか、レイグリード本人も行こうとしているのではあるまいな。

今の間は、何かそんな事を思わせた。


「各国にも知らせた方が良いでしょうね……」

「む? まあ、その辺りはよく考えて実行することだな。生憎、私は国家事情には疎いのでね」

「はい……」


 さて、重々しく受け止めているようだが。

あの小娘の事だし、まずは私に挨拶しに来る可能性もある。そうなれば半殺しとは言わず、確実に息の根を止めておくが。

 ひとまず、今回の話はこんなものか。


「では、私はこれで失礼する」

「はい。貴重な情報をありがとうございました。慎重に会議を重ねた上で、今後の活動を決めていこうと思います」

「うむ。ああ、サウザンドナンバーズとやらにもきちんと教えておくのだぞ。

魔王アスガルテが、どれほどの存在なのか、と言うことをな」

「はい。そのつもりです」

「ならば良いのだ。ではな」

「またお会いできる日を楽しみにしています」

「うむ」


 あの勇者然り、サウザンドナンバーズとやらの中にも自らの力に溺れている者は居るだろう。「魔王? そんなの怖くねー!」などと言って、無駄に特攻して小娘の怒りを買えば、迷惑を被るのは全世界の街々だ。

 そうなったらそうなったで、私が小娘を殺しに行くのだが、せっかくこれから触れ合う人間たちを減らされてはかなわん。楽しみが減ってしまう。


「さて、どうなるかな」


 今後の動向を、しっかりと見守ることにしよう。




「…………」


 レイグリードと別れ、オフィスを抜けた私は、一人で街を歩いていた。

 フィリルと会話を楽しむことを考えたのだが、残念ながら彼女は既に忙しそうにしていたのだ。一階はハンターたちでごった返し、掲示板を眺める者。所々にあるテーブルを挟み、真剣な表情で話し合う者。カウンターにてフィリルや他の受付嬢たちとやり取りしている者。そんな人間たちが多く居た。


「ふむ? ふーむ」


 せっかく一人なので、どことなく陰惨な雰囲気が漂う裏町へと足を踏み入れてみた。

みすぼらしい格好の童たちや、それとは逆にごてごてに着飾った成金風の人間たち。

 なるほど、表とはまた違った街を見ることができるのだな。


「ん……?」


 そんな中、何やら首輪を着けた人間が、成金風の人間に連れられている光景が目に留まった。他にも、同様に首輪を着けた人間が、屈強な男に連れられている姿も確認できる。ああ、なるほど。アレが奴隷と言う奴か。この時代にもまだあるのだな。


「……ふむ?」


 成金風の男が、裏町には不似合いな程に豪華な建物に入っていくのが見えた。

その後ろには馬車が控えており、手錠をかけられた人間たちがぞろぞろと立っている。

もしかして、今の男は奴隷商か?


 少し気になったし、覗いてみるか。

……いや、待てよ。新人ハンターである私に、不名誉な称号が与えられてはかなわんな。

奴隷と言うのは後ろ向きな事情を持つものだと聞いたし、ここは姿を変えておくとしよう。

 とりあえず世界の時間を止め、街中であっても、誰からも見られる事がないようにしておく。

 さて、姿を変えるとなると……。


 うむ。ミリーナ、君に決めた。

とは言え、髪の色が同じではまずい。

ここは一つ、黄緑色にでも変えておこう。

ミリーナは相当昔の故人だし、他は彼女と同じ姿で問題あるまい。


 あの世の彼女から苦情が来そうだが、まぁ諦めろ。


「よし」


 『新人ハンター、フィオグリフ』から、『謎の美少女、ミリーナ』へと、私の姿が変わった。服は……そうだな。生前の彼女と同じ物にしておくか。剣は消しておこう。


 こうして、黄緑色の美しい長い髪に、絶世の美貌を持ち、ほっそりとした太股の辺りまでを飾る黒いショートパンツに、腋を堂々と露出した白いノースリーブで着飾った、『偽ミリーナ』こと『変装フィオグリフ』が出来上がった。彼女の特徴である、自己主張の激しすぎる胸部も完全再現だ。

 ……すまん、ミリーナ。

必ずあの世で詫びるから、許せ。


「では、行くか」


 再び世界の時を動かし、何食わぬ顔で先ほどの建物へと入っていく。周りの男たちが全員見蕩れているのが見えたが、まあミリーナのパチモンだからな。


「いらっしゃ……い?」

「お、おぉ……」

「失礼します」


 私自身の中にあるミリーナのイメージを壊したくないので、できる限り柔らかな口調で話してみる。うむ、非常にやりにくいな。


 店の中に入るなり、カウンターに座っていたスキンヘッドの筋肉マンと、先ほど見た成金風の男が固まった。大方、私が化けた偽ミリーナの美貌に目を奪われたのだろう。


「はっ……! いらっしゃいませ!

