パンデモニウム編
第1話 動き出す
古代文明の遺跡だと思われていた、異世界の神が住まう宮殿を踏破し、ヘタレな神、ニクスを配下に加えて早一ヶ月。
私と邂逅した王女ステラマリアが、何故か鼻血を噴き出して卒倒するというハプニングこそあったものの、実に平和な一時を過ごしたと言える。
なんだかんだでニクスのやつもこの世界に適応してしまい、今ではクリスと共に買い物へ繰り出す事すらあるほどだ。
だが、私は知っている。
こういう平和な日々は、すぐに激動と騒乱に満ちた騒がしい日々に上書きされてしまうと言うことを。
というか、そろそろザザーランドに頼んでいた捜索が終わり、私やクリスの仲間たちがどこにいるのかがわかるはずだ。
「そう言うわけだから、行くぞ」
「は? いや、行くって、どこへ?」
「ザザーランドの所へ、だ」
「……ああっ! そっか、皆の居場所がわかるんだね!」
「お前、さては忘れていたな?」
「な、なんのこと!? い、いやだなあ。そ、そそそんな事あるわけななな――」
「どもりすぎだ」
どうやら完全に忘れていたらしい薄情なクリスを引きずり、ついでに、編み物をしていたニクスにも声をかけ、三人でザザーランドが待つデュシオン商会へと足を運ぶ。
道中、顔馴染みとなったリムディオールの国民たちに挨拶されたので、クリスを米俵スタイルで担ぎながら挨拶で返しておいた。
下手をすれば誘拐事件ともとられかねない絵面だが、哀れ、クリスを心配する者は誰もいない。もう皆が慣れてしまっているのだ。
これでいいのか、トップランカーよ……。
そして、無事にデュシオン商会へと到着。当たり前だが、特に厄介事が起きることもなく、平和そのものであった。
だが……。
「この感覚、この気配……。随分と久しいな」
「えっ? うーん、たしかになんか妙な気配を感じるけど……」
「どうしたのぉ? 旦那様ぁ」
尚、ニクスの間延びした、どことなくいらっとする口調は変わっていない。どれだけ矯正しようと試みても変わらないのだ。結局、私の方が先に折れることとなった。実害があるわけでもないしな。
それはさておき、この妙な気配の主は、十中八九……
米俵と化していたクリスを下ろし、充分注意するよう二人に伝え、懐かしい気配が漂うデュシオン商会の中へと入っていく。
「これって……!?」
「ううん、みーんな寝てるだけみたいよぉ。寝てると言うか、気絶していると言うか。でもぉ、身体には一切ダメージが見られないのよねぇ」
「霊術による強力な睡眠状態に陥っているのだ。まぁ、なんの事はない。時が来れば目を覚ますさ。それより、さっさと奥へ行くぞ」
「あ、う、うん……」
スキンヘッド筋肉マンが揃って気を失っているという、割と異様な光景が広がっているが、まぁ予想通りだ。
奴らを放置し、我々はそのまま進む。
そして、やはり静かに眠らされているザザーランドと、同様に意識を奪われている、全身黒ずくめの見知らぬ人物を見つけることができた。恐らくは闇ギルドの者だろう。
ふっと奥に目を遣ると、見知った顔がいた。
「お久しぶりです、ご主人様」
「ああ、久しいな。レラよ」
そう、そこにいたのは、懐かしき我が奴隷。レラだったのだ。
しかし、先程私が感じた気配は、彼女のものではなかった。つまり、他にまだいるというわけだ。
「「ご主人様……?」」
「感動の再会、と言いたいところだが……。さっさと姿を見せろ、メビウス」
「……ふふっ、さすがご主人様ですね。師匠、諦めて出てきてください。ハナからバレバレだったようですよ?」
ふむ、師匠ときたか。となると、レラがこれまでどこで何をしていたのかも、察しがつくというものだ。
後方で疑問符を踊らせているクリスとニクスを放置し、レラの隣の空間が歪み、あのリアクラフトよりも更に小柄な、白いポニーテールの少女が、悔しそうに地団駄を踏みながら姿を現した。
こいつ、これでも一応魔王である。
名を、メビウス。不死王メビウスだ。
「くっそぅ! 絶対バレないって思ってたのにぃ!!」
「ははは、百万年早いわ。まぁ、お前も。久しいな」
「……! お、覚えていてくれたんですね!?」
「当たり前だ」
「フィ、フィオグリフ様ぁ……!」
感極まった様子のチビッ子が、わざわざ霊力を固めて尻尾を作り、それをぶんぶんと振りながら、私に抱きつこうとした。
が。
「ふん」
「ふにゃんっ!?」
ものすごくいい笑顔を浮かべているレラに捕獲された。
「師匠。それは私の役目。引っ込んでいてください」
「な、なんだとぉ!? アタシがアンタを鍛えてやった上に、フィオグリフ様の居場所を探知したからこそ、こうして再会できたのに!」
「それとこれとは話が別です」
「横暴なっ!?」
……なんだろう。なんというか、レラの奴、ちょっと見ない内に随分と逞しくなったようだ。仮にも魔王相手にあの態度とは。
