第5話 パンデモニウム・ゲイム④


 頭にタンコブをこさえたクリスを見て笑いつつ、我々は気持ち悪い塔を歩いていく。

 途中、妖精の死体が山のように積み重なっている場所を見つけたが、干からびていたので血を抜かれたのだろうと思う。そういえば、昔は妖精の血を媒体にして行使する霊術があったな。それ目的か?


 と、のんきに考えながら進んでいると、突然塔が大きく揺れた。


「ふみゅっ」

「大丈夫か?」

「う、うん。しっかし、なんだろ? 地震かな?」

「まっさかー。異空間の中にあるのに、地震なんて起きるわけないじゃん? クリスはバカだなぁ」

「ひどくない!?」

「クリスちゃんはドジっ子なのねぇ」

「えぇっ!?」

「情けないですね」

「レラちゃん辛辣ぅ……」


 突然揺れたせいでバランスを崩し、床に顔面から突っ込むクリス。変な悲鳴を上げていたが、割と元気そうだ。まぁ、生傷が増えているが。

 メビウスとニクス、そしてレラは全くバランスを崩しておらず、転けたクリスをからかう余裕すらある程だ。この差は何なのだろう。


 それはさておき。


「誰かが戦っているのだろうな。フィリルとウーズか?」

「どうでしょう。ウーズとやらはわかりませんが、フィリルが戦っているからといってここまで揺れるものでしょうか? 他に誰かが来ているのでは……」

「ふむ。となると、邪神と同等以上の力を持つ何者か、だと考えるのが無難だな。一つ探ってみるか」


 レラの推測からして、“上にいる、フィリルとウーズ以外の何者か”の正体は、ある程度予想が付く。念のため力を探ってみると、案の定見知った霊力が一つ、頂上あたりに居るようだった。


「フィオグリフ、何かわかった?」

「ああ、面倒な奴が来ている。このよく知らん霊力の方は恐らくグリモワールとやらなのだろうが、それ以上にデカイ力の塊は、間違いなくミルフィリアのものだ」

「「……どなた?」」

「ミルフィリアというと、あの時の……」

「うむ」

「えっ、ミルフィリアって、あのミルフィリア? ……っはー……確かに面倒だ……」


 首を傾げているクリスとニクスを捨て置き、勝手に納得する我々。まぁ、この二人がミルフィリアの事を知らんのは仕方ない。

 クリスはハンターの頂点と言えど所詮は一般人だし、ニクスはそもそも別世界の神だ。こっちの世界の、それも古い時代の勇者であるミルフィリアの存在など知るはずもないからな。一応、説明してやるか。


「改世の日、だったか。アレを引き起こした張本人が、ミルフィリアという女だ。一見冷静沈着に見えて、意味がわからんほどにイカレている怪物だよ」

「……へっ!? ど、どういうこと!? 世界そのものを変えちゃうようなヤバイ奴が、なんでこんなところに!? っていうか改世の日って人為的に引き起こされたものだったの!? まじで!?」

「む? 言っていなかったか?」

「自然災害にしちゃおかしいなーとは思ってたけど、だからって本当に個人がやらかしたものだなんて信じられないじゃん!」

「あー、うむ。なるほど」

「この世界の神だったりするのぉ? そのミルフィリアってのはぁ」

「いや、人間だ。一応な」

「アタシはアレを人間だなんて認めないよ。アタシたち魔王よりよっぽど魔王らしい事を平気でしでかすじゃん、アイツ」

「師匠はさすがに詳しいですね」

「まぁね。思い出したくないけど。さ、まだ先も長いんだろうし、とっとと登っちゃわないかい?」

「それもそうだな。行くか」

「うぇー……。私、すごい所に来ちゃったよぉ……帰りたいよぉ……」


 泣き言を喚いているクリスをスルーし、さっさと登っていく。

 ミルフィリアが来ているとなると、フィリルの奴が危ない。ぶっちゃけ奴の存在がある時点で、どこぞの国に捕まっているというプルミエディアより万倍危険だろう。急がなくてはならないな。


 と、そんな時。


 突然、奇妙な唸り声……というか、叫び声か? とにかく、変な声が聞こえた。

 そして、私がよく知る叫び声も。


「バルセィディス! なんとか時間を稼いでっ! ウーズさん、まだ見つからないんですか~!?」

「そう急かさないでくれ! くそっ、何か、何か無いのか……!? この子を殺さないで済む方法が、何か……!!」


 うむ。随分と慌てているというか、冷静ではないようだが、この声は間違いなくフィリルのものだな。となると……。


 ああ、いた。

 何やら不気味な魔物に追われているようだが。何故殺さないのだ?


