第10話 王国軍の不運


 魔物として処理されていた霊機人を、新たな兵器として用いるという、新技術。そして、新戦術。それは、他国よりもいち早く、フリヘルム王国に持ち込まれていた。


「大佐。そちらの調子はどうだ」

『全く問題ありません。フィオラ様こそ、きちんと動かせているのでしょうね?』

「ふん、当たり前だ。だが、生身の兵たちを置いていくわけにもいかんからな。あまりスピードを出し過ぎるなよ」

『それは確かに。この、“絶好の機会”が、もう少し遅れて来ればよかったのですがね』

「文句があるなら、オフィスの古狸に言え」

『お戯れを。あの方と対等に語り合えるほど、自分は良い身分ではありませんよ』

「そうだな」


 “王国軍の霊機人”の機内で、気品溢れる麗しい美女が、ふっとため息を吐いた。彼女の名は、フィオラ=アルテミシア・グレイル=フリヘルム。

 フリヘルム王国の第三王女であり、女性でありながら、正規軍の全指揮権を担う人物だ。


『しかしフィオラ様。いくら強力な新兵器があるとは言っても、大将自らが前線に立つなど、正気の沙汰とは思えませんよ?』

「全くだな。自分でもそう思うよ」

『ああ、やはり貴方の御意志ではないのですね。今回の出兵は』

「当たり前だ。幸い結果を出せているからいいものの、実戦でのデータが全く整っていない新兵器に兵を乗せて、加えてこれだけの大軍隊での出陣だぞ? ギャンブルにも程がある」

『都市を一晩で制圧。本国のお偉方も、さぞかしお喜びでしょうね』

「ハッ。幸か不幸か、わかったものではない」

『……ん、フィオラ様』

「わかっている」


 通信機越しに“大佐”と会話をするフィオラだったが、偵察に出ていた兵士からの通信要請を受け、気持ちを切り替えた。あちら側に、何かしらの動きがあったのだろう。


『王国軍第二師団第三十一特殊偵察連隊──』

「長ったらしい自己紹介はいい。何があった? 用件だけ簡潔に伝えろ」

『は、はっ!! かの都市、イシュディアに駐留していた皇国軍が、ようやく動きを見せました! しかし、中から出てきたのはたった二人の若者だけでして……』

「二人だと……?」

『イシュディアと言えば、あのアレクサンドル伯爵が治めている……いや、治めていた“訳あり物件”ですからね。あのジジィが何を考えているのか、油断はできませんよ』

「少し前に孫に譲っていたのだったか。だが、実質的には伯爵が頂点に居ると見ていいだろう。確かに、油断は禁物だな」


 聖バルミドス皇国きっての猛将、アレクサンドル・フォン・イシュディア伯爵。既に老齢で、先の短い身とは言っても、それぐらいで衰えるようなタマではない。舐めてかかれば痛い目を見ることは間違いないのだ。


「おい、君。その二人の特徴は?」

『はっ! どちらも金髪で、この世のものとは思えぬ程に整った顔立ちの男女。そして、両方共に、信じられないほどに巨大な剣を背負っていました』

「……その者たちを映像に出せ」

『はっ!!』


 “金髪”で、“整った顔立ち”。フィオラの脳内に、悪い予感が走っていた。

 偵察兵が、フィオラの霊機人のモニターに映像を転送し、それを目の当たりにした時点で、悪い予感が見事に的中した事を思い知った。


『あら、これって……』

「わかるか、大佐。お前も、あの新聞記事は読んだのだな」

『そりゃもちろん。で、あんだけ目立つ容姿なら、嫌でも覚えてしまいますよ』

「ああ」


 “大佐”や周囲の者たちに聞こえてしまわないよう、通信機が拾わない程度の小さな声で、弱々しく、フィオラは嘆いた。


「まさか、英雄が相手とはな。これは、マズいかもしれん。一旦引くべきか……? だが、彼が皇国に雇われているのならば、時間を置いたところで無意味か。さて、どうする?」


 皇国を襲った“邪神”を倒し、史上最速でサウザンドナンバーズ入りを果たした、新進気鋭のハンター。美しき英雄、フィオグリフ。

 イシュディアから出てきた二人の男女という奴の片割れは、間違いなく彼だったのだ。


「国を救った英雄を、皇国の者たちが放っておくはずもなし、か。迂闊だったな……」


 兵を出す事になったのは自分の意志ではないとは言え、実際に今、こうして兵を動かしているのはフィオラである。“英雄”が未だ皇国に滞在している可能性は十分に考慮できたはずだし、それを材料にすれば、本国の者たちも多少はおとなしくなってくれたかもしれない。


「ま、ハンターごときに、負けるわけないぶひ! とか言って、ごねてきたかもしれんがな」

『あの豚野郎の真似ですか?』

「ん、聞こえていたのか。“豚野郎”などと呼んでいたのが知れたら、不敬罪で処罰されるぞ」

『黙ってりゃバレませんよ』

「まぁな」


 何にせよ、彼女たち王国軍の面々は、もう既にここまで来てしまっているのだ。肉眼でも、イシュディアの街が確認できる程の距離に。今更尻尾を巻いて逃げたところで、それはそれで絶好の的でしかない。


