第4話 貴方に逢えて良かった


「フィリルちゃん、ごはんよー」

「は~い」


 それは、遠い日の記憶。


 もう、二度と戻れない、平和で楽しかった、大切な日々。


「おう、フィリル! 父さんな、今日はこんなでっかい魔物を討伐してきたんだぞ!」

「わぁ~っ! すご~い!」

「はははっ! そうだろう、すごいだろう!」

「ちょっとあなた? また、フィリルちゃんに妙な事を吹き込むのはやめてくださいね?」

「まぁそう言うなよ、母さん。この子だって、そろそろ護身のための力ぐらいは持っておくべきだろう?」

「それは、そうですけど。でも、せっかくこんなに平和な村なんですから、わざわざ物騒な力なんて……」

「お父さん、お母さん。何の話~?」


 普段は母と何気ない会話を楽しんで。日が落ちる頃には父が帰ってきて、お金を稼ぐために討伐してきた魔物の死体を、自慢気な顔で見せてくれた。

 私は、そんな父を見て、子供心に思ったものです。母は反対するだろうけど、私も、父と同じハンターになって、こんな風に魔物を倒してみたい、と。


「よっし、フィリル! いいか、俺たちラビット族は非力だが、その分霊力が他の獣人よりも多い。それを活かさない手はねぇ!」

「うんうん、それで?」

「これからお前に、父さんのとっておきを伝授してやる! 喜べよ、まだ誰にも教えたことねえんだぞ?」

「そうなの? じゃあ、私が初めてのお弟子さん?」

「おうよ! 気張れよ、初弟子!」

「はいっ!」


「……本当に、大丈夫なのかしら……」


 後から知った話なんですけど、実は父は、それほど優れたハンターではありませんでした。非力なラビット族にして、霊術の扱いも上手いとは言えませんでした。一番得意だった召喚霊術だって、第50位階が精々。今の私と比べても、全然弱っちかったんです。

 それでも、父は私のヒーローでした。誰にも見せないように隠した身体に傷をこさえながらも、痛みをまるで感じさせずに、いつも笑顔で、胸を張って帰ってきてくれました。


 私は、そんな父が大好きだった。そして、その父を心配そうな顔で、優しく労る母の事も、大好きでした。

 本当に、良い家族だったんです。



 でも、ある日。そう、私が生まれてから六回目の、記念の日。


「……お父……さん……?」


 父が、左腕と、右足と、左目を失って、血塗れの、痛々しい姿で、帰ってきました。


「あなたッ!? どうしたの、何があったの!?」

「は、はは……わりぃ、ドジった……」

「す、すぐに回復術士さんにみてもらいましょう!」

「……フィリル、ちょっと奥に引っ込んでてくれねえか」

「えっ? や、やだ! お父さんと一緒に居るっ!」

「頼む。良い子だから、言うこと聞いてくれ」

「……お父さん、治るよね? また、しょーかんれーじゅつ、教えてくれるよね?」

「……おうっ! もちろんだ!」



 その日、父は亡くなりました。


 本当は、家に帰ってくること自体が奇跡と呼べるほどに、ボロボロだったんです。私が奥の部屋に移った後、すぐに何か・・が倒れる音がして、怖くなって、閉じこもって。

 しばらくしてから戻ると、母が目を赤くして、呆然と立っていました。その時にはもう、父の姿はなく、弔うためにどこかへ運ばれていたのでしょう。


「……うそつき……お父さんの、うそつき……っ! また、しょーかんれーじゅつ、教えてくれるって、言ったのに……ッ!」


 お墓ができて、父の名が刻まれていて。いつも、夕方になるとそこで泣きました。ごねて、泣いていればいつか、ばつが悪そうに頭をかいたお父さんが、また現れるんじゃないか。そんな、淡い期待を抱いて。



 そして、一年後。


「フィリル。今日は、お母さん、お仕事で夜までいないの。一人でお留守番できるわね?」

「……う、うん。行って、らっしゃい……」

「ありがとう、良い子ね。それじゃあ、頼んだわよ」



「今日……私の、お誕生日なのに……」


 父が亡くなってから、苦しくなった家計を賄うため、母もハンターになりました。ううん、元々ハンターだったんですけど、結婚を機に引退したらしいです。これも、後で聞いた話なんですけどね。なので、母は出戻りした、という形になります。


「あれ、何これ? お父さんの机……指輪?」


 誰もいない自宅の中で、“磔にされた女神”が彫り込まれた指輪を見つけました。



 そして、その日。



 母は、四肢を失った状態で、帰ってきました。当然、そんな有様で、生きているはずがありません。


「お母さん……」

「……フィリルちゃん、すまない……」

「魔物に、殺されたんですか」

「……そうなる」

「そうですか」

「ああ……」


 お母さんの訃報を知らせてくれたのは、村に唯一駐在していた、回復術士さんでした。


「どうして」

「……」

「どうして、お母さんがッ! 今日、私の、お誕生日、なのに……! お父さんも、お母さんも、私は! 死を看取ることすらできてない! どうしてッ!! どうして、二人が死ななきゃいけなかったんですかッ!!」

