第6話 悲劇は止まらない
「ふむ。さすがにもう来ないようだな」
「そう、ですね……」
「……犠牲者たちよ、せめて安らかに眠ってくれ……」
わらわらと湧いてきたパンデモニウムの群れを全て始末した私は、大剣を肩に担いで一休みしている。あまりにも数が多かったからちょっと疲れたのだ。
しかし、そう時間を無駄にしてもいられない。さっさとこの塔を登ってしまわないと、ミルフィリアがどこかに行ってしまうだろうからな。
……そんな私を嘲笑うかのように、また奇妙な霊力の塊がやってきた。
またパンデモニウムとやらか? ミルフィリアの奴、どれだけ作ったのだ……。
ため息を吐きつつ、よっこらせと立ち上がる。
「ご主人様」
「うむ。お客さんだ。まったく、面倒極まりないな」
「フィオグリフ様。なんか今回のヤツは今までの化け物たちより強いみたいだよ。ほら、探ってみてよ」
近付いてくる霊力に気付いたレラが私を呼び、それに答える。だが、真剣な表情をしているメビウスに曰く、どうやら今までの奴らはただの前座だったようだ。勘弁してくれ。
言われた通りに探ってみると、なるほど確かに。思った以上に強いようだ。少し真面目になるとしよう。
「レラ、フィリル、ニクス、クリスは後方で支援に徹しろ。メビウスとウーズは私と共に前線で迎え撃つぞ」
「「了解」」
なかなか腕を上げたらしいが、それでもレラとフィリルにはまだ無理をさせたくはない。ニクスの実力はそこまで詳しく把握できていないし、クリスもフルパワーを発揮するには相応のリスクを伴うようだった。よって、この四人は後ろに下げた方がよかろう。
「暗黒神様と共闘できるなんて、これほどに名誉な事はありません! 不肖ウーズ、全身全霊を持って事に当たらせていただきます!」
「あー、はいはい。相変わらずお堅いボーヤだね。もっとリラックスしようよ、ウーズくんや」
「ぐっ……あ、あなたはもっと真剣になるべきだ! メビウス嬢!」
「なんだとー? 青二才の分際で生意気な」
何やら言い争いを始めたメビウスとウーズに脳天チョップをかまし、さっさと構えるように叱りつけた。
間近でギャーギャー騒ぐな、鬱陶しい。
「「申し訳ありません」」
「ふん。そら、来たぞ」
土下座する二人を鼻で笑っていると、前から異質なパンデモニウムが現れた。いや、アレは元々異質な魔物なのだが、なんというか、今現れた奴は、四つん這いで歩く巨大な獣の顔の部分に、磔にされたかのような体勢の、裸の女がくっついているという、異様な風貌をしていたのだ。
「うっわ、気持ち悪っ!? 何あれ!」
「……? 様々な種族の顔が張り付いていないな。暗黒神様、アレは他のパンデモニウムとは少々毛色が異なるようですね。見た感じからすると、一人の女性と巨大な魔物を合成したのではないでしょうか」
「そのようだな。まぁ、何にせよさっさと成仏させてやるだけだ」
ウーズの言う通り、これまでのパンデモニウムとは明らかに異なる。しかも、あの磔にされている格好の女は、恐らくヒューマンだろう。ヒューマン至上主義者であるミルフィリアが作ったにしては珍しいな。
あの女は、他種族に対しては異常なまでに残虐だが、同胞に対しては嘘のように平和的なのだ。その割に蘇った勇者たちは殺したじゃないかと思うだろうが、ミルフィリアは勇者の事をヒューマンとして認めていない。故に、勇者であるユキムラを生かして利用している事の方が異例と言える。
それはさておき。
これまでと同じように始末しようと大剣を構える私だったが……。
「むっ?」
突然天井から噴き出してきた火柱の中から現れたミルフィリアの姿に、目を丸くする事になる。
「ごきげんよう、フィオグリフ。元気なようで何よりだわ」
「ごきげんよう、ミルフィリア。自分から私に会いに来るとはな」
「ええ。一目でもあなたを見ておきたくて。それと、この面白い茶番を見物するために来てみたの」
「ほう?」
一気に上がる周囲の温度。
目を吊り上げ、怒りの声を叫ぶウーズとフィリル。
ミルフィリアの言った事の意味を理解しようと考える私だったが、異質なパンデモニウムを守るかのように転移してきた男を前に、考える事を一時中断した。
「あんたが、暗黒神か……! 下がれ! こいつは、シルヴィアはやらせねえぞ!!」
「ふむ?」
はて、初めてお会いするはずだが、コイツは何者だ? と首を傾げる私。しかし、その答えは私の隣にいるウーズがすぐに示してくれた。
「グリモワールッ!!」
「おお、コレが魔王グリモワールか。なるほど、これまた珍しいな。エルフだったのか」
「……レラちゃんと同じ種族か。いや、ちょっと違うね。魔王であるからには魔物のはずだし、エルフから変じた特異種かな」
「メビウス。お前もグリモワールとは面識がないのか?」
「んー、たぶん? 忘れてない限りは、そうだと思うなー」
「ふむ」
エルフから変じた魔王か。面白いな。こいつの真似をして、レラを魔王に作りかえてやればかなりパワーアップできるだろう。帰ったら試してみるか。
さて、いきなり現れて何のことやらさっぱりなのだが、シルヴィアとは何者だ?
