第12話 新世界
「ふんふふ~ん♪ ふふん♪」
……なんだ? 誰かの声が聞こえる。
「ふふん、ふんふふ~ん♪」
……鼻歌か。それに、知らん声だ。
「よっし、できたっ! あ~、早く起きないものかなー。一人だと暇で暇で仕方ないわ」
徐々に、暗かった視界が明るくなっていく。そして、私は目を覚ました。
「ここは、どこだ?」
目を開けてみれば、広がっていたのは何とも見窄らしい屋根と、今にも崩れそうな壁。お世辞にも立派とは言い難い空間だった。
私は、あの女と、ミルフィリアと戦っていたはず。それが何故、こんな所に?
「あっ、噂をすれば何とやら、かな。起きたみたいだね。体の調子はどう?」
む……? これは、先ほどの鼻歌の主か。
長い銀髪に、白と青のドレスアーマーを着込んだ、とても美しい女。腰には細いレイピアと思われる剣が差してあり、どうやら一端の剣士らしい。
ただ、やはりその顔に見覚えはない。誰だ?
「問題ない。それより、ここはどこだ? それに、お前は何者だ? 見たところ、一般人ではなさそうだが」
寝かされていたベッドから身体を起こし、謎の女に質問を浴びせてみる。まぁなんなら記憶を抜き出しても構わんのだが、無理に事を荒立てる必要はなかろう。
「ん、確かに元気そうだね。えーとね、まず私はクリスティーナ。クリスティーナ・ニコライツェフ。名前をそのまま呼ぶと長いから、“クリス”でいいからね。それと、剣術と霊術を併用して戦う現役ハンターで、ランクは、“一位”だよ」
「ハンター……それも、頂点に立つ者か」
「うん。まあ、とある一件で上位に空きができたから、ただ繰り上げでトップになったってだけなんだけどね。元々の一位もいつの間にか亡くなっていたみたいだし。ほら、ディアルドっていう勇者さん。ちょっと前に新聞で話題になったじゃない?」
「ああ、そういえばそうだったか」
なるほど。何かと隙のない動きをしている所からして、それなりの実力はあるのだろうとは思っていたが、まさか現在の首位だったとは。とある一件というのはまぁ、レイグリードが精鋭ハンターたちを率いて向かった、アレだろうな。
「……私はフィオグリフ。お前と同じくハンターをやっている」
「うん、知ってる知ってる。なんたって邪神と吸血王を倒した程の人だものね。あなた、ここ最近の活躍もあって、超有名人なんだよ?」
「そうなのか?」
「そうだよ。それで提案なんだけど」
「なんだ? いや、その前にまず教えてほしいことがある。私は何故こんな所に居る? 記憶が正しければ、別の場所で戦っていたはずなのだが。何か知らないか?」
「あー、うん。そうだよね、気になるよね」
「ああ」
「じゃあ言うけど、真面目な話だから。馬鹿にしたりしないでよ? 私自身、何がなんだかいまいち、よくわかってないんだから」
クリスティーナ……いや、クリスが言うには、どうやら私は有名人らしい。まあこの短期間で一気にランクを上げただけでなく、邪神と魔王……吸血王リンドという大物を立て続けに仕留めた新鋭ハンターともなれば、目立つのも当然か。順調で何よりだ。
さて、それはともかくとして。現状を把握するためにも、彼女の話を真剣に聞いてやらねばな。
「今から十時間ぐらい前かな。突然空がひび割れて、すっごく赤い光がそこから漏れてきてね。私も、私の仲間も、どこかに飛ばされちゃったんだ。
でね、それから色々と調べてみたんだけど、どうも地理関係がおかしくなってるみたいなのよ。世界中を旅したはずの私でも知らない場所がちらほらあったかと思えば、遠く離れていたはずの街とダンジョンが隣接してたりとか。
で、たまたま森を歩いてたら倒れてるあなたを見つけて、慌ててどこか休める場所を探して、見つけたこの小屋で看病してたってわけ。たぶんあなたも、元いた場所から飛ばされてきたんじゃないかな」
「……ふむ」
となると、ミルフィリアが何かをしたと考えるのが無難か。恐らくは、奴が最後に放った一撃が、この世界に何らかの影響を及ぼしたのだろう。“空がひび割れて、そこから赤い光が漏れてきた”というのが、まさにミルフィリアが技を放った時だったのかもしれん。
問題は、どうやら我々はバラバラに飛ばされてしまったらしい、と言うことだ。ミリーナは武器を奪われてはいるが、まあどうとでもなるだろう。それより心配なのが、プルミエディアたち人間組だな……。
「わざわざ看病してくれた事には感謝する。だが、そうなると仲間たちが心配だ。悪いが、さっさと探しに行かねばならない」
「ま、そうなるよね。でもさ、仲間たちを探しに行かなきゃならないのは私も同じなの。だから、もしよかったら、力を合わせてみない? こうみえて腕には自信があるし、お互い人手は多い方がいいでしょう?」
「……ふむ、まぁそれはそうだが……」
協力、か。
少しコイツの力を探ってみるか。
「失礼」
「へ?」
ベッドから出て、クリスの頭にそっと手を乗せる。そして、隅々まで解析していく。
「あ、あの?」
「……む。クリス、といったか。お前、本当にこの時代の人間か……?」
「え? そ、そうだけど」
どういうことだ? 現代の人間たちは、昔と比べて弱くなっているはず。なのに、コイツは……。いくらハンターの頂点に立つ者といえど、ただの人間が、ここまで?