「……君のお母さん、お父さんもそうだが、少しでもお金を稼ぐために、とびっきり危険な依頼ばかり受けていたんだ……今回は、特に……」

「……ッ!」


 そこで、私は察しました。お母さんも、お父さんも、私のために、私の誕生日プレゼントを買うために、無理をして、そのせいで命を落としたのだと。


「……わたし、わたしの……」

「違うッ!! 君のせいじゃない!! 君のせいじゃなくて、魔物が、魔物が悪いんだよ……全部……」

「……う、うぅ……!」

「フィリルちゃん。生活に必要な物は全部僕たちが用意する。だから、君は、これまで通りに生活していいんだ」

「……ひっく……」

「……寂しくなったら、いつでもおいで。何なら、僕が霊術を教えてあげよう」


 結局、それから一週間、私は家に引きこもりました。食べるものは村の人たちが家の前に置いていってくれたので、それを少しだけ食べて。

 そして、やっと落ち着いて、私は、回復術士さんの下で、霊術を教わることになりました。ただし、お父さんと同じ、召喚霊術を、です。加えて、両親を奪った“魔物”という存在について、徹底的に調べ上げました。


 根絶やしにして、悲劇を終わらせるために。



「暗黒神……それが、全ての原因……」


 そして、貴方を知った。



「おはよう」

「お、おはようです! えっと、初めまして……ですよね?」


 そして、貴方と出逢った。



「私は、暗黒神だ」


 そして、貴方の正体を知った。



 最初は、本当に驚いて、戸惑って、悲しくって、複雑で。

 だって、暗黒神って言ったら、残虐で、理不尽で、外道極まりない暴虐の魔王……みたいなのを想像してたんですよ? それが、あんなに面白くて可愛くて、格好良いだなんて、思ってもみなかったですよ。



「決めました。決めましたよ、フィオグリフさん。私は、貴方の側で、貴方の本性を見極めます。そのためには──」


 動揺のあまり一度は離れた分際で、再び彼の元に身を置くには、そして、より長く、より近くで観察するには、どうしたらいいのか。考えた結果、奴隷に落ちるのもやむなし、 という事になったわけです。もちろん、できることならあの決闘で手痛い一発を食らわせてやりたかったですけどね。無理でしたけど。


「……はぁ」

「どうしたの、フィリル。ため息なんか吐いて」

「わひゃあっ!? プ、プルミエディアちゃん!? 居たなら声をかけてくださいよ!」

「かけたじゃない。ていうか最初から一緒に居たでしょうに」


 あなたの近くに身を置いて、いろんな人と知り合いました。まぁ、それが魔王だったり初代勇者様だったりと、とんでもない面子ばかりなわけなんですが。


 そして、ですね。不思議なことに、あなたの側にいればいるほど、もっとあなたと一緒にいたい。そう思えるようになっていったんです。本当、おかしな話ですよ。



 ……なのに、今の私は酷いもんです。柄にもなく、あなたからの期待に応えようとして、それでいて、突然現れた怪物に右腕と右足をもってかれたんですから。



 ご主人さま。貴方を見極めて、あわよくば復讐を遂げようとしていた私が、今ではその貴方に夢中なんですよ。もしかしたら、これって初恋なのかもしれないです。

 ほんと、変な話。ああ、奴隷の身でどうやって復讐するのかってのは、あんまり深く考えてませんでしたね。今にして思えば、とんだうっかり者で、身の程知らずです。


「ホワイトラビットは……あった!」

「ちょ、ちょっとフィリル!?」

「プルミエディアちゃん、頑張って!」

「無茶よ! おとなしくしてなさいってば!」

「断ります!」


 ここに来て、ご主人さまから頂いた力の片鱗

を覚醒させたプルミエディアちゃん。彼女のおかげで、失った手足が“生えて”きました。最初は血を止めるだけでしたけど、さっき、レラちゃんの説明を受けて、プルミエディアちゃんが暗黒霊術を使ってくれたんです。

 さすがにまだ生身の状態ではここまでの奇跡は起こせないでしょうけど、この土壇場で、ポテンシャルを引き出すとは、なかなかやりますね~。

 まぁ、ご主人さまの暗黒霊術を、直々に教わっていたからっていうのが大きいようですけど。それなら、レラちゃんも同じ事ができるようになるはず。なのに、プルミエディアちゃんの方が先って言うのは、素直に驚きです~。


「ご主人さま……私に、力を貸してください!」


 プルミエディアちゃんに無理を言って寄せてもらい、ハッチがこじ開けられたままになっていた『ホワイトラビット』に乗り移りました。機体の右腕を治すのはちょっと無理そうですけど、何とかなるはず! っていうかよく壊されませんでしたね!?


『ああもう! なんて無茶なことを!』

『ナイスファイト、フィリル。あの怪物が油断しきっている今なら、どうにか隙をついて、逃げ切る事もできるはず。そのために、私たちの力を合わせよう』

「わかってます~! 帰ったらご主人さまに泣きついて、きつく抱きしめてもらうんです!」

『急にどうしたの!?』

『む、フィリルが突然惚気だした?』


 人間、死にそうになったら自分の気持ちに正直になれるもんですね! 今の私、ものすごく女の子してます!


 昔は復讐のために、今は乙女な純情のために。思えば、私はずっと貴方に囚われていたのかもしれませんね。


 ご主人さま、私、貴方に逢えて良かった。


 そしてこれからも、どうかよろしくっ! そんでもって、やっぱり魔物をどうにかするために力を貸してもらいますよ~!

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