第5話 暗黒神様、蛇を退治する

「ふっ!」

「…………」

「わわっ!?」

「ふむ」

「み、見てないで手伝ってよ!」

「うむ? 承知した」


 無事に目的地である“朽ちた氷像”に到着したのだが、これはいったいどうしたことだろう。

ターゲットの魔物と遭遇したはいいものの、何故だかひたすらにプルミエディアだけが狙われているのだ。

 今も、彼女が巨大な多頭蛇、「パイロヒュドラ」と死闘を繰り広げている。私は完全にスルーされ、傍観するのみ。だがまぁ、そろそろご希望通り働くかな。


「ギギギギ! シャアァァアアア!」

「おや」

「“聖盾エスクード”!」

「…………」


 プルミエディアが、言霊と共に左手を払う。

すると、巨大な白い盾が現れ、パイロヒュドラが吐き出した豪火のブレスを防いだ。

 ふむふむ。これが現代の霊術か。霊力の流れからして、光霊術だな。だが、まだ無駄が多い。洗練すれば、もっと防御力が上がるはずだ。


「あっつ!」


 ほらみろ、熱を完全に断てていない。


「くぅ~……! やっぱり、キツいなぁ」

「勿体ないな」

「何よ? っつーかお願いだから働いて!?」

「シャアアア!!」

「わぁっ!?」


 おっと、いかん。

プルミエディアが食われそうだ。


「ふん」


 一閃。


 大口を開け、彼女を喰らおうとしていた首を一つ、切り落とした。


「シャギャアアアア!?」

「失せろ」


 突然だが、人間が霊術を放つにはまず、必要な分だけの霊力を練り込まなければならない。ここは、ミリーナの時代と変わっていないな。そして、対象を確定し、修得している霊術の名を唱え、練り込んだ霊力を放出することで、ようやく発動する。

 難易度の高い霊術となると、更にいくつか別のプロセスを踏む必要がある。模様を描いたり、術者の血を垂らしたりとかな。


 だが私は違う。


「……ギャ……ア……ギゴゴ……!」


 霊力を練り込む事もなく、名を唱える事もなく、静かに発動した霊術によって、パイロヒュドラは闇に飲まれて消えた。


 人間が使う“闇霊術”とは違う、“暗黒霊術”。

時を止め、思考を加速し、『イメージ』するだけで、これは発動する。例えば、リンゴを爆発させたり、そこらへんを歩く人間の服を吹き飛ばしたり、手元に本を出現させたり、世界の裏側に瞬間移動したり。基本的に私がイメージしたことなら何でも出来る。

 その気になれば、世界中の人間を蠢く屍リビングデッドに変えることも可能だ。

まあ、そんな事をしてもつまらんからやらんがね。

 暗黒霊術の事を何も知らぬ人間には、いきなり謎の現象が起こったように見えるだろう。

実際、プルミエディアは、地面に突如空いた黒い穴にパイロヒュドラが引きずり込まれていくのを、呆然と見ていた。


「なに……これ……」

「私の霊術だ」

「…………」


 あ、引かれたか?

つい癖でやってしまったが、それっぽい霊術の名前でもでっち上げて唱えておけばよかっただろうか。いかんいかん。今は人間に化けているのだと言うことを、すっかり失念していた。


「……あなた、本当に何者なの……?」

「さぁな。さて、依頼はこれで達成か?」

「あ、う、うん。一応」

「そうか。では、帰るか」

「……はぁ」


 むぅ。プルミエディアが明らかにしょぼくれてしまったぞ。深いため息を吐くだけでなく、何かジメジメとした雰囲気を漂わせている。

 そういえば、ミリーナも最初に見たときは怖がっていたな。おとなしく剣でバラバラにしてやった方が、まだマシだったか?


「…………」

「どうした?」

「……はぁ。氷像は、綺麗でいいわね」

「は?」

「何でもないわよ」


 突然訳の分からない事を呟きだしたぞ、コイツ。確かに、“朽ちた氷像”は思ったより美しいが。パイロヒュドラがコレに巻き付いていたのだが、この身体で見ると相当でかいな、この氷像は。

 まあ、“朽ちた”という名称が付くだけあって、所々に欠損や傷跡が確認できるが。特に、両腕は綺麗さっぱりなくなっている。どうやら人間の女を象った物のようだが、誰が、いつ、何のために作ったのだろうな。


「帰りましょうか」

「ああ」


 また深いため息を吐き、プルミエディアがゆっくりと歩き出した。何をそんなにしょぼくれているのだろう。せっかくパーティーを組んでから初の依頼達成なのだから、もっと喜べばいいのに。




「……はぁ」

「何なのだ、いったい」

「別に……」


 グランバルツへ向かって歩いているのだが、プルミエディアは未だにしょぼくれたままだ。さっきから、何度も何度もため息を吐き、自分の手を眺めている。


「──ん?」


 不意に、巨大な霊力を感知した。

しかも、夥しい程の数がまとまっているとかではなく、たった一匹の魔物と思われる気配だ。

パイロヒュドラといい、この気配といい、最近の外界は結構強い魔物が闊歩しているものなのか? 意外と物騒だな。


 そして、私は一つ欠伸をした。


「ふあぁ……。まぁ、どうでもいいか」


 強いとは言っても、私からすれば指一本で塵にできる程度の存在でしかない。人間たちにとってどうなのかは知らんが。

 万が一グランバルツが襲われるようなら、処分しておけばいいさ。


 呑気にそんな事を考えていたのだが……。


「どうでも、いい……?」

「む? どうした?」

「ッ!!」

「……むむ?」



 何故か、プルミエディアが走り去ってしまった。しかも、私が感じた巨大な霊力の元へ、まっすぐに向かっている。急にどうしたというのだ。パイロヒュドラを倒してから、明らかにおかしいぞ。




