第一部エピローグ 新たな歯車は世界を回す


 栗栖一良くるす かずよし十七歳は、地球に存在する国、日本に住む、ごくごくありふれた高校二年生である。

 学校という牢獄に通い、面倒極まりない勉強という苦行を強いられ、それでも親しい友人たちと共に、なんて事はない幸せな人生を謳歌していた。しかし、当の本人がそれを幸福だと受け取るかどうかは別問題である。


 一良は、退屈していた。何の面白味もなく、何らかの原因で死ぬまで、漠然とただ過ごす日々。

 何のために生き、汗を流すのか。


「まぁこれはこれで贅沢な悩みなんだろうが、それでもやっぱり、もっと面白い事がしてぇよなぁ」


 下校中、友人たちと別れて一人になった一良は、ふとそんな事を呟く。


 例えば、そう。ここ最近流行っているWeb小説のように、ファンタジーな世界に飛ばされて、御伽噺の舞台そのものな周囲に翻弄されながらも、何故か都合よく主人公に宿ったとてつもない力……“チート”を駆使し、一気に英雄への道を駆け上がっていく、とか。


「……なんて、アホらし。俺って奴は、まだ厨二病を捨てられてねえのかよ」


 まぁ現実にそんな事があるわけ無い。乾いた笑いを浮かべながら、自宅への帰り道を急ぐのだった。

 それに、彼女がいないからこそこんな子供のような妄想をしてしまうのだろう。きちんとした相手が居て、そこに幸せを見出すことさえできれば、下らない文句を言う暇もなくなる。



 そんな時、一良の足下に模様が現れた。


「なっ……!? お、おいおい。マジか!?」


 それは、先ほどの妄想の序盤で主人公が目にするような、“魔法陣”と思われるものだった。


「う、うおおおああぁッ!」



 こうして、栗栖一良の「日常」は終わりを告げ、ある意味彼が待ち望んでいた「非日常」が、代わりに顔を出すのだった。





「……やってしまった、のね」

「ひ、姫様!? いや、あの、これはっ!」

「ヒョホホホホーッ!! やった、やってやったゾイッ! やはりわらわは天才じゃ~~ッ!」

「ウィクラテス様は黙っていてくださいよぉ! 今はそんな、はしゃいでる場合じゃ無いですって!」

「ヒョッホホホーッ!」


 所変わり、ここは異世界。

 グローリアが創造し、フィオグリフという暗黒神がエンジョイしている世界。その中に存在する、「リムディオール」という小国だ。


「ここ、は……?」

「ヒョホホホホ! 異世界人殿が目を覚ましたようじゃゾイ」

「……まったく、ウィクラテス。あなたには呆れるしかないわ。でもまぁ、やってしまったものは仕方ないわね」

「あ、あれ? 姫様、お叱りは無しですか?」

「置いておきなさい。まずは客人に説明するのが先でしょう」

「あ、はい!」


 一良が目を覚ますと、奇声を上げ、老人のような言葉遣いで喋るかわいらしい美少女と、明らかに高貴そうなニオイがプンプンする、ドレスに身を包んだモデルスタイルの美女。そして、くたびれた白衣に身を包んだダンディなオジサマが居た。


「あの、すんません。これって──」

「ヒョホ! 見るがいい、姫よ! この異世界人、動くし喋っておるゾイ!」

「黙っていなさいウィクラテス。召喚されて早々、マッドなロリババアとご対面だなんて、誰だって嫌よ」

「ヒョホーゥ! 手厳しい! じゃが、それもそうゾイ」

「相変わらず毒舌ですね、姫様」


 状況の把握を試みる一良だったが、それを遮ってロリババアとドレス美女がコントを始めてしまった。

 というか動くし喋るって、当たり前だろ。と、若干のんきな感想を抱く。


「コホン。ごめんなさいね、異世界人さん。まず自己紹介をさせてもらうわ」

「あ、はい」

「私はステラマリア。ステラマリア・ディ・リムディオールよ。名前が長いから、ステラでいいわ。一応、このリムディオールという国の王女をやっているわね」

「お、王女様?」

「そんで! わらわはウィクラテス! ウィクラテス・ヘルメン・クラウディアじゃ! 見た目はこうじゃが、歳は八百を越えておる。テスちゃんと気軽に呼ぶがいいゾイ」

「……八百歳? んなアホな」

「あー、濃いメンツですまないね。僕はギルバート。ギルバート・ボルガロッサだ。一応、《霊術研究開発機関》っていう、国がやってる組織の長だ。で、そこのウィクラテス様はこの国の主席霊術士だよ」

