第2話 ぷるぷる


 テクテクと、ひたすらにどこかへ向かって歩き続けるミリーナさん。あたしも、内心不思議に思いつつも黙ってついていく。下手に怒らせたら本当に殺されそうだし……。


「ん~、こっちかなぁ」

「あの、何をするつもりなんですか?」

「ん? フィオ探し。わたしがする事なんて他にあるわけないじゃん」

「は、はぁ」

「この感じはフィオだと思うんだけど、なんだかうすらぼんやりしててわかりにくいんだよねぇ。何やってるんだろ、あの人」


 やっぱり何よりもフィオグリフの事が最優先なのね。前までなら“お熱いことで”なんてからかうこともできたけど、今はとてもそんな気にはなれないな。


「ん?」


 あら。なんか筋肉質な男たちが立ちふさがってきたわ。もしかして、いや、もしかしなくてもこれって……。


「おうおう、嬢ちゃんたち! こんな所を女の子が二人で歩いてたら危ないぜぇ~?」

「っつーことで、心優しい俺らがエスコートしてやるよ! さぁ、来な!」


 あ、やっぱりそういう手合いか。ミリーナさんはフードをかぶってるからこういう輩は寄りつかない、なんて誰かさんが言ってたけど、普通に来たわねえ……。


「イヒヒヒ」

「フヘヘヘ」

「イヒ──」


「邪魔」


 目に止まらぬ動きで、男たちの急所……股間を剣の柄で殴りつけるミリーナさん。って、死んじゃうわよっ!?


「あ……あがが……」

「へうぅ……」


「さ、行こっか」

「は、はい」


 泡を吹いて倒れる男たちを無視し、そのまま歩いていくミリーナさん。ちゃんと生きてるあたり、手加減はしてるんだろうけど、本当に容赦ないわね~……。





「うーん」

「どうしたんですか?」

「ここらへんのはずなんだけどなぁ」

「フィオグリフが居るっていう?」

「うん」


 黙々と歩き続けていた彼女がようやく停止し、辺りをキョロキョロと見回している。あたしも一緒になって探してみてはいるけど、全然、それっぽい人影は見えない。


「フィオ~? 出ておいで~」

「そんな石の裏なんて、めくっても居るわけないですよ……」

「いやぁ、わかんないよぉ? っとと、フィオや~い。もうあの腐れ女神はいないから、わたしの胸に飛び込んでおいで~」

「迷子を探してる母親みたいですね」

「あはは、あながち間違いでもないかも」

「……あ、はい」


 樽を持ち上げてみたり、石をめくってみたり、悉く変な場所ばかりを探すミリーナさん。あなたの中のフィオグリフっていったい、どんな存在なんですか……。

 やっぱりこの人も変人よね。フィオグリフに負けず劣らずの。似たもの同士ってやつ?


「……居るわけ、ないわよね」


 とかなんとか言いつつ、あたしも釣られて、そこら辺に置いてあった壷をつついてみた。でも、当然返事なんて……。


「ぷるぷるっ」

「ん?」


 返事、なんて……?


「……フィオグリフ……?」


 まさか、とは思うけど、淡い期待を込めて、さっきよりも強く壷をつついてみる。


「ぷるっ、ぷるるっ!」

「…………」


 明らかに反応がある。ただ、なんで鳴き声っぽいのかは知らないけど。まさかね、まさか……。


 ──壷を、ひっくり返してみた。


「ぷる~っ!」

「ふわぁ!?」



 中から出てきたのは、黒光りしたぷるぷる揺れる物体。なんか、スライムみたい? っていうか、ちょっと見覚えがあるような、無いような……?


「どしたの、プルミエディアちゃん。急に奇声なんて発して。頭でも狂った?」

「ストレートにひどいですね!? 狂ってませんよ! なんか出てきたんです、壷の中から!」


 さっきから奇行のオンパレードなミリーナさんにだけは、言われたくないわ。地べたに這いつくばって路地の隙間を眺めてみたり、石を一つ一つ取って裏側を確認してみたり。頭でも狂った? は、ぶっちゃけこっちのセリフよ。

 絶対口には出さないけどね!


