第3話 暗黒神様、計測される

「…………!!」

「おい、大丈夫か?」


 私の顔を全力で殴りつけてきたプルミエディアだったが、むしろ痛そうにしているのは彼女の方だ。まあ、仕方ない。

こう見えてこの身体は相当頑丈にできているからな。


「いったぁ~~……!!

あなたの顔面、どうなってるの!? 金属でも仕込んであるの!?」

「いや、別に」

「嘘吐きなさいよ! ものすっごく痛いんだけど!?」

「知るか。大体、何故いきなり殴られなければならんのだ」

「あなたが白昼堂々セクハラ発言するからでしょ!」

「……はて?」


 相変わらず無表情だが、声色からは怒りと困惑の感情が伺える。ついでに言うと、その怒声に反応し、民衆がわらわらと集まってきている。


 とりあえず、私は彼女の言っていることが理解できなかった。何故アレがセクハラ発言になるのだろう。ハンターとして働いて、必ず返すという意味合いだったのだが。


「か、かかか……。身体で返すってどういうことよ!」

「そのままの意味だぞ?」

「は、はぁっ!? 何無表情で平然と言い放ってんのよ!」


 うむ? 何やら段々とプルミエディアの顔が赤くなってきたような。風邪か? きちんと寝ないと体を壊すぞ。と言うか私も無表情だったのか。


「ハンターとして働いて、それで得た金で返すと言うだけだが?」

「……へ?」



 なるほど。

彼女の顔がようやく無表情から変わった。

目を丸くしていて、少し面白い。どうやら、誤解していたようだな。


「な、な~んだ。そ、そういうこと!」

「ああ」

「あ、あははは……」

「で? 何故殴ったのだ?」

「な、何でもないッ!」

「何でもないのに殴るのか?」

「う、うるさいなっ! あたしの勘違いよ!」

「ほう」

「ほら、早くオフィスに向かうわよ!」

「まあ、うむ」


 ぎこちない動きで、彼女が歩いていく。

……小さいながらも、一応表情の変化が見られた。実は私と同じような存在なのでは? と思っていたが、ただ単に表情が変わりにくいだけらしい。


 クックック。さっきはよほど慌てていたとみえる。




 独立都市、グランバルツの一角。

ハンターズオフィスと言うところにやってきた。

 白と黒のタイル……っぽい物が敷き詰められており、思いの外立派な建物だった。やはり、本部と言うからにはそれ相応の広さが必要なのだろうか。

 所々に武装した人間たちが居るが、彼らは皆ハンターなのか?

となると、随分と多いのだな。

私の住処にやってくるような者たちは、氷山の一角に過ぎなかったと言うことか。


「あら、プルミエディア。いらっしゃい」

「おはよ。最近どう?」

「魔物討伐の依頼がかなり多くなったわ。幸い、ここはハンターの数が多いから、処理には困らないけどね」

「そう。やっぱり、例の地割れが影響しているのかな」

「どうかしらね? アレって、ここ数日の話でしょ?」

「まあ、そうよね」


 プルミエディアが、何やらカウンターの奥に座る女と話している。確か、アレは受付嬢と言うのだったか。一直線に向かったところを見るに、ハンター登録はあそこでやるのだろう。


「プルミエディア」

「あ、ごめん。つい話し込んじゃって」

「別に構わん」

「あら? 綺麗な……女性? 男性?」

「…………」


 ううむ。やはり男には見えないのだろうか……? 明らかに受付嬢が戸惑っている。

だが、今更姿を変えるわけにはいかないしな……。


「私は男だ」

「声聞きゃわかるわよ」

「あ、男性の方だったのね。あまりにも綺麗なものだから、女性なのかと思ったわ。でも、すっごく立派な大剣を背負っているし……。あなた、よく性別を間違えられるんじゃない?」

「……ああ……」


 やはり、そうなのか。

ここまでの事を思い出し、私は静かに肩を落とした。

 ミリーナをベースにしたのは失敗だったろうか……?


「おほん。今回はね、この人をハンターとして登録してもらうために来たの。正直、あたしもまだ実力を知らないんだけどね」

「そうなの? 永遠のぼっちと言われたあなたが連れてくるなんて、随分と珍しい事もあるものね」

「放っとけ」

「クックック、永遠のぼっちか」

「笑わないでよ、セクハラ魔人」

「アレはお前の誤解だろうが」

「お、ま、え?」

「ええい鬱陶しい。呼び方一つでいちいち機嫌を悪くするな!」

「な、なによ!?」


 何て失礼な奴なのだ。

勝手に誤解した挙げ句、人様の前でセクハラ魔人呼ばわりとは!

