第5話 最強の勇者vs初代勇者


「プルミエディア」

「は、はい」

「……フィオは?」

「……え、えーっと……」


 うぐっ、早速来たわね……。

 ああ、バカグリフめ……。ほんっとに、とんでもない無茶振りをしてくれたわねぇ。あたしが一人で戻ってきてすぐ、フィオグリフがいない事を不審に思ったミリーナさんが、ジト目でこっちを睨んできた。

 ど、どうしよう? どうやって誤魔化せば……いや、もういっそ、ぶっちゃけてしまった方がいいのかしら? うーん……。


「……フィオ、一人で行ったんだね?」

「ふぇっ!? い、いやいや、なんか急に用事を思い出したとかで! あはは~!」

「…………」


 だっ、だめだわ。これ、間違いなくバレてる。ていうか既に言い当てられちゃったし。やっぱり、フィオグリフ関連でミリーナさんに隠し事をするのは無理ね! うん!


「はぁ。まったく、あの人ったら。で、なんで突然そんな事になったの? 確かに勇者軍団が現れるっていうイレギュラーはあったけどさ」

「そ、それがですね。ユキ……ユキムラ? とかいう、フィオグリフ曰く“歴代最強の勇者”っていうのが来ているらしくて。さっさと話をつけねばならんとかで、行っちゃいました」

「歴代、最強? ふぅん……?」


 幸い、ミリーナさんがマジギレする事は無かった。よかった、この人、案外沸点低いからなぁ。ちょっと死を覚悟してたんだけど、なんとかなりそう。

 それはさておき、まぁこの人は初代勇者なわけだから、後に続いた勇者たち個人個人については、よく知らないんだろう。ユキムラとかいう人の名前を聞いても、いまいち理解していないようだった。


 けど、代わりに騒ぎ出す男が一人。


「げっ、ユキムラ!? まさか、ユキムラ・シゲモリか!? あのバケモンまで復活してやがるのかよ!」

「知ってるの?」

「まぁな。たしか、異世界から召喚されたとかいう大昔の勇者で、とにかくとんでもなく強い奴だってのは覚えてる。魔王を何人も倒し回って、最終的にはフィオグリフさんとタイマン勝負をして殺されたんだ」

「ほう、お主が“とんでもなく強い”と評するとは、なかなか骨がありそうじゃな」

「……フィオグリフも、同じ事を言ってたわ。“奴は本当に強かった”って」

「あのご主人様が、そこまで……?」


 これは、思っていたよりも事態は深刻なのかもしれない。フィオグリフに続き、リンドまでもが“強い”と評するなんて。それどころか、バケモン呼ばわりしてるぐらいだし。


「まぁ、とにかく。フィオが行っちゃったって言うんなら、帰ってくるまで時間を稼がないとね」

「そうじゃの。問題は、煉獄側がどう動いてくるかじゃが……」

「あれっ? ボクたちに気付いてないのかな。勇者たちの方に向かってったよ?」

「おっ? マジだな」


 ぞろぞろと蠢く暗黒獣たちが、一斉に走り去っていく。とは言っても半分以上はまだ残っちゃ居るけど。


「ほら、フィオを倒しに来るやつって言ったら、真っ先に挙がるのが勇者でしょ? だから、神気を感知して飛んでいったんじゃないかな」

「なるほど。暗黒獣ヤツらにとって、最も優先すべき排除対象が、勇者どもと言うわけじゃな。上手く潰し合ってくれれば幸いじゃの」


 よく考えれば当然の話か。ただの魔物が、あの暗黒神を倒そうだなんて思うはずがない。本能で実力差を察するだろうしね。となれば、暗黒獣彼らが最も遭遇する敵は、今まさに近付いてきている、“勇者”という人間たちに違いない。


 そして、こっそりと隠れて様子を見守るあたしたちを余所に、暗黒獣たちと勇者軍団との戦いが始まった。


「派手にドンパチしてやがるけど、俺らはどうするよ? なんか、このまま待っていたら普通にフィオグリフさんが帰ってきそうな感じだが。変に手を出さない方がよくねえか?」

