第3話 あの世に最も近い場所。その名は煉獄。
どうやらミリーナさんは本気らしい。未だかつて無いほどの真剣な表情で、でもスライムグリフ(仮)を胸に抱きながら、あたしたちを眺めている。
「リリナリア」
「は~い。早速猛ダッシュして、煉獄を見に行ってきたんだけど……」
「だけど……何?」
「見たこと無い魔物がうじゃうじゃ居て、中には入れなかったよ~」
ミリーナさんの指示で偵察に行っていたリリナリアちゃんが、その目で確認した煉獄の様子を報告してくれた。元はエンシェントドラゴンで、相当な戦闘力があるはずの彼女が、中に入る事すらできなかった? 嘘でしょ……。
「ドラ娘」
「ドラ娘て。何、悪魔王さん」
「その“見たことのない魔物”とやらの特徴を教えろ。ワシならあそこには何度も足を運んでおる故に、正体を推測できるからのう」
「あ、そっか。んとね、フィオグリフさんの真の姿を小型化した感じで、足は二本なんだけど、腕が二十本ぐらいあったかな~」
「……そ、そうか」
あっ、アシュリーの顔がひきつった。ははぁん、わかったわよ? その、“見たことのない魔物”って奴、絶対強いわね? それも、アシュリーたち魔王組ですら手こずるほどの。
たぶん、今の反応はそう言う事よね。しかも、それがうじゃうじゃ居ると。
ピクピクと痙攣するコメカミをマッサージしているだけのアシュリーに痺れを切らしたのか、ミリーナさんが口を開いた。
「暗黒獣だねぇ。そっかそっか、たぶん、フィオが留守にしてるから警戒レベルを最大まで引き上げてるんだね。普段はあの子たち、フィオの寝床を護衛してるはずだから」
「おい、ミリーナちゃん。今、暗黒獣つったか? だとしたら、冗談じゃないぜ。あの人の親衛隊じゃねえかよ」
「……なるほど、寝床を守っておるのか。道理で、今まで数えるほどしか見かけた事がなかったはずじゃ」
ミリーナさん、リンド、アシュリー。この三人は、大昔の事とはいえ、何回もフィオグリフの住処……つまりは煉獄に足を踏み入れた経験がある。だから、色々と知ってるわけよ。
でも、当然あたしたちは全く知らない。わからない。だから、聞くことにしてみた。
「あの、ミリーナさん」
「何かな、プルミエディアちゃん」
「その、暗黒獣って何なんですか? いや、話の流れでだいたいはわかりましたけど、どれぐらい強いんです?」
「ん~……」
相変わらずスライムグリフ(仮)を抱きしめたまま、目を瞑って何かを考えている様子を見せるミリーナさん。ふと見ると、リンドとアシュリーも同様に目を瞑っていた。
「そうだな。わかりやすく言うと、一体ずつがそこのリリナリアちゃんと同じぐらいか、少し上回る程度の実力を持ってる。それがうじゃうじゃ居るって時点で、ヤバさはわかるだろ?」
「「「エンシェントドラゴンと同じぐらいか、少し上回る程度……!?」」」
洒落にならない答えを、リンドが返してくれた。驚愕の声をハモらせたのは、もちろんあたしとレラちゃんとフィリル、つまりは人間組よ。そんな危ない奴らが入口を守ってる? だとしたら、中はいったい……。
「では、歴代の勇者たちも、そんな地獄を潜り抜けていったと……?」
「うんにゃ。それはねえよ。ミリーナちゃんが言ってたろ? 今回は主が留守だから、
「それは、見上げた忠義だけど、なんとか話し合いで解決とかはできないの?」
「とっくの昔にフィオグリフさんのとこを卒業した俺は無理だな。アシュリーは論外だろ。奴さん方からしたらただの侵略者だし、お前」
「……言うな。虚しくなるじゃろ」
「って事は、可能性があるとしたら、ミリーナさんだけってことになりますか~?」
「ん~ん。わたしは既に亡き者として扱われてるはずだから、偽物だと思われるのがオチだよ」
「あ~……そうですか、そうですよね~……」
何とも悲しい現実を突きつけられ、しょぼんとウサ耳を垂れて落ち込むフィリル。
が。
「っと、諦めるには早いんだな! 可愛い鳴き声しか発せられないのがネックだけど、こっちにはフィオ……の欠片が居るんだから!」
「ぷぅ!」
自信ありげに、ドヤ顔で、スライムグリフ(仮)を天に掲げるミリーナさん。スライムグリフ(仮)も、何故か自信ありげに威張っている……ように見える。
