第3話 改世の日


 デュシオン商会ディ・アルベイン支店の最奥部にある、特別室にて。

 ザザーランドが営む商会は案外とても規模が大きく、奴隷以外にも様々な物を取り扱っている。そして、それは必ずしも“形があるもの”とは限らない。


「なるほどな。ここでは“霊具”を売り物のメインに据えているわけか」

「ええ。この街……いえ、この国には霊術士が多く住んでおりますし、外からいらっしゃる方々もやはり、霊術士が多い。従いまして、彼らに向けた道具や武具を生産する職人が非常に多く居ましてね。他国では比較的高価な霊具でも、ここならば安く仕入れる事ができるのですよ。逆に、奴隷はあまり需要がないですなぁ……」

「そういうものか」

「はい。お国柄、奴隷というものに対してあまり良い印象を持たれない、というのが大きいですな」

「ほほう」


 “霊具”とは、その名の通り、霊力を動力源として動く道具や武具の総称だ。メジャーな物で言えば、使用者の霊術を総合的に強化する装飾品や、霊力を燃料にして明かりを灯すランプ、火を噴く剣や、逆に火を通しにくい鎧、などがある。

 が、ある程度以上霊術の扱いに熟練した者ならば、霊具などなくとも自前で遙かに効率よく同じ事ができるという、私からすれば微妙極まりないアイテム群でもある。

 それだけではなく、霊具の動力源である霊力は使用者のそれを使うため、扱いの下手くそな者だとろくに使いこなせない、という難点もある。故に霊具の使用者は霊術士が多いのだ。


 と、ザザーランドから聞いた。


「さて、ではザザーランドよ」

「はい」

「本題だね。私やフィオグリフの仲間たちの情報は、何かありますか? どんなことでもいいんですけど……」

「恐らく、何かしらのトラブルを巻き起こしているのではないかと思うのだが」

「地味に酷いね」


 まあ、この国やザザーランドの店のことなどそれほど重要ではない。今、私とクリスが求めているのは、ミリーナやプルミエディアたち……そして、クリスの連れたちの情報だ。

 何でも、このザザーランドという男は、“闇ギルド”という裏組織とも深い繋がりを持っているらしいのだ。


「……申し訳ありません。厄介なことに、例の世界的大異変……世間的には“改世の日”と呼ばれているあの事件以来、闇ギルドの情報網もエラく混乱してしまっていまして。最近になって、ようやく元の姿に戻りつつある、という始末なのです」

「“改世の日”……か」


 なるほど、言い得て妙だ。あの事件とはまあつまり、ミルフィリアの攻撃によって世界が割れ、我々がバラバラに飛ばされ、こうして私とクリスが出会うきっかけになったアレの事なのだが、どうやらアレの影響は全世界に及んだらしい。


「そういうことなら仕方あるまいな。して、どれほど時間が必要だ?」

「そうですな……。名前、容姿、性格……といった事しか手がかりが無いとのことですから、一ヶ月ほどはかかるかと」

「そうか。ならばそれまで自由に過ごしてみるか。クリスよ、お前もそれで構わんか?」

「……あと一ヶ月もあなたと二人きりなんだね……。なんだか私、貞操の危機を感じるよ」

「…………」

「目をそらさないでよっ!」


 デュシオン商会は、情報屋も営んでいる。まぁ恐らく闇ギルドを足に使ってかき集めてくるのだろうが、この世界的に混乱した情勢で、どこに居るともしれない者たちを探すのに僅か一ヶ月しかかからないとは、なかなかだな。

 機会があれば闇ギルドの者とも接触して、ザザーランドと同様に洗脳して手駒にしておくのがいいかもしれない。


 ちなみに、クリスがなにやら無駄な懸念をしているが、元々この女は既に私のものである。私と出会ったことを諦めろ。


「それでは早速始めましょう。旦那は奥方様とごゆっくりお過ごしください」

「うむ。任せたぞ」

「何で誰も彼も皆、私をフィオグリフの奥さん扱いしてくるの!? そんなに人妻感漂ってるかなぁ!?」


 またまたクリスが喚いているが、私もザザーランドも笑顔でスルーだ。これはあれだ。本人が認めていなくても、周りが認めていればいつか勝手に事実と化している、というやつだ。それに、別にこやつとてそれが嫌なわけでもないだろう。文句を言いつつ、私と共に居るのがその証拠だ。ツンデレというやつか?


