第8話 壊れる
いつの間にか現れたマサヒロとかいう人間……ううん、アレはたぶんアンデッドだね。気配からして、リビングデッドか、その上位種あたりかな? まぁとにかく、プルミエディアちゃんはそれらと戦っているみたい。
「神技! 《スパルタクスの戦斧》!」
「神技! 《ジャンヌの槍》!」
ユキムラが放った扇状の一撃を、火力を一点に絞った閃光で迎撃する。大丈夫、ほんのちょっとだけ逸らすことができればそれでいいんだから。
「リンド! アシュリー!!」
「おうよ!」
「任せるのじゃ!」
ソロだった昔とは違って、今は仲間が居るんだからね。働くだけ働いてもらわないと。
「《スパイラルエングレイブ》ゥ!」
「《アビス・ブラスト》!」
リンドの双剣からは螺旋状の一撃が放たれ、アシュリーの右手からは黒い光の弾が放たれた。やがてそれらは二つに重なり、渦となってユキムラに襲いかかる。
「ぬぅ……! ぐっ!」
いくら不死身に近い“チート”持ちとはいえ、やっぱり痛いのは嫌みたいだね。ユキムラは、神技を撃った事で隙が生じたはずなのに、無理矢理身体をねじって回避した。
あはっ、でもそこが狙い目だよねぇ?
「とった」
「またかッ!」
わたしは時空聖剣の力を使って転移し、リンドとアシュリーの攻撃を避けた事で完全に無防備になったユキムラの頭を掴み、そして地面に叩きつけた。
「ぐふっ……!」
「まだまだ」
殺しても殺しても復活してくるっていうんなら、気絶させちゃえば問題ないよね? ってなわけなんで、ひたすらにユキムラの頭を蹴りまくる。
「ぐぉっ、ちょっ、やめっ!?」
「しぶといなぁ」
「「うわぁ……」」
何故か二人にドン引きされてるけど、わたし別に間違ったことしてないよね?
なかなか気を失わないユキムラに苛立ちながら蹴り続けていると、場に女の高笑いが響いた。アシュリー……じゃないよね。誰?
「はーはっはっは! 初代勇者よ、好き勝手に暴れているようだが、それもここまでだ!」
「残念だけど、暗黒神は討ち取ったわよ?」
「……はぁ? あ、ハデスか」
「反応薄いな……」
現れたのは黒髪ロングの女、ハデス。わたしを蘇らせ、一族に呪いをかけた張本人だ。まぁ、別に呪いはどうでもいいんだけど。あと、なんか赤髪ツインテールの女もいて、戯言をほざいている。
フィオが死んだ? そんなわけない。だって、フィオは無敵だもん。わたしを置いて、先に死んじゃうはずないもん。それに、フィオの奴隷たちはまだ生きてるんだし。
「おっつつ……あんなに容赦なく蹴り続けてくれるとは、何とも恐ろしい御仁だ」
「……」
少し意識が逸れちゃったせいで、ユキムラが復活し、距離を離している。でも今はあなたなんか知らない。ふざけた戯言をほざいた
「信じられないのも無理はないわ、初代勇者。でも、これならどうかしら? ほら、私が暗黒神を見事討ち取ったという証拠よ」
そう言うと、赤毛のガキは何かをこちらに放り投げてきた。ちらりと目を遣って確かめてみたけど、それは……。
「……これ、は……」
「う、嘘じゃろ? いくらあの可愛い形態になっているとはいえ、フィオグリフ様が、そう簡単に殺されるはずが……」
「暗黒の欠片、か」
決まった形をもたず、ぐねぐねと蠢く黒い物体。わたしは、よく知っている。名を、暗黒。フィオを構成する物質であり、フィオが操る物質であり、フィオそのものだ。
「…………」
「わかったでしょ? そう、あなたが、この中でも一番よくわかったはずよ。暗黒神を愛し、暗黒神に愛され、唯一無二のパートナーであるあなたなら。ね、ミリーナ
フィオは、限りなく弱体化していた。小さく可愛らしいスライムにまでなってしまい、力もほとんど使えない。そんな状態なら、勇者にはまるで歯が立たないはず。
「……………」
暗黒の欠片が、砂のように崩れ去る。
どうしてわたしはフィオと離れてしまったの? どうして一緒に居てあげなかったの? どうして無謀な単独行動を許したの? どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうして?