「ん~? 黒い、スライムぅ……?」

「ぷぅ?」


 ちょうどあたしの頭一つ分程度のサイズの、黒くて丸っこい物体。それにつぶらな瞳と大きな口がついており、ちょっと可愛い。

 そんな謎のスライム(?)と、睨めっこする美少女。それはミリーナさん。端から見ていてちょっと面白い光景ね。


 しばらく無言で見つめ合う一人と一匹だったけど、突然、ミリーナさんが大粒の涙を流し始めた。って、えぇっ!?


「ミ、ミリーナさん!? どうしたんですか!?」

「ぷ、ぷぷぅ!?」

「ご、ごめん……だって、この子……!」


 そして、あたしはこの黒いスライムのような物体をどこで見たのか、ようやく思い出した。



「この子、フィオの欠片だよ……!」

「ぷぅ?」


 以前、このイシュディアで、ミリーナさんとレラちゃん、そしてアシュリーが、フィオグリフの身体を引っ張りすぎ、ちぎってしまった事があった。その時に飛び散った黒いヤツが、今、目の前にいる黒いスライムにそっくりだったの。

 そして、ミリーナさん曰く、この黒いのはフィオグリフの欠片だという。たぶん、ちぎれてしまった時、この子だけがはぐれてしまっていたんだ。


「ごめん、ごめんね、フィオ……! わた、わたしの、わたしのせいで、全力が、出せなかったんだね……!」

「ぷ、ぷぅ? ぷぅぷぅ」

「ううん、わたしのせいだよ。わたしがあの時、無理に食い下がってさえいなければ、こんな事には、ならなかったんだもん……!」

「ぷぅ。ぷ~ぅ」

「ごめん……ごめん……!」


「…………」


 って、そんな事ある? なんか会話が成立してるみたいだけど、仮にそうだったとしても、こんなちっこいのがはぐれたぐらいで、あのフィオグリフが力を出せなくなるなんて事、あり得るの?

 ガチ泣きするミリーナさんと、オタオタした様子で彼女を慰めるスライムグリフ(仮)を眺めつつ、あたしは首を傾げた。


「あの、ミリーナさん」

「ぐすっ……な、なぁに?」

「それが本当にフィオグリフだとして、これからどうするんですか? なんか、喋れないみたいだし、全然強そうに見えないし……」

「…………」

「ぷぅ! ぷぅぷぅ!」


 スライムグリフ(仮)を抱き上げ、涙目で彼を見つめるミリーナさん。そんな彼女に対し、スライムグリフ(仮)は、何かを訴えているように見える。


 ごめん、何言ってるかさっぱりわかんない。


「うん、うんうん」

「ぷぅ。ぷぷぅ。ぷ~ぅ」

「うん。なるほど」

「ぷぷ、ぷぅ。ぷぅぷ~ぅ」

「あ~……どうだろ? 大丈夫かなぁ?」

「……ぷぅ……」

「あっ、落ち込まないで、フィオ! リンドとアスガルテも連れて行くから、絶対なんとかなるって! ううん、わたしがなんとかする!」

「……ぷ?」

「だいじょ~ぶっ! 初代勇者様に任せなさいっ! 万事問題なし! だよ!」

「ぷぅ。ぷぷぅ」

「あはは、謝らなくていいってば。むしろこっちが悪いんだし」

「ぷぅ?」

「そうなのっ!」


「…………」


 どうしよう。全く意味が分からない。なんか、どんどん話が進んで行ってるみたいなんだけど、いかんせん何を話してるのかがさっぱりわからない。


 だって会話が、ミリーナさんからの一方通行なんだもの。どう見ても。


 そんな、戸惑う……というかリアクションに困っているあたしを横目に、ミリーナさんがとんでもないことを言い出した。


「プルミエディア!」

「は、はいっ!?」


 ものすごく真剣な表情で、声色で、おまけにいつものちゃん付けではなく、呼び捨てで、あたしの事を呼ぶ初代勇者様。

 思わず、姿勢を正して敬礼してしまった。


「これから、皆で煉獄に行くよ!」

「へ? 煉……獄……?」


 それは、果てしなく危険な香りがする名前だった。


「そう! 煉獄! つまり、フィオの住処! ハイランクな魔物しか彷徨いていないけど、絶対に、何が何でも、煉獄の最深部にたどり着かないといけないんだよ、わたしたちは!」


 拝啓、お父さん、お母さん。

 あたし、プルミエディアは、死地に赴く事になるようです……。

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