第5話 王女からの依頼


 オフィスの一階でマルス支部長と顔を合わせた私とクリスは、ひとまずいつものように人目を気にしなくて済む部屋……まぁつまりは特別室に通されることとなった。


 そして、着いて早々席に座り、マルス支部長が口を開く。


「──で? 情報によれば改世の日以前はもっと遠くに居たはずの君たちがここに居るということは、やはりそう言うことでいいのかな?」


 何故か楽器が無数に並ぶ部屋の中央で、マルス支部長はそう切り込んできた。さて、やはり情報網がかなり復旧してきているのか、はたまた例の日以前の情報を元にしているだけなのか。まぁ、どちらでもいいが。


「そう言うことですよ、マルスさん」

「やっぱりそうなんだね。じゃ、フィオグリフ君もかい?」

「うむ」

「そっか、そっか。となると、例え君たちのような強者であっても、例外なくあの異変の影響は受けてしまうわけか……。同じ事がまた起きると厄介だね」

「直接お会いするのは初めてのはずですが、まるでわたしたちの戦闘を間近で見たことがあるかのような口振りですね」

「あはは。だって、レイグリードから聞かされてるからね。エンシェントドラゴンですら軽々と退ける怪物。つまり、君たち・・の話を」

「ほう。やはり同じエルフだからか? 随分彼と親交があるようだ」

「その通り。私とレイグリードは同い年の親友だからね。生まれてからこの方、ずっと腐れ縁を続けさせてもらっているよ」

「そうか。それはそれは……」


 いかんな。私がぱっと見で抱いた印象は全くの見当違いだったようだ。このマルスという男、これでいて相当頭が切れるとみた。加えて、世界的な権力者であるハンターズオフィスの総支配人、レイグリードとも深い繋がりがある。かなりの大物だ。こんな小国に腰を据えているのが不思議な程に。


「じゃあ、用件はあれかな。はぐれた仲間を探してほしい、とかだろうか?」

「いや、ソレは別口から当たっている。ここに来たのは、逆にこちらの方から仲間たちへ情報を発信するためだ」

「ああ、そっちか。確かに、ハンターとして活躍していれば、どこかにいる仲間たちの耳にも入るだろうしね」

「うむ」


 用件が伝わるや否や、手元にある紙の束をペラペラとめくっていくマルス。ここまでの話の流れからして、重要度が高く、なおかつ危険が大きい依頼をピックアップしているのだろう。


 そして、彼はニヤリと笑い、手を止めた。


「これなんかどうだい? 依頼主はこの国じゃ一番の大物と言っても差し支えないよ」

「国で一番、ということは……」


 差し出された依頼書を手に取り、クリスと共に眺めてみる。

 そこに書いてあった内容は、以下の通りだ。


高難度指定依頼リスキークエスト

『“改世の日を迎えてから発見されたダンジョンがあるの。軽く調査してわかったのだけれど、どうやら彼の地は、かつて存在したと言われる古代文明の時代に造られた遺跡みたいなのよね。本当ならもっと詳しく調べたいのだけど、残念ながら今はノストラ王国への対処で忙しいから、あなたたちハンターの手を借りさせてもらうわ。危険度は未知数だけど、その分報酬は弾むわよ。”

 ──依頼者 ステラマリア・ディ・リムディオールより──』


 ふむ。ふむふむ。



「ス、ステラマリアって……!」

「知っているのか、クリス」

「この国の王女様だよ! 貴い身分にありながら、卓越した剣の腕を誇る傑物として有名で、“剣聖”の名で呼ばれているぐらい!」

「ほう……」


 戦うお姫様か。なんだか聖バルミドス皇国のマリアージュを思い出させるな。と言うことは、ここで貸しを作っておけば後々役立つだろう。受けない手はない。


「既に何人ものハンターがそのダンジョンに向かったんだけど、生憎全員死んでしまってねー。中に危険な魔物か、極悪なトラップかがあるのは間違いないよ」

「面白いではないか。クリス、やるぞ」

「確かに、王女様からの依頼をこなせば、相当目立つよね! 絶対他の街のオフィスでも噂になるよ!」

「そうでしょ? 私としてはなかなか解決できない癖に、クリアできませんでしたでは済まされない、厄介なリスキークエストを処理できて万々歳。君たちとしては有用なコネができるチャンスな上に、派手に目立って君たちの情報を仲間たちに向けて発信する事ができて万々歳。まさにWinーWinってヤツだよね。それどころか、王女様も助かるからWin-Win-Winだ」


 古代文明の遺跡とやらには個人的に興味もあるし、マルスが言うとおりコレに関わる全員が得をするのだ。ちょうどザザーランドが情報を集めるまでの暇潰しにもなるし、クリスの本気を直に見ることができるかもしれない。


 ここまで都合の良い依頼があるだろうか。なんだかちょっとグローリア辺りの陰謀を感じてしまうほどだ。


「マルス支部長」

「場所かい? ちょうどノストラ王国とは反対側の方向。わかりやすく言うと、あの一際大きい山がある方に向かって一日馬車を走らせれば着くよ。間違って誰かが迷い込んでしまわないように、大賢者ウィクラテスがド派手な封印を施してあるから、一目見ればわかるさ」

