第4話 煉獄にて。
「わーぉ」
「おい、ドラ娘」
「何さ?」
「何さ、ではない! うじゃうじゃなんてものではないぞ! いくらワシらでもアレを突破するのは厳しすぎるわっ!」
「し、仕方ないじゃんっ! なんか知らないけど、さっきより増えてるんだもんっ!」
「ええい役立たずめ!」
「なにおぅ!?」
ミリーナさんの時空聖剣で、一気に煉獄の近くまで空間転移したのはいいんだけど、入口がすごい事になっていた。アシュリーが思わず怒鳴りたくなるのもわかる。
でもそれよりなにより。
「「「きぼぢわるい……」」」
「嬢ちゃんたち、大丈夫か?」
そういえば、結構前にミリーナさんが言ってたっけ。時空聖剣での空間転移は、慣れないと酔うからオススメしないって……。
うぅ、吐きそう……。
「……フィオ、どうしよう」
「ぷ、ぷぅ」
「どうにもならんな、じゃないよっ!? なんでキミが真っ先に諦めてるのかな!」
「ぷぅ!!」
「まさかの逆ギレ!?」
あっ、ミリーナさんとフィオグリフが喧嘩してる。なんとなく会話の内容が察せるあたし、嫌いじゃないわ。ってそんな事より本当に気持ち悪い。うっぷ……。
「「「うえぇっ」」」
「うおぉ!? 俺の足にリバースしてんじゃねえよ、三人して!」
※大変お見苦しい光景となっているため、少々お待ちください※
◆
「ミリーナさん」
「うん、あれが暗黒獣だよ。ざっと見ただけでも、千体は居るねぇ」
「突破できるんですか?」
「無理かな」
「即答ですねっ!?」
「当たり前でしょうがっ! ただの暗黒獣ならまだ大丈夫だったよ!? でもね、あの奥に居る五十本腕の奴! アレ、一体ずつがわたしたち魔王クラスの強さなんだもん!」
「そんなにですか!?」
リバースしたあたし、レラちゃん、フィリルの三人は、何事もなかったかのように振る舞っている。背後でリンドが死人のような顔をして足を洗っているのはさておいてね。
とんでもない事に、煉獄を守る暗黒獣たちの、一番奥に陣取っている一際デカい五十本腕の魔物が、なんとミリーナさんクラスの強さの持ち主なのだという。それが、二十体もいる。
うん、無理だわね。
「それだけじゃねえな」
「うん?」
「煉獄の中からも異常な霊力を感じる。今までこんなに戦力が集中した事はねえんじゃねえか? フィオグリフさんよ」
「ぷぅ」
どうやら中も地獄らしい。リンドの言葉に、フィオグリフが軽くジャンプして返していた。いや、これ、本当にどうするのよ?
「……出直すかの?」
「出直してどうにかなるものでも無い気がしますが~」
「ドラ娘の情報も当てにならんしのう」
「悪かったねっ!」
アシュリーとリリナリアちゃんがコントを繰り広げている横で、足を洗い終わったリンドが大真面目な顔をしていた。
「どうしたの、リンド?」
「……勇者だ。あっちの方から神気を感じる。それも、一人や二人じゃねえな」
「えっ?」
「ぷぅ?」
リンドの言葉に、全員が驚く。だって、当代勇者は死んだって話だし、その上、複数居るって、どういうこと?
