第6話 暗黒神様、トカゲと出会う

「……ふむ、いかんな」


 プルミエディアを追ってきてみれば、トカゲが彼女を捕らえているではないか。

少々、まずいな。プルミエディアの生命力がみるみる薄れていく。命の灯火が、消えようとしているのだ。


「ヴヴヴ……!? ヴ、ヴ、ヴヴ!?」

「おい、トカゲ。その娘を離せ」

「ヴヴ!」


 コイツは、なんだったか。

ああ、そうそう。エンシェントドラゴンだったな。昔、間違って私の住処に迷い込んできた事があった。まあソレは殺したから、別の個体だろうが。

 プルミエディアの解放を要求してみたが、トカゲはブンブンと頭を振りおった。爬虫類ごときが生意気な。

っと、いかん! 呑気に構えている場合ではないぞ!! プルミエディアが、本当に死んでしまう!


「トカゲ」

「ヴ?」

「ヴ? じゃない。きちんと言葉を話せ。でないと目玉をほじくって食うぞ」


 よし。ひとまずプルミエディアの時間を止めておいた。これで何千年経とうと、私が死なん限りはプルミエディアも死なん。意識も無いままだが、後で治すとする。

 それで、このトカゲだが。実はコイツ、普通に話せるのだ。迷い込んできたコイツの同族と、会話をした記憶がある。

……む? 霊術を使ったんだったかな?

いかん、どうでもよすぎてよく覚えておらんわ。


「ヴヴ!!」

「ええい、トカゲが! いちいち手間取らせるな!」


 やはり霊術を使わないとダメらしい。

あの時も、なんだかこんなやり取りをしたような……。

私、ボケてきたか……?


『これでよかろう、トカゲ』

『な、なんなんだあんたは!? ボクをトカゲ呼ばわりして! それに、なんだこの霊術は!?』

『トカゲはトカゲだ。なんだ、霊話術も知らんのか』

『し、知っている! 知っているが、何故人間風情がこんなモノを使えるんだ!』

『なんだ、貴様メスだったのか。それに、若いな』

『だったらなんだ! というかどうやって知った!?』


 エンシェントドラゴンであれば、私のことも知っていると思ったのだが。いや、知ってはいるが、目の前の人間が暗黒神だとは思っていないようだな。頭の中を覗いてみたのだ。性別もそれで知った。


 さて、話が脱線してしまったな。

本題に移るとしよう。


『トカゲ』

『なんだよ!?』

『いちいちうるさいぞ。そこの娘は私の仲間なのだ。喰われたくなければさっさと解放しろ。断れば、心臓をいただく』

『あんた、本当に人間なのか!? なんなんだ、その異常な霊力は! まるで……あれ?』


 このトカゲ、やたらと声が大きい。

私が仕掛けた霊術による会話なので、音量を自在に調整できるのが救いだな。でなければうるさすぎて既に殺している。

 しかし、何やら奴が首を傾げている。かと思うと、今度はガタガタ震えだした。


 あっ。


『コラ。プルミエディアが落ちたぞ』

『す、すすすすすいません暗黒神様!!』

『やっと気付いたか。トカゲのくせに鈍臭い奴だ』

『ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ! 謝りますから、何でもしますから、殺さないで!! あなた様に殺されると、永遠の牢獄で苦しみ続けるって聞きました……!』


 ああ、そうだな。牢獄に閉じこめないようにもできるが。元々は、歴代の勇者たちが転生してしまわないようにと、10代目勇者が来た辺りで考えついた霊術だ。よって、ミリーナはきちんと天国に行っている。

 急にオタオタしだしたトカゲのせいで、プルミエディアが落ち、地面に激突しかけた。無論、きちんと助けたさ。これで彼女は問題なく生きられる。治療は後でするしな。


『……さて』

『あ、あの……ボクはこれからどうなるのでしょう……?』

『殺すのも馬鹿馬鹿しくなってきたが、そうなるとプルミエディアに申し訳が立たん。ここまで負傷してしまっているし、貴様を見逃すというのもな……』

『ち、違うんです暗黒神様! ボクはただ、その人とお友達になりたかっただけで! 口を開けてみたはいいけど、ボクって人語を喋れないんだと気付いて! しかも、お腹空いてたから思わず涎も出ちゃうし……! それで、テンパってその人を手で抱き上げたら、勢い余って骨を折ってしまって……』

『馬鹿か貴様。プルミエディアとの体格差を考えろ』

『仰るとおりで……』


 プルミエディアの方は、まさかエンシェントドラゴンがそんなピースフルな事を考えていたとは、思いもしなかっただろう。

大方、食われると誤解して必死に抵抗したはず。その上、うっかり骨を折られたのでは、な。


 さて、どうしたものか。


『む』

『ん?』

『トカゲ』

『あの、ボクには“リリナリア”っていう名前が……』

『貴様は、何故人間と友達になろうとした?』

『過去形じゃないです』

『そうか』

『はい。ボク、エンシェントドラゴンの仲間たちに馴染めなくて……。他の魔物は、キモいし。それで、じゃあ人間と触れ合うしか無いじゃない! っていう結論に達しました』

『霊術か何かで、人間に化けることはできるか?』

『え、無理です』

『ちっ、無能め』

『舌打ちの上に暴言!? 酷いです!』


 人間に化けることすらできないのに、どうやって友達になるのだ。まず、会話すらできんし、うっかり手で触れればプルミエディアのようにしてしまうか、殺してしまうかのどちらかだろう。このトカゲ、もしかしなくても、馬鹿だな?

