第8話 愛に生き、愛に死ね


「ヴルァアァァ!!」

「おっと」

「わぁっ、鋭いねー。嫌になっちゃう」

「遂に言葉を解さぬ獣になったのか……。敵ながら、哀れな奴だな……」


 先程とは違い、真剣な表情で、身体に炎を纏い、私の動きを見張りながらも観戦を続けるミルフィリアと、超スピードで暴れ回るグリモワールとシルヴィアのパンデモニウム……ええい名前が長ったらしいな。


「グリヴィアめ」

「誰だよっ!? 名前まで合体させてどうするのっ!」

「ナイスネーミングだろう?」

「はいっ!」

「ウーズのボーヤは黙ってて! もう! どうして貴方はそうボケに走るんですか! 一応結構キツイ状況ですからね、これ!」

「別に、私楽だし」

「アタシたちがキツイんですぅ! そりゃ、フィオグリフ様なら余裕でしょうよ!」


 いちいち“グリモワールとシルヴィアが合体したパンデモニウム”などと呼ぶのは面倒くさいと思い、二人の名前を合わせてみたのだが、メビウスのお気に召さなかったようだ。

 まぁ、いいか。こんなお子様の意見など知らん。


 それはさておき、合体した事で戦闘能力が上昇したのか、明らかにグリヴィアのスピードが上がっている。代わりに霊術を使わなくなったようだが、それでもメビウスとウーズには厳しい相手らしいな。

 となると、いくら後ろに居るとはいえ、レラとフィリルも危ないか。それに、クリスの手料理を失うのは惜しいし、ニクスにはもっと働いてもらわなければならない。


 ならば、場所を移した方がいいな。


「お子様は引っ込んでいろ。この獣は私が始末しよう」

「おっ……」

「承知しました。ほら、メビウス嬢。行くよ? 暗黒神様の邪魔になってしまう」

「フィオグリフ様が言っちゃいけない事言ったぁ! アタシお子様じゃないもんっ! 身長が低いのは子供の時に死んで、ワイトになったからだもんっ!」

「はいはい、そういう所がお子様なんだと思うよ。いいから行こうね。お菓子あげるから」

「ほんとっ!?」


 メビウスが何やら喚いているが、ウーズにあっさりとやり込められていた。どう見てもお子様である。保護者はどこだ。


 何はともあれ、これで足手まといはいなくなった。前線に居るのは、私ただ一人。ならば、何を遠慮する必要もない。

 ちなみに、もちろんこうしている間にもグリヴィアは暴れ続けているが、私が押さえ込んでいるので全く問題は無い。


「ヴアァァァァ!!」

「うるさいわね。せめて言語機能ぐらいは残しておくべきだったかしら」

「それはそれで、シルヴィアシルヴィアとうるさかったろうよ。どうにもならんさ」

「それもそうね」


 どの手を使って目の前の怪物を葬ろうかと考えながら、相変わらず真剣な表情でこちらを見つめてきているミルフィリアと会話する。

 言っておくが別にこの女と仲が良い訳では無いぞ。だが、何も言葉のやり取りがない空間ほど退屈なものは無いからな。

 私もミルフィリアも、退屈を嫌うのだ。



「よし」

「あら。決めたの?」

「ああ。ついでに貴様も死ぬといい」

「嫌よ。そんなに先走らないでほしいわ」

「焦らされるのは嫌いでね」

「我慢出来ない男は嫌われるわよ?」

「生憎、私ほど愛されている者はいないと自負している」

「かもね。私も嫌いじゃないわ。むしろ、殺したくなるほど好きよ」

「それは光栄だ。さぁ、死ね」

「堂々巡りね」



 私とミルフィリア、そしてグリヴィアを巻き込んで空間ごと転移。

 向かう先は、夜より暗い暗黒の海が広がり、所々に光る物がある世界。


 それは星の海。


「……なるほど、そう来るわけ」

「素晴らしい景色だろう」

「ええ」


 太古より存在するこの星の海には、“宇宙”という名がある。

 ここならば、周りを気にする必要は無い。天体が幾つか散る事にはなるが、そんな事はどうでもいい。私の大事な奴隷であるレラとフィリル、ついでにメビウスと愉快な仲間達を巻き込む恐れが全く無いこの空間ならば、一切の自重なく力を振るえる。


 さぁ、いくぞ。


「ヴァァァアァ!!」

「……フィオグリフが、詠唱に入った……? いったい、何を……」


 全知全能たる我が友よ。

 目覚めの時は来た。

 万年の眠りから蘇れ。

 純然たる破壊を示せ。 ”


「……これはっ!! フィオグリフ、まさかあなたっ!?」



 星よ、歌え。

 地よ、爆ぜろ。

 空よ、滅せ。

 天よ、裂けろ。 ”