フィオグリフも不思議そうな目をしているけど、リンドは冗談を言っているような表情ではない。それを見て、アシュリーも真剣な顔で霊力を練り始めた。
そんな時、ぽつりと呟く。
「……ハデスだ」
「何? ミリーナちゃん、なんつった?」
「冥王神ハデス、だよ。きっと、あいつが歴代の勇者たちを蘇らせたんだ。わたしと同じように」
「ハデスって言ったら、リアちゃんの……」
「うん。そのハデス」
リアちゃんが、フィオグリフに対して討伐を依頼した邪神。ラヴクロイツ一族にとっての因縁の敵であり、ミリーナさんをこの世に呼び戻した張本人でもある。それが、どうやらこの近くに来ているらしい。
“邪神”が“勇者”を使役するって、何とも皮肉な話ね。しかも複数居るって言うんだから、救いようがないわ。
「……ちっ、百人は居るぞ。やばいな」
「そうじゃの。よくもまぁそれだけの勇者どもを掘り起こしたもんじゃ」
「……ぷぅ? ぷぅ……」
「ん、どうしたの、フィオグリフ?」
「ぷぅ」
「あっ、ちょっと! どこ行くのよ!」
何を思ったのか、フィオグリフがぽよんぽよんと、あらぬ方向へ走っていった。あたしは、彼がはぐれてしまわないように、慌てて追いかける。
「ぷ」
「もう、急にどうしたのよ?」
そして、ミリーナさんたちから見えない場所で、ようやくフィオグリフが止まった。つぶらな瞳が、まっすぐにあたしを射抜いている。
……かわいい。
(おかしい。今まで気付かなかった私も私だが、歴代の勇者どもは、そのほとんどが私の牢獄に魂を封じ込めてあるはずなのだ)
「えっ?」
(それなのに、奴は……ハデスは、どうやって蘇生させた? どうやって、牢獄から連れ出した……?)
「あなたが気付かない内に、勇者たちの大脱走が巻き起こっていたってこと?」
(う、うむ。放置していても問題ないだろうと思っていたのだが……破られたらしい。私、うっかり)
「…………」
私、うっかり。じゃないわよ。宿敵の大脱走に気付かないとか、どんだけのんきに過ごしてたの!? っつーか普通、そういうのを防ぐために色々講じてあるものじゃないの!?
(待て待て待て引っ張るな、ちぎれる!)
「うるさいわっ! あ、ん、た、が! ちゃんと見張ってれば、それで済んだ話じゃないの! なんでこう、事態をややこしくするのよ、あんたはぁぁぁ!」
(お、落ち着け、まだ慌てる時間ではない)
「時間が関係あるかぁぁぁ!」
ほんとに、この非常識黒スラは……。こっちに魔王が二人……ううん、ミリーナさんを含めて三人も居るわけだし、勇者たちは敵と見た方がいいわよね。ハデスに操られているのかどうかは、まだわかんないけど。
はぁ……どうすんのよ、ほんと。
(むっ? いかん、伏せろッ!!)
「んぐっ!?」
フィオグリフが焦った声を発し、同時にあたしにダイビングしてきた。たまらず地面に倒れるあたし。ぽよぽよ揺れるフィオグリフ。そして、その上を、白い光が通り過ぎていった。
「な、何? 今の……」
(まずい……。今のは、ユキムラの攻撃だ。奴まで蘇っているとなると、ミリーナたちでも危ない……)
「ユキムラ?」
(ああ。ユキムラ・シゲモリ……紛れもなく、歴代最強の勇者だ。奴は本当に強かった)
「歴代、最強……」
フィオグリフによると、勇者たちの中でもずば抜けて厄介な人が、さっきの白い光を放ってきた犯人らしい。コイツが“本当に強かった”なんて言うぐらいだから、それだけでヤバさがわかるってものよね……。
(プルミエディア)
「何?」
(私を暗黒獣たちの中へと、思いっきり投げ飛ばせ。さっさと話をつけなければならん)
「投げ飛ばせって……」
(ミリーナには内緒で頼む。奴が知ったら、間違いなく止めに入ってくるからな。そうなればお前では刃向かえまい?)
「ちょ、どうやってごまかせばいいのよ!? 勝手に二人で消えたのに、帰ってきたのがあたしだけってなったら、絶対ミリーナさんに怪しまれるじゃない!」
(……が、頑張れ)
「何よ今の間は!? あんた、自分でどんだけ無茶振りしてるかわかってるでしょ!」
(ええい黙れ! こうしている間にも、どんどんユキムラが近付いてきているのだぞ!)
「……ああ、もう! わかったわよ! でも、いいわね! 絶対帰ってくるのよ!?」
(ああ、無論だ。すまんが、時間稼ぎを頼んだぞ!)
……最終的に折れるあたり、あたしも甘いわよねぇ。はぁ、ミリーナさんに何て言おうかしら……。
憂鬱な気分になりつつ、フィオグリフを掴み、注文通り、全力で投げ飛ばした。
「……勇者、かぁ。どうにか戦闘を避けたりできないかしらね~……」
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