第10話 暗黒神vs聖王!


「な……なんの、つもりだ……」

「あら、どうしたの? ユキムラ」

「ミルフィリア殿……いや、ミルフィリア! 貴様、何故! 何故、我らの主をッ!!」


 ようやく現状を把握できたのか、我に返った様子のユキムラが、無邪気に笑うミルフィリアへ詰め寄る。

 何故、か。まぁ奴は実力は確かではあるが、頭の方はそれほど良くはなかったからな。これはいったいどういうことなのか、理解できないのだろう。


「何故って……。おかしな事を聞くわね。勇者である私が、邪神である小娘を取り込むのに、何の不思議があるの? これも世のため人のため、よ。アイツはこの後、人々を蹂躙するつもりでいたんだしね」

「なん……だと……?」

「フィオグリフは私のことを狂人だなんて呼んでいたけど、全然そんな事ないわよ? 魔王やら邪神やらで犇めくこの世界で、軟弱な人類が生き残るためには、絶対的な力を持った指導者が必要なの。実際、なんでこの時代まで人類が生き延びてこられたのか、不思議に思うぐらいだものね」

「絶対的な、指導者……」

「ええ、そうよ。魔王も、邪神も、そして最終的には、暗黒神すらも。全ての邪悪をも退ける、圧倒的、絶対的な、聖なる王。その存在に名を付けるのなら、〈聖王〉とでも言ったところかしら。人々が幸せに暮らすためには、彼らを庇護する聖王の存在が必要不可欠だと思うの。でも、それが自然と生まれるのを待っていたら、いつまで経っても家族や友人、恋人を失って悲しむ人たちが絶えないわ」

「……それは、そうかもしれないが……」



 辺りが静寂に包まれている。間違いなく、これはミルフィリアの仕業だな。周りを見れば、ユキムラどころか、フィリルやレラですらもあの女の演説に聴き入っている。


「マシューの力を奪った、か」

「マシューってだぁれ、フィオ?」

「かつて存在した勇者だ。他者の戦意を奪い、洗脳し、己の駒にする下衆な“チート”を持っていた。今のこの状況は、まさにその力を使った時と同じだからな」

「戦意を奪う、ねえ。わたしには効いてないけど? あと、プルミエディアちゃんにも」

「それは恐らく私の影響だろう。お前とプルミエディアは、多少なりとも“暗黒”を扱える事で、私の従神に近い状態になっているからな」

「ふーん。で、そのマシューとかいうヤツのチートを奪ったって事は、つまりこの戦場にそいつが居たって事だよね?」

「ああ、死体を見かけた。十中八九、ドサクサに紛れて、ミルフィリアがソウルイーターで殺したのだろうよ」

「なるほどね~。だってさ、プルミエディアちゃん」


「えっ? あっ、は、はい?」


 虚ろな目をしているレラたちを見て、おろおろと慌てているプルミエディアの姿があった。よく見ると、どうやらアシュリーとリンド、ついでにリリナリアですらも、洗脳されかかっているようだ。


「プルミエディア」

「な、なに?」

「私の側に来い。あの腐った能力は危険だ。きちんと私の手が届く所にいないと、後ろから刺されかねないぞ」

「わ、わかったわ!」


 かつてないほど真剣な声を発する私に、事の重大さを認識したのだろう。思わず感心してしまうほど俊敏に、プルミエディアは私の側へと駆けてきた。



「──だから、私がなるわ。聖王に。そして、全ての魔王を滅ぼし、全ての邪神を滅ぼし、フィオグリフを倒して、この世界に、人間の理想郷を作る。ハデスの魂には、そのために協力してもらうのよ」


「うぅ、なんだか耳がキンキンする……」

「プルミエディアちゃんも? 実はわたしもなんだ~。ほんっと、すっご~い……不快だ」

「落ち着け、ミリーナ。迂闊に心を揺さぶるな。それこそあの女の思うつぼだ」

「うん……ごめん」


 ミルフィリアめ。いつまで演説を続けるつもりだ? まさか、ミリーナとプルミエディアが陥落するまで、とは言うまいな。


 ……とりあえず、仲間たちの意識を取り戻さなければ。さて、どうする……?