……いや、お互い様か。うむ。

して、受付嬢よ。ニヤニヤするのをやめろ。


「ああ、ごめんなさいね。あのプルミエディアが、随分と楽しそうにしているもんだから、可笑しくって」

「酷くない?」

「だって、お互いに無表情で言い合ってるのよ? それを見て笑わない方がどうかしているわ」

「……む」


 そうか。それは確かに可笑しいな。

周りを見ると、オフィス中の者たちが必死に笑いを堪えているようだった。よっぽどおかしな光景だったらしい。


「さてと。じゃあとりあえず登録料として1000Cコーム頂くわね。知っているかもしれないけど、面倒な試験なんかは特に無いわ」

「プルミエディア」

「わかってるわよ。はい、1000C」


 Cコームと言うのが、今の人間たちが用いる通貨単位らしい。

住処から適当な宝石でも持ってくればよかったか? そうすれば、きっと換金ができただろうに。まあ、ひとまずここは借りておくが。


「プルミエディアが支払うのね?」

「貸すだけよ」

「支払うのは私、と言うことにしてくれ」

「わかったわ。えっと、名前は?」

「フィオグリフだ」

「はい。で、性別は男っと……。

ついでに、この機械に手を置いてみてくれる?」

「む? うむ」


 なんだ、これは?

キカイ……? こんな物、いつの間に……。

ミリーナが死んでから、人間の文明は思ったよりも進化しているのか。とりあえず、手を置けば良いのだったな。

 黒い四角形の物体にそっと手を置く。

すると、何やら“キカイ”とやらが光り出し、『ピコーン』というキテレツな音が鳴った。


「はい、ありがとう。もういいわよ」

「これはいったい?」

「えっ?」

「ああ、コイツは何故だかわからないけど、異様に無知なの。まさかとは思ったけど、“計測機”すら知らないとはね……」


 受付嬢とプルミエディアの反応から察するに、この“キカイ”とやらも一般常識らしい。まあ、ずっと引きこもっていた私が知るはずもないが。

 そして、少しの沈黙を挟み、いきなり受付嬢が叫びだした。


「え、えええぇぇええっ!? 何よこれっ!?」

「ど、どうしたのよ?」

「む?」


 受付嬢が震えた声になり、こう言った。


「ぜ、全項目……SSS……」

「…………」

「全項目?」


 それに反応し、今度はプルミエディアが叫び出す。


「ハァーッ!? あ、ありえない!!

嘘でしょ!? って言うかSSSって本当にあったの!?」

「え、ええ……。話に聞いてただけで、見るのは初めてだけど……。っていうか出ること自体、たぶんハンターズオフィス史上初だと思うけどね……」

「???」


 そして更に、周りがざわめき出した。

パニクる受付嬢。ぽかんとした表情で私を見るプルミエディア。

1人取り残されている、私。


 すまん、誰か説明してくれ。


「なぁ」

「は、はひっ!?」

「何故そんなに騒いでいるのだ?」

「え、え、えぇと……」


 何か、受付嬢が急にオドオドし始めた。

まるで、私に殺される直前の勇者たちのようだ。少し、居心地が悪い。


「ご、ごめんなさい!! ちょっと上を呼んできます!」

「あっ、おい」

「……もしかしてあたしって……。

すごい人に声かけちゃった……?」


 逃げるように走り去る受付嬢。

上司を呼んでくる、と言うことだろうか。

むむう? 何かやらかしたのか?


