第2話 暗黒神様、街に到着
「……ふむ」
私は今、森を抜けた所で座り込んでいる。
よくよく考えたら、自分の名前をまだ決めていなかった。
人里に出るとなると、それでは困るだろう。
「うむ? そういえば……」
初代勇者にも名前があったな。
それに、あの娘から付けられた、私自身の名前も一応あったはずだ。結局あれから一度も名乗ったことはないが。
なんだったかな……?
必死に、記憶の奥底から彼女と自分の名前を探り出す。
み、み……。ミリ……。
ミリーニャ? いやいや、何か微妙に違うな。
……ああ、思い出したぞ。
そういえばあの時もこんな風に名前を間違えたんだったか。
「ミリーナ・ラヴクロイツ、だな。うむ」
そうだそうだ。これで合っているはずだ。
……初代勇者の名前だが。はて、自分の名は……。
うーん? フィオ……フィオなんとか……。
確か
で、それを私がダメ出しして短くしたのだったな。
ああ、懐かしい。案外覚えているものだ。
「フィオグリフ、だったか?」
青空に向けて、呟いた。
天に居るであろう、今は亡き
『そうだよ、フィオ。忘れないでよね、もう』
声が聞こえた気がした。
美しく、優しく、そして強い。
懐かしい
「幻聴まで聞こえるとは。私は本格的にヤバいかもしれん」
この身体になってから、やけに昔のことを思い出す。
つい最近まではこんな事は全く無かったのだが。
やはり人の体に毒されてきているのだろうか。
まあ、別にいいか。
「そろそろ人の気配も近い。
それらしく戦えるように練習でもしておくかな」
一応大剣を背負っているのに、素手で戦うというのは些か不自然に過ぎる。剣士らしく動けるようにしておかねば。
私は今、人間になりきっているのだからな。
魔物が現れてくれれば、それで練習できるのだが。
不思議なほどに何も出てきやしない。
本能で私の力を感じ取り、姿を隠しているのだろうか?
一応、気配そのものはそこら中に感じるが。
とりあえず剣を抜き、上から下へ、縦に振ってみた。
「ふん!」
すると、剣先から衝撃波が放たれ、火山が噴火したかのような轟音が響き、振った方向にあった物全てが真っ二つになってしまった。地面も大きく口を開けており、魔物たちもそれなりの数が巻き添えになったようだ。明らかに気配が減っている。
なんか、すまん。
「……ミリーナよ。人の身体というのは力の加減が難しいな」
あの世の彼女にそっと謝罪した。
奴はこういう無駄な破壊を嫌うのだ。
いや、歴代の勇者とその仲間たちを、全て返り討ちにしてきた私が言うのもなんだが。
ひとまず、課題ができた。
人の世で暮らしてみるからには、力の制御が上手くできないと話にならない。
剣を振る度に地を割っていたのでは、とんだご迷惑だろう。
街に行くのは、どうやらしばらく先になりそうだ。
◆
「こんなものか」
ようやく剣を振っても地を割らなくなった。
何回か日が沈んで昇ってを繰り返したので、あれから数日は経っていると思われる。
辺りは天変地異にでも巻き込まれたかのような様相を呈しており、正直自分で苦笑いである。街に行ったらちょっとした騒ぎになっていたりするかもしれん。
剣をそっと収め、破壊し尽くした大自然に詫びながら、私は再び歩き出した。ふと思ったが、こんな事をしているから悪い奴扱いされるのだろうか? いや、これは不可抗力と言う奴だ。そうなのだ、うむ。
しばらく歩いていくと、ようやく何かが見えてきた。
あれは、城壁だろうか? アレで魔物の侵入を防ぎ、その中で人間たちが暮らしていると見ていいだろう。
つまり……。
「アレが街と言うものか。この姿で見ると、なかなか大きいな」
心が沸き立つ。元の姿では恐れられるばかりで、交流など期待できるわけもなかったが、今は違う。