お客様は当店に初めてお越しですね?」

「ええ。外を歩いていたら、たまたまあなたが馬車から降りてくるのが見えたので」

「なるほど、それで興味をお持ちいただけたと! いやあ、お目が高い! 当店はかのノストラ王国から認可を受けた、歴史の長い老舗でございます! 当然、商品の品質は保証致します!」

「へえ、ノストラ王国から」

「はい! それで、本日はどのような者をお探しでしょう? お客様のお美しさから察するに、護衛となる屈強な戦士等でしょうか?」


 相変わらず固まったままのスキンヘッド筋肉マンを放置し、正気を取り戻した成金風の男が応対してきた。なるほど、やはりここは奴隷屋で間違いないな。

 まぁ、別に奴隷などいらんのだが、話を適当に聞いて、どんな人間が捕らわれているのか見てから店を出ることにしよう。面白そうな奴が居たら買うのもいいかもしれんが。


 ところで、ノストラ王国とはなんだ?


「えーと、とりあえず色々見たいかな」

「左様でございますか! 本日はちょうど商品を大量に入荷致しましたので、よろしければ少々お待ちいただけますか?」

「ん」

「ありがとうございます! おい、貴様ら! 惚けてないでさっさと商品を運べ!」

「へ、へいっ!」


 どうやらこの成金風の男はこの店の偉い人間らしい。指を鳴らし、奥から現れたスキンヘッド筋肉マンたちに指示を飛ばしている。

 そして、その中の一人が慌てて持ってきた椅子に、私はそっと腰掛けた。意外と気が利くな。

 待っている間暇なので、成金風の男に色々と聞いてみることにする。


「ねえ」

「はっ! あ、申し遅れました。わたくし、『ザザーランド・デュシオン』と申します。

以後お見知り置きを! それで、御質問はどのような?」

「奴隷の相場っていくらぐらい?」


 成金風の男改め、ザザーランド。

利用するかどうかはわからんが、一応相場は聞いておく。


「そうですなあ……。商品の性別や種族、経歴、お客様の購買目的などでかなり変わってきますが、安くて5000C、高くて10万Cといったところが一般的でございます。

ごく稀に、凄まじい値段の商品が入荷する事もありますが」

「凄まじい値段? 例えばどんな人?」

「はい。絶世の美貌を誇り、更にはある程度以上の戦闘能力を持つ娼婦などです。そう言った者ならば、200万Cは下りません」


 ……うむ? なんか、殺したばかりの勇者パーティーがそんな感じだったような……?


「でも、200万ぐらいなら腕利きのハンターなら稼げそうだし、貴族とかは買っていきそうだね」

「はい。お察しの通りでございます。

実際、超高額商品の購入者は、ほとんどがサウザンドナンバーズや貴族の方々です」

「なるほど」

「これは噂ですが、あの勇者殿も、よく奴隷屋を利用しているそうですよ。先ほど挙げた、戦える娼婦を購入してパーティーを組んでいるそうです。あくまで聞いただけですがね」