「さ、ハデス。ユキムラ。後は残った絞り滓をデリートしておしまいよ。鮮やかに決めましょう。
「うむ! く、くくく……。長かった、ようやく、暗黒神の途方もない力に怯えずにすむ!」
「この手で仕留められなかったのは不本意だが、やはり! この世に悪は栄えないッ!」
耳障りな騒音。鬱陶しい。
殺す。絶対に。
「許さない……許さない。フィオはわたしのすべてだった。フィオさえ居れば他に何もいらなかったのに。他はどうでもよかったのに。リアクラフトも、アスガルテも、リンドも、プルミエディアも、レラも、フィリルも、あなたたちも、世界も。何もかもどうでもよかった。ただ、フィオとまた二人で静かに暮らせれば、それでよかったのに」
「ブツブツとうるさいぞ、初代勇者。お前も私が蘇らせた勇者なのだから、とっとと従わないか。この冥王神ハデスに!」
黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ。
もうこんな世界なんているもんか。
「砕け散れェェ!!」
「……ま、何にせよそう簡単に死んでたまるかってな。俺には大事な一人娘が居るんだ」
うるさい。リンドも、アスガルテも。
「行くぞ、ユキムラ!」
「応! 任せられよ、我が主!!」
と、まぁ絶望した振りはここまでにしておいて、と。あの赤髪ツインテちゃんは何を企んでいるのかな? フィオとの繋がりがあるわたし……とプルミエディアちゃんならわかるけど、フィオはまだ死んでない。あの赤髪ツインテちゃんが、それすらわからないマヌケには見えないし、ハデスとユキムラと共にわたしたちを殺しに来ない辺り、何か変な事を考えているのは間違いないはず。
「よくもフィオグリフ様ォオォ!」
「ふん、怒りに身を任せたとて、この私相手ではどうにもならんぞ、悪魔王!」
「ミリーナの嬢ちゃんは壊れちまったし、アシュリーの奴はハデスの相手で手一杯。となると必然的に俺の相手はお前になるわな」
「さて、貴公の不死性とやらと私の能力。どちらに軍配が上がるか、根性比べといこう」
どうやらリンドとアシュリーは本気で信じちゃってるみたい。二人とも単純バカだからね、仕方ないよね。でも、そうなると頼れる相手はいない、か。どうしたものかな。
愛する暗黒神を失った事で壊れた初代勇者っていう設定で演技してるから、いきなり平然と歩き出すのもおかしいしなぁ。いやぁ、失敗失敗。どうせなら自棄になって暴れ回るバーサーカープレイとかにすればよかったかなぁ。
ちらりと、利き手で握る大剣に目を遣る。よし、こうなったら一度姿を消そう。錯乱して転移しちゃった感じで。
「フィオ、フィオ、フィオ……。ああああぁぁあああああッ!!」
「なんじゃ!?」
「ついに発狂したか。おっと、余所見とは余裕だな、悪魔王!」
じゃ、ひとまずばいばい。
◆
「ふぅ。ここまで来れば誰にも見つからないよね。あ~、心は至って平常なのに壊れた振りをするって、結構恥ずかしいなぁ。後でフィオにからかわれそうだよぉ」
仲間たちが戦っている場所から大きく離れ、戦場を一望できる高台に転移してきた。これでようやくこっぱずかしい演技モードから解放されるよ。
さてさて、あの赤髪ツインテちゃんはどこへ行ったのかな? 気配を探って、と……。
「んん? なんだ、さっきの場所からあんまり動いてないじゃん。どういうことだろ?」
てっきり遠くへとんずらしたのかなとばかり思ってたんだけど、全くそんなことはなかった。ハデスやユキムラも含めて、アシュリーたちからはギリギリ感知されない距離に隠れているみたい。戦うのが嫌だった、とか?
「でもそんな奴が勇者になれるわけないか。やっぱり、ハデス側にも内緒で、何かしらの個人的な目的のために動いてると見るのが無難かな?」
うーん、こっちに残されてる時間は、たぶんあんまりないはず。いくらアシュリーとリンドでも、わたしが抜けた以上そう長くはもたないだろうから。あの人たちが倒されちゃうと、フィオが拗ねそうだからなぁ。一応助ける用意ぐらいはしておかなきゃ。
っていうか肝心のフィオは何してるわけ? さっさとキミが出てきてくれれば万事解決なんだけどなぁ。まさか自分の住処で迷うわけもないだろうし……。
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