第2話 王都ディ・アルベイン
無事に街道へ出た私とクリスだったが、なかなか街が見えないこともあり、野営をして一夜を明かすこととなった。とは言え、便利な組立式の野営設備などはお互い持ち歩いていなかった。正式には、仲間が持っているはず、とのことだったので、交互に見張りをして地べたに横になるという、お粗末なものだったのだが。
ちなみに、本来ならば私は異空間にしまってあるものを使えばいいのだが、しかし、ミリーナに頼り切っていたのが災いした。私の異空間には金と予備の武具ぐらいしかなかったのだ。
私、反省。
「起きろ、クリス。出発するぞ」
弛みきった顔で眠っている銀の髪の乙女を起こしにかかる。
最初は難色を示していたくせに、随分と安心して爆睡しているようだ。声をかけても全く起きやしない。
「ん……シャヴィ、もうちょっと寝かせて……」
「誰かと勘違いしているのか? とっとと起きろ。置いていくぞ」
コイツの仲間の名だろうか? どうやら普段はシャヴィという人物に起こしてもらっていたらしいぞ。
一応野外だから、すぐに戦えるようにドレスアーマーを着っぱなしで寝ているのだが、その豊かな胸の谷間が見事に顔を出している。なんだかちょっとイタズラしても大丈夫そうな気がするな。
「ひゃわあっ!?」
「む、起きたか」
湧き出た悪戯心に従い、そっと胸の谷間に手を伸ばし、豊かな果実を揉みしだいていたら、ようやく彼女が飛び起きた。
当然、その視線は私の右手に注がれている。
「………………」
「さて、行くか」
フリーズしているクリスを放置し、感触を存分に堪能したところで手を解放。ぱっと立ち上がって気配を探る。そして、間もなくして人が固まっている方向を弾き出した。
「ってちょっと待ったぁ!!」
「なんだ、騒々しい」
「なんだ、騒々しい。じゃないよ!? あなたは朝っぱらから何をしてるの!?」
「お前の胸を揉んでいた」
「そうだね!! さ、最っ低! 信じらんない! ケダモノ! 色欲魔!」
「素晴らしかったぞ」
「………へ?」
「だが、無防備な姿をさらすお前の方が悪い。よくそれで今まで生き残れたな」
「……なんか釈然としない。何でセクハラを受けた私が叱られてるの?」
「減るものでも無かろう?」
「減るよ! 色々とっ!!」
「わかったわかった。責任を持って世話を見てやるから落ち着け」
「だ、だからそんな恥ずかしい事を、そう簡単に、言わないでよ……」
おやっさんの家でも思ったのだが、この娘は美しさの割に男性に対する免疫がないのだろうか? 私は、怒っていたはずが、あっさりと顔を赤くしてモジモジし始めたクリスに近付き、頭を撫でて優しく言ってやった。
「おやっさんと奥方に誓ったとおり、お前のことは私が守る。多少の不快さはあるかもしれんが、まぁ我慢しろ」
「フィ、フィオグリフ……。べ、別に嫌じゃないし、不快なんかじゃないけどさ……。び、びっくりするんだよ?」
「我慢しろ」
「……もう。この、俺様人間め」
「ふっ……」
随分チョロい奴である。今後が非常に心配になるが、まぁ一度言った以上は私が守る。特に問題はあるまい。
クリスがふんわりとした雰囲気に戻ったことを確認し、我々二人は街があるはずの方角へと歩き出した。誰かしらの手がかりが得られればよいのだが。
◆
「そこの者たち、止まれ!」
ようやく街を発見し、そこへ入るための門へと近付いた私たちだったが、どこかピリピリした様子の衛兵に止められた。どうしたのだろうか。
「何か?」
「身分を証明する物はあるか?」
「衛兵さん。私たちは二人ともハンターです。認証機を用意してくだされば、すぐにそれを証明できますが」
「む、そうかね。では、こちらに手を当てていただこう」
「ありがとうございます。ほら、フィオグリフ」
「うむ」
身分証を求められ、代わりにクリスが口に出した《認証機》。目の前にある黒い箱型の機械がそれだとすると、これは恐らくダンジョンに入場する際に出された物と同じヤツだな。なるほど、これは認証機という名だったのか。
私が認証機に手を当て、次にクリスが手を当てる。そして、その結果を見たのだろう衛兵が、目を丸くして叫んだ。
「《皇国の英雄》に、《神剣の美姫》!? し、失礼しましたっ! どうぞ、お入りください!!」
「《神剣の美姫》?」
「私のことだよ」
「ああ、なるほどな」
この国でも私の名は知られているらしい事は素直に嬉しい。皇国の英雄、というのは私のことだろうからな。
だがしかし、《神剣の美姫》……“神剣”か。クリスの奴、随分大仰な二つ名を持っているのだな。
っとと、街に入る前に聞いておくか。
「君、少しいいかね」
「は、はい! なんでしょう?」
「随分な厳戒態勢を敷いているようだが、何かあったのか?」
「確かに、ただ事じゃない感じだったよね」
「そ、それは……」
ただ街に入るだけだというのに、ピリピリとした様子の衛兵に止められたのが気になったのだ。普段からこの調子では、人が入りづらいだろうし。
「この国はノストラ王国に宣戦布告されているんですよ。今から何週間か前にね」
不意に、背後から声が聞こえてきた。
目線だけで振り向くと、そこにいたのは大層な荷物を載せた馬車を伴っている男。
それはなんと──。
「ザザーランドではないか。久しぶりだな」
「やはり、旦那でしたか。お久しぶりでございます」
ザザーランド・デュシオン。
グランバルツに奴隷屋を構えていた商人で、私にレラを売ってくれた男だ。たった一度だけ、女の姿ではなくこの姿の私を見せたことがあるのだが、それを覚えていたとはな。
さて、ノストラ王国……。どこかで聞いたような、そうでもないような。
「フィオグリフ、知り合い?」
「ああ。馴染みの商人だ」
「これはまたお美しい。噂の《神剣》様と出会えるとは、感動の極みでございます」
「あ、ご丁寧にどうも。
「ザザーランド・デュシオンでございます。以後お見知り置きを」
と、ここでようやく衛兵がところなさげに棒立ちしていることに気付いた。邪魔になってしまうだろうし、場所を移すか。
「ザザーランド」
「はい。この街にも一応、わたくしめの商店がございます。積もる話はそこで」
「うむ。話が早くて助かる」
「いえいえ」
いつぞやのスキンヘッド筋肉マンが走り、衛兵に何かを見せていた。恐らくはザザーランドの身分証だろう。その証拠に、彼とその一団は、あっさりと門を通された。
私とクリスもザザーランドの馬車に乗り、車窓から街を眺めながら揺られていく。
「ザザーランドよ」
「はっ!」
「この街は何という名なのだ?」
道中、気になっていた事を聞いてみた。衛兵あたりにでも聞こうと思っていたのだが、あの様子ではな。ザザーランドと会えたのは僥倖だったと言えるだろう。
私の質問に対し、彼はふわりと微笑み、流れ行く景色を一瞥してから、再度私とクリスに向き直り、こう言った。
「数多の霊術が生まれ、その幾つかが世に出て行き、人々の力となる。ここは、《霊術研究開発機関》が拠点を置き、“ウィクラテス・ヘルメン・クラウディア”という大賢者が住まう場所。リムディオール王国の都──」
王都……《ディ・アルベイン》。
それがこの街の名前だそうだ。
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