「大賢者ウィクラテス?」

「私やレイグリードより長生きな、だけどエルフでもないっていう不思議な人さ。今はこの国の主席霊術士をやっていて、ステラマリア王女の腹心として活動しているね。何のつもりかは知らないけど。あ、見た目はちょうどフィオグリフ君より頭一つ分小さい、とても可愛い女の子だよ」

「ほう……? それもまた面白いな。クク、この国に少し興味が湧いてきたぞ」

「ははは、そうだろ? だから私もこの国が好きなんだ」

「なるほど、貴公とは気が合いそうだ」

「帰ってきたら酒でも一緒にどうだい?」

「悪くない。が、私は全く酔わない質でね」

「これはまた。実は私もなのさ」

「ほほう?」


 少しずつだが、段々と話が逸れてきた。

 しかし、それをクリスが止めに入る。



「フィオグリフ。長話しそうになってないで早く行こうよ。既に犠牲者が出てるっていうなら、すぐに終わらせないとダメだってば」

「む……」

「フィオグリフ君、話はまた、だね」

「そうだな。うちのプリンセスがお冠だ」

「プリ……!?」

「ははは、羨ましいね。そんな美人を捕まえちゃって」

「なあに、貴公なら女には困るまい」

「いやいや、それがなかなか時間が合う人がいなくてね。支部長ってのも困り物さ」


「フィオグリフッ!! マルスさんッ!! 無駄話は終わり! いいね!?」

「「あっ、はい」」


 おやっさんの奥方を想起させる形相で、クリスが吼えた。ダメだぞ。お前はもっとこう、愉快でいじり甲斐がある女でなくては。

 そう心で愚痴をこぼしつつ、私は素直にマルス支部長に別れを告げた。


 さて、馬車を買うか、走って行くか。たった二人なのにわざわざ馬車を買うのも何か勿体ない気がするし、走っていけばいいか? まあ、そんな簡単に無くなるほど、私の所持金は少なくないのだが。



 ◆


 翌日の夕方、我々は目的地である古代文明の遺跡に到着していた。

 当然、依頼を遂行するためだ。


 しかし、気になる点が一つ。


「ぬっ? 《神剣の美姫》に、《皇国の英雄》ではないか。ヒョホホホ、マルスの坊主め、これまたエラい人材を寄越してきたもんじゃゾイ」

「ん? 神剣なんちゃらはともかくとして、皇国の英雄っていうと、ステラ様が熱を上げているっつー、あの?」

「うむ。記事で見たとおりじゃし、間違いないじゃろ」

「……お、男、なんだよな? なにあのすんげぇ美しさ」

「男のはずじゃゾイ」


 見た目は小柄な女のくせに、やたら老人くさい言葉遣いの少女と、異質な霊力を放つ黒髪黒目の少年。

 怪しさ満点の二人組が遺跡の入り口に陣取っていたのだ。


 もしや、あの少女がウィクラテスか?


「失礼。私はフィオグリフ。マルス支部長から古代文明の遺跡を調査する依頼を請け負ったハンターだ」

「同じく、ハンターのクリスティーナです。あの、協力者が居るとは聞いていないのですが……」


 不思議に思いつつ二人に近付き、まずはこちらから自己紹介をする。一応、軽く頭も下げておいた。クリスもそうしているし。


 すると、少女の方が満面の笑みを浮かべ、両手を大きく広げて歓迎の意を表してくれた。


「ようこそ、初めましてじゃの! わらわはウィクラテス。ウィクラテス・ヘルメン・クラウディアじゃゾイ! 人々はわらわの事を大賢者と呼ぶが、まぁ気軽に呼び捨ててくれてかまわぬ」

「は、初めまして。俺はカズヨシ。カズヨシ・クルスっす。ワケあってリムディオール王室のお世話になっています」


 本当にあの少女が大賢者ウィクラテスだったようだ。まぁそれはさておき、あのカズヨシという男……恐らく異世界人ではないか? その奇妙な名前といい、異質な霊力といい、そうとしか考えられん。まさか、勇者か? だがそうなるとクリスの強さがますます説明できなくなるな……ううむ……。


「お目にかかれて光栄だ、ウィクラテス殿」

「こちらこそじゃ。かの名高きフィオグリフ殿と、世界中のハンターたちの頂点に立つクリスティーナ殿が共に行動しているとは、驚かされたゾイ。これは遺跡の調査も楽勝じゃな。カズヨシを連れてきた意味がなかったやもしれぬ」

「……へ!? この美少女が、世界中のハンターの頂点!? 嘘だろ、ウィクラテス!?」

「あの、そんな事より──」

「嘘ではないゾイ? 《神剣の美姫》こと、クリスティーナ・ニコライツェフと言えば、ステラ姫でも歯が立たん程の大剣豪じゃ」

「マジか!?」

「あの──」


 もっと声を張り上げろ、クリス。

 相手はお前より格下だぞ。ウィクラテスという少女はどうかわからんが、少なくともこのカズヨシという少年は、大した強さではない。


 というかさっさと説明してくれ。なんでお前たち二人はここに陣取っていたのだ?



 しかし私はなんとなく、巨大なかまくらのような物で覆われた古代文明の遺跡と思われる物体を眺めつつ、ウィクラテスとカズヨシが落ち着くまで待つことにした。

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