今の私はどう見ても人間だ。いきなり斬りかかられる事もなく、会話も普通にできるはず。ワクワクしないわけがない。
自然と早足になり、瞬く間にその入口へとたどり着いた。
周囲を見ると、人、ヒト、ひと。
数え切れないほどの人間がわらわらと集まっている。
何やら城壁の門に向かって並んでいるようだが……。
ああ、そうか。開門待ちと言うことか。
となると今は朝なのだな。全く気にしていなかった。
まあ、とりあえず私も並ぶとしよう。
「見て、あの人。綺麗……」
「本当ね。女性、なのかしら?」
「でも背中におっきい剣を背負っているわよ?」
「男の人なのかな? どっちにしても綺麗だね」
「ほんとほんと」
むむ? 何やらやたらと注目されているような。
綺麗……。ああ、それはそうだろう。何せ元にした人間が美しいからな。ミリーナの姿を模した私を愚弄するバカが居たら、真っ先に殺してやるとも。
周囲の反応に気をよくしていると、大きな門が音を鳴らし、ゆっくりと開いていくのが見えた。開門時間になったようだ。
「失礼」
「ん? なんだ? 私の顔に何かついているか?」
「いや、見ない顔だな。どこぞから流れてきたハンターか?」
「……?」
ハンター……? なんだそれは?
この男は恐らく衛兵だろう。
開いた門の側に控え、通行人たちを眺めては、何やら白い紙にスラスラと文字を書いているのが見えた。
そして、いざ私が通ってみると、こうして声をかけられたと言うわけだ。困ったな。街に入るには、身分を証明する物が必要なのか……?
「ここ最近、凄まじい轟音がどこからか聞こえてきてな。それに呼応するかのように、酷い地割れの跡が発見されたんだ。だから、こうして我々が警備に当たっているのさ」
「そ、そうか。それはご苦労だな」
もしかしなくても、それは私の仕業だ。
やはり騒ぎになっていたか……。
となると、普段はこうして衛兵が門にいることは無いのだろうか?
「まあ、いい。あんたが何者なのか気になるが、問題を起こしたりしなければ、こっちもとやかく言うつもりはないよ」
「では、通ってもいいか?」
「どうぞ。ああ、この街に来るのは初めてだろう? その顔、見覚えが無いもんな」
「そうだが」
「なら、まっすぐ歩いて中央の噴水広場まで行って、そこを目印にして色んな場所を見て回ると良いよ。
「そうか。すまない、礼を言う」
「どういたしまして。それにしても、あんたみたいな美しいお嬢さんが1人旅とはねぇ」
「…………」
ふむ。どうやら私を女だと思っているようだ。
髪が長い事もあるのだろうが、やはりミリーナの姿を模したコレは美しすぎたか。
「残念だが、私は男だぞ」
「えっ!?」
「声で気付くだろう、普通」
「そ、そう言われてみれば……」
「やれやれ……」
うーむ。声の調整が不充分だったのだろうか?
わざとらしく首を振りつつ、街の中へと足を踏み入れた。
何気に、周りの人々がざわついている様子だった。
少なくない数の者たちが、私のことを女だと誤認していたらしい。
「……ほ、ほんとに男……? 綺麗すぎるだろ……」
「もう俺、男でもいいや」
おい。
何やら物騒な呟きが聞こえたぞ。
気分が悪くなってきたな。
さっさと離れてしまおう……。
◆
「ここが噴水広場か。なかなか見事なものだな」
街の中央まで歩いていくと、言われたとおり巨大な噴水があった。確かに、これなら遠くからでもその姿を確認できるな。目印にはピッタリだろう。
さて、街を探検するとしようか。
「そこの綺麗な姉ちゃん! ちょっと寄ってきな!」
「私は男だ」
「なにぃ!?」
「これは美しいお嬢さん。お困りのようでしたら、この僕がエスコートして差し上げましょうか?」
「私は男だ」
「ええっ!? そんなバカな!?」
「おうおう綺麗な姉ちゃんよ!