「レラ」

「……う?」

「フィリル」

「……」

「アシュリー」

「ぐぐぐ……」

「リンド」

「うぐぅ……」

「トカゲ」

「……」


 一人一人に声をかけてみる。


 少しぐらついたな。これならまだいける。


「お前たちは私の仲間だろう。戻ってこい」

「あなたたち。暗黒神の側についたところで、先に待っているのは破滅だけよ。こちら側に来なさい。歓迎するわよ?」


 私とミルフィリアが、同時に呼び掛ける。あの女、あくまでも私の邪魔をするつもりか。なかなか良い度胸をしている。


「おぉおぉ、今までとは違って、言葉同士の戦いってわけだねぇ」

「皆、お願い! 正気に戻って!!」


 のんきに観戦するミリーナと、必死に叫ぶプルミエディア。そうだな、ミリーナは置いておくとして、プルミエディアにとっても、こいつらは大事な仲間なのだ。



 今一度、気合を入れて呼び掛ける。



「お前たち、戻ってこい!」

「ダメよ。こっちに来なさい!」


「「…………ッ!!」」



 パリィン、と、硝子が砕けたような音が鳴った。どうやらうまくいったようだ。


「ご主人様!」

「ご主人さま~!」

「フィオグリフ様!」

「フィオグリフさ~ん!」

「フィオグリフの旦那!」


「……そう。私に従う気は無いってわけね」

「ふっ……仁徳の差、というやつかな」

「ほざいてなさい、化け物」

「ハッ、狂人に言われたくはないな」


 リンドのヤツが私に対して変な呼び方をしているのが若干気になるが、レラたちがかかっていたチートの力は、無事に破ることができた。二度と同じ事がないよう、対策をしておかねばならんな。


「赤髪ツインテールの女。あなたは許さない」

「そうですよ~。洗脳して仲間に引き入れようだなんて、“聖なる王”が聞いてあきれます~」

「ぬぬぬ、このワシがフィオグリフ様以外のヤツに靡きそうになるとは、なんたる醜態じゃぁ……!」

「危ねえ危ねえ。娘に合わせる顔がなくなるところだったぜ」

「ん~。やっぱりフィオグリフさんの方がカッコいいし、っていうか女の人とじゃれあう趣味はないし。こっちの方が気楽っていうのかなあ? それにボク、死にたくないし~」


「正気に戻った瞬間、言いたい放題だな、お前たち。まぁ別にいいのだが」


 口では強気に言いつつ、やはり先ほどのチートを警戒しているのか、レラたちはすぐに私の背中へと隠れ、陰からミルフィリアを睨みつけている。どこの小動物だ、お前たち。


「……ふぅ。フィオグリフ、ただで帰してくれたりは……しないわよね」

「当たり前だ」

「仕方ないわね……まったく」


 こちら側の洗脳が失敗したとみるや、ソウルイーターを構えて神気を噴き出すミルフィリア。ハデスや他の勇者たちの魂を喰らったせいだろう、明らかにパワーが上がっている。


「聖王の力、その目に焼き付けなさい」

「ぬかせ。貴様こそ、この暗黒神の力、とくとその身で味わうがいい」


 奴がソウルイーターを振ると、辺り一帯が爆炎で包まれた。聖なる王とか言う割に、属性は相変わらず炎か。そこは普通光だろう。


 私も大剣を構え、向かい合う。


「ユキムラ、マサヒロ、ルミ、コスモス。私から離れていなさい」

「お前たちもだ、離れていろ。ああ、ミリーナが突っ込んでこないように見張っていてくれよ。今回馬鹿なことをすれば、大火傷ではすまんぞ」


「「…………」」


 ミルフィリアと私の言葉に素直に従う、それぞれの仲間たち。どうやらユキムラは結局、洗脳されてしまったようだな。情けない奴め。



「行くわよ、フィオグリフ」

「来い、ミルフィリア」



 大きく息を吸い込み──。



「神聖技! 《聖王轟焼撃》!」

「無限の闇に飲まれて消えろ! 《カラミティ・アクセルスラッシュ》!」


 ソウルイーターが燃え、巨大な剣となって襲いかかり、それに対して私は、ただ単に暗黒を纏わせただけの光速の斬撃で応じる。



「はああァアァッ!」

「おおおォオォッ!!」



 こうして、“聖王”を名乗る古の勇者、ミルフィリアと、“暗黒神”である私の、サシの戦いが始まった。

 もちろん周囲はお互いに結界で保護してある。でなければこの世界ごと消えてなくなってしまうからな。

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