「かもしれんな。いくらなんでも、あれだけの規模の戦闘ならば、そんなにすぐには終わらんだろうしの」

「ん、そだね。じゃあ待機──」


 そこまで言いかけて、ミリーナさんがいきなり吹っ飛んでいった。

 突然の出来事に呆然とするあたしたち。そして、いち早く身構えるリンド。遅れて、アシュリーも戦闘態勢に入った。


 あ、そうそう。あたしたち人間組にも出来ることがある、なんて言ったけど、それはこの時点で既に崩れ去っているわ。色々と予想外すぎたしね。


「いたた……もう、なんなの?」


 血みどろになりながらも、よたよたと戻ってくるミリーナさん。口調こそのんびりとしているけど、その目は明らかに怒りに満ちていた。

 そして、あたしたちの前に現れたのは……。


「……堕ちた勇者、ミリーナ・ラヴクロイツと見受ける。人々の希望を背負うべき者……ましてやその開闢者ともあろう方が、事もあろうに暗黒神の伴侶を名乗るなど言語道断。例え天が許そうと、この私が許しはしない。さあ、構えよ。我が名はユキムラ。ユキムラ・シゲモリ! 弱きを助け、邪悪を滅する者なりッ!」

「「…………」」


 鬼の面を両肩に背負った、不可思議な鎧を纏う白髪の男。その手には長い剣が握られており、その身から発する威圧感は、勝手に冷や汗が噴き出る程に恐ろしい。


 ただ、なんかすごい面倒臭そう。これが、例の、最強の勇者、みたいね……。


 って、ミリーナさん、いつからフィオグリフの奥さんになったの? そんな事聞いてないんだけど。なんか本人も目を丸くしてるし。


「だ、だだだだだ誰が伴侶さ!? いい!? わたしはね、フィオの友達! 親友! ベストフレンドなのっ! お、おおおおお、奥さんだなんて、そんな、そんなんじゃ──」

「何を言うか。普段の様子を見せてもらったが、あれが夫婦でなくて何だというのだ! いや、言い訳は無用! 貴公が、暗黒神に肩入れする堕ちた勇者だという事に変わりはない!」

「ま、まぁいいや。フィオの敵はわたしの敵! 最強だかなんだか知らないけど、ワカゾーが調子に乗るなよ~っ! 叩っ斬ってやるからねっ!」

「ふ、望むところだ! 些か多勢に無勢であるのが気になるが……人々の希望を背負う私に、敗北は赦されないのだからな!」

「フィオに負けて死んだくせに何言ってんの、僕ちゃん」

「ぐぬっ!? ええい、誰が悪魔の囁きになど耳を貸すか! か弱き少女の涙を啜って嗤う不届き者め! 成敗してやろうッ!」


 なんだか、この人バカっぽい。ていうかあんた、邪神の手先として蘇らされたんだろうに、悪魔の囁きとか、か弱き少女がどうとか、何言ってんの? 人々の希望を背負うどころか、人々を絶望に落とす尖兵になってるわけなんだけど、気付いてないの? バカなの?


 ちょっとかわいそうな人を見る目になっているあたしたちを後目に、武器を構えてにらみ合う、ミリーナさんとユキムラ。


「のう、プルミエディアよ」

「何?」

「こいつを放置して、フィオグリフ様の元へ行ってはダメかの?」

「ダメでしょ。っつーか何さりげなく逃げようとしてんのよ」

「だって、なんか、あれじゃろ。こいつ、ほら、わかるじゃろ?」

「……アホさに騙されるなよ、アスガルテ。この野郎、これでも本当に強いからな。いくらミリーナちゃんでもやられかねない。そうなりゃフィオグリフさんがガチギレして、世界の終わりだぞ」

「……うぬぅ……」


 地味に会話に割り込んできたリンドと、早くもフィオグリフに会いたがっているアシュリーとやりとりをしていると、ついに二人の勇者が激突した。

 それだけで、凄まじい衝撃波が巻き起こり、吹き飛ばされないように必死で堪えるあたしたち。


「仕方ないのう、やるか……」

「他の勇者たちは、まぁ暗黒獣がどうにかするだろうしな。俺らはどうにかユキムラを抑えようぜ」


 激闘を繰り広げるミリーナさんに、アシュリーとリンドが加勢する。これで、あのユキムラとかいう勇者は魔王級三人を相手に一人で戦っているわけなんだけど……全然勢いが衰えない。むしろ、三人を押している感すらあった。


 どうやら、本当に強いことは強いみたい。

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