第4話 パンデモニウム・ゲイム③


 異空間内に建てられた塔の中を進んで、もう結構な時間が経つ。そろそろ頂上だと思うのだけど。ほんと、無駄に広いわね。

 下の方に馬鹿でかい力の塊が現れた所を見ると、十中八九フィオグリフが来たんだろうなぁ……。


 予想では闇王国ダークキングダムの方に行くと思っていたのだけど、相変わらずあの人はよくわからない行動を取る。

 まぁ、そういうところも素敵なのだけど。うふふ、本当に退屈しないわ。


「ん」


 あったあった。階段発見、ね。でも、その前に番人がいるみたい。面白い、止められるものなら止めてみなさいな。


「……貴様が侵入者か。女が一人でこんな所まで来るとは、見事なものだ」

「あら、あなた……アークデーモン?」

「左様」


 今まで番人なんていなかった事からして、やっぱりあの階段が頂上に続いているのでしょうね。まぁ、アークデーモン程度じゃ相手にもならないし、さっさと消えてもらうとしましょうか。


「侵入者。名をなんという?」

「ミルフィリアよ」

「そうか。私は──」

「どうでもいいわ、あなたの名前なんて。どうせすぐ死ぬのだし」

「……ほう」


 アークデーモンにしては礼儀正しい奴だけど、どうでもいいのよね。

 さて。


 ラグナロクを抜いて……と。


「む……? 貴様、人間ではないのか?」

「失礼ね。れっきとした人間よ。まぁ本来この時代の者ではないけどね」


 ふむ。神気をそこそこ噴き出しているのに、妙に反応が薄いわね。そんなに自分の力に自信があるとでも? 少し様子見してみようかしら。


「神聖技。《聖王裂炎斬》」


 何も無い場所を斬り、その空間の傷口から爆炎が顔を出す。そして、アークデーモンに襲いかかった。


「……《ジャッジメント・ウォール》」

「……へぇ」


 うーん。アークデーモン程度なら充分に消し飛ばせるはずだったのだけど。どうやらそこら辺の雑魚とは違うようね。


「アークデーモンの割にやるじゃない」

「なるほど、ここまでたどり着くだけのことはあるようだな」

「あはは。道中なんて全然楽だったけど?」

「ククク、それは失礼した。では、改めて自己紹介させてもらおう」

「…………」


 まぁ、名前ぐらいは聞いてあげようじゃない。こっちは結構急いでいるのだけどね。


「我が名はグライエール。グリモワールに戦闘のすべを教えた、魔界の公爵だ」


 ……! なるほどね、魔界の……。これは、思ったより利用価値がありそうじゃない? やっぱり来てよかったわ。


「ご丁寧にありがとう。さっきも名乗ったけど、もっと詳しく明かしてあげる。私の名はミルフィリア・ホワイトローズ。一度暗黒神に殺され、再びこの世に舞い戻った古の勇者よ」

「ほう、勇者であったか! なるほどなるほど、道理で強いわけだな。私もグリモワールも、未だ勇者とは戦ったことが無いのでね。そこそこ楽しみにしていたのだよ」

「へぇ。言うじゃない、公爵さん。確かに私は勇者だけど、いずれ人類を束ね、聖王となる女よ? 自分で言うのも何だけど、私以上に強い人間も、勇者も、存在しないわ」

「……確かに、そう言い切るだけの事はあるだろう。ククク……素晴らしい! さぁ、無駄話は終わりにしよう! 共に夢の一時を満喫しようではないかッ!」


 このグライエールとかいうアークデーモンは、随分と好戦的らしいわね。バトルマニアって奴かしら。野蛮。


 笑いながら爪を立てて飛びかかってきたグライエールに対し、ラグナロクで応戦する。


「ぐぅぅぅ!! そうだ! この素晴らしい時を共に味わおう!」

「嫌よ。さっさと終わらせましょ」


 コイツ、言うだけあって大した力ね。とてもたかがアークデーモンだとは思えない。どういう仕組みなのかしら? 幻魔の宝玉ゲート・オブ・デモンを使ったとしても、ここまで強くはならないわよね。今出回っているアレは劣化コピーなのだし。


