第8話 暗黒神様、ウサ耳を気に入る
「ここが……」
「あたしが使ってる宿屋『流水亭』よ。
一階が酒場で、二階から上が宿になっているの」
「なかなか美しい建物だな。趣があって良い」
「でしょ? 話が分かるじゃない」
「まぁな」
五階建ての、寂れた館のような建物。
だが中に入ってみると、清らかに澄んだ水が所々に流れており、様々な植物が邪魔にならない程度に植えられていた。
なるほど、確かに“流水亭”だな。
プルミエディアは、この街ではここ以外の宿を使わないらしい。
理由はよく分からないが、他のハンターもそう言った“馴染みの店”があるのが普通だそうだ。
なかなか広い店内を奥へと進んでいくと、横目にカウンターが見えた。一階は酒場と言うことなので、飲むときはあそこで注文するのだろう。今回はひとまずスルーだが。
マスターと目が合ったので軽く頭を下げ、そのまま階段を上がっていく。すると、上がった先にまたカウンターがあった。
これは恐らく宿の受付だろう。それを証明するように、プルミエディアがまっすぐそのカウンターへと向かっていった。
「ああ、プルミエディアちゃん。宿泊だね?」
「こんにちは、おじさん。そうなんだけど、今回は2人よ」
「……へ?」
宿屋の親父が目を丸くし、辺りをキョロキョロと見回す。そして、私と目が合った。うむ。前へ出るか。
「初めまして。フィオグリフだ」
「あ、ああ。初めまして……。あのプルミエディアちゃんが、ついに仲間を見つけたのか……」
「そこまで驚かなくても……」
「ところで、失礼だけど。この人は、女性かい? 男性かい? 随分と綺麗だから女性っぽいんだけど、でも、それにしては大きい剣を背負ってるし……」
最早恒例となってきたな。
どうしても女に見えるらしい。
背中の大剣が無ければ、完全に女扱いされていたのだろうな。
……なぜだ……。
「私は男だ」
「声が事務的になってきたわね」
「あ、あれっ!? 男性!? それは申し訳ないっ!」
「いや、いい。もう慣れた」
「目は正直よ」
「……そうか?」
「す、すまないね……」
そう言うものだと割り切ったつもりなのだが、どうも視線がよろしくないらしい。まあ、これから先もずっとこのやり取りを続けると考えると、ちょっと気が沈むのは確かだ。
「ご、ごほん。2人で宿泊だね? 料金は4000Cだよ」
「はい」
「どうも! それではごゆっくり!
……ん? 男?」
プルミエディアは女で、私は男。
そして二人っきり。恐らく部屋も同じなのだろう。
宿屋の親父が、ピンと来た様子でニヤニヤしだした。
「な、何よ?」
「ははは! 何でもないよっ!」
「あ、あのねえ! 別に、あたしとコイツは……」
「恩人に対してコイツとはなんだ」
「ごめん!」
「……恩人? へー、ほー……?」
それにしても、2人で一泊4000Cか。
今日得た報酬は5万Cもある。
……ハンターと言うのは、本当に儲かる仕事なのだな。
ニヤニヤしている親父を無視し、プルミエディアが逃げるように部屋へと去っていく。置いてきぼりにされてはかなわん。
私もさっさと追わねばな。
たどり着いた部屋にはベッドが四つ置いてあり、広さもなかなかのものだった。部屋を見回していると、プルミエディアがベッドに沈み込んだ。やはり疲れがたまっていたようだ。
「ふぅ……。
おじさんったら、まったくもう……」
「これは……! なかなかに寝心地が良いな!」
「…………」
私の住処には、ベッドなど無い。
そう言う物があると、話に聞いていたぐらいだ。つまり初めて触ったのだが、素晴らしいな、これは。
年甲斐も無く至高の寝床を満喫していると、プルミエディアが呆れた顔を向けて来ていた。
「まるで子供ね……」
「な、なんだとっ? この感動が分からんのか!」
「……あなた、今までどんな所で寝てたのよ……」
「むむむ……!」
趣味で作った玉座に丸まって寝ていたが、何か? ミリーナに“猫みたいでかわいい”と言われていたが、何か? まあ、玉座と言ってもその大きさは相当な物だがな! 恐らくこの建物が丸ごと入るぐらいはあるだろう。たぶん。
……ベッドと比べると、涙が出てくる。
「うふふ、結構かわいいとこもあるのね」
「や、やかましい!」
「相変わらず無表情だけど」
「……そうか」
私は無表情なのか。
まだこの身体に不慣れだからか、そもそも表情を作るというか、動かすと言う事にすら不慣れだからな。仕方ない。暇なときに人間に化けて過ごしてみたりはしていたが、1人で居ると、どうもな。
「ねえ、フィオグリフ」
「なんだ?」
「あなたの霊術って、かなり独特よね? あたしとか他の人たちが使っているのとは、全く違ったもの」
「まあ、そうかもしれんが。それがどうかしたか?」
「…………」
ベッドで横になっていたプルミエディアだったが、身体を起こし、真剣な表情で私を向いた。仕方がないので、私も真面目に聞くことにする。
