始動編

第一章

第1話 暗黒神様、飛び出す

 誰かが言った。

正義は必ず勝つ、と。


 では、正義とはなんだ?

その者が正しいと思うこと。それが正義だと私は考える。


 『正義は必ず勝つ』。

それは、勝者が常に正義だとされてきたから生まれた言葉だ。


 ならば、『正義のヒーロー』とは、敗北の瞬間から『正義のヒーロー』ではなくなる。そのはずだ。


「なのに何故、貴様は何度も私の前に現れる?」


 目の前に転がる死体に、言葉を投げかけた。

“コレ”は、何万年もの間、姿を変え、名前を変え、国を変え、延々と私の前に現れてきた。


 人は、“コレ”を『勇者』と呼ぶ。


 勝者が正義であるならば、数え切れないほどの勝利を重ねてきた私に、正義はあるはず。にも関わらず、勇者は自分を“正義のヒーロー”だと称し、私を“悪の親玉”だと断じてくる。


「おかしいではないか」


 大体、貴様は……。いや、貴様等は、何故私を目の敵にしている?

 魔物の氾濫? 知ったことか。アレは別に私が生み出しているわけではない。指図しているわけでもないし、奴らが勝手に暴れているだけだろうが。まあ、住処の周辺に住む魔物たちに限っては、私が作り上げた者たちなのだが。しかし奴らは基本的に外界へは出ないのだ。

 多くの人々を惑わし、殺した? 知ったことか。ソレも別に私が何かしたというわけではない。勝手に奴らが私を信奉し、勝手に同族を殺しただけだろう。


 全く、迷惑極まる。


 私はただ、静かに暮らしていたいだけなのだがな。

この場所が悪いのか? いや、それともこの姿が……?

ふむ。両方とも考えられるか。


「ここは一つ、外界の観察でもしてみるか。となると、この体をどうにかしなければなるまいな。このまま出るには、外は小さくて、窮屈だ」


 ふと、勇者とその仲間たちの死体を見てみる。

やはり、小さい。それに、形も私とはかなり異なる。

というかまず、私には定まった形がない。作ろうと思えばいくらでも作れるが。

 第一、『暗黒神』と呼ばれる私の逸話が、童の躾に使われる事すらあるという。ならば当然、人間たちにはバッチリと覚えられているはずだ。故に、このまま出てしまえば間違いなくパニックになる。そうなれば、観察どころではない。


 さて、擬態するとなれば最も相応しいのは……。

やはり、彼らの同族。つまりは人間に化けるのがいいだろう。

いや、待てよ? 愛玩動物になってみるのも一興か。



 ……勇者相手ですら蹴散らす愛玩動物……。

無いな。さすがにソレが異常だと言うことぐらいは、私にもわかる。


「……少女、少年、童、成人……。どの姿がいいかな」


 ここでまた、参考にするために残しておいた、勇者一行の死体たちをじっくりと眺めてみる。

 勇者を除くと……。

女、女、女。エルフ、獣人、人族。

見事なまでに女しかいない。男は勇者一人だけだ。


「こういうのは、何と言うのだったかな」


 えーと……。ああ、思い出したぞ。

ハーレム、だったか。そういえば勇者が『てめえをぶっ倒した後はハーレムでウハウハだぜ!』なんて言っていたな。

 やはり観察するとなると、私に立ち向かってくる勇者の視点に立ってみるのがいいだろう。と、いうことは……。


「私もハーレムとやらを作ってみるか」


 うむ、そうしよう。

であれば、まずは形からだな。

これまで倒してきた勇者たちの中で、最も容姿に優れていた初代に化けてみようか。

 私にだって、美的センスぐらいはあるのだ。


 チカラを身体中に巡らせ、肉体を変化させていく。

腰まで伸びた艶々の金髪に、クリッとした大きな目玉を二つ。

顔のパーツも、記憶を呼び戻して初代オリジナルと同じにする。


 む? 待てよ?

そういえば、初代勇者は女ではなかったか?