「ふっ、戦いながら考え事とは、舐められたものだ……なっ!」


 爪と鍔迫り合いをする形になっていたラグナロクが弾かれ、鋭い蹴りが飛んできた。そこそこ速いけど、まぁわざわざ食らってやる義理もないわね。


 ラグナロクの力を使い、空間転移して背後に回る。


「消えたッ!」

「神聖技。《聖王炎刺突》」


 炎を剣先に纏わせ、デーモン種全般の弱点である“核”に向けて突きを放った。

 何故かは知らないし興味もないけど、“核”は人間で言う心臓がある部分についてるのよね。気持ち悪いわ。怪物風情が人間の真似事かしら。


「ぬっ!! 《ジャッジメント・ウォール》ッ!」


 赤紫色の靄が現れ、壁になって突きを防ごうとしてきた。けど、そんなものでどうにかなるほど柔じゃないわよ。


 いや、わかってる。


 防ごうとしてるわけじゃなくて、ただ単に逸らす事さえできればいいって言うんでしょ? お見通しよ。


「くっ、やるな……!」

「いいえ、もう終わり」

「何? ……むっ!?」


 ソウルイーターを使うまでもない。グリモワールの師匠だって言うからちょっとは期待してたのに、あっけないわね。


「魔界の公爵だかなんだか知らないけど、最も偉大な聖剣の力を、ほんの少しでも見られるという事に感謝しなさい」


 グライエールを空間ごと隔離し、果てのない異次元の大海へと放逐。

 ラグナロクを空間の狭間に突き刺し、隔離した空間を破壊。


 世界をも割る一撃を、ほんの小さな空間の中に圧縮した技。


「これは……!? く、崩れていく……何もかもが……!」

「じゃあね、グライエール。ヒューマン以外はこの世界にはいらない。とっとと潰れて消えろ」


 “次元断”。

 ミリーナ先輩程度じゃ到底真似できない、神の領域に至る絶技が一つ。


「ぐぉぉぉあぁぁぁ……」


 私の前に立ち塞がった哀れなアークデーモンは、小さな空間と共に崩れて果てた。


 生命反応が消えた事を確認し、破壊した空間を元の状態に戻す。

 この力は、煉獄に集まった馬鹿な勇者たちの一匹が持っていたチート……“逆再生”によるもの。その気になればグライエールを蘇らせる事も可能だけど、そんな事はしない。


 空間だけを選択し、再生できる。これが、このチートの便利なところよね。


「さて、じゃあ先に進もうかしら」


 それなりに強かったけど、この程度の輩が師匠だって言うのなら、グリモワールもたかが知れてるわね。一応、油断はしないつもりだけれど。




 階段を上った先は、案の定頂上だった。

 一応屋根はあるけど、壁が無く、四隅にある柱の間の空間を通ることで外に出られるようになっていたわ。


 そして、そんな場所の中央に、男が一人、腕を組んで待ち構えていた。


「師匠を倒してきたみたいだな」

「初めまして、凶王グリモワール。まんまと妖精を奪ってきてくれたこと、感謝しているわ」

「……俺はそんなことしていない!」

「知ってる。だってアレは私だもの。でも、今ここに向かっている“侵入者”たちは、あなたが犯人だと思い込んでいるわよ」

「ちっ……!」


 そうそう。あのウサギちゃんとウーズは、このグリモワールという男が妖精を攫っていったんだと思い込んでいるし、だからこそこんな所に殴り込んできたのだろうけど、そもそも最初からコレは何もしていないのよね。


 ぶっちゃけちゃうと、私がグリモワールに化けて、わざと残虐に妖精たちを殺し、生き残りを捕獲して、この塔に放り込んだの。

 迂闊だったわね、グリモワール。ほんの少しだけど、私の中にいるハデスの記憶に、あなたの情報が残っていたのよ?


「あんた、何がしたいんだ」

「そんな事を聞いてどうするの?」

「俺は争いなどしたくない! そういうのはもうとっくの昔に懲りたんだよ! どうして今更こんな事をッ!」

「そう。でも、勇者が魔王を倒すのは当たり前の事でしょう? そのついでに、有用なエネルギー源も確保しておいただけ。古の霊術を行使する媒体となる妖精が近くに住んでいたのに、それを放置し続けたあなたが馬鹿だったのよ」

「お前……!」


 争いなどしたくない? ハッ、“凶王”ともあろう者が何をほざいているのかしら。

 例えどれほどの月日が経とうと、犯した過ちは決して消えやしない。いつまで経っても罪人は罪人のまま。


 どんな手で潰されようと、文句は言えないはずよ。だって魔王ってそういうものだもの。だから勇者は魔王を倒すの。


「……もういい。これ以上、あいつの……シルヴィアの墓を荒らそうというのなら、俺が全力をもってあんたを滅ぼすッ!」

「……シルヴィア・シュリヒタール。三代目勇者の仲間の名前ね。という事は、あなた、見た目に反して長生きなのね」

「ッ!? 何故シルヴィアの事を……」


 魔王風情がいっちょまえに、人間らしい事を喚いてんじゃないわよ、汚らわしい。

 猿真似をしたところで、化け物は化け物。その事実は一生変わりゃしないわ。


「歴代の勇者の事は全部知っているわ。闇に葬られた者たちも、そしてその仲間達の事も含めてね」

「……お前、なんなんだ……!? いったい、何者なんだよ……!」


 三代目勇者パーティーにおいて、回復と補助に特化した“僧侶”枠として活動していた人物。それが、シルヴィア・シュリヒタール。パーティーが原始王アーキとの戦いに敗れ、一旦逃れて力を蓄え、再戦しようと意気込んでいた所で、突如失踪。その後も見つかることはなく、止む無く三代目勇者パーティーは、彼女を欠いたまま旅を続け、何をとち狂ったかフィオグリフに挑み、あっさりと全滅。歴史から姿を消した。


 淡々とそう語る私に、狼狽えた様子を見せるグリモワール。


「では肝心のシルヴィアはどうなったのか? 答えは簡単。太古から生き続けるエルフ・・・・・・・・・・・・が古の秘法によって魔物に転じた生物であるあなたと街で出会い、あなたの正体を知って尚、許されない恋だと自覚しても尚、無言で、三代目勇者パーティーから勝手に脱退し、密かにあなたと駆け落ちしていた。そしてシルヴィアはこの塔で、その生涯を終えたのよね? あなたを残して……」

「……!!」


 この塔はかつて、シルヴィアが生きていた頃は、今の姿とは似ても似つかない美しい場所だった。

 だけど、最愛のシルヴィアを失った悲しみで狂ったグリモワールは、大陸全土を荒らしまわり、やがて魔王となる。そして、一度文明が滅びた頃に、ようやく正気に戻り、嘘のように静かに暮らしていた……。


 滅んだ文明の時代に魔王となった者だからこそ、今の文明が生まれてからは嘘のように沈黙を守っていたからこそ、現代にはほとんど情報が残っていない。

 故に、謎の魔王。


 それが、凶王グリモワールの正体よ。

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