第7話 再会
煉獄の外で激しい戦闘を繰り広げる、ミリーナさんたち人外組と、ユキムラ。あたしは、ただただそれを眺めていることしかできないでいた。
「「神技! 《アーサーの聖剣》!!」」
「うぬぅううぅッ!」
「ああぁああぁッ!」
全く同じタイミングで、全く同じ技を放ちあう二人。ミリーナさんとユキムラだ。さすがは勇者同士、戦い方もそっくりね。
「わははははっ! 隙ありじゃ! 《アビス・ブレイク》!」
「恨むなよユキムラァ! 《ライジングエングレイブ》!」
「ん、んん!? ひ、卑怯だぞ! こっちはソロなのに……うおぉお!?」
聖剣同士が激しい鍔迫り合いをしているところに、横から容赦なく攻撃を加えるアシュリーとリンド。汚いわねさすが魔王汚い。
あ、ちゃっかりミリーナさんが転移して逃げてる。
「ぐぅ……」
攻撃をモロに食らったはずなのに、少しボロボロになった程度のダメージしか受けていない様子のユキムラ。やたらタフね。
あっ……。
「ばいば~い」
「ッ!? しまったッ!」
一時的に退避していたミリーナさんが、ユキムラの背後に現れた。既に大剣を構えているし、その台詞から察するに、そのまま首を跳ね飛ばすつもりなんだろう。
「かっ」
一切容赦のない一撃が振るわれ、ユキムラの首がくるくると宙を舞う。傷口から血が噴出し、指令を送る頭部を失った身体は、玩具のように崩れ落ちた。
「あはっ、勇者の血って、美味しっ♪」
……そうだった。ミリーナさんって、今はオーバーデッドの魔王なんだった。そりゃあ、血を摂取してもおかしくないわよね……。
あまりにも猟奇的で不気味なほどに美しいその姿に、味方のはずなのにあたしは怖気が走った。
「…………」
「む、どうしたのじゃ、リンド?」
「そうだよ。突っ込んできたおばかさんはもう殺したんだし」
「いや、首を飛ばしても油断はできねえ。たしかコイツは──」
次の瞬間、ミリーナさんの胸から剣が生えていた。
「かはっ……!?」
「ミリーナッ!!」
「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど、この程度、何ともないよ」
「……ユキムラ……!」
身体を貫いた剣を力尽くで押し戻し、一旦距離をとって構え直すミリーナさんと、アシュリー。リンドは、怖い顔をして睨んでいた。
何を? ユキムラの死体を。いや、あれは死体じゃなくて……。
「《リワインド》」
「「!?」」
転がっていたユキムラの頭部が、霊術と思われる何かを唱えた。そして、独りでに浮かび、何事もなかったかのように身体と再結合したではないか。
な、なんなのよあいつ……。
「燃え滾る闘志がある限り、私は死なん! 何故ならば! 私は勇者だからだッ!!」
「……なぁにそれぇ」
ビシッとダサいポーズを構えて言い放つユキムラに対し、呆れた声色で呟くミリーナさん。なに、つまりはこういうこと? ユキムラは、アレは、心が折れない限り死なないとでもいうの? そんな理不尽な事ってある?
「……一部の勇者、というか異世界から来た人間は、特殊な力を持っている事がある。あのユキムラのようにな。とある異世界人は、それを指して“チート”だとか呼んでたなァ」
「首を切られて生きているどころか、勝手にくっついた挙げ句、傷まで治るような奴が人間でたまるか」
「それには全く同意だ」
リンドが真剣に説明してくれてるけど、いやいやいやいや、どう考えても人間じゃないでしょ! あんなの人間だと認めないわよ!
「さすがはご主人様が“最強の勇者”とまで呼ぶ存在。とんでもない力を持っているね」
「私にもあんなチート? とかいうのがあれば、もっとご主人さまのお役に立てるのですが~」
「いやいや、何普通に受け入れてんのよあなたたち!? あんなのおかしいじゃない! アレが人間だなんてあたしは認めないわよ!?」
「仕方ないじゃないですか~。実際この目で見てしまったわけですし~」
「そりゃ、そうだけ……どっ?」
ミリーナさんたちが近くに居ると言うことに安心しすぎていたんだろう。のんきにレラちゃんやフィリルと会話していたあたしの身体が、いきなり何かに掴まれた。
遠ざかる皆。
流れていく景色。
いったい、何が?
その答えは、すぐに示された。
「やっほ~、プルちん。ひっさしぶり~」
「久しぶりね、プルミエディア。まさか、あなたがまだ生き残っていただなんてねえ」
「けほっ、けほっ! えっ、この声……そんな、なんで……? ルミ、コスモス……。あなたたち、死んだ、はずじゃ……」
昔、足手まといなあたしを捨てた、かつての仲間。獣人のルミ。エルフのコスモス。
そして……。
「ああ、死んだとも。まったくもってクソみてぇな話だぜ。なんでてめぇみたいな役立たずじゃなく、俺らみたいな優秀な働き者がくたばらなきゃならねーんだ? てめぇもそう思うだろ? なぁ、プルミエディア」
あの時と同じ、いや、違う。憎しみのこもった声を浴びせてくる、かつて、あたしが好きだった人。
「マサ……ヒロ……」
二度と会うことはないはずだった人が、何故か、あたしの目の前に立っていた。
どうして? 三人とも、とっくに魔物に殺されたはずなのに。遺体だって、ちゃんと確認したはずよ。どうして、どうして……?
