第3話 足掻き


 荒れる戦場。逃げ惑う兵士たち。でも、今はそんな事どうだっていい。何とかして、この怪物から逃げ切らないと!


「フィリル、大丈夫!?」

「す、すいません、プルミエディアちゃん。狭い、ですよね」

「そんな事気にしなくていいから! 傷口は……」

「……あ、あはは……」

「……くっ……」


 何故か腕を組んだまま止まっている怪物を余所に、ホワイトラビットのハッチをこじ開け、中で苦しげに息を吐いていたフィリルを救出。ブレスルージュのコックピットに詰め込んだ。

 状況は、よろしく、ない。言ってた通り、右腕が綺麗に消えちゃってるし、よく見ると、右足も……。


『急いで退避』

「わ、わかってるわよ。バランギガースも消えちゃったし、こんな有様じゃ戦争どころじゃないわ」

「……不思議、ですよね。こんなの、絶対痛いはずなのに、何も、なんにも、感じないんだから……」

「フィリル、あんまり喋らないで……身体に響くわ」

「こんな、はずじゃ、なかったんですけどね……すいません、役立たずで……」

「いいから、じっとしてて。お願い」

「…………」


 荒い息を吐きながら、悔しそうに、悲しそうに、呟くフィリル。そりゃ、そうよね。あの怪物が現れたりしなければ……。


『弱いな。我が少々眠っている間に、人間はここまで弱くなったのか』

「うるさいわね」

『何故、あの暗黒神が、このような脆い者共を、仲間に加えたのだ?』

「……うるさい」

『正なる神々が、邪神共が、そして、魔王共が蠢くこの世界に、貴様らのような脆弱な生き物がへばりついている事自体がおかしいのだ。星を汚し、互いに殺し合い、利用し合う、醜い寄生虫共よ』


 どうやらこの怪物は人間が嫌いらしい。事もあろうに寄生虫呼ばわりとは、頭に来るわね。

 そして、そのあまりの言い様に腹を立てたのか、弱った身体を無理矢理奮い立たせて、フィリルが反論する。


「言いたい放題、言って、くれます、ね」

『我は反対したのだ。欲にまみれた醜い寄生虫共に、この星を任せるなど愚の骨頂だと』

「知りませんよ、そんな、こと。ただ、私たち人間は、弱いなりに、怯えながらも、必死で日々を生きて、いるんです。あなたに、どうこう言われる筋合いは、ありません」

「フィリル。あんまり喋っちゃダメって言ってるのに!」

「ごめん、なさい。我慢、できなくて」

『口ではどうとでも言えるさ。実際にこうして戦争などというくだらん事を続けているという事実が、問題なのだ。本来ならば、人類全体で一致団結し、魔王共に対抗するべきなのではないか?』

「「…………」」


 それは、確かにその通りだと思う。本当に、王国の奴らは何を考えているんだろう。人類同士で殺し合っている余裕なんて、無いのに。


『二人とも、いいからさっさと逃げる』

「あ、う、うん」


 っとと、耳を貸してる場合じゃなかったわ。急いでここから離脱して、生き延びないと。


『さて、どこまで足掻けるか、見せてもらおうか。あまり余裕はないのだがな』

「!」


 “余裕がない”……。


 そうか、あいつはあたしたちがフィオグリフの仲間だって知ってるんだから、あんまり時間をかけるとフィオグリフが飛んでくるかもしれないって、危惧してるんだ!


『くっ』

「これは……?」


 いつの間にかヴァン准将率いる王国軍が撤退したみたいだけど、まぁそれはこの際置いとくとして……。

 突然空間が割れ、翼を持った白い巨人の群れが、あたしたちを取り囲んだ。なんだか見た目はまるで──。


『かかれ』

「『 ッ!!』」



 あの怪物……ゼルファビオスとか言ったっけ? アレの声に反応し、白い巨人たちが一斉に襲いかかってきた。


「時間をかけてられないのは、こっちも同じなのよね」

『うん』

「はぁ……はぁ……」

「フィリル……」


 まずいわ。フィリルの顔色が、目に見えて悪くなってる。汗の量も尋常じゃないし、早く落ち着いた場所で治療しないと……。


『プルミエディアさんは、ここを抜けることを最優先に考えて。周りの処理は私がする』

「うん、わかった!」


 もちろん、戦わないわけじゃないけど、あたしたちの目的は、この場から撤退する事。だから、何も敵を全滅させる必要はない。どこか一点だけでいい、抜け道さえできればっ!


「お願い、フィオグリフ。あなたの奴隷が死にそうなの……力を貸してッ!!」


 巨人のパンチを受け流し、お返しに、勢いをそのまま乗せて叩っ斬る!


『ご主人様……レラは、このような場所で野垂れ死ぬわけにはいきません。どうか、未熟な私に、お力添えをッ!!』


 レラちゃんが乗るブルーディザスターも、素早く白い巨人の目玉を撃ち抜き、続けて連射を浴びせ、倒していた。


『……ほう、力が増したか。これで少しは張り合いが出てきたな』


 明らかに、機体の動きが良くなった。もしかして、本当にフィオグリフが力を貸してくれてるの? それなら……。


「なんだか、とても暖かい力を感じます」

「フィリル?」

「大分、身体が軽くなりました。ご主人さまのおかげ、でしょうか?」

「……そう、よかった。これなら、これならいける。いや、ここまでしてもらって、ミスるわけにはいかないわ!」

『こういう時こそ、クールに、クールに……』


 さっきまで今にも息絶えそうだったフィリルすらも、生気を取り戻している。無くなった腕と足が生えたりはしていないけど、少なくとも血は止まったみたい。

 まったく、フィオグリフ。あなたって人は、どれだけ凄いのよ? 本当に、ありがたすぎて、涙が出ちゃうわっ!


『ふむ、暗黒神の力に順応するか。これは、面白い事になったな。ここで殺すには、少々惜しいのではないか?』

「誰と話してんのよ? って、おぉっと!」

『プルミエディアさん、油断しない!』

「ご、ごめん。調子に乗った」


 力に、順応ねえ。そういえば、あたしとレラちゃんは、フィオグリフから暗黒霊術を教わった事があったっけ。もしかして、そのおかげでこうやって力を……? いや、でもそうなるとフィリルの回復が説明できないか……。


『……もしかして』

「うん? どうしたの?」


 レラちゃんが、何かに気付いたみたい。思ったよりも白い巨人たちが弱いからって、気を抜いちゃダメよ? いや、あたしが言える事じゃないけど。


『さっき、“あなたの奴隷が死にそうなの……力を貸してッ!”って、言ってたでしょう?』

「……! つまり、この暖かい力って、もしかして!?」

「うおぉう、本当元気になったわね、フィリル。えっと、つまり、何が言いたいの?」


 ううん? なんだか、フィリルとレラちゃんが二人で納得してるけど、あたしにはさっぱり……。


『あの人が言ってた、“従神の儀式”で寝込んだプルミエディアさんと、フィリルの回復……うん、そうかもしれない』

「レラちゃん、コレが当たっていたら!」

『プルミエディアさん。あなたの力があれば、この状況を打開できるかもしれない』

「……へ? あ、あたし?」


 レラちゃんでも、フィリルでもなく、あたし? パーティーで一番弱い、役立たずのあたしが、力になれるっていうの?

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