第9話 リアクラフトという少女


「…………」

「うん、うん。さすがフィオ! 実に素晴らしい物を作ってくれたね!」

「…………」

「えーと、イシュディアは……あった!」

「ミリーナよ」

「なぁに?」

「何故私はこんな地味な役をしているのだ?」

「キミが操縦したら、ケーニヒレーベンが壊れちゃうからねー。作り主が限界を越えた機動を強制しちゃダメじゃないか」

「ぐぬぅ……」


 納得いかん。なんだこの状況は?


 この神造霊王機……略して神霊機、ケーニヒレーベンを作ったのは私だというのに、操縦しているのは同乗しているミリーナなのだ。

 当然、私は猛烈に抗議した。こんな面白い物を作ったのに、“周囲の警戒”などという地味極まりない役回りに左遷されるとは何事か、と。そんな私に対して、ミリーナが放った一言が──


「フィオ、操縦ヘタクソすぎ。わたしと代わってほしいな。いや、代われ」


 ──これである。残酷だ。暴虐だ。理不尽だ。その上、飛びっきりの笑顔を見せられては、私では最早彼女に逆らえない。あんまりだ。このような悲劇が、まかり通ってたまるか。いや、まかり通ってしまったのだが。


「くそぅ……くそぅ……!」

「はいはい、しょげないの。帰ったらわたしが手料理を振る舞ってあげるから」

「……何?」

「こう見えて、リアちゃんより料理上手なんだからね? 面倒だから普段は絶対やらないけど」

「本当だな? 嘘ではないな?」

「うん。今回は特別だよー」

「ならば、良い」

「あは、ありがとっ」


 我ながら、なんてちょろい暗黒神なのだろう。思わずため息が出る。だが、ミリーナが自ら料理を作ろうとするなど、滅多にあることではない。大昔に彼女が手料理を振る舞ってくれた日の事など、既に忘却の彼方へと飛び去ってしまっている程だ。


 はて、コイツはそんなに料理上手だったかな……? まぁ、いいか。


「お、到着か」

「だね。見た感じ、まだ襲撃は受けていないみたい」

「なんとか間に合ったか。これでひとまずは安心だな」

「うん。さ、リアちゃんを迎えにいこうか」

「ああ」


 イシュディアの街から少し離れた場所に降り立ち、ケーニヒレーベンから出る。そして、とりあえずはこの鉄塊に隠れておくように命じた。何故か、だと? そんなもの、後で敵が来たとき、鮮やかにこの傑作が登場した方が、面白そうだからに決まっている。


「おっと、フードをかぶっておかないと」

「今更関係ない気もするがな」

「ナンパ除けだよ、ナ・ン・パ・除・け。こうでもしないと、本当に面倒だからねぇ」

「ふん。貴様のような奇人を誘うなど、余程の阿呆でしか有り得んわ」

「操縦奪ったの、よっぽど根に持ってるんだね……」

「…………」


 図星を突かれ、思わず沈黙してしまった。

 ああ、そうだ。その通りだとも。私は、楽しみにしていたのだ。あのロマン溢れる“兵器”で、縦横無尽に駆け回る事を。それが、「操縦ヘタクソすぎ」などという理由で奪われたのだぞ? 少しぐらいへそを曲げても仕方がないと言うものだろう。


「でも、ちょっと傷つくかも……」

「ッ!?」

「……な~んてね! ほら、マヌケな顔をしてないで、さっさとリアちゃんの所に行くよ!」

「あ、ああ」


 フードを深くかぶり、不審者ルックとなったミリーナに手を引かれ、イシュディアの街を走る。あんなに悲しそうな顔をされては、困るな。本当に、あれは演技だったのか……?