「……役立たず、だったなぁ」


 グランバルツの東に広がる、“フリバルツ平原”。ここは比較的安全で、経験の浅いハンターに向いているとされる場所。でも、最近になって、何故だか場違いな程に強力な魔物たちが現れるようになったのよね。

 正直、舐めてたわね。ランキングも上がって、やっと自分の力に自信が持てて。とても危険な代わりに、得られる報酬も多い『リスキークエスト』だって、今のあたしならこなせる! って思ってた。

 でも、いざターゲットと戦ってみたら、このザマ。フィオグリフがいなかったら、あたしは死んでた。それに、あたしの攻撃なんか、パイロヒュドラには全然効いてなかったし。だって、手応えが無かったもの。

 とんだ役立たずよ。一応先輩なんだから、あたしがフィオグリフを引っ張らなきゃ! なんて。身の程知らずにも程があるわよね。


「……どうしよう、戻らなきゃ。でも……」


 こんな弱い奴が、あんな強い人の側にいても、何にも出来ない。ただ、さっきみたいに助けられて、助けられて、助けられて。

それで終わり。

そんなの、いつか見放されちゃう。


「やだ……」


 また一人ぼっちになるのは。



『お前、弱すぎ。全然つかえねーし、消えてくんね?』

『え……』

『マサヒロの言うとおりよ。パーティー抜けてちょうだい』

『え、え……?』

『ごめんねぇ、プルちん。今回ばかりは庇いきれないなぁ』

『や、やだ。あたし、みんなと一緒に居たい……』

『あー、うるせーうるせー。とっとと行けよ。

ほら、金やるから。な? これで当分生活には困んねーだろ? 安心してニートハンターになれるな!』

『そ、そんな! マサヒロ! こんなの、いらないから! お願いだから、仲間で居させて! あたし、きっと強くなるから、だから……!』

『聞き分けの悪い奴だなぁ。しつけーんだよ。失せろ!』

『マサヒロ……みんな……』


 また、あんな風に言われるのは、嫌だ。


『プルミエディア。悪いが付き合いきれん。

とっくにランキングもお前を上回ったし、金も返した。私たちの関係もここまでにしよう。

パーティーは、解散だ』


 フィオグリフに、こんな感じで言われて、縋りついても無視されて、鬱陶しがられて……。

嫌だよ、そんなの……。


 異常にリアルな想像が頭を駆け回り、それを追い払おうと何度も頭を振った。でも、消えない。消えて、くれない。

怖い。一人ぼっちになるのは、何よりも、怖いんだ。


 ──そんな時だった。


「……え?」


 ぽたり、ぽたり。


 地面に巨大な影が映り、液体が滴り落ちる。

その液体がどこから来たのか。

恐る恐る頭を上げてみると……。


「ヴヴゥゥ……」

「~~ッ!?」



 あたしの身長よりも大きい、紅の眼があった。

 聞くだけで戦意を失う程の低い唸り声を上げる、口があった。

 天を自在に舞い、羽ばたけば猛風を生み出す、翼があった。

 見事なまでに美しく、強靱な鱗があった。

 人に比べればあまりにも長く、そして太い、首があった。

 それらを組み合わせた、黒く巨大な、体があった。


「ドラゴン……」

「ヴヴ?」


 身体が竦んで動かない。


 なんで? どうして、ドラゴンが?

 しかも、コイツはただのドラゴンじゃない。

サウザンドナンバーズですら戦うのを避けるという、最上位種。

『エンシェントドラゴン』だ。

昔の仲間に借りた図鑑で、見たことがあるもの。


「ヴ」

「え……」


 無抵抗のあたしを、食べるつもりらしい。

コイツにとっては、きっと人間なんてただの餌でしかないのね。

でも……。


 嫌だ。


 嫌だ嫌だ嫌だ!!


「やだ! やだぁ!!」

「ヴヴ? ヴヴヴ」


 いや!! いやぁ!!

食べられたくない! 死にたくない!!

このまま、役立たずのまま死ぬなんて、絶対に、いや!!

せめて、胸を張って、フィオグリフの隣に立っていられるようになるまでは、死にたくない……。


 死ぬわけには、いかない!!


「は、離して! 離せ! 離せぇ!!」

「ヴヴヴ……。ヴオオオオ!!」


 エンシェントドラゴンが、『うるさい。黙って食われろ』と言っているような気がする。

彼は、あたしを掴み、逃げられないようにしてきた。


 咆哮が耳を襲い、鼓膜を容易く破壊する。


「……!!」


 もう、何も聞こえない。

でも、まだ目は見える。せめて力の限り、奴を睨みつけてやる。

 ……ううん。どうにかして、脱出しなくちゃ!


「……」


 あっ……。


 骨が、折れた。

ジタバタと暴れるあたしが、鬱陶しかったのだろう。奴が、殺さない程度の力であたしを握りつぶしたんだ。

 いや、死んでないんだから、『握りつぶした』って言うのもおかしな表現よね。


 もう、力が出ない……。


 あたし、このまま死ぬのかなぁ……。


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