 仕方ないが、このまま待つとするか。




「お待たせして申し訳ない。あなたがフィオグリフさんですね?」

「む? うむ」

「あ、あのあのあのっ! こ、こここの方はですねっ!」

「ああ、いいですよ。自己紹介ぐらい自分でさせてください」

「は、はいっ! 申し訳ありません!」

「君は通常の業務に戻っていてください。いいですね?」

「わかりましたっ!」


 受付嬢に連れられて来たのは、何やら豪華な衣服に身を包んだ男性だった。耳が長く、整った顔立ちをしているので、恐らくはエルフだろう。

 ふと、隣のプルミエディアを見てみる。


「…………!?!?」


 ……言葉にならないぐらい驚いていた。

どうやら、このエルフは相当偉い立場の存在らしい。気を取り直し、改めて彼に向き直る。


「初めまして。僕はレイグリード・パッフェルベル。このハンターズオフィスの、総支配人をしています」

「総支配人?」

「バ、バカねッ! 総支配人って言うのは、ハンターズオフィスで一番偉い人のことよ! 各国の頂点たちとすら対等に会話が出来る、天上人なのッ!」

「ほう」

「プルミエディア君、でしたか? 補足説明をありがとう。すみません。僕の言葉が些か不足していましたね」

「い、いいえ! とんでもありません!」


 なるほどなるほど。

まさかいきなりトップがやってくるとは、思いもしなかった。だがこの出会いは、この先間違いなくプラスになるだろう。


「…………」


 レイグリードは、オフィスをぐるりと見回し、そっと呟いた。


「ここでは何ですね。少し場を移しましょう」

「プルミエディアも一緒で構わないかな?」

「あなたね……。敬語ぐらい使いなさいよ……」

「いえ、敬語などいりませんよ。プルミエディア君は、あなたとはどういうご関係なのですか?」

「これからパーティーを組もうかと思っているところだ。話をするというのなら、できれば彼女にも居てもらいたい」

「ちょ、フィオグリフッ!?」

「なるほど、承知しました。では、お二人とも僕に付いてきてください」

「ああ」

「ええっ!?」


 何故かガチガチに緊張している様子のプルミエディアに笑いつつ、私はレイグリードの後に付いていった。

ああ、受付嬢の顔がなかなか面白い事になっていたのも忘れられんな。




「つまらない場所ですが、まあ適当に腰掛けてください」

「ああ」

「す、す、すっご……」



 レイグリードに案内されたのは、とても広々とした一室だった。まあ本来の私からすれば狭苦しい事この上無いが。今の身体ならば広すぎるぐらいだ。

 プルミエディアが、周りの物を興味深そうに眺めている。

 絵画に、鎧。大量の本に、剣。そして装飾品。恐らくどれも高価な物ばかりなのだろう。

よくわからんが。


 言われたとおり、豪華な椅子に腰掛ける。

フカフカしていてとても座り心地が良く、このまま昼寝するのも良さそうだ。さすがにしないがな。


「プルミエディア君も、どうぞ」

「あ、はいっ!」


 私の隣に、相変わらずガチガチなプルミエディアが座った。その顔からも緊張の様子が伺え、さすがに無表情ではない。


「それで、何故ここにお招きしたのかですが……」

「ああ」

「単刀直入に言いますと、フィオグリフさん。

あなたの能力値の高さは、はっきり言って常軌を逸しています。あの勇者殿ですら、あなたの足下にも及ばないでしょう」

「ほう」

「何故分かるのかと言いますと、一階であなたが手を置いた“機械”。“計測機”と言うのですが、アレはかなりの精度で、対象の全体的な戦闘能力を計ることが出来るのです」

「…………」


 なるほどな。アレはそのための物だったのか。まあ、それなら確かに人間から見れば私の力は異常だろうな。実際、今回の勇者は弱かったし。あんなのと比べられても、正直全く嬉しくない。


「武器を振るう力、“筋力”。

そして、弛まぬ努力によって磨かれる、“技量”。

己の肉体を動かす、“素早さ”。

自らの命を守る、“耐久力”。

超常の力、『霊術』の源たる、“霊力”。

如何なる逆境をも乗り越える、“精神力”。

そして、生きようとする力、“生命力”。

計測機で計るこれら全てが、歴代の猛者たちを軽々と越えている」

「私が、か」

「ええ、そうです」


 それはそうだろう。

こう見えて暗黒神だからな。

人間とは根本的な作りが違うのだ。

まあ、だからといって人間を見下しているつもりはないが。


「以上の7項目は、それぞれE~SSSランクで評価されます。ですが、行方しれずになっている勇者殿ですら、最高でもSSランクがやっとでした。僕も、同様にSSランクが限界です。そして、SランクとSSランクとの間、SSランクとSSSランクとの間には、天と地ほどの差がある」