「あ、あるぇ~?」

「おい」

「な、なんで誰もいないの? リアちゃんは? 使用人のみんなは?」

「さっさと気配を探ってみろ。なんなら今度は私が手を引いてやろうか」

「ちょ、ちょっとタンマ! えっと、リアちゃんの気配は~……いた!」


 迷路のような道を抜け、ミリーナの隠れ家にたどり着いたのだが、そこはもぬけの殻だった。人っ子ひとり……いや、オーバーデッドっ子一人おらず、霊力の残滓すらもありはしなかった。これは、使われなくなって数日しか経っていない……などではないな。恐らくは、ミリーナが我々と共にこの街を出てからすぐに、放棄されたのではなかろうか?


「あるぇ!? 伯爵さんもいるじゃん! ってことは……」

「アレクサンドル卿の屋敷に拠点を移したのだろうな。ここの使用人たちも居るようだし」

「な、なんで~!? いや、どうやって伯爵さんの屋敷に……リアちゃんたち、一応オーバーデッドなのに!」

「まぁ、当人に聞けばいいだろう? さっさと行くぞ。時間がないのだからな」

「う、うん」


 リアの奴、どんな策を用いたのだろうな? いくら知り合いだとはいえ、伯爵であるアレクサンドル卿の屋敷に居候するなど、並大抵の事ではない。ましてや、あの子はオーバーデッド。人の姿をしていても、魔物なのだし。


 疑問を頭で踊らせつつ、走る。向かう先は当然、アレクサンドル卿の屋敷だ。



 目的地にたどり着き、さっさとその中へと入ろうとしたのだが、私の姿を認めた門番に声をかけられた。


「あ……教官殿っ!?」

「む? ああ、依頼の時に居た兵士か?」

「はいっ!! その節は御世話になりました。どうぞ、中へお入りください。我ら一同、貴方様とまたお会いできる日を、楽しみにしておりました」

「う、うむ。お勤めご苦労だ」


 ものすごいテンションだった。まぁ、完全にミリーナは彼の視線からフェードアウトしており、話しかけられたのは実質私だけだが。やはりこの不審者ルックがいけないのだろうな、ミリーナは。ぶっちゃけ軽く見ただけでは誰なのかもわからんし。


「あんなに感謝されるほどの事か……?」

「しかも、あの兵士たちを鍛えたのって、フィオじゃないよね?」

「そうだな」

「うーん……?」


 わからん。私が相手にしたのは、レンとシイナ……つまり、アレクサンドル卿の孫二人だけだ。おまけに、大した事はしてやれていない。

 二人揃って首を傾げつつ、屋敷の中を歩く。すると、間もなくして見知った顔が現れた。


「あっ、せんせー! わぁっ、感激ですっ! ずっと会いたかったんですよ~っ!」

「アレはたしか、妹の方だよね」

「だな。しかし、あれほど喜ばれるとは思いもしなかったぞ」

「うん」


 イシュディア兄妹の片割れ。兄の方と比べて、あまり構ってやれなかった妹……。

シイナ・フォン・イシュディアだ。


「せんせー、邪神との戦いがどんな感じだったのか、教えてください!」

「邪神……ああ、タナトスか? それなら、私よりプルミエディアたちの方が詳しいと思うのだが……生憎、ここに来ているのは私とミリーナの二人だけでな」

「あれ、そういえばレラさんはいらっしゃらないんですね」

「ああ。別の街を守りに行っている」

「守りに……ああ、王国軍ですか!」

「うむ。ちょうどソレについて話があるのだが、アレクサンドル卿はどこかな?」

「おじいちゃんなら、リア姉ちゃんとレン兄の部屋にいますよ! ご案内しますか?」

「うむ、頼……ん? 待て、今何と言った?」

「え? おじいちゃんなら、リア姉ちゃんとレン兄の……」

「ちょ、ちょっと待ったぁ!! レン兄ってのはわかるよ。でも、でもさ! リア“姉ちゃん”ってどういうこと!?」


 うむ、私もそこが気になった。前はもっとアレクサンドル卿の事を恐れていたというか、距離を置いていた印象がある、このシイナという女だが……リアの事を“姉ちゃん”と呼ぶなど、おかしい。おかしすぎる。これではまるで……。