 ……はぁ。もういい。殺す気が失せた。

代わりに呪いでもかけてやろう。

コイツは逆に喜びそうだが。


『おい』

『ひゃいっ!? なな、何でしょう!?』

『一生トカゲのままでいるか、人間になるか、どっちがいい?』

『え、人間になりたいです』

『即答だな』

『この身体は窮屈なんです。暗黒神様ならおわかりになられるでしょう? あなた様も本来はボクより大きいらしいですし』

『まぁな。ああ、言っておくが私の形は気分次第で変わるぞ』

『さ、左様で……』


 昔、剣に化けてスケルトンに私を拾わせた事がある。骨の音がカタカタ鳴るばかりでつまらんから、数日でやめたが。

後は、本になって棚に入り込んでみたり、服になって干されてみたり。ああ、ほんの遊び心で雑巾になったときは最悪だった。住処を綺麗にする際に、雑巾と化した私自身で拭き掃除をしたら、ものっすごく臭くなったのだ。アレはもう二度とやらん。感触も最悪だったし。


 と、言うことをトカゲに説明してやった。


『……お暇なんですね』

『ああ。だが割と楽しいぞ? 勇者を始め、侵入者がいちいち現れるのが鬱陶しいがな』

『そ、そうですか……』


 ん? 私はコイツと何の話をしていたのだったかな?


 ああ、そうだ。


『人間になりたいのだったな』

『忘れてましたね?』

『うむ』

『酷い。暗黒神様酷い』


 さて、今の私はそうそう暇なわけではないし、さっさと済ませるか。


『では、貴様に呪いをかけてやろう』

『ええっ!?』

『安心しろ。身体が人間に変化し、解呪しない限りドラゴンに戻れなくなる、という物だからな』

『ほんとですか!?』

『うむ』



 紅の眼をキラキラと輝かせるトカゲ。

それに、呪いをかけてやった。

さて。コイツは人間の食い物で満足できるのか? ドラゴンが好む物は粗方食えなくなる、という呪いも密かに混ぜておいたのだ。具体的に言うと、宝石とか鉱石とかだな。ドラゴンは人間を好んで喰っているわけではないはずだから、そこは心配せずとも問題は無かろう。


 トカゲの身体が禍々しい闇に包まれ、消えていく。そして、すぐに人間の身体が現れた。

これが奴の新たな肉体だ。

エンシェントドラゴンとしての年齢に合わせてだろう、若い少女の姿になっていた。

 うむ。どう見てもミリーナの方が美しいな。よしよし。まあ、ミリーナが上の上なら、トカゲの新たな肉体は、上の下あたりではあるだろう。これで文句が出るようなら、消すかな。


「……! ほ、ほんとに人間だ……!」

「当たり前だ。私を誰だと思っている」


 さて、コイツはひとまず放っておくとして。

プルミエディアを治療して、止めていた時間を元に戻してやらねばな。傷は一切残さん。古傷があるようなら、それも消しておこう。

女はそう言うのを気にするだろうからな。


「やっほ~い!」

「うるさいぞトカゲ」

「トカゲじゃないです! リリナリアですぅ~! あ、暗黒神様! ありがとうございました!」

「……うむ」



 ふと思ったが、私は何をしているのだろうな? プルミエディアがこのやりとりを知ったら、どう思うだろう。

だが、なんかな。エンシェントドラゴンそのものは、別に特段悪いことをしているというわけではない。

 ただ、人間にとっては恐ろしい存在だから、『コレは魔物だ。我々の平和を脅かす魔物なんだ。敵なんだ。殺せ! やられる前にやれ!』という、割といい加減な理由でワルモノ扱いされているのだ。

 まぁ、今回のトカゲとプルミエディアのように、トカゲ側は別に戦う気などさらさらないのに、うっかり人間を負傷させてしまった。という事はよくあるんだろう。負傷どころか、殺してしまう事もあるはずだ。実際、私が間に合わなければプルミエディアは死んでいたしな。

 そう言う“事故”が、人間の目には敵対行為だと映る。だから、『やっぱりコイツは敵なんだ。ワルモノなんだ。殺さなきゃならないんだ』と思いこみ、無駄に敵視し、戦おうとする。ちょっと意識を変えれば、共生も容易にできるだろうに。


 なんだか、私に似ているのだ。エンシェントドラゴンは。他にも、本来は穏やかな気性の持ち主なのに、人間から一方的に敵視されている魔物は多い。そう思うと、私はいまいちそう言った哀れな魔物たちを殺す気にはなれない。


 まあ、不敬な馬鹿は殺すがな。それと、明らかな敵意を持って接触してくる存在も、わざわざ生かしてやるほど私は慈悲深くない。勇者たちはそういう奴らだな。ミリーナは別だったが、あんな変わり者は二度と現れまい。


 ……結局、彼女も殺してしまったがな……。

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