 そう観念し、二十万の軍隊──その内の約五万機が霊機人である──に対し、イシュディアへの突撃指令を出そうとした、その時だった。


『なっ……なんだ!? おい、何が起こった!? 状況はどうなってる!!』

『な、ななな……!? み、味方が……一気に、斬られた!?』

『く、くそッ! くそぉ!! 制御不能! 制御不能!! 至急救援を……ぐわああぁ!!』

『畜生! 霊機人の腕をやられた! 一旦後退するッ!!』


 例の、“イシュディアから出てきた男女”の片割れが、その大剣をなぎ払い、無数の王国兵たちを斬り捨てたのだ。攻撃が届くはずもない遠距離から、である。


「落ち着け、お前たち。混乱したところで良いことはないぞ。特殊偵察連隊、何が起こったのか、被害はどれぐらい出たのか、伝えろ」


 内心パニック状態になりながらも、将たるものとして、無理矢理気を落ち着かせ、兵たちを静めるフィオラ。その透き通るような声に、場が瞬く間に静まりかえっていく。


『はっ! 皇国軍が雇ったハンターと思われる人物が、我々に対して攻撃。その結果、前方を走っていた我が軍の兵たちに、多大な被害が出ました。同様の攻撃が連続した場合、十分も経たずに我々は全滅するかと……!』

『なんってデタラメな。今のは、やっぱりあれか? 例のフィオグリフっていう英雄様の仕業なのか?』

『い、いえ。そのハンターは、一切動きを見せてはいませんでした。先程の攻撃は、もう片方の、フードをかぶった人物によるものです』

「共にいる事からして、英雄殿の仲間なのだろうな。フードの人物とやらは。まさかここまでとは……」


 二十万もの大軍が、たった十分で壊滅するという程の、圧倒的な攻撃力。今し方斬られた者の中には、霊機人に乗っていた兵も居た。それすらもあっさりと撃墜された事から、とても手に負える相手ではない。


「撤退だ! すぐに撤退するぞ! あんな化け物が居るのでは、イシュディアを落とすことなど不可能だ!」

『了解! お前たち、殿下の指示に従え!』

『……ッ!? こ、攻撃、また来ますッ!!』

「く……!? 逃がさぬつもりかッ! 総員、伏せろッ!!」


 王国の調べでは、“邪神”とは、魔王たちすらも越える力を持つ怪物だという。しかし、あの“英雄”は、その怪物を倒したのだ。とても人間とは思えない化け物であり、その仲間も同様に化け物じみた強さを誇っていたとしても、何ら不思議ではない。

 いくら霊機人という新兵器を得たとは言っても、邪神を越える英雄を出し抜いて街を制圧するなど、逆立ちしても不可能な話だったのだ。


「また、かなりの数が食われたな……! 急げ、急いでこの地を離れるぞッ!! さもなければ、我々は本当に全滅してしまう!!」

『固まっていたらいい的だ! 散り散りに逃げろ! 通信手段はあるんだ、後で合流する事ぐらい、容易にできる!』

『りょ、了解ッ!!』


 襲い来る“見えない斬撃”から逃れるべく、散開して逃げ出す王国軍。この世界では、人間など歯牙にもかけない怪物がいくらでもいる。だからこそ、彼女たち人間にとって、“撤退”は立派な戦術の一つなのだ。一応、後ろから攻撃してくる怪物も、同じ人間のはずなのだが。


「しまっ……!?」

『ッ!? フィ、フィオラ様ッ!!』

「くっ……大佐!! 私のことは捨て置け! 今は自分が生き延びる事だけを考えろッ!! これは命令だ!」

『……!!』


 運悪く、嵐のように迫り来る斬撃の一つに、フィオラの霊機人が巻き込まれた。すかさず、彼女を守るべく兵士たちの霊機人が庇うが、あっと言う間に切り裂かれ、バラバラになる。


「お前たち、私のことはいい! まずは自分の命を大事にしろッ!!」

『そうは、言って……もッ!? くそっ、やられた!!』

『いつまで続くんだ、この斬撃は!? これじゃ、フィオラ様が……!』


 “上司”を守るべく、身を盾にする兵士たち。霊機人に乗る者は、その鉄塊を切り裂かれ、あっと言う間に外へと投げ出された。元から生身で居る者など、為す術もなく吹き飛ばされる始末だ。


「く、くそ……なんだ、なんなんだ、これは! あまりにも、圧倒的すぎる……! あれは、本当に人間なのか……!?」


 そして、突然辺りは暗闇に包まれ、フィオラの視界もゼロになった。空が曇ったわけでもなく、夜になったわけでもない。それよりも、遙かに暗い、闇。


 その瞬間、フィオラは、いまだかつて無いほどの恐怖を感じた。

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