「れーじゅつ、けんきゅうかいはつ?」

「うん。まぁそこらへんはきちんと説明させてもらうよ」


 呆然とする一良に構わず、ドシドシと自己紹介をしていくステラ王女たち。

 とりあえず、リムディオールなどという国の名は聞いたことがないし、“主席霊術士”だとか“霊術研究開発機関”だとか言われると、否が応でもアニメやラノベの世界を連想させる。


 何より、彼女たちは一良のことを「異世界人」と呼んだ。これはつまり、そう言うことで間違いない、のだろうか。と、混乱しながらも頭を整理していく。


「俺は、栗栖一良。日本の高校二年生で……。ええっと、部活はやってないけど、運動は割と得意、っす」

「カズヨシ・クルス、ね。ちょっと信じられないかもしれないけど、あなたはこの世界……そちらの視点からすると、“ファンタジーな異世界”と言うヤツに召喚されたの。私は止めたのだけど、そこのウィクラテスとかいうロリババアが暴走しちゃってね」

「戦力が欲しいのなら、異世界から呼び出すのが手っ取り早いゾイ!」

「……とまぁこんな感じで。ごめんなさいね」

「は、はぁ。いや、でもやっぱりそうなんスね。ここが、異世界……」

「ふむ。文献通り、あまり動揺してはいないみたいだね。やはり、そういう小説があるのかな? そちらの世界には」

「へ? そ、そうッスけど。なんで知ってるんスか? 文献って?」


 やはりこれは俗に言う“異世界召喚”なのだと納得した反面、何故か地球の事情に詳しい様子の相手方に驚くカズヨシ。

 普通、地球にはこんな物があったとこちらが教えて、異世界の人々を驚かせるものではないだろうか。


「実は、この世界では異世界人はさほど珍しいわけでもないのよ。その大半がまずハンター……依頼を受けて魔物を狩ったりする職業に就いて冒険するのだけど、途中で挫折して特定の街に腰を落ち着けたりする人が多いわね」

「な、なるほど。あの、“チート”とかは?」

「持ってる異世界人もいるわね。ごくごく稀に大成して、“勇者”になったり国の英雄になったり、国そのものを作っちゃったり。そこらへんの事情はウィクラテスが詳しいわよ」

「そうなんスか。俺の能力を計るような物ってありますかね?」

「あるゾイ。じゃがの、召喚されたてホヤホヤでは、はっきり言ってザコじゃ。まずは姫様や国の兵士どもにしごかれた方がいいゾイ? 調子に乗ってダンジョン攻略なんかに乗り出せば、あっちゅう間に死ぬからの」

「そ、そうスか。そういうタイプの世界なわけね……。って、姫様? えっ、兵士さんはともかく、ステラ様も戦えるんスか? 王女様なのに?」

「戦えるわよ? もしかして、あなたや兵士たちに守られるような、か弱い存在だとでも思っていたのかしら」

「普通はそうでしょう。少なくとも、カズヨシ君の世界では、そういうものらしいですし」

「あ、そ、その」


 この世界はどうやら、初期から俺つええができるような生易しい所ではないらしいと言うことと、所謂チート持ちは珍しく、持っていても必ず英雄になれるという程ではないということ。

 そして、ステラ王女は強いらしいという事がわかった。後、なんだか「面白いオモチャを見つけた」とでも言わんばかりに、彼女の目が怪しい感じになっている。


「さてさて、じゃあカズヨシ君。早速、訓練場に行きましょうか? この国の状況や、どうしてあなたを召喚したのか、その手の事情はそこで説明するわ」

「えっ!? 今からッスか!?」

「当然じゃろ。わらわたちには時間があまり無いからの。なあに、死にはせんゾイ」

「じゃ、僕はデータを取らないといけませんね。忙しくなりそうだ!」

「ちょっ!? なんか物騒なワードが聞こえたんスけど! 俺、大丈夫ッスよね!?」

「うふふ、大丈夫よ。何せ、“か弱い王女”が直々に指導してあげるだけですもの」

「ええ~っ!?」


 どうやら、“王女なのに戦えるのか?”という素朴な疑問が、逆鱗に触れてしまったようだ。最初は召喚した事に謝罪していたステラ王女が、今や率先してカズヨシを引っ張っている。

