第4話 プルミエディア、影の王宮へ


「ここが……」

「ン。ひとまず着いたネ。さてさテ、いったい何が出るやラ」


 オフィスの受付嬢から請け負った依頼は、指定された道順に従って街を歩くと見つけることができる、〈影の王宮〉というダンジョンの最奥部へと到達・・する事。そのために、こうしてやってきた。

 はっきり言って違和感バリバリというか、なんでわざわざ「到達する事」なんていう表現にしたのかが気になって仕方がないわ。

 そもそも、どうして街の中にダンジョンがあるわけ? おかしいじゃない。


 シャヴィと頷き合い、何が起きても、何が現れても対応できるように、警戒しながら奥へと進んでいく。


 ──だけど、魔物の一匹も出やしない。かといって、トラップがあるわけでもない。

 まるで色が失われたかのように、何もかもがモノクロカラーっていう事以外は、不気味なほどに静かだ。


「暇だネ」

「そうやって油断させるための罠かもしれないわよ」

「あり得なくはないガ、どうしても妙ダ。まるで生き物の気配を感じなイ」

「……それは、同感だけど」


 これだけ何もないと、気を張りつめているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。けど、それこそが狙いっていう可能性も捨てきれない以上、気を抜くわけにも行かない。


 こういうダンジョンも、案外厄介ね。


 しかしそんなあたしの脳内とは裏腹に、何もないまま、ひたすら奥へと進んでいく。

 相変わらず魔物もトラップも無く、あるのはまるでどこぞの王宮、あるいは宮殿のような、華美で、しかし色がない。そんな、不思議な景色のみ。


 あまりにもあんまりな雰囲気に、ついに耐えきれなくなったのか、シャヴィがこんな事を言い出した。


「プルルン、休もウ。キミの手料理が食べたイ。保存してあっただロ?」

「うーん……そう──」


 しかしその瞬間、凄まじい霊力の奔流が、道の先から噴き出した。


「これは……!?」

「ンン。面倒だナ、こりゃアたぶん神クラスの実力者ダ」

「なんですって!?」


 この凄まじい霊力の持ち主は、シャヴィ曰く「神」を名乗るに相応しい程だという。つまりそれって、邪神か何かが隠れてたって事よね? やっぱり、フィアーカさんかしら?


「どうするの、シャヴィ」

「行くサ。ワガハイとキミが居ればどうにかなル。それニ、ここまで来て引き返すのも癪だろウ?」

「……まぁ、そう来るわよねー……」


 異空間での事とは言え、シャヴィとはもう百年も共に居るんだもの。この子が何を言うかなんて、大体察しがつくわ。

 やっぱり魔王は魔王って事なのか、これでいて結構好戦的なのよね。


 軽くため息を吐きつつ、突然現れた霊力の元へと走っていくシャヴィを追い、相変わらず何もない「影の王宮」を駆ける。



 そして。



「よくぞいらっしゃいました。暗黒の花嫁よ」

「またお会いしましたね、プルミエディア様」



 案の定というべきか、驚くべきなのか、あたしに道を教えてくれたあの人、フィアーカさんがそこに居た。更に、何故か日傘を差している、とても綺麗な、金の長髪の女の人も居る。


 って、誰っ!?


 リアクションに困ったあたしは、ちらりと横目でシャヴィの様子を窺ってみた。



「……アナザー……!? どうしテ、お前ガ……」


 何だか知らないけど、すごく驚いてるみたい。どうやら、あの綺麗な人とは知り合いらしいわね。

 っつーかフィアーカさん!? なんであたしを様付けで呼んでんの!? それに名前なんて教えたっけ……? ああ、もう! 何が起こってるのよ、一体!


「お久しぶりですわね、ヴィシャスちゃん。まず、このような形で招いた事をお詫びしますわ」

「ヴィシャスちゃんって呼ぶナ! ワガハイはもう子供じゃないゾ!」

「あらあら、わたくしから見れば充分にお子ちゃまですわよ?」

「な、ななナ……! にゃんだト~!?」

「噛んでますよ、シャヴィ。アナザーさん、貴女も貴女で、いきなり煽るのはやめてください。プルミエディア様が戸惑っておられます」

「これは失礼ですわ。では、話に入らせていただきますわね」

「コラ、ワガハイを放置するナ! まったく、なんデお前が生きてるんダ!? グローリアに消されたはずだろウ!」


 あの、シャヴィさん? これ以上ないぐらい愉快になるのはいいけど、あたしに説明してくれないかしら。

 この状況、全くもって意味不明なんだけど。




 シャヴィが子供のように、しばらく暴れていたけど、なんとか沈静化。アイデンティティとか言っていた割に、仮面を外しちゃって、明らかにムスッとした顔で体育座りしてるけど。


 そして、そんなシャヴィを散々いじり倒したアナザーとかいう女の人が、まるで何事も無かったかのように微笑み、あたしと向かい合っている。


「改めまして、自己紹介をさせていただきますわね。わたくしの名は、アナザー。ちょっとグローリアとかいう馬鹿神に殺されていたのですが、色々あってこうして復活しました。ちなみに、昔はフィオグリフと一緒に最高神をしていたのですよ」

「アナザーさん。ついでの部分の方が大事ではありませんかね?」

「あらやだ、うふふ」



 ……は?