「……ッ!? ご、御主人さま!? な、なんでここに!?」

「久方ぶりだな、フィリルよ。何故だと? お前を迎えに来たに決まっているだろうが」

「ふぇ?」

「ちょっ、フィリルちゃん!! 召喚霊をしっかり制御してくれっ!」

「あっ!?」


 私……とついでにレラたちの姿を認めたフィリルが、魔物の存在を忘れた様子で目を丸くした。が、そのせいで魔物を抑えていた召喚霊の制御が疎かになり、解放された魔物がウサ耳に襲いかかる。


 無論、それを許す私ではない。


「ギォォオォオォ!!」

「……ふん」


 すかさずフィリルの前に割り込み、向かってくる魔物の巨体を、指一本で防いでやった。ふむ。この程度の雑魚なら、尚更何故殺さない? 理解できん。


「失せ──」

「待ってくださいご主人さまッ! 殺さないでっ!!」

「──ん? おっ」


 何故か大声で叫んだフィリルに気を取られ、魔物の攻撃を受けてしまった。が、もちろん私の物理障壁にぶつかり、こちらにはダメージはない。鬱陶しいので、ひとまず霊術で拘束しておこう。


「久しぶり、フィリル。ご主人様に手を上げた怪物風情をかばうなんて、どういうつもり?」

「レラちゃんまで!? あっ、えっと、その……。その魔物……パンデモニウムって言うらしいんですけど、色んな種族が無理矢理くっつけられて作られた子なんです。あの、ミルフィリアに……。だから、どうにか救ってあげたいと思って……」


 顔に青筋を立てて詰め寄るレラに対し、挙動不審になりながらもそう弁解するフィリル。

 なるほど、道理で妙な感じがするはずだ。

 ミルフィリアの奴、相変わらずいい趣味をしているな。死霊術士でもこんな真似はせんぞ。たぶん。


 しかし、一つの生命体として合体させられたモノを救いたい、か。なかなか愉快な事を考える奴だな。


「ふむ。まぁ、可愛い我が奴隷の願いだ。代わりに私が叶えてやってもいい」

「本当ですかっ!? さすがご主人さま!」

「調子の良い奴め。では、さっさとやるぞ」

「はいっ! お願いしますっ!!」


 視界の隅で硬直している男は、まぁこの際置いておこう。恐らくアレがウーズという魔王なのだろうが。


 拘束しておいたパンデモニウムとかいう魔物に目を遣り、そっと暗黒霊術を発動する。


「ギオ……オ……オオ……」


 魔物の身体がバラバラになり、それを構成していた無数の命たちが、それぞれ元の形へと戻っていく。


 だが……。


「「グギャァァァァァッ!!」」

「えっ!?」

「む」


 元の身体へと戻った瞬間、彼らは激しい炎に包まれ、あっという間に灰となった。

 なるほど、ミルフィリアの仕業か。予め何らかの手段で分離させられた時の対策をしておいたのだろう。相変わらず下衆な事をする。


「……そん、な……」

「ミルフィリア……。あの女、どこまで腐っているんだ……! こんな、こんな事があってたまるかッ!!」


 灰になったパンデモニウムの残骸を前に、膝をついて涙を流すフィリルと、激昂するウーズ。なかなかの人情家だと見受けるが、ミルフィリアは平気でこういった事をするからな。やはり狂人だ。


「……ふむ。立て、フィリル」

「えっ……?」

「ミルフィリアはこの上に居るのだろう? この際だ、始末してしまおう。奴の存在など百害あって一利なし、だ」

「……そう、ですね……。殺された妖精さんたちのためにも、あの人を……! ご主人さま、力を貸してください!」

「当たり前だ。いちいち言わんでもいい」

「は、はいですっ!」


 涙を乱暴に拭き、立ち上がるフィリル。勢いよく頭を下げ、連動してウサ耳が揺れ、ついでに豊かな胸も揺れた。


 そして、完全に蚊帳の外になっていたクリスたちが、ぼそっと呟く。


「ね、ねぇ。フィオグリフ? なんだか言いづらいんだけど……」

「……うん。今の魔物、前から大量に来てるね……」


 む? お、確かに。

 フィリルに意識を向けすぎていて気付かなかったぞ。


「どうする、フィリルよ」

「……仕方、ありません。せめてもう苦しまずに済むように、一息に……」

「だ、そうですウーズとやら。うちのウサギが手間をかけてすみません」

「……あ、いや。構わないよ。あの哀れな子をどうにか助けてあげたかったのは、僕も同じだから。でも、どうにもならないんなら、やるしかない……」



 さて、ならばやってしまおうか。

 あまり時間をかけているとミルフィリアの奴に逃げられてしまうかもしれんからな。

 あの女の事だ、こんな場所で私と決着をつけるつもりなどあるまい。用事が済んでしまえば、さっさとどこかへ消えてしまう可能性の方が高い。


「私がやる。下がっていろ」

「はいです~」


 いくらか元気を取り戻した様子のフィリルが後ろへ下がった事を確認し、私は大剣を抜き、迫り来るパンデモニウムの群れへ向かって大きく薙ぎ払った。

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