「待て、グリモワールとやら」
「私が説明してあげるわ、フィオグリフ。そこのパンデモニウムは、私がチートを使って蘇らせた、グリモワールの死んだ恋人なの。まぁ、見ての通り魔物と合体させてみたのだけどね。あなたたちを追い返せたら、元の姿に戻してあげるっていう取引を持ちかけたら、あっさり頷いてくれたわよ」
「……なるほど」
それであんなに必死な顔をしているのか、グリモワールは。怪物の姿にされても尚、シルヴィアとかいう恋人の事を愛しているのだな。
なるほど、美しい。
だがそんな事私には関係ない。ここでミルフィリアを仕留めるためには、グリモワールとシルヴィアは邪魔だ。ミルフィリアも、私が自分を殺したがっているのがわかっているから、あえて逃げずに留まっているのだろう。グリモワールを戦わせるために。
「下がれ、暗黒神! シルヴィアのために、俺は絶対に引き下がれないんだ! 向かってくるというのなら、意地でもあんたを倒す!」
「ほざけ。そこの赤髪ツインテールを始末するには、貴様は邪魔だ。その怪物を連れてとっとと失せろ」
「シルヴィアは怪物じゃないっ!! 今はこんな姿だけど、彼女はとても優しい
「やかましい。貴様とそこの怪物のせいで話がややこしくなっているのだ。ミルフィリアを放置しておけば何が起きるかわからん。これは貴様だけの問題ではない」
「そんなの知るかっ! 世界なんてどうでもいい! 俺はシルヴィアとまた暮らせればそれでいいんだ!」
「ちっ……」
ニマニマと笑っているミルフィリアの存在が癪に障るが、これは話が通じるような相手ではないな。あの狂人のシナリオ通り、ここでグリモワールと戦う他ないか。
と、その時。
ずっと静かにしていたシルヴィアの顔から、血の涙がこぼれた。
そして──。
「やめ……て……。グリモワール、もう、戦わないで……私は、死んだの。もう、いないのよ……? そんな私なんかより、ここでミルフィリアっていう人を倒さなければ、多くの悲劇が生まれてしまう……。お願い、戦わないで……」
「……シル……ヴィア……?」
ほほう、これは驚いたな。あんな身体にされていながら、喋ることが出来るのか。
しかし、そんな健気なシルヴィアに対し、炎が襲いかかる。
「きゃああああっ!!」
「シルヴィアっ!? 貴様、ミルフィリアっ! 何をするんだ! やめろ!」
「汚らわしい異種族と交わった売女が。グリモワール。この女を殺されたくないなら、さっさとフィオグリフたちと戦いなさい。私の気は長くないわよ」
巨大な獣の部分は全く焼けていないが、磔にされているシルヴィアの身体は酷く爛れてしまった。ピンポイントで狙ったのだろう。グリモワールを追い詰め、我々と戦わせるために。
「貴ッ様ァ……!!」
「あーもう、面倒な男ね。仕方ない。シルヴィア、やっちゃいなさい」
「……ッ!? や、やめて! やめてッ! 私は、戦いたくない! いやっ! いやぁっ!!」
激しい怒りを叫ぶグリモワールをガン無視し、パンデモニウムに指を向けるミルフィリア。すると、戦いたくないと叫ぶシルヴィアの上半身とは逆に、シルヴィア・パンデモニウムの巨体が我々に襲いかかってきた。
「……外道が……!!」
「ねーねー、フィオグリフ様。どうするの?」
「む? うむ。ここで分離させても例のごとく灰になるだけだろう。どの道殺すしかあるまいよ」
怒りに震えている様子のウーズには悪いが、残念な事にどうにもならん。というかそもそも、わざわざシルヴィアという女を助ける理由などこちらにはない。
グリモワールが私と多少なり親交があればもっと考えてやったかもしれないが、無いものは仕方ないだろう。余計な労力を使う必要など無いのだから。
「くそっ! くそっ、くそっ、クソォッ! シルヴィアはやらせない! 俺が、俺が絶対に守る! 暗黒神、あんたに歯向かってでもなァ!」
こうして、結局グリモワールとシルヴィアのコンビと戦う事となったのだった。
後ろで満面の笑みを浮かべるミルフィリアの顔が腹立つが、ここは素直に踊ってやる。あまり余計な時間をかけるつもりではなかったのだが……。
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