「なんだよ相変わらず鈍臭ェな。ぱっと見りゃわかんだろ。まぁ、一応説明してやるとだな、俺らは確かに死んだ。が、タナトスの旦那のおかげで、こうして復活できたんだ。最初はぶっちゃけくっせぇゾンビで、やってられねえって感じだったんだけどよ」
「タナトス……!?」
それは、あたしたちが戦い、そしてフィオグリフが倒した邪神だ。まさか、こんなところでアイツの名前が聞けるなんて。
「だがまぁタナトスの旦那はすっげぇ人……人? でな。とある方法を使ってぱぱっと俺らを進化させてくれたわけよ。で、ようやく仕えるべき君主を見つけた! って感じで高ぶってたところに現れたのが、てめぇが寄生してやがる暗黒神サマだ」
「……じゃ、じゃあ、まさか……」
声が、震えちゃう。だめ、やっぱり、昔の仲間と、あたしを捨てた人たちと顔を合わせるのは、怖いよ。
「結果的には、旦那は暗黒神に敗れた。最っ悪の気分だったぜ。俺らも死にかけたしなァ」
「……やっぱり、あの時のアンデッドたちの中に、居た、のね」
「そうだよクソ野郎。で、だ。旦那を失った絶望の中、二度目の死を迎えようとしていた俺らを助けてくれたヒトが居た。あのヒトのおかげで、俺らはまた生きる希望を見出した。あのヒトの夢を叶えるために生き、あのヒトの夢を叶えるために死ぬ。そう決めた」
「あの状況で、アンデッドを助ける事ができる人なんて、居るわけ、ない」
「バァカ。実際に居るから今こうしてここに立ってるんだろうがよ。俺も、ルミも、コスモスもな。まぁそう言うわけだからよぉ……」
まさか、こいつらと、そんな形で繋がっていただなんて。思ってもみなかった。あたしの中では、もうとっくに終わっていたはずだったのに。どうして、また現れるのよ。
「死ねや、プルミエディア」
「死んでちょうだい、プルミエディア」
「死んでよ、プルちん」
「……ッ!!」
コスモスが水霊術で作った八つの槍を空中に浮かべ、ルミが双剣を構え、マサヒロが直剣を構えた。
全員、完全にあたしを殺す気で刃を向けている。でも、別れは最悪だったけど、マサヒロたちは、かつての仲間なんだもの。
……あたしは……。
「プルミエディアさん!」
「プルミエディアちゃん! 大丈夫!?」
この、声……?
「レラちゃん、フィリル……」
「んだァ? 邪魔すんなや!」
「待ちなさい、マサヒロ。こいつらも、タナトス様を殺した奴らの一味よ」
「そうだそうだ、暗黒神のオマケ!」
「あ~……そういえば……」
急いで駆けつけてくれたのだろう。既に戦闘態勢に入っているレラちゃんとフィリルの息遣いは、平常時よりほんのちょっとだけ荒かった。
「プルミエディアさん、何をへこたれているの。こいつらは、あのユキムラとかいう勇者ほど理不尽な力は感じないわ。私たちでも十分にやれる」
「待ってくださいレラちゃん。この人たち、実は、プルミエディアちゃんの昔の仲間なんです~」
「……そう」
「……あ……たし……あたしは……」
マサヒロたちとなんて、戦えない……。現に今も、こうして手が震えて、身体が震えて、使い物にならないんだもん。
「昔の仲間。それがどうしたの?」
「え……?」
「ちょ、ちょっとレラちゃん!? これは、プルミエディアちゃんにとっては非常~にデリケートな問題で~」
「あの勇者に怖じ気づくならまだわかる。でも、こんなの相手に手も足も出せないんじゃ、もうあなたなんかいらないわ。ご主人様から離れて、私たちから離れて、適当に暮らせばいい。それがあなたのためよ」
「そ、それは……」
フィオグリフの力になりたい。もっと強くなりたい。もっと強くなって、皆の……ううん、あの人の役に立ちたい。
でも、マサヒロたちとは、戦いたくない。
おかしいわよね、こんなの。
……わかってる。わかってるのよ、頭では。
「……昔は昔。今は今。あなたには私たちがいる。ご主人様がいる。何をそんなに怖がる必要があるの」
「……そうですね。そうですよプルミエディアちゃん。今は、私たちが、あなたの仲間じゃないですか~」
「……レラちゃん……フィリル……」
そう、そうよね。第一、マサヒロはあたしを捨てたんだもの。あくまで昔の仲間であって、今は仲間でもなんでもない、わよね。
立て。
立て。
立てっ!
立ちなさい、あたし! いつまでもあたしを舐め腐ってる
「……で? 茶番は済んだかよ」
「待たせて悪いわね、マサヒロ」
「俺ぁ昔から空気を読める男なんでな」
「あっそ」
……なんだろう。なんであたし、今の今まで、こんなダッサイ男とその取り巻きを相手にびびってたんだろう。
自分で自分の馬鹿さ加減に腹が立つわ。
「吹っ切れたみたいですね~」
「世話が焼ける」
「うぐっ……悪かったわね……」
さぁ、行くわよプルミエディア。
過去の遺物を片付けて、何なら強くなるための踏み台にさせてもらおうじゃないの!
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