第2話 襲撃


 心臓の鼓動が早まるのを感じる。人間を殺すのは初めてってわけじゃないけど、やっぱり、何度体験しても慣れないのよね。でも、ここで立ち止まるわけには行かない。


「……やるわよ」

『ヴァン准将を狙撃。その後、あのデブもついでに討ち取る。そうしたらすぐに一旦退散して、ジオさんと合流』

『了解です~。いや~、なんかこう。嫌なものですよね。これから人を殺すって』

『まぁね。正直に言うと、私もちょっと汗かいてる』

「二人でも、あたしと同じなのね」

『そりゃそうですよ。でも、こういうのは絶対、慣れちゃいけないんだと思います。忘れたら、ダメだと思います』

『うん。ご主人様は別かも知れないけど』

「それは言えてるわね」


 レラちゃんとフィリルも、あたしと同じ思いをしてるんだ。なんだかおかしいけど、少し安心しちゃった。まぁ、フィオグリフは確かに、淡々と殺しそうだなぁ。やっぱりそういう所はあたしたち人間とは違うんだと思う。きっと、ね。

 そして、レラちゃんの神霊機、『ブルーディザスター』が、狙撃用の長い霊破砲を構えた。いよいよ、決行の時よ。


『……!? 様子がおかしいッ!』

「どうしたの?」

『ヴァン准将が、ううん、その周りにいる人たちも、靄がかかってるッ!!』

『それって……!?』


 慌てて、あたしも視界を拡大して確認してみる。確かに、黒い靄がかかっていて、明らかにおかし──!?


「きゃあっ!?」

『攻撃ッ!? そんな、バレていたの!?』

『ど、どうやって感知を……ううん、そんな事より、早く迎撃の準備を整えるですよ~!』


 突然、後方から攻撃を受けた。またまた慌ててレーダーを確認してみると、さっきまでは無かったはずの場所に、夥しい数の敵影が映っていた。


『ようこそ、皇国の犬ども。こんなにうまくかかってくれるとは、思わなんだ』

「くっ……!」


 低い声が、通信機越しに響いてきた。この主こそが、ヴァン・ローシュバイン准将?


『どうやって、感知を……』

『生憎、霊機人の扱いに関してはこちらの方が上手なのだよ。それに、戦屋としての手腕もな。この状況であれば、間違いなく奇襲を仕掛けてくるだろうと予想してはいたが、まさか貴公らのような小娘たちだとはな。皇国も、よほど人手が足りていないとみえる』

『くッ……! ごめん、二人とも。私のミス。ここは、急いで撤退をッ!』

「わかったわ!」


 レラちゃんが悔しそうに呻いている。ちらっと確認してみたけど、靄がかかっていたヴァン准将たちは、既に消え失せていた。つまり、アレは何らかの手段で生み出した、幻影とでも言ったところだったわけね。本物は、あたしたちの更に後ろに居たんだ……!


『しかし、興味深いな。その尋常ではない幽力……どこでその機体を手に入れた?』

『答える義理無し』

『だろうな。まぁ構わんさ。こっちで勝手に調べさせてもらうからな』

「中身だけ殺して、奪おうってわけ? そんな事したら、機体が暴走しちゃうんじゃないからしらね」

『さてね。お喋りはもう終わりだ』


 今、あたしたちは、霊機人の群れに囲まれている。次々と敵が現れ、四方を塞いでいったからね。

 この子を完全に使いこなせさえすれば、きっと、こいつらを蹴散らせるはずだけど、無理はできない。今は、一旦引くべき。


『……よし、通信遮断できました! 私が召喚霊術でどうにかします!』

『一番防御が分厚い、あっち側を抜ける!』

「う、薄い方じゃなくて!?」

『そっちはダメ。罠があると思う』

『なるほど、わかりました!』


 レラちゃんが言った“一番防御が分厚い方”っていうのは、皇国の本隊が陣を敷いている方角。正直怖いけど、やるしかないわね。


『ドデカいのを出しますので、護衛お願いします!』

『了解。プルミエディアさん、やろう』

「うん!」


 フィリルが召喚の準備を始め、そうはさせまいと王国軍が襲いかかってきた。でも、絶対に守り抜いてみせる!


