第4話 ハンターたちの憂鬱


「ん……」


 ベッドに横たわるクリスが、甘い吐息を漏らす。私は、それを聞きながら弄んでいた。


「……ん?」

「む、おはよう」

「……もう。やっぱりそう来たか」

「うむ」


 相変わらず胸の谷間が露わになっていたので、早く目覚めた私はそれを揉みしだいていたのだ。が、起きてすぐに気付いたクリスは、どういう心の変化か、抵抗もせずにため息を吐いていた。


「騒がないのだな」

「騒いだってやめないくせに。ちゃんと責任とってよね」

「……うむ!」

「今の間は何? ねえ、今の間は何?」

「二度も言わんでいい」


 どうやら抵抗の無意味さを悟ったらしい。もぞもぞと蠢く私の手を眺めつつ、クリスは段々と艶やかな表情に変わっていった。


 さて、ひとまずこの辺にして、行くか。



「えっ、やめちゃうの!?」

「なんだ。襲って欲しかったのか」

「ち、ちが……っ! ただ、なんか、こう。生殺しみたいで、ああもうっ! フィオグリフの意地悪! バカっ! もう知らないっ!」

「何故そこまで罵倒されねばならんのだ……」

「いやいや、普通通報されてるからね!? その反応明らかにおかしいよ!」

「だがお前は通報などせんだろう」

「それは、そうだけど……。もう、あなたと居ると調子が狂っちゃうよ……」


 揉んでいた手を離し、そっと部屋を出る。そして、クリスに一声かけてやった。


「私は準備が済んでいる。お前もとっとと出かける用意をしろ。それまで待っていてやる」

「あ、うん。わかった」



 わちゃわちゃと騒がしい音が聞こえてきて、思わず苦笑した。あまり人を待たせるのは好きではないのだろう。慌てて準備をしているようだ。





 クリスがあまりにもトロトロしていたせいか、外はすっかり日が落ちている。だがまぁ、夜は夜で盛り上がっていることだろう。ちょうど街のハンターたちが一仕事終えて帰ってくる頃かもしれんな。


「灯りがキラキラ光っててロマンチックだね」

「そうか? むしろ目がチカチカして鬱陶しいのだが」

「わかってないなぁ、このヘンタイさんは」

「貴様後で覚えていろよ」

「あっ! アレがオフィスじゃない?」

「む? ふむ、確かにそれっぽいな」


 クリス曰くロマンチックな夜の街を歩いていると、「H」と大きく書かれた看板が目に付く建物を見つけることができた。さすがにグランバルツやイシュディアのソレほどに大きくはないが、それでも周りと比べれば十分にデカい。


 クリスと目を合わせ、互いに頷きあって中へと入る。

 そこに広がっていたのは──。



「はぁ……アイツらどこ行っちまったんだ?」


「昨日も今日も音沙汰無し、か。こりゃやっぱり新しいパーティー組まなきゃダメかねえ」


「お、俺の仲間はあいつらだけだ! 誰がなんと言おうと絶対に探し出してみせる!」


「あー、当方ランク五十万位代の剣士。仲間をお探しの方は是非~」



 ──ものすごくジメジメした空間が、そこにはあった。

 やはり、仲間とはぐれてしまったのは私やクリスだけの話ではないということだろう。


 懸命に仲間を探し続ける若者がいれば、ため息を吐きながらも新しい仲間を募る男性もいる。かと思えば、ただ飲んだくれている酔っ払いもいる。

 ふと遠くを見てみると、大きな霊子掲示板には『パーティー募集用トピックス』なるコーナーが設けられていた。オフィスそのものが動いているとなると、事態は相当深刻なのだろう。


 まぁ、他人事ではないわけだが……。



「ん? おい、あれってまさか……」

「“皇国の英雄”か? それに、あっちの女の子は──」

「うぉっ!? なにあれすげぇ美人二人組じゃん! これは誘うしかないっしょ!」

「あっ、バカ! お前ッ!!」


 どうやらハンターたちが私とクリスに気付いたらしい。案の定私も女だと誤解されているが、もはや慣れたのでスルーだ。それはさておき、何やら軽そうな男がこちらに近付いてきている。


「君たち可愛いね! どっから来たの? もしかして、君らも仲間とはぐれちゃったクチ? だったらさ、俺とパーティー組もうよ!」


 ……慣れたのでスルーだと言ったな。アレは嘘だ。というかこの男、キモすぎる。なんだそのナルシスト臭溢れるモーションは。大体、何故私が見ず知らずの戯けと組まねばならんのだ。