 そして、ザザーランドとスキンヘッド筋肉マンに見送られ、デュシオン商会を後にした。



「聞いた話からすると、なかなか大したことになっているようだな」

「そう、だね。世界中の国が移動して地理関係がめちゃくちゃになってるとか、大異変にも程があるよ。国の人たちは大変だよね」

「だな。地図をまた作らねばならんだろうし、何十年何百年とかけて作り上げてきた国の防衛体制や領土問題が全部水の泡、だからな」

「その中で戦争を仕掛けてきたノストラ王国は、バカなのかな」

「さてな」


 改世の日。それはまさに、世界が大きく変わった日。人為的なものなのだから、変わったというより変えられた……。“世界”が“改変”された日、とでも言うべきか。


 世界中の大陸や島々の位置が大きく変わり、当然街の位置も変わっている。極端な話、それまでAという国にあった生産都市が、Bという国に移ってしまった、という例もあるようで、当然Aという国にとっては大打撃だ。

 例えば、戦争に不可欠な武器や防具を生み出す大都市が突然外国に移動してしまえば、その国の武装体制に多大な影響が出る。そして、実際にそれが起こっているのだ。


 その点では、このリムディオールという国は領土が小さいらしく、首都であるこのディ・アルベイン単体である程度以上賄えるとのことなので、国が成り立たなくなる、ということは無いようだ。

 以上はもちろん、ザザーランドから聞いた話である。私は国のことなどよく知らん。



「そんな事より自分たちのこと、だ」

「だね。宿を確保してからオフィスにでも顔を出してみる?」

「それが無難だろうな。依頼をこなしていれば、オフィスを通じて仲間たちの方にも情報が入るかもしれんし」

「うん。私たちも私たちで、ちゃんと動かないといけないもんね」


 もちろん全てをザザーランドに任せるつもりはない。我々も我々で、我々がここに居ることを仲間たちに向けて発信していくつもりだ。そのためにはハンターズオフィスに出向くのが手っ取り早い。オフィスの情報網もいくらか復旧してきているそうだし。


 まぁそんなわけなので、まずは拠点となる宿屋を探すとしよう。




 ディ・アルベインの高級宿、《時の箱庭亭》。その一室に、私はいる。無論クリスも一緒だ。



「…………」

「クリス、どうした?」

「どうした、じゃないよ!? なんで有無を言わせずに二人部屋を取ったの!?」

「金がない貴様が悪いのだよ」

「うぐっ」

「金がある私が決めるのは当然だろう」

「うぐぐ~っ」


 クリスが顔を真っ赤にして取り乱すというハプニングはあったものの、我々は無事に宿を確保する事ができた。宿代の節約のため、ついでに愉快なクリスを可愛がるため、文句を言う彼女をスルーして二人部屋にしておいた。

 何せこの女、一文無しだったのだ。というのも荷物をほとんど仲間に持たせているらしく、彼女自身は自らの金ですらも持ち歩いていなかった。故にこうして不慮の事故で離ればなれになってしまえば、めでたく文無しに相成る、というわけで。バカである。仲間をどれだけ信頼しているのだか。持ち逃げされたら終わりではないか。


「……フィオグリフ」

「なんだ。そんな捨てられた子犬のような目をしても、何も出ないぞ」

「そんな目してないよ! っていうかお金ぐらい自分で稼ぐもんっ!」

「む」


 そうか。てっきり金を貸して欲しいとねだってくるのかと思ったのだが。


「あの、その……」

「なんだ、モジモジして。花摘みか?」

「違いますっ! ただ、その。私って、こういう所で男の人と二人きりになるの、初めてなの。だから、なんか、緊張して……」

「共に野営をした仲なのに何を言う」

「アレも男の人と二人きりでは初めてだけど、やっぱり宿で泊まるとなると、話は別で……」



 この時私は確信した。

 こいつ絶対処女だろう。うぶすぎる。



 あまりにもモジモジし過ぎていてちょっと鬱陶しかったので、霊術で眠らせて私も仮眠を取ることにした。先に起きてその報酬を身体で支払ってもらうとしよう。



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