「やれる、やれるわ。なんたって、あの人が贈ってくれた力、なんだからッ!」


 あたしの赤い神霊機、『ブレスルージュ』が、腰にある剣を抜き、群がる敵兵を蹴散らす。少し離れた場所では、レラちゃんの青い神霊機が、二丁の霊破砲を撃ち、舞い踊っていた。


『やっぱり、この力はすごい』

「同感よ!」


 まるで、フィオグリフが一緒に戦ってくれているみたい。敵がこんなにたくさん居るのに、苦もなく戦える。


「おっと」


 敵の霊機人が、霊破砲を撃ってきた。急いで地を蹴り、宙に舞い上がることでそれを回避する。


『援護は任せて』

「ありがと!」


 空中に居るあたしを狙ってくる敵を、レラちゃんが撃ち抜いてくれた。そのおかげで無事に着地し、ついでに近くに居た霊機人を斬っておく。


『いっきますよ~!』

「おっけー!」

『ドジらないでね、フィリル』


 うさぎのような白い耳がついた、フィリルの神霊機、『ホワイトラビット』が、どす黒く輝いた。なんだか、すんごい邪悪な感じがするんですけど?


『召喚! “震猛竜 バランギガース”!』


 あれ、なんか短かったな……。いや、そんな事より。フィリルが叫び終わると共に、大地が揺れ、耳が張り裂けそうな程の轟音が響き、空間を裂いて巨大なドラゴンが現れた。


『むふ~。どうです、どうです? すんごい強そうだと思いませんか?』

『あー、うん』

『投げやりですね!?』

「いいからさっさとアレに命令してよ!」

『あ、はい。よ~し、バランギガースちゃん! あっちの敵を取っ払って、さっさとここから退散ですよ~!』


 神霊機の数倍はある巨大なドラゴンが、その凄まじい咆哮を轟かせた。これ、どの位階の召喚霊なのかしら? 後で聞いてみようかな。


『どけどけどけ~! です~!』

『通信遮断してるから、聞こえてないよ』

「そうね」

『……行くのです、バランギガースちゃん』


 こんな時でもフィリルはいつも通りね。もうちょっと緊張感を持って欲しいわ。なんだか、こっちまで気が抜けちゃうじゃない。


『よいしょ。フィリルも働いて』

『働いてますよ!?』

「バランギガースがね」

『あなた自身も、神霊機で攻撃』

『う、うう。直接戦闘は苦手で……』

「んな事言ってる場合じゃないでしょ!?」

『はぁい……』


 準備が整ったあたしたちは、ひたすらに敵を倒し続ける。皇国側に続く道を塞ぐ、王国軍の兵士たちを。生身だったらとっくにお陀仏ね。


「っとと、危なっ」

『フィリル、後ろ』

『はひっ! こ、こわ~……』

「やっぱり、数が違いすぎるわね」

『ごめんなさい。私のせいで』

「そんな事言っても仕方ないわ」

『うん……』


 あたしが剣を振り、レラちゃんが霊破砲を撃ち、フィリルは……杖でぶん殴る。もちろん、全員神霊機に乗っているけど。

 倒しても倒しても沸いてくる敵兵に、あたしたちは少しずつ消耗していく。結構、これを操るのも疲れるのよね。


「キリがない……!」

『もう少し、頑張ろう』

『うぅ、燃費が、召喚霊のコストが~……』

「た、耐えてよ? フィリルの召喚霊……えっと、バランギガース? アレのおかげで大分助かってるんだから」

『はいぃ~……』


 もしもここに居たのがミリーナさんやアシュリーだったら、そう簡単にはガス欠になったりしない。でも、あたしたちはまだ、そこまで持久力が有るわけじゃないからね。神霊機のおかげで、かなり戦闘能力が上がってはいるけど。


