第6話 暗黒神様、逃げ惑う
ぽよん、ぽよん!
煉獄の中を、ひたすらぽよぽよと跳ねながら移動する私。この身体だと、どうも動きにくくてかなわん。二度と同じ事が起こらぬよう対策を講じる必要があるな。
「グゥッ!!」
おっ、居たか。
私の留守を守る戦力の中で、最も強い眷属……“暗黒巨獣グリゴラス”が、その巨大な腕を振って私を出迎えてくれた。助かる。
「ぷぅ! ぷぷぅ!」
「グゥ、ググゥ! グゥッ!」
“再臨の準備は済んでおります。 私めが殿の足となりますので、どうぞお乗りください”と言ってくれている。ふっ、良い眷属を持ったものだ。
遠慮なく、差し出された手に──
「グゥッ!?」
「ぷきゅん!」
──乗れなかった。
ぽよ~んと跳ねた瞬間、何者かに叩き落とされたのだ。ええい、誰だ!?
「グゥゥゥ……」
「あ、当たった! 当たったぞミルフィリア! ははっ、やった! やったぁ!」
「よしよし、完璧よ、ハデス! あのデカブツに注意しつつ、クソ暗黒神をひねり潰しちゃいましょ!」
「ぷ、ぷぷぅ……」
喜びの瞬間を邪魔してくれたのは、見知らぬ黒髪の少女と、遙か昔に殺したはずの勇者。赤い髪をツインテールにした女、ミルフィリアだった。
まずいな、既に入り込んでいたとは。どうやら、あの黒髪の少女こそがハデスらしい。なんか、思っていた姿とは大分違うな……。
「グァオオオオ!!」
「ぷぅ!!」
「はっ、邪魔をするなデカブツ! 今、ここで暗黒神を仕留めねば、私が喰われるのだ! それだけは絶対に嫌だっ!」
「グォオオォオ!!」
「仕方ない。ハデス、やるわよっ!! 主を守るために立ちふさがるってんなら、真っ二つにして道を開けてもらうまで!」
「うむ!」
「ぷぅ!!」
が、頑張れグリゴラス! 負けるなグリゴラス!! 大丈夫だ、お前ならやれる。お前は強い。私の親衛隊長としての力を見せてやれ! 肝心の私は何も出来んがなっ!
何とか隙を見て脱走せねば、死ぬなこれは。暗黒神ともあろう者が、何という醜態だ。全てが終わった後、絶対ミリーナに馬鹿にされてしまうぞ……。
「グォンッ!!」
グリゴラスが、百本ある腕の一つを大きく振り上げ、ハデスめがけて叩きつけた。しかし、そう簡単に当たるわけもなく、華麗に回避されてしまった。
「食らえ! 《デモンズ・アイスジャベリン》!!」
ハデスは回避しつつ腕を振り、生み出した無数の氷の槍をグリゴラスに向けて発射する。
「グォン!」
「させないわ! 神技! 《アポロンの猛き剣》!!」
「グゥゥゥ!?」
氷の槍をその巨腕で破壊したグリゴラスだったが、背後に回り込んでいたミルフィリアに、燃える剣で斬られてしまった。さすがに無傷とはいかず、小さく悲鳴を上げる。
「ぷ……ぷぅ」
「グゥッ!!」
“殿! ここは私が引き受けます! 構わず、早く再臨を!”と、グリゴラスが叫ぶ。くそ、この私が、こんなにも無力感を覚えるとは。何て情けない。だが……すまない。
「ぷぅ!!」
「あっ!? 暗黒神が逃げる!」
「ちぃ、ハデス! ここは任せても大丈夫!? 残念だけど、私一人じゃそのデカブツは止められないの!」
「ああ、任せろ! そちらも抜かるなよ!」
「当然ッ!!」
ぽよ~ん、ぽよ~ん。決して速いとは言えない足……いや、足はないのだが。とにかく、力の限り跳ね進み、その場から逃走する。
厄介なことに、ミルフィリアが追ってきたらしい。捕まると、まずいな。
「ぷっ、ぷっ、ぷっ……」
「待ちなさ~い!! 神技! 《ケリュケイオンの槍杖》!!」
「ぷぷぅ!?」