「勇者がねえ……」

「まあ、勇者殿と言えど男の欲求には逆らえんと言うことでしょうな」

「そう言うものかな」

「ええ。それに、娼婦と言えどその戦闘能力はなかなかバカにできないものがありますから」

「なんでそんなのが奴隷に?」

「事情は色々ですが、ふとした拍子に負った多額の借金で、奴隷身分に落ちる者が多いですな」

「ふーん……」


 間違いない、あの勇者一行だ。

奴隷ハーレムと言う奴か。なんか、もっとこう、プラトニックな純愛を想像していたのだが、あいつらの繋がりはそんなあっさりとした物だったのか……。

 まあ、もう死んだのだがな。


「他に何か御質問はございますか?」

「今日は入荷してないの?」

「超高額商品ですか?」

「うん」

「なかなかの上玉はおりますが、戦闘能力が高くないので、精々8万C程ですな。

屈強な男戦士であれば、手頃な値段の商品が多くありますが?」

「男の戦士はなんで安いの?」

「基本的に使い捨てですからな。それに、お客様のほとんどが男性なので、顔立ちの整った男は需要が低いのです」

「なるほど。私みたいな客は珍しいと」

「ははは、そうですな。あなた様のようなお美しい方を見たのは初めてですよ」

「そう」


 まあ、実際には肉盾用の安い男と、性欲のはけ口となる娼婦が売れ筋といったところか。

なかなか人間らしい店だな、奴隷屋というのは。


 ザザーランドと会話している内に、入荷作業が終わったらしい。笑顔の彼に連れられ、店の奥へと通された。

 そこには、人間たちが入っている無数の牢屋のような物があった。これが買われる前の奴隷たちの住まいなのだろう。


「…………」

「どうです? お気に召した商品はございますか?」

「ん、まだ見たい」

「左様ですか。まあ、焦る必要はございません。どうぞ心ゆくまでご覧下さい」


 手錠をかけられ、首輪を着けられ、ボロボロの布を纏った人間たちが居た。ぎゃあぎゃあ騒いで客を苛立たせないようにと言う配慮なのか、全員口に金具をはめられ、喋ることもできないようだ。そしてその目は一様に死んでおり、光は灯っていない。私がよく見てきた、死ぬ直前の勇者たちのそれと同じ物だ。

 しかし、奥へ進んでいく内に、小綺麗な服を着た女たちが確認できた。どうやら、アレが娼婦らしい。


「……ん」

「ああ、ソレはなかなかの変わり種でしてね。基本的に商品たちは死んだ目をしているのですが、何故かソレだけは違うのです」


 私の目に留まったのは、エルフの美少女だった。小綺麗な服を着ているので、娼婦なのだろう。ザザーランドが言う通り、確かにその目には光が灯っている。

 ミリーナには数段劣るが、蒼く輝く髪をツインテールにし、端整な顔立ちを持つ。そして、スタイルも抜群であり、たわわに実った二つの果実が目を引いた。


「面白い」

「おや? ソレがお気に召しましたか?

一応、戦闘能力もございますが……。

少々反抗的な、欠陥品ですよ? 本来は超高額の目玉商品として仕入れたのですが、なかなか躾が進まなくて……。情けない話です」

「……クックック……。これが欠陥品?

わかっていないな、ザザーランド。

コイツの潜在能力はかなり高いぞ」

「……へ?」


 思わぬ掘り出し物を見つけた上に、ザザーランドがまるで見当外れの事を言うので、つい素になってしまった。

 このエルフ、力を隠しているな? 更に、伸びしろもまだまだ残っている。最終的には、レイグリードに匹敵する程までに成長するだろう。なぜこんな女がこんな所に居るのだ?


「ザザーランド」

「は、はっ!」

「このエルフを買おう。いくらだ?」

「へ? 一応、苦労して仕入れたので……。

50万Cでいかがでしょう?」


 欠陥品と称する割に高いな。まがりなりにも美人の娼婦だからか。反抗的らしいし、そういうのを好む者も居るだろうしな。


 だが。


「ダメだ、負けろ」

「そ、そう言われましても……。

……ッッ!?」


 うるさい、金が足りんのだ。

報酬はプルミエディアと分けたからな。

この際仕方あるまい。暗黒神としての力を使い、少々脅しておく。


「もう一度だけ言うぞ。負けろ」

「……タ、タダで結構です……」

「ククク、よろしい。ではもらっていくぞ」

「はっ……!」


 建物を壊してしまわない程度に霊力を吹き出し、私の背後に本来の私の幻を出しておいた。

更に、ザザーランド本人も軽く洗脳した。


 クックック……。


 自らの意志で譲ってくれると言うのだから、何も問題はあるまい。店を出る前に一応記憶は消しておくが。代わりにこのエルフは本来の値段で買い取られたという記憶をでっち上げておけば完璧だろう。


