第2話 ぷるぷる
テクテクと、ひたすらにどこかへ向かって歩き続けるミリーナさん。あたしも、内心不思議に思いつつも黙ってついていく。下手に怒らせたら本当に殺されそうだし……。
「ん~、こっちかなぁ」
「あの、何をするつもりなんですか?」
「ん? フィオ探し。わたしがする事なんて他にあるわけないじゃん」
「は、はぁ」
「この感じはフィオだと思うんだけど、なんだかうすらぼんやりしててわかりにくいんだよねぇ。何やってるんだろ、あの人」
やっぱり何よりもフィオグリフの事が最優先なのね。前までなら“お熱いことで”なんてからかうこともできたけど、今はとてもそんな気にはなれないな。
「ん?」
あら。なんか筋肉質な男たちが立ちふさがってきたわ。もしかして、いや、もしかしなくてもこれって……。
「おうおう、嬢ちゃんたち! こんな所を女の子が二人で歩いてたら危ないぜぇ~?」
「っつーことで、心優しい俺らがエスコートしてやるよ! さぁ、来な!」
あ、やっぱりそういう手合いか。ミリーナさんはフードをかぶってるからこういう輩は寄りつかない、なんて誰かさんが言ってたけど、普通に来たわねえ……。
「イヒヒヒ」
「フヘヘヘ」
「イヒ──」
「邪魔」
目に止まらぬ動きで、男たちの急所……股間を剣の柄で殴りつけるミリーナさん。って、死んじゃうわよっ!?
「あ……あがが……」
「へうぅ……」
「さ、行こっか」
「は、はい」
泡を吹いて倒れる男たちを無視し、そのまま歩いていくミリーナさん。ちゃんと生きてるあたり、手加減はしてるんだろうけど、本当に容赦ないわね~……。
◆
「うーん」
「どうしたんですか?」
「ここらへんのはずなんだけどなぁ」
「フィオグリフが居るっていう?」
「うん」
黙々と歩き続けていた彼女がようやく停止し、辺りをキョロキョロと見回している。あたしも一緒になって探してみてはいるけど、全然、それっぽい人影は見えない。
「フィオ~? 出ておいで~」
「そんな石の裏なんて、めくっても居るわけないですよ……」
「いやぁ、わかんないよぉ? っとと、フィオや~い。もうあの腐れ女神はいないから、わたしの胸に飛び込んでおいで~」
「迷子を探してる母親みたいですね」
「あはは、あながち間違いでもないかも」
「……あ、はい」
樽を持ち上げてみたり、石をめくってみたり、悉く変な場所ばかりを探すミリーナさん。あなたの中のフィオグリフっていったい、どんな存在なんですか……。
やっぱりこの人も変人よね。フィオグリフに負けず劣らずの。似たもの同士ってやつ?
「……居るわけ、ないわよね」
とかなんとか言いつつ、あたしも釣られて、そこら辺に置いてあった壷をつついてみた。でも、当然返事なんて……。
「ぷるぷるっ」
「ん?」
返事、なんて……?
「……フィオグリフ……?」
まさか、とは思うけど、淡い期待を込めて、さっきよりも強く壷をつついてみる。
「ぷるっ、ぷるるっ!」
「…………」
明らかに反応がある。ただ、なんで鳴き声っぽいのかは知らないけど。まさかね、まさか……。
──壷を、ひっくり返してみた。
「ぷる~っ!」
「ふわぁ!?」
中から出てきたのは、黒光りしたぷるぷる揺れる物体。なんか、スライムみたい? っていうか、ちょっと見覚えがあるような、無いような……?
「どしたの、プルミエディアちゃん。急に奇声なんて発して。頭でも狂った?」
「ストレートにひどいですね!? 狂ってませんよ! なんか出てきたんです、壷の中から!」
さっきから奇行のオンパレードなミリーナさんにだけは、言われたくないわ。地べたに這いつくばって路地の隙間を眺めてみたり、石を一つ一つ取って裏側を確認してみたり。頭でも狂った? は、ぶっちゃけこっちのセリフよ。
絶対口には出さないけどね!