ぬおぉ!? も、もう追いついてきたのか!? くそっ! この身体では遅すぎる! 未だかつてないほど神経を尖らせ、全身全霊で回避する。
あっ、ちょっと頭をかすめてしまった。
「……グゥゥゥゥ!!」
「わひゃっ!? まだ、こんなに居たの!?」
「ぷぅ!」
「グゥ!!」
死を覚悟した私だったが、悲鳴を聞きつけたのだろう、煉獄の中で待機していた暗黒獣たちが駆けつけてくれた。時間稼ぎにはなるだろうが、奴らではミルフィリアは……。
「グゥッ!!」
「ぷ、ぷぅ? ……ぷぷぅ!」
“殿、早く先へ!!”と、暗黒獣たちが叫んできた。
……なんと、なんという奴らだ。まさか、これほどまでに忠誠を捧げてくれるとは、思ってもみなかった。すまん、今までろくに労うこともしなかった私を、こうまでして助けてくれて。
「……邪魔だ木偶の坊がぁぁぁ!!」
「ググゥ、グググゥゥゥッ!!」
必死に私を守ろうとする暗黒獣たちを前に、堪忍袋の緒が切れたのだろう。ミルフィリアが叫び散らし、神気が急激に爆発した。
「ぷっ、ぷっ、ぷっ……」
跳ねる、跳ねる、跳ねる。彼らの忠義を無駄にしないために。ミリーナたちを早く助けに戻るために。ミルフィリアを、ハデスを、そして、復活した勇者たちをあの世に送るために。
「……ぷ?」
荒れ狂っていた神気が、突然止んだ。
どういう事だ? あのミルフィリアが、いくら数で押されているとはいえ、暗黒獣を相手にやられるはずがない。
……いや、考えていても仕方ないな。思わぬ幸運だと割り切り、さっさと用事を済ませてしまわねばなるまい。
◆
結局あれからミルフィリアが追いついてくることはなく、私は無事に玉座へとたどり着いた。長年暮らし、ミリーナとの思い出が詰まりに詰まった、懐かしきマイホーム。
グリゴラスたちが掃除していてくれたのか、埃一つ無い。本当に、ありがたいな。何故私は今まで彼らに何の労いもしてこなかったのだ。馬鹿か。
「…………」
……やはり、ミルフィリアの神気が消えた。いったいどうなっている? 何のつもりだ……? 途中で諦める程度ならば、ハナから煉獄に突撃してくる必要など無かったはずだ。
「ぷっ、ぷっ、ぷっ……ぷぅ」
玉座に飛び乗り、辺りに充満する濃厚な暗黒を、この身に吸収していく。念のため、出入口の方向を最大限に警戒する。
やはり、神気は感じられない。グリゴラスもまだ生きているし、ハデスも健在だ。ただ、ミルフィリアの気配だけが綺麗さっぱり消えている。
どういう事だ? 暗黒獣たちが、ミルフィリアを倒したのか? この状況だとそう考えるのが無難なのだが、そんな事が有り得るか?
「…………」
暗黒を吸収しつつ、遠い記憶を掘り起こし、ミルフィリアという女についての情報をまとめていく。
「…………」
火霊術と、火属性に関連した神技を得意とする勇者。特に気になる点は無かったと思うが、実力はかなりのものだったな。それだけに、いくら暗黒獣と言えど、グリゴラス以外の者が奴を仕留められるとは考えにくい。
「…………ん?」
待てよ、確か奴は……。
「……まさかっ!!」
暗黒を全て取り込み、無事に元の姿へと戻ることができた。すかさず人型に化け、リンドのそれを真似て作った、黒いロングコートを着る。
そしてミリーナのそれを真似た大剣を作り、背負う。
「そうか、そう言うことか。ミルフィリア、貴様……」
まずいな。早く戻らねば、ミリーナたちが危ない!!
思い出した、思い出したのだ。奴が、ミルフィリアが昔、死に際に放った言葉を。奴の、隠された力を。
そして、奴の、危険性を。
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