ちょっくと飲みに付き合ってくれや!」
「私は男だ」
「な、なんだとォ!?」
…………。
適当にぶらぶら歩いてみたが、どいつもこいつも私の事を女だと間違えて接してくる。どこを歩いていても、だ。
「そんなに、女に見えるだろうか……?」
道端に座り込み、自分の顔を手で触ってみる。私としては、一応男性にも見えるようにできたと思うのだが……。
感覚がズレているのだろうか……?
少し、自信がなくなってきた。
ああ、そういえば金がないな。
野宿でも一向に構わんのだが、せっかく人の街に来たというのにそれは、ちょっとばかり悲しいものがある。どうにかして、金を稼ぐ方法は無いものか……。
「あなた、ハンター?」
ミリーナよ、教えてくれ。
金というのはどうやって稼げば良いのだ?
……いや。そもそも遙か昔の人間である奴の教えに頼るのが間違いか。
だが、そうなると……。
うーむ……。
「ちょっとあなた。無視しないで」
「うん?」
呼び掛けられている事に気付き、顔を上げると、そこには不可思議な服を着た人間の少女が立っていた。こういう服は、確かゴスロリと言うのだったか? その表情はまるで人形のようであり、背の辺りまで伸びる、桃色の長髪がよく似合っている。
そして、ミリーナには数段劣るが、そこら辺を歩く女たちよりはよっぽど美しい顔立ちをしていた。
「お前は誰だ?」
「初対面の相手に対して、いきなり“お前”なんて失礼ね」
「む、そうか。すまん」
無表情に見えるが、もしかしてこれは怒っているのか? 何故だ? 別に大したことはしていないつもりだが。ああ、お前と呼んだのがそんなにダメだったのか。今後気をつけるとしよう。
「で、貴様は誰だ?」
「より酷くなったわよ。失礼ね」
「む、そうか。すまん」
お前でも、貴様でもダメなのか。
人間と言うのは面倒な生き物だな。
呼び方など別に何でもいいだろうに。
「まぁ、いいわ。話がちっとも進まないもの」
「話とは何だ?」
「あなた、ハンター?」
「何故そう思う?」
「その大剣よ。一般人ならそんなもの背負ったりしないでしょ」
「……おぉ、なるほど」
「…………」
で、ハンターとは何だろうな?
ミリーナからはそんなもの聞いた覚えがないぞ。いや、そういえば衛兵も言っていたか。
ここは一つ、この娘から色々と教えてもらおうか。
「ハンターとはなんだ?」
「は?」
「生憎、私は現代の世情に疎い。良ければ教えてもらえんか」
「……あなた、変な人ね」
「放っておけ」
無表情ながらも、呆れているらしい事が伺える。いかんな。どうやら一般常識だったようだ。頑張ってこの程度の知識は得てから出てくるべきだったか。
娘は、そっと私の隣に腰掛けた。
一応説明してくれるらしい。ありがとう。
「この街、グランバルツについては流石に知ってるわね?」
「知らん。そんな名前だったのか」
「……あなたって、いったい……。
もう、いいわよ。何も知らない事を前提にして説明するわ」
「すまんが、頼むぞ。娘よ」
「誰が娘よ。あたしには“プルミエディア”っていう名前がちゃんとあるわ」
「そうか。私はフィオグリフだ」
「あ、そ。で、まずこの街について説明するけど……。ここは、“聖バルミドス皇国”という大国と、“フリヘルム王国”っていう大国に挟まれている独立都市なの」
「ふむ」
何やら長ったらしい説明が始まった。
ええと、この娘が聖バル……違うな。この娘がプルミエディアで、この街がグランバルツ。で、聖バルミドス皇国とか言う国と、フリヘルム王国とか言う国があると。
「両国はとても仲が悪くてね。昔からしょっちゅう戦争しているらしいわ。今は何とか勇者が間を取り持つ事で平和になっているの」
あ、そいつ死んだぞ?
まさかアレがそんなに大それた事をしていたとは。
どう見てもただの筋肉バカとしか思えなかったが。
「もし勇者が死んだら、どうなる?」
「また戦争が起きるでしょうね。さすがにすぐそうなるわけじゃないと思うけど」
「そうか」
なるほど。不味いことをしたかもしれん。
勇者は私が殺した。と言うことは、私のせいで戦争が起きてしまうと言うことにならないか?
「それで、このグランバルツがどうやってそんな大国から身を守っているかなんだけど……」
「ああ、挟まれているとか言っていたな」
「ええ。そこで“ハンター”が出てくるわけ」
「ほう」
聞いたことを思い出しつつ、適当に相槌を打っておく。
そして、無表情のまま、プルミエディアが人差し指を自分の顔の横で立て、言葉を繋げる。
「ハンターって言うのは、どの国にも属さないフリーの傭兵みたいなものよ。魔物を討伐したり、ダンジョンとかに潜って貴重なアイテムを収集したり。でも、トップクラスの腕利きとなると、世界中を見ても有数の実力を持つの」
「ああ、なるほどな」
要するに、私の住処に時折ちょっかいを出してきたアイツらの事らしい。もしかして勇者もハンターなのだろうか。アレが世界最高峰の実力者なのか? 案外スケールが小さい世界なのだな。
「ちなみにあたしもハンターよ」
「ほう」
「反応うっす……」
「ほほう!! そうなのかっ!」
「いや、わざとらしすぎるわよ」
「すまん」
「妙なところで気を使わんでいい」
なんとなく分かってきたが、一応最後まで聞いておくか。
「でね、そのハンターたちを管理、支援する組織があるの。それが“ハンターズオフィス”。
で、その本部がこのグランバルツにあるのよ」
「つまり、この街を攻めたらハンター全員が敵になると言うわけか。それはいかに大国と言えど困るから、ここは安全なのだな?」
「そう言う事よ。あたしらハンターとしても、オフィスが無くなっちゃったら困るからね」
話はわかったが、結局コイツは何故私に声をかけてきたのだ?
「で、私に何の用だ」
「あなたがハンターだったら、パーティーを組んで欲しかったの。最近やたらと凶暴な魔物が増えてきたから、ソロじゃ厳しいのよね」
「なるほどな。ぼっちか」
「殴るわよ」
「すまん」
パーティーと言うのは、人間の戦士たちが協力して旅をする集団の事だ。大体の数は4~6人ぐらいだな。
ソロと言うのは、1人で旅をする者のことだ。早い話がぼっちだな。ちなみにミリーナはソロだった。
「でも、まさかここまで無知とはね……」
「腕には自信があるぞ?」
「……確かに、その大剣は今まで見たことがないぐらいの上物っぽいけど……。いまいち使い手が、ね」
「人を見かけで判断するな、とミリーナが言っていた」
「話した上で判断したのよ。っていうか誰よそれ」
「……私の唯一の友だ」
「あなたもぼっちなんじゃない……」
「………」
言われてみれば確かにそうだな。
私にはミリーナ以外、友と呼べる者が居なかった。そしてそのミリーナも、もうとっくの昔に死んでいる。
私は、ぼっちだったのか……。
内心、驚愕せざるを得ない……。
「本当に、腕には自信があるのね?」
「ああ。勇者よりも遙かに強いぞ」
「その自信はどこから来るわけ?」
「秘密だ」
「……まぁいいわ。そこまで言うんなら、オフィスに行ってハンター登録してみましょ」
「金がないが、大丈夫か?」
「何よ、文無し? 仕方ない。私が立て替えてあげるから、必ず後で返しなさいよね」
「ああ、すまない」
頭を下げ、私は口を開いた。
「必ず返すよ。身体で」
次の瞬間、私の顔面に彼女の拳が突き刺さった。
……誠意を伝えたつもりだったのだが、全力で殴ることはないだろう……。
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