「その霊術を、あたしに教えて欲しい」
「ふむ。私もそれは考えていた」
「ほんと?」
「ああ」
やはり、そう来たか。
足を引っ張った事を気にしているようだったし、大方そんなところだろうとは思っていた。私としても一向に構わんのだが、人間が暗黒霊術を使えるかどうか……。
しかし、やってみなければわからんな。
今後の実験的な意味も含めて、試してみるか。
「お前が修得できるのかは怪しいが、それでもいいのなら」
「あ、ありがとうっ!」
「喜ぶのは早いぞ。どれぐらい時間がかかるのかもわからんしな」
「そうだよね。でも、あたし頑張る」
「結構。それでは、まずはどうするかな……」
……いざ教えるとなると、困るのが実情だったりする。アレは、特にこうしてこうするとか意識しているわけではない。どうしたものか……。
それに、“暗黒霊術”と言う名はどうも印象が悪い。私の正体がバレる危険もあるし、適当な物に変えた方が無難だな。
となると……。
「失礼」
「な、なに?」
「…………」
プルミエディアの額に手を当て、記憶を探る。と言っても、彼女の過去を覗き見ているわけではない。現代の“霊術”についての知識を盗んでいるだけだ。
よし、決めたぞ。手を引っ込み、私はベッドに座り直した。
「私が使ったアレは、『神霊術』と言う。
並の人間では扱えない代物だから、お前が修得できるかはわからん」
「神霊……術……。そんなの、初めて聞いたわ」
「そうか」
そりゃそうだろう。そんなモノは無いのだから。いや、彼女が知らないだけで実は存在したりとかはするのかもしれないが、その時はその時だ。今は、神霊術と言う名をでっち上げておく。
「早速、修行を始める」
「うん!」
「……と、言いたいところだが、如何せんこの場所では狭すぎる。後日、街の外に出てから修行開始といこう」
「あ、う、うん。わかった」
これで時間は稼げる。
早くて明後日、か。それまでに何とか考えておかなければな。それに、この部屋では狭いと言うのも事実だ。うっかり宿屋ごと破壊しかねんし。
「じゃあ、明日は別行動で、明後日から合流って事でいいのよね?」
「ああ、そうだな」
「了解よ」
これで、今日の予定は終了か。人間の生活は、退屈せんでいいな。こんな事なら、もっと早く外界に出てくるべきだったかもしれん。
◆
「行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
「お前はまだ出ないのか?」
「まぁね。少しゆっくりしてからかな」
「そうか。身体に気をつけるのだぞ」
「ん、ありがと」
翌朝。至高の寝床を堪能し、実に心地よい夜を味わった私は、レイグリードに会うため、ハンターズオフィスへと向かう。
プルミエディアは、まだ宿を出ないらしい。一応病み上がりなのだから、そのまま安静にしていた方がいいのだろうが、まぁどこかへ出かけるつもりなのだろうな。
一人流水亭を後にした私は、昨夜寝る前にプルミエディアが作ってくれた手料理を頬張りながら歩いている。
何でも、一人旅をしていた頃に手に入れた魔物の肉をふんだんに使った物らしい。
私は別に飲まず食わずでも死なんから、こういう物を口にした経験はあまり無いのだが、味の良さがわからないわけではない。
結論から言うと、プルミエディアの手料理は相当美味い。店を開いても充分やっていけるのではないか? と思うほどだ。
「トカゲの肉も、美味いのだろうか」
ふと、リリナリアの顔が頭に浮かぶ。
どうせなら、奴も食材にしてしまえばよかっただろうか。失敗したな……。
さて、ハンターズオフィスは……。
「あった、ここだな」
白く巨大な扉を開け、中へ足を踏み入れる。
さすがに朝だからか、昨日よりは人の数は少なかった。それでも多いが。
いくつかあるカウンターの一つに向かい、受付嬢に話しかける。どうも、昨日とは違う人間のようだが、まぁいいだろう。
「おはよう」
「お、おはようです! えっと、初めまして……ですよね?」
「うむ。昨日登録したばかりだからな」
「あ、そうなんですか! 奇遇ですねっ!
実はわたしも今日ここに入ったばかりの新人でして!」
「ほう、そうなのか。新人同士、よろしく頼む」
「はい、よろしくです!
あ、わたしはフィリルって言います」
「そうか。私はフィオグリフだ」
「わぁ~っ! フィ同士ですね!」
「う、うむ」
新人受付嬢、フィリル。
白く長い耳が頭から生えており、髪も白く長い。そして、華奢な身体に反して主張すべき部位は激しく主張している。
見た目からしてうさぎ型の獣人だろう。
顔もそれなり以上に整っており、この先人気が出るだろうと言うことは想像に難くない。
「あ、今回はどんなご用で?」
「レイグリード殿に会いに来た。取り次いでもらえないか? 私の名を出すといい」
「え、レイグリード……? えっ!?