「ん~? 黒い、スライムぅ……?」
「ぷぅ?」
ちょうどあたしの頭一つ分程度のサイズの、黒くて丸っこい物体。それにつぶらな瞳と大きな口がついており、ちょっと可愛い。
そんな謎のスライム(?)と、睨めっこする美少女。それはミリーナさん。端から見ていてちょっと面白い光景ね。
しばらく無言で見つめ合う一人と一匹だったけど、突然、ミリーナさんが大粒の涙を流し始めた。って、えぇっ!?
「ミ、ミリーナさん!? どうしたんですか!?」
「ぷ、ぷぷぅ!?」
「ご、ごめん……だって、この子……!」
そして、あたしはこの黒いスライムのような物体をどこで見たのか、ようやく思い出した。
「この子、フィオの欠片だよ……!」
「ぷぅ?」
以前、このイシュディアで、ミリーナさんとレラちゃん、そしてアシュリーが、フィオグリフの身体を引っ張りすぎ、ちぎってしまった事があった。その時に飛び散った黒いヤツが、今、目の前にいる黒いスライムにそっくりだったの。
そして、ミリーナさん曰く、この黒いのはフィオグリフの欠片だという。たぶん、ちぎれてしまった時、この子だけがはぐれてしまっていたんだ。
「ごめん、ごめんね、フィオ……! わた、わたしの、わたしのせいで、全力が、出せなかったんだね……!」
「ぷ、ぷぅ? ぷぅぷぅ」
「ううん、わたしのせいだよ。わたしがあの時、無理に食い下がってさえいなければ、こんな事には、ならなかったんだもん……!」
「ぷぅ。ぷ~ぅ」
「ごめん……ごめん……!」
「…………」
って、そんな事ある? なんか会話が成立してるみたいだけど、仮にそうだったとしても、こんなちっこいのがはぐれたぐらいで、あのフィオグリフが力を出せなくなるなんて事、あり得るの?
ガチ泣きするミリーナさんと、オタオタした様子で彼女を慰めるスライムグリフ(仮)を眺めつつ、あたしは首を傾げた。
「あの、ミリーナさん」
「ぐすっ……な、なぁに?」
「それが本当にフィオグリフだとして、これからどうするんですか? なんか、喋れないみたいだし、全然強そうに見えないし……」
「…………」
「ぷぅ! ぷぅぷぅ!」
スライムグリフ(仮)を抱き上げ、涙目で彼を見つめるミリーナさん。そんな彼女に対し、スライムグリフ(仮)は、何かを訴えているように見える。
ごめん、何言ってるかさっぱりわかんない。
「うん、うんうん」
「ぷぅ。ぷぷぅ。ぷ~ぅ」
「うん。なるほど」
「ぷぷ、ぷぅ。ぷぅぷ~ぅ」
「あ~……どうだろ? 大丈夫かなぁ?」
「……ぷぅ……」
「あっ、落ち込まないで、フィオ! リンドとアスガルテも連れて行くから、絶対なんとかなるって! ううん、わたしがなんとかする!」
「……ぷ?」
「だいじょ~ぶっ! 初代勇者様に任せなさいっ! 万事問題なし! だよ!」
「ぷぅ。ぷぷぅ」
「あはは、謝らなくていいってば。むしろこっちが悪いんだし」
「ぷぅ?」
「そうなのっ!」
「…………」
どうしよう。全く意味が分からない。なんか、どんどん話が進んで行ってるみたいなんだけど、いかんせん何を話してるのかがさっぱりわからない。
だって会話が、ミリーナさんからの一方通行なんだもの。どう見ても。
そんな、戸惑う……というかリアクションに困っているあたしを横目に、ミリーナさんがとんでもないことを言い出した。
「プルミエディア!」
「は、はいっ!?」
ものすごく真剣な表情で、声色で、おまけにいつものちゃん付けではなく、呼び捨てで、あたしの事を呼ぶ初代勇者様。
思わず、姿勢を正して敬礼してしまった。
「これから、皆で煉獄に行くよ!」
「へ? 煉……獄……?」
それは、果てしなく危険な香りがする名前だった。
「そう! 煉獄! つまり、フィオの住処! ハイランクな魔物しか彷徨いていないけど、絶対に、何が何でも、煉獄の最深部にたどり着かないといけないんだよ、わたしたちは!」
拝啓、お父さん、お母さん。
あたし、プルミエディアは、死地に赴く事になるようです……。
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