 ウィクラテスもウキウキした様子でついてきているし、ギルバートは彼女たちを止める様子もなく、哀れみの目を向けつつも己の仕事に意識を集中し始めている。



 召喚初日。カズヨシ・クルスは地獄を見た。ただ、良い発見もあった。

 カズヨシは珍しく、チート持ちだったのだ。





 地獄の訓練が終わり、様々な事を聞かされた、忙しい初日はようやく夜を迎えた。が、ここで問題が発生する。

 本来は止められていた異世界人の召喚を、ウィクラテスが独断で実行してしまったため、カズヨシが泊まる部屋が無かったのだ。

 結果、責任をとってウィクラテスが自分の部屋に彼を泊め、世話をする事となった。


「ノストラ王国、か。それにしても、遠くにあったはずの国がすぐ近くに移動してきていたとか、不思議なこともあるもんだ。さすがファンタジーというか、なんというか」

「いや、それなんじゃがの。わらわたちも普通に驚いておるんじゃ。これだけ大規模な天変地異は、初めてじゃゾイ」

「いったい何が起こったのかねえ」

「わからぬ。が、ただ事ではないことだけは確かゾイ」


 訓練場にて聞いた話によれば、ちょうど一週間前、突然空がひび割れて、そこから赤い光が漏れてきたそうだ。その後、大規模な地殻変動が起きた、のか。あるはずのない物が現れ、あったはずの物が無くなり、国中が大パニックに陥ったらしい。


 そして、調査の結果。

 本来なら遙か遠方にあったはずの、悪名高き国、“ノストラ王国”が、ステラ王女たちの国、リムディオール王国のすぐ近くに移動していた事が判明した。

 国そのものの位置が変わるという、ありえないとしか言いようのない異変。しかしそれを無視して、ノストラ王国はリムディオール王国に宣戦布告してきた。大方、混乱に乗じて周辺の小国たちを制圧し、一気に国土を広げるつもりなのだろう。リムディオールもその一つというわけだ。

 そんな理由もあって即戦力が必要となったリムディオールはまず異世界人の召喚をしようとしたが、“異世界から人を誘拐して兵士にする”という事にほかならないその行為を、ステラ王女が問題視し、却下。だが、主席霊術士であるウィクラテスがそれをスルーし、この度召喚を強行。カズヨシが呼び出されることとなったわけだ。


「今更じゃが、すまんかったの。しかしまあ、異世界人は成長が早い上に、“才能の限界”に達するまでが長い。つまり、なんとかノストラ王国からの侵略を一旦退けることさえできれば、お主は我々の切り札と成り得るのじゃ。それを捨て置くのは勿体ないゾイ」


 召喚に成功したことでテンションがハイになっていたウィクラテスだったが、夜になればさすがに落ち着いたらしい。

 二人きりの部屋で紅茶を啜りつつ、真剣な表情でカズヨシにそう語ってきた。


「まぁ突然で驚いたが……。訓練場でも言ったとおり、俺は元の世界に飽きていたところがあったんだ。心残りがないわけじゃねえけど、別にウィクラテスたちを恨んでやしねえさ」

「……うむ、ありがとう」

「よせやい。照れるだろ」


 カズヨシの言葉に、ふわりと微笑むウィクラテス。テンションが高まると変人になるという難点はあるが、彼女は可愛い。

 地球で恋人がいなかったカズヨシが頬を染め、バツが悪そうにそっぽを向くには充分すぎる程の破壊力があった。


「ふふ、せっかく二人きりなのじゃし、わらわを好きにしても構わんのじゃぞ」

「バッ……な、何言ってやがる! 女の子がそう簡単に身体を売っちゃダメです!」

「ヒョホホ、初いヤツめ。実際、ステラ姫からも言われておるんじゃぞ? お主が求めるなら、責任をとって捧げるように、と」

「あのドS面食い王女、何言ってやがんだ! 俺はそんな理由で彼女ができても嬉しくねーよっ!」

「わ、わらわでは不満か……?」

「そ、そうじゃねえって! だーっ、もう! いいから寝るぞ! 明日も早いんだろうが!?」

「む、むう……。やはりわらわではダメなのかのう……」

「だからそうじゃねえって~!」


 ちなみにステラ王女は、フィオグリフという有名なハンターに夢中らしい。何でも、聖バルミドス皇国を邪神の手から救ったという彼の特集記事を読んで、添付されていた写真を見て、一瞬で心を奪われたそうだ。


 もしそのフィオグリフに出会えたならば、カズヨシはこう言ってやると決めていた。



 「イケメンは爆発すればいい」と。

 ただ、それをウィクラテスに明かしたところ、絶対殺されるからやめておけ、と真顔で忠告されてしまったが。




 静寂のディザイア 第一部  完

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