総支配人とお知り合いなんですか!?」
「うむ。頼むぞ、フィリル」
「あ、は、はい! 只今! あっ、暫しお待ち下さい~!」
「ああ」
クックック、何とも落ち着きのない子だ。
何となく、嗜虐心をくすぐられる。
今も、あわあわしながらカウンターの奥にある部屋に駆け込み、無駄に大きな声が聞こえてきているしな。
あそこは所謂スタッフルームみたいなものだろうか。関係者以外立ち入り禁止、とかそう言う感じの。
おっ、彼女が戻ってきたぞ?
「フィ、フィオグリフさん!」
「なんだ?」
「総支配人がここにいらっしゃるそうなので、そのままお待ちいただけますか!?」
「後ろがつっかえているのだが、良いのか?」
「あうっ!? あ、え、え~っと……」
ウサ耳がゆらゆら揺れている。
どうしたらいいのかわからず、オタオタ慌てるフィリルの動きに伴い、耳もブンブン動いているのだ。
まあ、私の後ろには誰もいないんだがな。
「クックック……」
「な、なんですか?」
「よく見ろ。私の後ろには今のところ、誰も並んではいないぞ」
「え……? あぁっ!? ほんとだ!」
「ククク、なかなか面白い子だ」
「ひ、ひどいです! わたしをからかいましたね~!?」
「うむ」
「満面の笑みを浮かべないで下さいっ!
……あれ? フィオグリフさんって、男性だったんですか……?」
「む? そうだが」
両腕をがうっ! と上げて抗議してきたフィリルだったが、ふと視線が下に落ちた。
そして、ようやく私の性別に気付いたらしい。
視線の先に何か書いてあったのかな?
「じょ、女性の方だとばかり……」
「よく言われるよ」
「すいません」
「いや、別に構わん」
今度は、何故かしょんぼりしだした。
無駄に感情が揺れ動く子だな。
だからこそ面白いのだが。
「それにしても、綺麗な方ですねえ……」
「そうか?」
「はい。まるで女神様です……」
「男だがな」
「そ、そうですよね」
女神とまで言われるとは思わなんだ。
もし本来の姿を見せたらどういう反応をするのだろうな。腰を抜かすか、放心状態になるか。
それはそれで面白そうだ。
「そういえばそれ、随分おっきい剣ですね」
「まぁな。持ってみるか?」
「いいんですか?」
「壊したら弁償してもらうぞ」
「え、遠慮しておきます……」
「ククク……」
私の大剣に目を奪われ、瞳をキラキラと輝かせたかと思うと、『弁償』という言葉に何か思うところがあったのか、プルプル震えだした。
フィリル、か。なかなか気に入ったぞ。
「やっぱりそれって重いんですか?」
「どうだろうな? あまり意識したことはない」
「あー、まぁそう言うものですかね~。ハンターにとって己の武器は、もう自分の分身みたいな物ですし。長く愛用してきた品なら尚更ですよね」
「詳しいな」
「あ、はい。わたし、こう見えてもハンターをやっているので」
「なんだと?」
予想外の言葉が出てきた。
この子が、ハンター? ならば何故、受付嬢をやっているのだ? 罰ゲームか?
「ああ、聞いたこと無いですか? たま~にですけど、人手が足りない時はハンターの中から受付嬢に選ばれたりするんですよ。わたしも、こうやってカウンターに座っているのは一定の期間だけです」
「そんな事があるのか」
「ですよ~。男性の方には縁がない話ですけどね。受付嬢は女性限定なので」
「それはそうだろう。受付『嬢』だからな」
「あはは、たしかに」
この慌てん坊ウサ耳が、現役ハンターとは。
よくよく考えたら、オフィス内でハンター同士が揉め事を起こした場合、それを仲介する事になるだろうオフィススタッフが、戦った経験もない素人では困るかもしれんしな。
となると、他の受付嬢も……?
いや、他はいい。フィリルがハンターか。
ふむ、良いかもしれん。
「フィリル」
「はい?」
「ランキングは何位だ?」
「わたしですか?」
「うむ」
「それは──」
彼女が口を開いた、その瞬間。
「フィオグリフさん!
待たせてしまって申し訳ない!」
──レイグリードが現れた。
ちっ、間の悪い奴め。
「……レイグリード殿か」
「あ、あっ!! こ、こんばんは!」
「今は朝だぞ、フィリル」
「そうでしたっ!!」
「ん? あ~、そういえば。
今日からヘルプに入ってもらうんでしたね」
「では、早速用事を済ませるか」
「ええ。場所を移しましょう」
「承知した」
レイグリードがフィリルを見て、「ん? なんで受付嬢してんだコイツ?」とでも言いたげな目をしていた。が、すぐに気付いたようだ。
まぁ、トップの人間となると、いちいち末端の事情など把握していられんか。
もう少しフィリルと話してみたかったが、仕方ない。レイグリードと共に、またあの広い部屋と移動することにしよう。
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