いかん。それではダメだ。

となると……。


 化けたばかりの初代勇者の肉体を、多少男らしく変えてみる。やはりどこか中性的になってしまうが、まぁいいだろう。

要は胸の膨らみを無くして、下半身に男の象徴を付ければ良いのだ。


 後は、適当にそれらしい防具を作り、着ておく。

さすがに真っ裸で出歩くわけにはいかんだろう。

それではただの変態だ。


「よし。他からの評価が気になるが、外界に出てみるとするか」


 こうして、男版初代勇者に化けた私は、長年引きこもってきた住処を抜け、外界を目指して歩き出した。


 外に出て飛び込んできたのは、とうの昔に死んだはずの初代勇者とよく似た人間が、私の住処から出てきたことに驚く、魔物たちの姿。

そのうちの一体が、警戒しながら近寄ってくる。


「グゥゥゥ……」

「落ち着け。私が化けているだけだ」

「グゥッ!?」

「ちょっと外界へ行ってくる。留守は任せたぞ」

「グゥッ!」


 『暗黒神』の声色で口を開くと、魔物はあっさり納得してくれた。うっかり外界で素の声を出さないように気を付けねばな。

あ。この身体の声……。初代勇者の物と同じか……。

いかん、声帯だけ作り直しだ。


 喉に手を突っ込み、ちょちょいっとチカラを込めていじる。


「あー、あー。よし、これならいいだろう」


 見た目は中性的だが、声は以前より男に近くなった。

これで問題はあるまい。きっと。


 安心し、身体を浮かせて外界へと高速移動する。

歩いていくと、かなり長くなりそうだからな。



 さて、私の住処からはかなり離れたはずだ。

ここからはひとまず歩いてみよう。

邪魔な魔物は、まぁ倒しても問題あるまい。


 テクテクと、辺りを見回しながら歩いていく。

目に映るのは、本来の私の身体よりは小さいが、今の私よりは遙かに大きい、無数の木々。どうやら森に入ったらしい。


「なかなかどうして、人間の視点から見る風景と言うのも悪くないな」


 本来の巨体から眺める時とは、また違った趣がある。

大自然の壮大さと言うか、そんなものを感じる気がする。


 おっと。今の私は、見た目は人間なのだったな。

こんな事を口走っていれば、間違いなく変人だ。気を付けよう。


「さて。ハーレムを作るには、具体的にはどうすればいいのだ?」


 森の中で一人、首を傾げる。

目標が決まっているのはいいのだが、そこに至るまでにどのような事をすればよいのか。そこがわからん。

 とりあえずは、街に行ってみるのがいいか? ここで突っ立っていても仕方ないしな。うむ、そうしよう。


「この辺りには人間がほとんどいないな。まあ、私の住処にほど近い地に住む物好きなど、居なくて当然か」


 周囲一帯の気配を探ってみたが、感じるのは魔物や動植物ばかり。後はちらほらと闇の妖精が彷徨うろついているぐらいか。

もっと遠くへ移動する必要があるな。


 む? そういえば、歴代の勇者たちは全て剣士だったな。

私も、武器を何も持っていないのは些か不自然か。

倒した勇者の剣は……。ダメだな。死んだばかりの者の愛用品を勝手に使えば、無用なトラブルを招きかねん。


 となると、自分で適当に作るのがいいか。

うむ、そうしよう。

幸い、現物を見る機会は腐るほどあったからな。

100年ごとに、だが。


 今思うと、勇者というのは決まった年月が経過してから現れていたな。この世界はそういうシステムになっているのだろうか? だとしたら一体何のために? いちいち100年ごとに襲われる私からしたら、いい迷惑だぞ。とっつかまえて99年説教の刑に処してやりたいぐらいだ。


「よし、こんなものか」


 思考の渦に沈んでいる片手間に、多重並列思考を用いて剣を作ってみた。うっかりこの世の物ではない素材を生み出してしまったが、まぁそんな細かい事はいいだろう。


 初代が使っていた剣を真似て、柄の部分が青いクリスタル……のように見える新素材になっており、刀身の部分は黒いクリスタル……のように見える新素材に、それっぽい文字がずらずらと書き連ねてある。


「……うーむ、殺したばかりの当代勇者……いや、もう死んだのだから先代か? とにかく、アレの物と比べると、初代の剣は随分と大きいな。あんな美しい娘が、よくもまあこんな物を軽々と振るっていたものだ」


 そうなのだ。

実はこの初代勇者の剣(の模造品だが)、普通に馬鹿でかい。

人間ぐらいの大きさ相手なら、斬るよりも叩き潰す武器として使えるだろうほどに。

 たしか、当代勇者(殺したばかりの男)が使っていた剣のことを“ロングソード”、初代が使っていた剣のことを“グレートソード”と呼ぶのだったか。

 これらの知識は、生前の初代が教えてくれた。あの娘は勇者であるにも関わらず、私と共に暮らしていた事があったのだ。あれから気が遠くなるほどの歳月を生きてきたが、あの時が一番楽しかったかもしれん。


「……感傷、か」


 私にも、こんな感情があったのだな。

時を遡ることは可能だが、そうすると過去の私と対面することになる。加えて、あの、楽しかった時の初代ならば、必ず過去の私を守ろうとするはずだ。


 過去の私も、初代を守るために現在いまの私に立ち向かうことを選ぶだろう。それに、過去を変えるのは、私のポリシーに反するし、彼女の運命を変える資格など、私にはない。あってたまるか。


「ふふっ、らしくないな。まるで人間のようではないか」


 木々の間から顔を出している青空を眺め、私は小さく笑った。

ちょっと昔を思い出すだけで、こうも“生”と言う物を実感できるとは、私も案外人間に毒されてきているのかもしれないな。


 気を取り直し、作り出した剣を背中に背負い、街があると思われる方向に向かい、歩き出す。

人間の気配が無数に感じられる場所へと行けば、恐らくそこが街だろう。少なくとも、何らかの集落にはぶち当たるはずだ。

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