「お断りします」

「三回ほど生まれ変わってから出直せ、小僧」

「容赦ないお断りの言葉ありがとう! まぁまぁそう言わずにさ、仲間を探すにも女の子二人だけじゃ大変だよ? 男手があると何かと便利だし、お試しで一回だけでも!」


 ナルシスト臭溢れるキモい男は、何故かやたらとポジティブだった。そして無駄に打たれ強いな。かなりきつめに言ってやったのに、全く堪えていないようだ。

 どうやらこの手の輩はクリスも嫌いなようで、珍しく不機嫌そうな表情になっている。それもガチな方だ。


「わた──」

「この人、男性ですから。私たち二人だけでも全く問題ないので、お引き取りください」


「なっ……!?」


 私の台詞を取られてしまった……。なんだか微妙にダメージを負った気分だが、まぁいい。こんなナルキモ男など捨て置いて、このオフィスの支部長にでも接触しなければな。



「そ、そんな……こんなに綺麗な人が、野郎だと……? ば、ばかな……ありえない……」


「さ、行こう。フィオグリフ。こんなところで無駄に時間食ってたら勿体ないよ」

「う、うむ。そうだな」



 膝から崩れ落ち、ぶつぶつと呟き続けるナルキモ男を放置し、クリスはスタスタと奥のカウンターへと歩いていった。遅れないよう、私もしっかりついていく。

 なんだか、いつもの愉快な女ではなくなってしまったようだ。少し寂しい。なんかこう、いじり甲斐がない気がする。


「あっ、いらっしゃいませー! 今日はどのような御用でしょうか?」

「クリスティーナ・ニコライツェフです。で、こちらの方はフィオグリフさん。マルス支部長にお取り次ぎ願います」

「……ひょえぇっ!? 皇国の英雄様に、神剣様!? あっ、し、失礼しました! すぐに呼んでまいりますので、少々お待ちを!」

「はい。だってさ、フィオグリフ」

「うむ。案外手慣れているのだな」

「あはは。そりゃあ、これでもハンターの頂点に立つ女だからねー」

「クク、それもそうか」


 受付嬢に話しかけるなり、いきなり支部長を呼ぶようにと申しつけたクリス。さすがにハンターランキングで一位に座っているだけはあるな。レイグリードならさすがにわからんが、支部の長程度ならばすぐに呼び出せるというわけだ。

 突然クリスと私が現れた事に驚愕し、わたわたと慌てながらスタッフルームに引っ込んでいった受付嬢を見届け、一旦カウンターの隅に移動しておくことにした。



「な、なんだってこんな小国に、サウザンドナンバーズが二人も……」

「それも、あの《神剣の美姫》と《皇国の英雄》だぜ? 滅多に見られるモンじゃねえぞ」

「お、俺、拝んでおこうかな……」

「にしても、ほんと、すっげぇ美人だなぁ」

「英雄の方はアレで男だってんだから反則だよなぁ。思わずそっちの気に目覚めちまいそうだぜ」

「やめろてめェ。ちょっと身の危険を感じちまうだろうが」

「誰がてめェみたいなオッサンを見るかよ」



 入った時点でうっすらとは察せられていたようなのだが、クリスが名乗った事で場にいる全員が確信したらしい。なんだか、神像を崇める信徒のような視線に変わってきている。


 正直、気持ち悪い。



「……はぁ。ここでもこんな扱いかあ」

「あの視線たちのことか」

「うん。わたし、元はフリヘルム王国で活動してたんだけどさ。そこでもランクを上げていくうちにあんな感じで、他人行儀というか、同じハンター仲間として扱われることが無くなっちゃったんだよね。それが嫌で別の国に移ったんだけど……」

「なるほどな。そこに例の日が来て、今現在に至る、というわけか」

「うん。結局、サウザンドナンバーズになるってこういうことなのかな。ましてや、わたしはそのトップなわけだし。どの国に行ってもこうだと、気疲れしちゃうよ」

「私も、サウザンドナンバーズになればもっと気分が良くなるものだと思っていたよ。実際になってみると、なんだか見せ物になったようで少し気色が悪いな」

「そうそう、まさにそれ。やっぱり慣れるしかないのかなあ」

「まぁ、私もお前も、ただでさえ目立つ容姿をしているしな。それだけ美しければ、例えただの一般人だったとしても、少なからず衆目も集めようというものだと思うぞ」

「……ほんと、あなたって、平然とそういう事言うよね……」

「何がだ? 美しいものは美しいだろうが」

「そ、そう」


 こうしてクリスと雑談している間も、ほとんどのハンターたちがちらりとこちらを見てきている。中には、ちらりどころかガン見している輩も居るぐらいだ。

 そんなに他人を気にする暇があるなら、さっさと仲間を探しに行くなり、依頼をこなしてくるなりすればいいだろうに。そんなだからいつまで経っても有象無象のままなのだ。


 そして、ようやく。



「やぁやぁ、お待たせしてすまないね!」

「クリスティーナ様、フィオグリフ様! こちらが当支部の長を務められている、マルスさんです!」


 先ほどの受付嬢と共に、吟遊詩人を彷彿とさせる格好をしたエルフの男が現れた。彼がこの支部の長、マルスという人物らしい。


 なんか、バカっぽいが大丈夫か?

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