 えっ?


 今、この人、なんて?


「プルミエディア様。この際私も便乗させていただきますが、フィアーカというのは世を忍ぶ仮の名でございます。真名は、ジョーカーと申します。こう見えて、魔王をしているのですよ」

「……あア、貴様やっぱりジョーカーか……。なんだってまた、そんな人間なんぞに乗り移っているんダ?」

「まぁ色々ありましてね」



 えっ、フィアーカさんって魔王だったの? ただ者じゃないのはわかっていたけど、まさかシャヴィやアシュリー、ついでにリンドと同格の存在だったなんて……。


 いや、でも。それより。


「あの、アナザー……様?」

「アナちゃんで結構ですわよ?」

「ババア無理すんナ」

「お黙りなさいヴィシャスちゃん」

「アナザーさん。さすがに無理がありすぎますよ。御自分の歳をお忘れですか?」

「まぁ、ジョーカーちゃんまで。失礼な子たちですわね」


 どうやらアナザーさんは相当な年齢らしい。いや、そもそも神様って歳食うのかしら。ツッコんだらダメなのかな。


 いやいやいやいや、それはいいとして!


「アナザーさん」

「わたくしの年齢は教えませんわよ」

「誰もんな事聞いてませんっ! あの、フィオグリフが最高神って……どういう? それにあなたも、死んでいたって、一体……」


 そこが気になって仕方がない。

 だって、フィオグリフは暗黒神でしょう? っていうか最高神ってそもそも何? グローリアが一番偉い神様なんじゃないの?


「今は暗黒神と呼ばれているフィオグリフですが、昔は違ったのです。まだ〈ヒト〉がどの世界にも存在しない頃、彼はわたくしと共に、神の住む空間……〈神域〉の玉座に在り、当時は若かったグローリアの腐れ馬鹿をはじめとする神々を統べる王でした」

「……あの人が……?」

「ええ。それに、名も違っていましたわね。今はあのミリーナ・ラヴクロイツとかいうクレイジーサイコアマゾネスが付けた名前を使っていますが、昔はもっと荘厳な、美しく、素晴らしい響きの名を冠していました。まぁ、当のフィオグリフは、記憶を一部失っているのですけど」

「クレイジーサイコアマゾネスて……」



 あたしじゃ想像もつかないような、きっと、すんごく遠い昔の事なんだろう。

 まさかあのフィオグリフが、神々の王だったなんてね。でも、なんか妙に納得できちゃうのは、惚れた弱みってやつなのかしら。


 ってあたしったら何考えてるの!? べ、べべべ別に惚れてなんか……!



「……とまぁそんな昔の事は置いといて。今はそれより大事な用があるのです。それを伝えるために、わざわざこうしてジョーカーちゃんを使ってまであなたと接触したのですから」

「そうダそうダ。お前が復活していた事にはビックリだけド、事もあろうにまさかのジョーカーがアナザーなんかにパシられている事実に驚きだゾ」

「誰がパシりですか、へっぽこドラゴン」

「貴様ダ貴様。へっぽこ言うナ!」

「あらあら。二人とも、こんな所で喧嘩はおやめなさい。今はそんなアホな事をしている場合ではないのですから」


 まるで子供のように汚い口喧嘩を繰り広げるシャヴィと、フィアーカさん改めジョーカーさん。そんな二人にチョップをかましたアナザーさんが、真面目な顔で告げる。



「プルミエディアちゃん。元最高神として、かつてのフィオグリフの相棒としてお願いします。初代勇者、ミリーナ・ラヴクロイツ……そして、最狂の勇者、ミルフィリア・ホワイトローズを──」



 それは、とても冷酷な声で。



「殺しなさい」



「……え?」



 ミルフィリアはわかる。だって、味方のはずの勇者たちやハデスを躊躇無く殺すような女だもの。何をしでかすかわかったもんじゃない。



 でも、どうして、ミリーナさんを……。



 ミリーナさんを、殺さなくちゃ、いけないの……? それに、そんなこと、あのフィオグリフが、許すはずが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る