「つまり、君も勇者と同レベルの力を持っているのか」

「ええ。しかし、あなたの前では霞んでしまいますよ。それどころか、あなたは全ての項目において、計測可能な最大値にまで到達していた。つまり、計測機の技術レベルが上がれば、あなたの評価は更に上昇すると見ていいでしょう」

「え、ええ~……。フィオグリフ、あなたどんだけ……」


 人間としては最高峰の実力者であろう勇者やレイグリードを、遙かに越す力を持つ私が突然現れれば、『何者だコイツ』となるのは自然だな。まさか、あんな物があるとは思わなかった。


「それで? 私に何の用かな?」

「……あなたは、今日ハンター登録に来たのでしたね」

「ああ、そうだが」

「これからどうなさるおつもりですか?」

「特に決めてはいない。ひとまず、このプルミエディアと共に気ままなハンター生活でも送ってみようかと思ってはいるが」

「す、すごいやりづらいんだけど……」

「まぁそう言うな。腕には自信があると言っただろう?」

「誰もここまで強いだなんて思わないわよ」

「そうか」

「そうよ」


 どうやらプルミエディアもようやく緊張が解れてきたようだ。

自棄になっているように見えなくもないが。

うむ、気のせいだな。


「気ままなハンター生活、ですか」

「ああ」

「もしもこの街が危機に陥った場合、助けていただけますか?」

「プルミエディアが望むならそうしよう」

「なんでそこであたしに振るわけ?」

「借りがあるからな」

「たかが1000Cでしょ……」

「借りは借りだ」

「プルミエディア君。どうです?」

「……もちろん、手助けはしますよ。どこか別の街に行っている可能性もありますけど」

「結構。それだけ聞ければ満足です」


 そう言うと、レイグリードはにこりと微笑んだ。ひとまずは、私に害意はないと見なされたのだろうか。まあ、仮に敵視されたところでどうとでもなるが。ただ人間世界で暮らして、勇者の視点から観察したいだけだからな、私は。侵略など無粋な事、するつもりは毛頭無い。


「お手数かけて申し訳ありませんでした。

図々しいようですが、これからどうかよろしくお願いします」

「ああ。こちらとしても、非常に強力なパイプが出来て嬉しく思うよ。レイグリード殿」

「強力どころじゃないわよ……」


 こうして、私はレイグリードと堅い握手を交わした。もちろんこの街に何かあれば、可能な限りは手助けするつもりだ。

 いずれは世界全体に私の名が知れ渡り、英雄として奉られるかもしれない。そうなれば、分かってくるだろう。私が何故、勇者から付け狙われるのか。そして、平穏に過ごすにはどうすればいいのかが。

 まあ、次の勇者が現れるのはしばらく先だろうがな。余裕があれば、100年ごとに現れる、勇者というものの仕組みについて解き明かしてみるのも面白いかもしれん。


 あ、そうそう。レイグリードと別れ、再びオフィスの一階に戻る最中に、プルミエディアにこんな事を聞いてみた。


「なぁ」

「なに?」

「おま……君の実力はどれぐらいなのだ?」

「別にお前でいいわよ、もう……。今更、それ聞いちゃう?」

「うむ」

「……すっごく言いにくいんだけど」

「気にするな」

「……はぁ」


 私は全項目SSSだと判明したが、プルミエディアについては全くわからない。まあ何かあってもフォローしてやるつもりではいるが、お互いの力を把握しておくのも大事だろう。

 と言うようなことを昔ミリーナが言っていた。ぼっちのくせにな。


「筋力がC、技量がB、素早さがC、耐久力がD、霊力がA、精神力がC、生命力がBよ。一応、霊力だけは抜きん出てるって評判なんだから。まあ、あなたと比べたらアレだけどさ……」

「優秀、なの、か?」

「年齢にしては優秀なんじゃない? 自信ないけど」

「む? そういえば歳はいくつなのだ?」

「17よ。ハンターになって二年とちょっとね」

「ほほう。随分と若いな」

「今後に期待、かなぁ。あなたみたいな規格外と一緒に行動できるんだし、頑張らなきゃね」

「ふむ」


 人類最高峰クラスでSSランクが限界、だったか。そう考えると、この若さで霊力がAランクと言うのは、なかなかすごいのではないか? 耐久力に不安が残るが……。

 霊力、か。私の霊術を、果たして人間のプルミエディアが使えるのだろうか? もしも使えるのなら、教えてみるのもいいかもな。

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