「そうじゃな! いくら見た目がこんな可愛らしくなろうと、フィオグリフ様はフィオグリフ様じゃ! 暗黒獣共も耳を貸すじゃろ!」
「だといいんがな。ま、ダメだったらダメだったで、俺ら三人で切り抜けりゃいいさ」
「それは言えてるのう」
確かにこの三人なら、あるいは……。だって、ミリーナさん一人でリンド配下のオーバーデッド十人を全滅させたらしいし。“うじゃうじゃ”ってのが具体的に何体居るのかわからないけど、何とか血路を開くぐらいはできるでしょうね。うん、たぶん、きっと。
ただ、そうなると、問題は……。
「……ミリーナ様」
「何、レラちゃん」
「我々は今回、役に立てるのでしょうか? 正直に言って、足手まといにしかならないのでは……?」
そう。あえて口には出さないでいた……ううん、出したくなかったけど、今回あたしたち人間組は手の出しようがない気がする。だって入口の時点でそんな悪夢のような布陣が構えてある場所なのよ? エンシェントドラゴン級か、あるいはそれを超す程の敵がわんさか居るとなると、雑魚掃除をして手伝う、なんて事すらできそうにない。
「それは……確かに、そうなんだよねぇ」
「まぁの。今回はワシらだけで行った方がええじゃろ」
「……だよなぁ、そうなっちまうよなぁ……」
予想通りの答えに、ズゥーンと落ち込むあたしたち。なんとか、なんとかならないかしら……。何か、雑用でもいいから、できることは……。
「ぷぅ!」
「へぶぅっ!?」
えぇっ!?
「ふおぉ……フィ、フィオ……女の子の土手っ腹に特攻とか、頭おかしいんじゃないの……?」
「ぷぷぅ! ぷぅぷぅ!」
「な、なんじゃ? どうしたんじゃ?」
何を思ったのか、スライムグリフ(仮)が突然、ミリーナさんのお腹に体当たりをかました。まさかの攻撃をダイレクトに食らい、たまらず沈む込むミリーナさん。
何かを訴えてるみたいだけど、なんだろ?
「ぷぅ」
「わっ」
もがくミリーナさんの腕から脱出したスライムグリフ(仮)が、今度はあたしの腕の中に飛び込んできた。
慌ててキャッチし、そのつぶらな瞳をじっと見つめてみる。あっ、見つめ返された。
「ぷぷぅ」
「な、なに?」
「ぷぷぷ……ぷぅ!」
「んっ……!? な、なに、これ……」
(プルミエディア、聞こえるか?)
えっ、フィオグリフ!?
(そうだ。やはり、声が届いたか)
……本当に、この黒いの、フィオグリフだったんだ……。
(ああ。まぁそこは置いておけ)
「って、あたしの心読んでる!?」
「ひゃあっ!? 急に喘ぎだしたと思ったら、今度は突然叫んで、どうしたんですか!? どこか打ったんですか!?」
「べ、別に喘いでないし、どこも打ってないわよ!! 声が! フィオグリフの声が聞こえるのっ!」
「ご主人様のっ!? それでは、やはりこの黒いスライムは……」
って、あれっ? この反応からして、あたし以外には聞こえていないの? どうして?
(ミリーナにも聞こえているよ。レラもいけるかと思ったのだが、そうか。お前だけか)
「……? どうしてあたしは聞こえるの?」
(レラはまだ足りないのだろう。そのうち聞こえるようになる。どうやら暗黒の適正に関してはお前が上らしいぞ)
「暗黒の、適正?」
(ああ。きちんと説明してやりたいのだが、生憎と時間がない。グローリアもかなりの傷を負っているはずだが、いつ復帰してくるかもわからんからな)
「あ、ああ。やっぱりただやられただけじゃないのね」
(当然だ。さて、煉獄を守る暗黒獣についてだが……)
「!」
(奴らなら私の話も聞き入れるだろう。だが、相当接近しなければ届かんのだ)
「接近……」
(そうだ。後で改めてミリーナにも伝えるが、今回の作戦プランは、こんな感じだ)
「……うん、聞かせて」
戸惑っている様子のレラちゃんたちを一旦放置し、あたしはフィオグリフから詳しい説明を受けた。なるほど、これなら確かにあたしにも、ううん、あたしたちにも、役目がある!
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