「やっぱり、貴方はどこまでも、私の予想を超えていくわね……。あぁ、案の定転移も封じられてるか。まいったわ……」


 神よ、恐れよ。

 魔よ、悦べ。

 世界よ、我が名を聞け。 ”


「ヴァァアァア!!」

「無駄よ、グリモワール。あなたごときじゃ彼は止められない。……いや、彼らは止められない」


 我は超越者。

 我は暗黒。

 我は全てを暗く染める者。 ”



「“我は、暗黒神。さぁ、万象を我らの手で染め上げよう。

 《超位階》……

〈霊界王 シェプファー〉召喚!”」



 激しい衝撃波が生じ、星々が吹き飛ぶ。

 そして、宇宙の中央に、巨大という言葉ですら表現できない程の体躯を持つ女神が現れた。


 彼女こそが霊界の王、シェプファー。

 私が行使できる暗黒霊術以外の全ての霊術の中で、この《霊界王召喚》こそが、最強の破壊能力を誇る。


 力のスケールがデカすぎて、いちいち宇宙に出ないとならないのが不便だ。グローリアと戦うような事になれば、元いる世界に留まるのは愚策と言える。あそこだと私は自重しなければいけないからな。世界ごと破壊してしまうのだ。それは困る。

 今回こんな手荒な真似をしたのは、もちろんミルフィリアを確実に仕留めるためだな。


『何の用だ、友よ』

「ええい、友と呼ぶな! 貴様とそんな関係になった覚えはないぞ!」

『さっき友だと言ってくれたじゃないか』

「ああ言わないと貴様が出てこないから、仕方なくだろう! 知っているくせに、よくもまぁそんな口を利けたものだな」

『我は君を友だと思っているのだがな。まぁよい。で、何をすればいい? どっかの星でも消し飛ばすか?』

「何故貴様はそう思考が物騒なのだ。そんなくだらん真似、私がするわけなかろう」

『それもそうだな。我、うっかり』

「やかましいわ。あの怪物と、その後ろにいる赤髪ツインテールの女を殺せ。そのために貴様を呼んだのだ」

『ほう。そんな事でいいのか? わざわざ我が出張るほどではなかろう』

「そうでもない」

『ふむ……?』


 思えば、コイツを呼ぶのは随分と久しぶりだな。異界種の王を倒した時以来か。

 ちなみに、シェプファーをこうして召喚できるのは、ありとあらゆる異世界を含めた全世界で・・・・私しかいない。グローリアや他の神々でも不可能であり、正真正銘、どこを探してもこの女は私の呼びかけにしか応じないのだ。そういう契約を交わしたからな。今では少し後悔している。


 さて。


「グリモワール。シルヴィア。もう私の言葉も届かぬだろうが、これで終わりにしよう。来世でまた会えるようにしてやるから、その時に好きなだけ共に暮らせ」

『シェプファーパーンチ』

「もっとマシな技名は無いのか! 気が抜けるわっ!!」

『ばーん』

「話を聞けぃ!」



 そして、我々が暮らすあの世界……いや、あの星がいくつあっても足りない程に巨大なシェプファーのパンチが、炸裂した。



 ああ、ミルフィリア。

 これはさすがにチートでも防ぎきれまい?

 安心して死ね。



 ──だが。



『すまん、友よ』

「なんだ」

『赤髪ツインテールに逃げられたかもしれん。君が気にかけるだけあって、なかなか大した奴だ』

「なんだと……?」


 逃げた、だと? 馬鹿な。時空聖剣の力は封じておいたはず。無論、空間霊術による転移も同様だ。なのに、どうやって逃げた?


『うむ。恐らく、さっきまでのアレは分身だな。道理で妙な気配だと思った』

「気付いていたのなら何故言わない!」

『えっ? 君、気付いてなかったのか?』

「……貴様」

『す、すまん友よ。怒らないでくれ。頼む、この通り!』

「王たる者が簡単に土下座などするな! 貴様にプライドはないのか!」

『友の前で威張っても、意味などない!』

「……それは確かに。って、私は貴様の友ではないと、何度言えばわかる!」

『ひどいぞ友よ!? いや! ならば交流を深めよう! 我も君の星へ行く!』

「は?」



 ちょっと待て。

 いやいやいや、ちょっと待て。


 馬鹿みたいに大きい、シェプファーの身体を眺める。

 何故か恥ずかしそうに身を捩るデカブツ。



 ……無理に決まっているだろう!!

 貴様、我々の世界をパンクさせる気か!?


『そ、それすらもダメなのか? 我、そんなに嫌われてるのか?』

「それ以前の問題だ。貴様の巨体が、私の小さな星に入るわけなかろう!」

『……なんだそんな事か。そこはどうにでもなるから気にするな』

「来るならまずはその身体をどうにかしろ。いや本当に。頼むぞ?」

『はっはっは、わかった!』



 コイツ、本当に来るつもりか……。

 うっかり世界を粉々にしちゃったりしないだろうな? ものすごく心配だ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る