結局メビウスが言い負かされ、キノコが生えてきそうな程に沈みこむ中、ものすごく嬉しそうに、レラが私に抱きついてきた。
「不肖レラ、只今戻りましたっ!」
「…………ああ、おかえり」
「えへへ……」
なんだか微妙に引っかかるものを感じないでもないが、大切な我が奴隷が幸せそうなので良しとしよう。実際、メビウスとレラ、どちらが大事かと聞かれたら、レラの方だしな。
「……ちょぉい! これなに!? どういうこと!? ザザーランドさんたちが気絶している事と、その人たちには何か関係が!? っていうかそもそも誰!? い、いいい、いきなりフィオグリフに抱きつくとか、抱きつくとか、抱きつくとか……」
「気持ちはわかるけどぉ、落ち着きなさいなクリスちゃん。あなたも抱きつきたいのは、よぉくわかったからぁ」
「ち、ちがうよ!? 何を言い出すのかなこの人は!」
ここで、放置していたクリスが騒ぎ出し、それをニクスが宥めている。
何やら顔が赤いが、落ち着けクリス。地味にうるさいぞ。
「なんですかこの銀髪女は。ご主人様」
「クリスティーナ・ニコライツェフ。ハンターランキングの現一位で、料理がそこそこうまい。が、プルミエディアには遠く及ばない。私は、早くプルミエディアと再会して、彼女の手料理が食べたい」
「肝心なところが説明できてないよ、フィオグリフ様。ていうかそれもうただのプロフィール紹介だよね」
「む、そうか。まぁ、たまたま出会って共に行動しているのだ」
「そうでしたか」
「ちなみに、ああ見えて相当に強いぞ」
「そうなのですか?」
「ああ」
ちゃっかりメビウスの奴が立ち直り、ツッコミを入れてきた。
うむ。説明とはかくも難しいものか。
「では、あちらの、私と髪の色がかぶっている女は?」
「異世界の神らしいが、我々が散り散りに飛ばされたあの日、この世界に住居諸とも引きずり込まれたらしい。で、そこに依頼で私が出向き、下僕にした。いわばお前の後輩だ、レラ。仲良くやれよ」
「そうでしたか。承知しました。徹底的にしごいてやります」
「うむ」
「……突っ込むべき所がありすぎて困っちゃうよ、アタシ。常識人は他にいないのかなぁ。いたら仲良くなりたいなぁ……」
その後、改めて互いに自己紹介をした。
当然、チビッ子が不死王メビウスその人だということに驚愕していたクリスだったが、悪い奴ではなさそうだ、ということで納得したらしい。果たしてそれでいいのだろうか。
そして、ザザーランドたちをわざわざ眠らせていた理由は、下手に騒動を起こすことは私が好まないだろう、とレラが配慮した結果らしい。
既に仲間たちの情報は全て闇ギルドの者から抜き出してあるとの事なので、ザザーランドたちの記憶を改竄し、私が出向いて情報を聞き出していった、ということにしておいた。当然、メビウスとレラの痕跡は抹消してある。
さて。これでこの国に居座る理由もなくなったな。
ザザーランドが集めた情報と、レラとメビウスが集めていたらしい情報をまとめると、特にプルミエディアとフィリルはかなり面倒そうな状況に陥っているらしいのだ。
プルミエディアは、“
フィリルは、フェアリーランドという国におり、凶王グリモワールという私もよく知らない魔王と敵対関係にあるらしい。ちなみに、何故かフィリルの側には粘体王ウーズという、努力家で知られる愉快な魔王がついているそうだ。
リアクラフトは相変わらずイシュディアに。
リリナリアは諸国を漫遊しており、いずれは私のもとに帰ってくるそうだ。なんでも、レラが彼女とばったり遭遇したらしい。
アシュリーはかつての部下たちに捕まり、たまりにたまった雑務でてんてこまい。
リンドの奴は真っ先に娘を探しだし、娘を安全な場所に預けてから合流するつもりだろう、とレラが言っていた。
そして、ミリーナは。
実は結構まずい。
私が側にいないことで荒れに荒れており、世界中のハンターズオフィスに殴り込み、私の名を叫び続けているそうだ。一応仮面とフードで顔を隠しているようで、「怪人オフィス破り仮面」の二つ名で呼ばれつつあるらしい。
今はまだその程度で済んでいるが、その内どこぞの国辺りでも八つ当たりで消滅させられそうな気がする。
時空聖剣ラグナロクが無くとも、ミリーナは充分強いのだ。
さて。ミリーナを迎えにいくか、プルミエディアを助けるか、フィリルに助太刀するか。
緊急性が最も高いのはプルミエディアだろう。何をしでかしたのかは知らないが、国に捕まっているというのはまずい。
だが、かといってミリーナを捨て置くと何が起きるかわからんし、フィリルも、よく知らん魔王と敵対しているというのは心配だ。
どうする……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます