第7話 暗黒神様、帰還する

「これでよし」

「おぉ~……。こんな事もできるんですね」

「当然だ。私は神だぞ。まあ、無闇に力を振りかざすのは好きでは無いがな」


 未だに時が止まったままのプルミエディアを治療してやった。まずは折れた骨を元に戻し、潰れた内臓も同様に。そして傷を治し、異常がないことを確認してから、再び彼女の時を動かす。ここまでやれば、どれほどの重傷でも生き延びるだろう。


「あの、ボク……。彼女に謝りたいです」

「貴様の事を説明するのが面倒だ。今の私は、自分が暗黒神である事を隠しているからな」

「そうなんですか? 暗黒神様」

「その呼び方をやめろ。フィオグリフでいい」

「呼び捨ては恐れ多いので、せめてさん付けで……」

「……まぁ、よかろう。この人間には私が適当に言っておくから、貴様はとっとと失せろ。任せたい仕事もあるしな」

「えっ? 仕事、ですか?」


 今のトカゲは、私が作ってやった服を着ている。もしも真っ裸で居るところを誰かに見られたら、何を言われるかわかったものではないからな。

 コイツには、この世界を飛び回り、各地にある人間の街を探ってもらう予定だ。無論、断れば殺す。元トカゲごときに情けは無用だ。


 が、その前に聞きたいことがある。


「トカゲ」

「は、はい! あの、リリナリアです!」

「貴様、何故こんな所に居るのだ?

エンシェントドラゴンは、普通お高い山の奥に住むものだろう」

「あー……」


 トカゲ仲間と馴染めなくて、とは言っていたが、それでもわざわざこんな所まで出てくる必要はないはず。山の中にも人間の村ぐらいあるだろう。不思議に思っていたのだ。


「フィオグリフさんは、魔王アスガルテって知ってます?」

「ああ、あの小娘か。アレがどうかしたか?」

「あ、やっぱりご存知なんですね。じゃあ、アレが500年前からつい最近まで、封印されてたって知ってました?」

「何……?」


 懐かしい名を聞いた。『魔王』アスガルテ。

3000年ほど前に生まれた、魔物たちの王だ。いや、女だから女王か。まぁどっちでもいいな。

 500年と少し前まではよく私の住処に殴り込んできて、「暗黒神、勝負しろ~!」などとほざいていた奴だ。いつも半殺しにして放り出していたのだが、まさか封印されていたとはな。道理で最近は見なかったはずだ。間抜けめ。


「で、アレが復活したんですよ。そのせいで、ボクが住んでいた山が凶暴な魔物で溢れかえっちゃって。あまりにも住み心地が悪いし、元々仲間たちとも上手くいってなかったので、ぶらぶら~っと飛んでいたら……。この辺りに着いちゃったんですよ、ボク」

「パイロヒュドラが彷徨いていたのも奴が復活したせいか? 相変わらず傍迷惑な小娘だ」

「みたいですね。フィオグリフさんとこうして出会でくわすまでも、結構ハイランクな魔物たちがこの平原を歩いていましたし」

「なるほどな……」


 アスガルテの事を、レイグリードにでも聞いてみようか。上手く行けば、一気に知名度を上げられるかもしれんし。封印されていたのが復活したとなれば、また以前のように私に喧嘩を売りに来るだろうし、始末してしまおう。鬱陶しいからな。


 よし。トカゲの奴、案外使えるじゃないか。


「トカゲ」

「……はいっ!」

「貴様はなかなか利用価値がある。よって、今後も私と付き合う事を許そう。早速だが、先ほども言ったとおり頼みたいことがあるのだ」

「ありがとうございます! なんなりとっ!」


 ……こうしてみると、暗黒神と言う肩書きは便利だな。自由に空を飛べるエンシェントドラゴンですら、素直に従ってくれる。コイツなら人間の姿でも霊術で充分な戦闘が可能だし、行動範囲が広いから情報収集も難なくこなせる……はずだ。


「人間の街に潜り込んでみてわかったのだが、私は驚くほどに無知だ。国がどうなっているかなど興味もなかったし、人間の文明など気にもしていなかったからな。だが、いざ人間社会で暮らすとなるとそれでは困るのだよ。わかるな?」

「情報収集をすれば良いって事ですか?」

「ああ、そうだ。特に、各国の要人に関しては重点的に調べてほしい。私は勇者になってみたい。となると、そう言った者たちとの繋がりが重要な意味を持ってくるはずだ。それと、人間が私の事をどう思っているのか。それも調べろ」

「邪魔者は消してもいいです?」

「構わん。それで貴様が追われる身になっても知らんがな」

「……ら、らじゃ」

「連絡を取るときは、心の中で念じろ。世界中のどこにいても、それだけで私に伝わる」

「本当に凄いですねぇ」

「では、行け。プルミエディアが目を覚ませば面倒な事になる」

「はいっ! 早速行ってきます!

……まずは南に行ってみようかな~♪」


 鼻歌混じりに、空を飛んで去っていくトカゲ。いや、リリナリア。ドラゴンには翼があるが、アレは実はただの見せかけだ。実際には、霊術で飛行しているに過ぎない。だから、ああやって人間の姿になっても普通に飛べるのだ。


 さて、と。


 では、私はプルミエディアを背負って街に帰るとするかな。




「う……ん……」

「む、気が付いたか」

「あれ……? フィオグリフ……?」


 グランバルツに帰還し、ハンターズオフィスに向かっていた所で、ようやくプルミエディアが目を覚ました。結構長いこと気絶していたな。

 彼女は、少し寝ぼけた表情で、辺りを見回している。

 そして、しばらく経ってからはっとした表情を浮かべ、自分の身体を確認し始めた。どうやら、何があったのか思い出したようだな。


「な、なんで!? どうして生きてるの!?」

「急に暴れるな。お前は一応病み上がりなのだぞ」

「ド、ドラゴンは!?」

「追い払った。痛い目に遭わせてやったから、もうあの場所に戻ることはないだろうさ」

「……あなたが、あたしを治療してくれたの?」

「ああ」

「…………」


 まぁ、正しく言えば、あのトカゲには呪いをかけて下僕にしたのだが。真実を告げる必要はあるまい。できる限り、私の正体を人間たちに知られるのは避けたいからな。


 しかし、相変わらず様子がおかしい。

治療したのが私だと聞いてから、途端に黙り込んでしまった。何かマズいことをしたかな? いや、していないはずだ。


「……む。ああ、別にお前が気を失っている最中に妙な真似をした、とかそう言うことは一切無いからな」

「や、そう言うのじゃなくて……」

「うむ?」


 てっきりその辺の心配をしているのかと思ったのだが、違うようだ。では、いったい何がそんなに不満なのだろうな?

 プルミエディアが急に元気をなくした原因が分からず、首を傾げていると、彼女が消えそうな声で呟いた。


「……役立たずでごめん」


 ……うん?


「何がだ?」

「え? いや、だって。パイロヒュドラの時も助けてもらっちゃったし、それに加えて……。更には治療まで……」


 ふむ。よくわからんが、そんな事を気にしていたのか。まあ私の正体を知らん以上仕方ないが、どんな人間であろうと、私にとってはただの足手まといに過ぎんのだがな。元々、戦力としてあてになどしていない。


 だが、それをそのまま言うのはよろしくなさそうだ。


「そんな細かい事、気にするな。強い仲間が欲しかったからパーティーを組んだとか、そう言った意図は全く無い。ただ単に、お前という人間を気に入ったから仲間にした。それだけだ」


 うむ。まぁこんなものだろう。

実際、私の場合は世界中を素手で歩いても全く問題ないのだ。まだ見ぬ強敵と出会でくわして私が負ける、などという奇跡が起きるのであれば、是非とも起こして欲しい。


 ……というのは流石に驕りが過ぎるかな。


「……あなたって、本当に変わった人ね……」

「そうか?」

「そうよ」


 ◆



「あ、プルミエディアにフィオグリフさん。おかえりなさい」

「ただいま」

「うむ」


 何とか元気を取り戻した様子のプルミエディアと共に、ハンターズオフィスへ戻ってきた。相変わらず、やたらと人間が多い場所だな。まあ、建物内にある酒場で飲んだくれている者も少なくないようだが。

 しかし、受付嬢よ。なぜ私はさん付けなのだ。別にもっと気軽に接してくれてもいいのだぞ?

 ちらちら視線を送ってみたが、気付いてくれない。無念。


「リスキークエスト、完了よ」

「もうパイロヒュドラを倒してきたの?」

「うん。まあ、フィオグリフがね」


 “あ~、なるほど”と言いたげな視線を送ってくる受付嬢。まぁ私の力を知っていれば、そう言う反応にもなるか。

 さて。それはいいとして……。


「少々レイグリード殿と話したい事があるのだが、連絡は取れるかね?」

「総支配人と? ……まぁ、あなたなら……。

ちょっと待っててね」

「ああ」


 おお、言ってみるものだな。

多忙だろうし、正直厳しいだろうと思っていたのだが。あ。そう言えばプルミエディアに説明するのを忘れていたな。


「フィオグリフ、どうしたの?」

知り合い・・・・に会って、興味深い話を聞いてな」

「あたしが気絶していた間に?」

「ああ」

「ふーん……知り合いねえ……」


 適当にごまかしただけだ。

リリナリアとはさっき知り合ったばかりだからな。しかし、まさかエンシェントドラゴンから聞いた、などと言うわけにもいくまい。


 そして……。


「お待たせ。今日はさすがに無理だって事だけど、明日の朝なら大丈夫らしいわ」

「ふむ、そうか。わかった。では、明日また来るよ」

「了解よ。伝えておくわね」

「あたしはどうする?」

「うーむ……」


 これは、困ったな。

魔王アスガルテの話を、プルミエディアの前でしてもいいのだろうか。一応隠しておいた方が無難か? だがしかし……。

 指で額を押さえ、ひたすら悩む。

だが、そうしている内に……。


「内密に、とかそういう系?

じゃあ、用事を済ませちゃおうかな」

「む、そうか?」

「うん。別に、パーティー組んでるからって四六時中ずっと一緒に居なくても、問題はないし」

「ふむ、そうか。ではお言葉に甘えるとしよう」

「了解」


 プルミエディアの方から、こう提案された。

気を利かせてくれたのかね?

 それにしても、用事か。


「病み上がりなのだから、無茶はするなよ」

「ん」

「病み上がり……? 何かあったの?」

「まあ、ちょっとな」

「余計な詮索は無用よ」

「あら、そう」


 まさかエンシェントドラゴンと遭遇して、プルミエディアが瀕死の重傷を負った、とバラすわけにもいくまい。実際今はピンピンしてるし、いまいち説得力が無いだろうしな。


 とりあえず今日はこれで終わりか。

なかなか充実した1日だった。

ただの気まぐれではあるが、外界へ出てきて正解だったよ。


「ああ、忘れるところだった。はい、これが今回の報酬よ」

「ありがと」

「ふむ……」


 宿屋でも探して休もうか、と思っていたら、受付嬢から報酬として5万Cをもらった。おお、もう借りが返せるではないか。まだ物価の基準がわからんが、ハンターと言うのはなかなか儲かる仕事なのだな!

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