 まさか、まさかな。いくらなんでも、背が合わなすぎる。さすがに無理があるというものだろう。


 そして、シイナに案内された我々は、信じがたい光景を目にする。


「リアクラフト、この場合、王国軍はどう来ると思う?」

「こちらとは、数が違いすぎる。いくら各方面に隊を分けているとは言っても、私たちイシュディア軍よりも、あちらの方が圧倒的に数が多いのだから、正面から潰しに来るんじゃないかな。レンも、そう思うでしょう?」

「うん。そうだね。さて、どうするか……」

「のう、儂、もう帰ってもええかの?」

「いえ、お祖父様。やはり経験豊富な貴方には居てもらわないと」

「そうですよ、アレクサンドル卿。急にどうしたのです?」

「どうしたもこうしたも……む、フィオグリフ殿ではないか」


 リアクラフトとレンが、密着した状態で、仲睦まじく会話をしていた。その内容はともかくとして、これはどう見ても……。


「あ、フィオグリフ様! ミリーナ様も!! よかった、是非ともお伝えしたいことがあったんです!」

「う、うむ。久しいな、リア」

「リアちゃんっ!! こ、こここここれは、ど、どうなってるのかなっ!? なんでそんなにレン君と仲良さそうなの!?」


 動揺しているのだろう、ミリーナの声が面白いぐらいにどもっている。だが、動揺しているのは私も同じだ。

 そして、ふわりと微笑み、リアクラフトが衝撃の事実を伝えてきた。


「私、ここにいるレンと、結婚しました」

「あ、あはは……教官やミリーナさんに今までお伝えできなくて、申し訳ないです」


 ……やはり、そうなのか。そうだよな。いや、だがしかし。まさか結婚とは。先程の光景は恋人にしか見えん、とは思っていたのだが……。


「ケ、ケッコン……? ……結婚!? リアちゃんが!? レン君と!? 嘘でしょ!?」

「本当ですよ、ミリーナ様」

「まぁ色々ありまして。この戦いが終わったら、詳しく経緯を説明させていただきますよ」

「アレクサンドル!! どうなってんのさ、コレ!! まさかあなた、強引に……!?」

「ま、待て! 待つのじゃミリーナ殿!! 儂はちょっとだけ──」

「ちょっとだけ!? ちょっとだけ何さ!! 白状しなさい!!」

「落ち着けミリーナ。この街が壊れる」

「ふきゅん」


 どうやらミリーナの奴は、動揺が極地に達したらしい。アレクサンドル卿を、普通に呼び捨てにした挙げ句、凄まじい神気を噴き出し、屋敷をガタガタと揺らしている。

 放置していると、この街自体が塵と化してしまう。当然、住人は全員死ぬだろう。リアや、この屋敷にいるはずのオーバーデッドたちも含めて。さすがにそれはまずいと、私はミリーナにデコピンをして鎮めた。


「……む」

「痛いよ、フィオ……」

「すまん。だが、のんきに話している場合ではないぞ」

「これは……」

「うむ。王国軍がついに来たようだ」


 凄まじい数の人間たちが近付いてくるのを感じる。加えて、この敵意。間違いなく、奴らが現れたのだろう。リアとレンの結婚という珍事はひとまず置いておき、降りかかる火の粉を払わねばならん。


「ミ、ミリーナ様。事情は後できちんと説明しますので、どうか気を静めてください。そして、この街を……」

「わかってる、わかってるよリアちゃん。王国軍には悪いけど、ぱぱっと終わらせて、ゆっくりじっくりねっとりと、キミたちの話を聞かせてもらおうじゃないかぁ」


 ……王国軍が哀れだ。今のミリーナは、私以外の者なら、見ていてドン引きするぐらいの凶悪な霊力を垂れ流している。このまま戦闘になれば、まずまともな戦いになるまい。


 まぁつまりは、蹂躙が始まるわけだな。


 それにしても、何故結婚などという話に飛躍したのだ? まともな接点すら、ほとんど無かったと思うのだが……我々が知らなかっただけで、実は前から仲良しだったりしたのだろうか? 私としても、実に興味深い。

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