信じがたいが……。
コイツは、ミリーナに匹敵するほどに強い。それに、ほとんど眠ってはいるが、神気のようなものすら感じられる。
まさか、勇者か? いや、だが勇者は先代が死んだばかり……。また現れるには早すぎるし、そもそもコイツは先代勇者……ディアルドだったか。あの雑魚と同じ時を生きた人間だ。同じ時代に勇者が二人など、これまでには無かったはずだが……。
これは、放っておくわけにはいかんな。共に行動するというのなら好都合か。
「……すまん。わかった、私でよければ手を結ばせてもらおう。確かに人手は多い方がいい」
「う、うん。あの、今のご奇行はいったい?」
「気にするな。あまりに美しい髪だったものだから、つい触れてしまっただけだ。気分を害したのなら謝罪しよう」
「へっ!? い、いや、別にいいけど! あの、フィオグリフ、だよね? あなた、結構女の子の扱いに手慣れてる……?」
「? それはわからんが。とにかく、善は急げ、だ。お互いの気が変わらないうちに出ようではないか」
「あ、待って! あなたが寝てる間に、ちょっとした料理を作ってたの。せっかくだから食べていこ? 腹が減ってはなんとやら、ってね」
「ふむ。それなら、ありがたく」
「うん!」
プルミエディアたちが心配ではあるが、まぁ奴らならそう簡単にはくたばるまい。先ほどから美味そうなニオイがしていたから、実は気になって仕方なかったのだ。
◆
「…………」
「あの、フィオグリフ? さっきからずっと黙っているけど……。口に合わなかった、かな」
素晴らしい。なんだこの女は。まさか、これほどの一品を生み出せる人物が居たとは。ろくな材料がないだろうに、よくぞここまで……。
「クリス」
「う、うん?」
「お前はいい嫁になるぞ。私の仲間には一歩劣るが、素晴らしい料理の腕だ」
「ふぇっ!? そ、そうかな……」
「ああ。ありがとう、とても美味かったよ」
「……えへへ、よかった。ありあわせの食材で作ったから、ちょっと不安だったんだ」
「とてもそうは思えなかったぞ? まるで、一流の食材に一流のシェフが手を加えたかのような、まさにこの世の物とは思えぬ程だった」
「そ、そこまでかな? でも、そんなに褒めてくれると嬉しいな。機会があったらまた作ってあげるねっ」
「ああ、楽しみにしている」
さすがにプルミエディアには及ばないが、それでもここまでの料理の達人と巡り会えたのは、この上ない奇跡と呼んでいいだろう。プルミエディアの方が更に上だがな。大事なことなので何度も言う。
このクリスより、プルミエディアの方がさらに料理上手だ。早く合流して、また手料理を振る舞ってもらいたいな。
「それじゃ、行こっか?」
「ああ。まずは街を探さねばな」
「うん。うまくぶち当たればいいんだけど」
「感知しながら歩けば大丈夫だ。人の気配が見つかり次第、向かってみればいいさ」
「ん。できるだけ早く見つけたいね。私たちの仲間を」
「ああ、そうだな」
こうして、バラバラに散っていったという仲間たちを探す、私とクリスの、新たな旅が始まったのだった。
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