 ザザーランドが慌てて鍵を開け、私の気に触れないように、慎重に奴隷エルフを連れてきた。


「口のソレを外してやれ」

「はっ!」


 もうこの成金は、すっかり私の下僕と化しているな。まあ何かの役に立つかも知れんし、いっそのこと完全に洗脳しておくか。

 ザザーランドがエルフの口にはめられた金具を外し、満面の笑顔を浮かべてきた。

そして、くるりとエルフの側を向き、一言。


「いいか! この方が貴様の御主人となるのだ! しっかりと挨拶をするのだぞ!」

「……よろしく」

「貴様ッ! なんだその態度は!」

「よい、ザザーランド」

「し、しかしお客様……」

「よいと言っているのが聞こえんか?」

「は、失礼致しました……」


 なるほど、確かに無愛想なエルフだ。

だが、どう見ても女である私が主になると言うことに、少なからず戸惑っているのが見て取れる。


「それでは、お客様。契約しますので、サインをお願いいたします」

「うむ。おい、エルフ。名は?」

「……無いよ」

「ふむ、そうか。では私が名付けてやろう」

「…………」


 サインか。まあ、適当に書いておけばいいだろう。片手間にエルフに名を聞いてみたが、そんな物はないらしい。奴隷になる際に捨てたのだろうか。


「お前の名は、レラだ。いいな」

「…………」

「返事はどうした」

「……ッ! は、はい……」


 おっと、いかん。つい威圧してしまった。

さすがの奴隷エルフ……いや、“レラ”も、ザザーランドと同様に脅されては、激しい恐怖に襲われるようだ。


「リリーナ様、ですね。

奴隷の名前はレラ……と。

では、彼女の首輪に手を当てていただけますか? そうする事により、彼女の所有権は当店からあなた様に移ります」

「うむ」


 リリーナと言うのは、私の偽名だ。

さすがにフィオグリフと書くわけにもいくまい。変装した意味がないからな。

 未だに怯え、ガタガタ震えているレラの首輪に手を当て、ザザーランドが頷いたのを確認してから手を離す。


「ご購入頂きまして、誠にありがとうございます! またのご利用、心よりお待ちしております!」

「うむ。機会があればまた寄ることにする」

「はっ!」

「レラ、行くぞ」

「は、はい」


 扱っているのが奴隷とは言え、商人にとって情報は命だ。ならば、ザザーランドにもまだまだ利用価値がある。今後も、“協力”してもらうことになるだろう。そう考えると、今日はなかなか有意義な寄り道をしたと言えるな。

 奴隷を買ったのは予定外だったが。

気に入ってしまったのだから仕方ない。




 ザザーランドの記憶を改竄し、店から出た所でふと気付いた。


「……プルミエディアにどう説明するかな?」

「プルミ……? ご主人様の御友人ですか?」

「うむ、まぁな。こう見えて私はハンターをやっているのだ」

「ハンター……」


 うーむ……。

まあ、どうにか言い訳するか。

 さて、さっさと裏町を出て、変装を解かねばな。いきなり主の性別が変わることになるが、レラはまぁ、どうにでもなるだろう。

口外無用と命じておけばいい話だしな。それに、思いっきり素で接してしまっているし。今更猫をかぶる必要もあるまい。私に演技は向いていないようだ。


「…………」

「…………」

「ここでいいか」

「はい?」


 裏町を出て、早速世界の時を止めた。

今回は、わざとレラだけ止めていないので、彼女も普通に動けるはずだ。


「こ、これは……!?」

「私が何者かは置いておくが、今は私たち以外の時間を止めている。よって、これから起きることは部外者には知られることはない。

お前がバラさない限りはな」

「時間を、止める……!? そんな霊術、聞いたことが……!」

「いいか? 口外は無用だぞ」

「は、はい。絶対に言いません」

「それでいい」


 ギャラリーが居るのは久しぶりだが、なに、慌てることはない。コイツは私の奴隷だ。

私の物だ。命令には必ず従うはずだ。

 そう自分に言い聞かせながら、『謎の美少女、リリーナ』から、『新人ハンター、フィオグリフ』へと姿を変えた。服装も当然、元のハンタースタイルに戻しておく。


「……えっ!? ええっ!?」

「レラ、私は女ではない。男だ」

「さっきまでの姿はっ!?」

「霊術で変装していただけだ」

「えぇっ!? ご主人様、本当に何者!?」

「お前の主で、新人ハンターだ」

「……新……人……? いやいや……。あの威圧感と言い、この異常な力といい、どう考えても新人ハンターなんかじゃ……。いえ、何でもないですご主人様」


 レラの反抗的な態度は、綺麗さっぱり消え去っていた。さて、せっかくだし明日からはプルミエディアと一緒にコイツも鍛えてやるか。

ああ、レラのハンター登録も済ませなければな。奴隷でも登録できるのだろうか?


 そして、先ほどまでリリーナが着ていた服をレラに着せ、私は世界の時を再び動かした。

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