 そして、剣を振りかぶってきた敵の霊機人を、慌てて倒した、その時。


「グルオオオオッ!!」


 おぞましい叫び声と共に、それ・・は現れた。


「な、何よ、あれ……!?」

『デカい……』

『ま、魔物、でしょうか? なんだってこんな時、こんな場所に!』

「魔物にしてもデカすぎるわよ! それに、この馬鹿みたいに濃い霊力……これじゃ、まるで……ッ!」


 それ・・は、とにかく巨大だった。

 山のように大きな、鈍色の身体。その背から生える、五十ほどの腕。加えて、それとは別に、二つの巨大な腕があり、二つの巨大な足があった。

 妖しく光る真紅の瞳からは、とてつもない程の威圧感……ううん、底が知れない、邪悪な霊力を感じる。


 こいつ……一度だけ見せてもらったフィオグリフの本当の姿に、似てる気がする。


「我は王。“喰魂王”ゼルファビオスである。小さき者共よ。貴様らに、褒美を与えよう。我の贄となるという、この上ない栄誉をな」


 怪物が、喋った。

 喰魂王……ゼルファビオス? “王”の名を持つって事は、魔王の一人なのかしら。いや、それにしたって、この霊力……ありえない! リンドやアシュリー……それに、あの“邪神”タナトスすらも超えているわ……!


「や、やばいわよ、あいつ……」

『……喰魂王……いったい何者……?』

『そ、そんな事、今は置いておきましょう! 早く逃げないとっ! あんなの、勝てるわけないですよッ!』


 そ、そうよ。フィリルの言うとおりだわ。アレが何者なのか知らないけど、やばすぎる! あんなのと戦ったら……死ぬわっ!


「ひっ……!?」

『こ、こっち向きましたよ!?』


 な、なんであたしたちの方を見るのよ!? 贄だかなんだか知らないけど、食べたっておいしくないって!


『霊王機……? いや、違う。ああ、なるほどな。この霊力からして、暗黒神が作ったのだな? ということは、お前たちか。奴の仲間というのは』

「なっ……!?」


 通信遮断してるはずなのに、割り込んできた!? さっきと声の感じが違うから、そうよね。っていやいや、そんな事より! 何、フィオグリフの知り合いなの!?


『そう怯えるな。聞こえていただろうが、我が名はゼルファビオス。かつて暗黒神に討たれ、長き眠りに就いた、“破壊神”であり、“王”である』

「は、破壊神!? ……それに、王?」

『そうだ。まぁ、覚える必要はない。何故なら──』


 ゼルファビオスとかいう怪物が、腕の一つを振り上げた。そして……。


『あっ……!?』

「『フィリルッ!!』」


『──お前たちは、ここで死ぬのだからな。死にゆく者には、必ず名乗ってやるのが、我の信条だ』


 フィリルの乗る神霊機、ホワイトラビットの右腕が、消し飛んだ。


『あっ……ああ……』

「フィリルッ! 大丈夫っ!?」

『大丈夫、じゃない、です……。あ、あはは……やだな……私の右腕、一緒に消し飛んじゃいました……』

『ッ!?』

「そ、そんな!?」


 ど、どうなってるのよ!? なんで、中に居るフィリルまで、ダメージを受けてるの!? この怪物、いったい何なのよッ!


『恐れることはない。死は、万物に訪れる祝福であり、破壊という名の安寧だ。祝福を受けし者は、黄泉の世界で永久の平和を謳歌できる』

『嫌、です……死にたくない。死にたく、ない……!』

「レラちゃんッ!!」

『わかってる! フィリルを連れて、急いで逃げようッ!!』


 まずい、まずいまずいまずい。完全に予想外。なんだって突然、こんな怪物が現れんのよ!? コイツの目的は、いったい何!? 何のために、あたしたちなんかの所に来たのよ!


『……レラちゃん、プルミエディアちゃん』

『フィリル、喋っちゃダメ。その機体は捨てていいから、早くこっちに移ってきて』

「そうよ、急いで!」

『それがですね、あの、身体が、動かないんですよ』

『じゃあこっちでハッチを開ける』

『……すいません、お願いします』


 フィリルの声が、弱々しい。本当に、やばいわね。さっきの……何をしたのかさっぱりわからないけど、ただの攻撃ってわけじゃなさそう。

 落ち着け、落ち着くのよプルミエディア。こういう時こそ、冷静に。大丈夫、大丈夫。あたしも、レラちゃんも、フィリルも、全員、生きてここを抜けられる。この怪物から、逃げられる。そう、必ず。


『……さて、な。窮地に立たされた人間というのは、時に、思いも寄らぬ力を発揮するものだ。お前たちは、どうだろう?』


 うるさい、怪物。頑張って気を落ち着かせてるんだから、邪魔しないでよ。

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