第11話 王女と英雄殿


「通信機は……ダメか。手持ちの物を使うしかないな……」


 “見えない斬撃”に巻き込まれたフィオラの霊機人は、あっと言う間に死んでしまっていた。エネルギーである“幽力” も消え失せており、そうなると当然、備え付けられている機材もほぼ・・使うことができない。


「幸いモニターは生きているが、随分と暗いな。いったいなんなんだ、これは」


 ただの鉄クズと化した霊機人の中からでも、モニターを通して外の様子を窺うことができた。これは、予備動力が生き延び、健気に働いてくれているからだろう。

 しかし、フィオラの目に映るのは、完全なる『闇』だ。先程まで身を盾にして彼女を守ってくれていたはずの兵士たちも、姿を確認することはできなかった。


『フィオラ様! フィオラ様ッ!! 応答してください!』

「大佐か。安心しろ、何とか無事だ」

『そ、そうですか。よかった、携帯式通信機の方は、まだ使えるのですね』

「ああ。だがそう長くはもたんぞ、これは」

『わかっています。すぐにお助けしたいのですが……如何せん、この暗闇では……』


 こんな時に備えて持ち込んでいた“携帯式通信機”の電源をつけると、“大佐”の悲痛な叫びが届いてきた。フィオラの安否を確認するため、懸命に声を上げ続けていたのだろう。


「ハッチは……おっ、開くか」

『フィオラ様っ!? お待ちください! 敵がまだ近くにいるはずです、迂闊に動いてはいけません!!』

「どの道、霊機人がこの有様では逃げるものも逃げられんだろう。味方の位置さえもわからん以上、自分の足で走るしかあるまい」


 本当は動かずに縮こまって救助を待ちたいところなのだが、この暗闇ではそれは無理な話だ。意を決し、ハッチを開け、内心恐怖に怯えながらも、周囲を見回すフィオラ。


「やはり、何も見えんか……」

『…………』

「これでは、どちらへ逃げればいいのかすらもわからんぞ」

『…………』

「……おい、大佐。さっきから、黙っていないでなんとか言ったら──」

『ごきげんよう、侵略者。少々探らせてもらったが、どうやら貴様がリーダーらしいな』

「ッ!?」


 恐怖を紛らわすため、通信機が拾ってくれる程度の音量で呟くフィオラだったが、それに返してきたのは、“大佐”ではなかった。

 彼女を指して“侵略者のリーダー”と呼称した事から、犯人は敵側の人間だと思われる。そして、この状況から考えると、相手は……。


『まずは自己紹介といこう。私の名はフィオグリフ。サウザンドナンバーズが一角であり、イシュディアの街を守護する任を請け負ったハンターだ』

「……大佐は、どうした」

『さてな。そんな事より、貴公の名を教えてもらえないかね?』

「…………」


 どこか機械的なまでに冷静な声色。やはり、相手は“英雄”フィオグリフであった。


『ああ、そうだ。貴公は侵略者で、つい先程みっともない敗北を晒した負け犬だ。つまり、立場はこちらが上。貴公や、その仲間たちを生かすも殺すも、私次第だと言う事を伝えておくよ』

「捕虜にする気か?」

『そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。皇国とは妙な縁があってな。貴公たちの国が退くまで、私は外へ出る気はない』

「私に利用価値があれば捕らえるし、無いのならこの場で殺す、ということか」

『うむ。声からして女のようだが、生憎金には困っていないのでな。貴公に利用価値が無いのなら、わざわざ娼婦奴隷として売り飛ばすのも面倒だ』

「そう、か」

『む? 随分と冷静なのだな』

「ああ、そう思うのなら、貴方はもっと目と耳を養った方がいいかもしれないぞ」

『……クックック、なるほどなるほど』


 最悪だ。フィオラは、心の中で呻いた。もしもこの英雄が金に執着して雇われたのならば、それを上回る金額を積めば、こちら側に引っ張り込める可能性があった。だが、違った。どんな“縁”なのかは知らないが、英雄フィオグリフは、利害に関係なく皇国に味方しているのだ。


「すまない、こちらの自己紹介が遅くなったな」

『構わんとも。私の霊力に晒されているのに、こうまで冷静で居られる貴公には、個人的に興味がある』

「……私の名は、フィオラ。フィオラ=アルテミシア・グレイル=フリヘルム。我が国の、第三王女だ」

『ほほう、姫君だったのか。そうか、そうか。これはこれは、良い拾い物をしたよ』

「一つ、聞かせてくれないか」

『何かね?』

「……先程の攻撃は、いったいなんなんだ」

『ただの斬撃だよ。そんなもの、食らってわかっただろう?』

「貴方も、あれと同じ事ができるのか?」

『やろうと思えばできるな。ああ、言っておくがあんな物はただのお遊び程度だぞ? 本気になれば、貴公たちは今頃あの世行きになっていた。やったのは私ではないがね』

「あれが、お遊び、だと……」


 フィオラは絶望した。ぶっちゃけて言うと、本日何度目なのかもわからないが。あれが本当にお遊びだと言うのなら、このまま敵対し続ければ本国が滅びてしまう。


「私の部下たちは、無事か?」

『おいおい、質問が増えているぞ。まぁいいが。死者は少なくないだろうが、まぁそれなりに生き延びている者もいるよ。この霊機人に乗っていた男だって、一応は気絶しているだけだしな』

「そうか、寛大な処置に感謝する」

『どういたしまして。実を言うと、あのバカを抑えるのに苦労したのだ。礼を言われると、素直に好感を覚えるよ』

「そ、そうか」


 “あのバカ”とは、つまりはあの斬撃を放ってきた主のことだろう。フードをかぶった若い女だという話だったが、それほどに荒々しい性格をしているのだろうか。


「私はどうなっても構わない。頼む、部下たちの命は、どうか奪わないで欲しい」

『ほう』

「甘い、と思うか?」

『そうだな』

「だが、これだけは譲れないんだ。頼む。いや、頼みます……」

『一時保留、といったところかな。王女というだけで、最低限の価値は示された。貴公一人で部下たちの命を救えるほどの価値があるのかどうか。それを、この先試させてもらおう』

「感謝する……」


 ふぅ、とため息を吐き、すぐに気持ちを切り替える。こうまで圧倒的な力を見せられては、最早反撃など考えるだけ無駄だろう。となると、フィオラに残された使命は、自分を犠牲にしてでも部下たちを守る事。そして、王国軍をすぐに退かせ、無駄な犠牲を出させない事だ。


「ん……」

「直に見ると、なかなかに美しいな」

「貴方がフィオグリフ殿か」

「そうだ。さて、それでは貴公を捕虜にさせてもらうが、構わないかな?」

「ああ。尋問するなり拷問するなりしてくれ。何ならこの身体を好きにしてもいい」

「安心したまえ。乱暴には扱わんよ。私は別に野獣ではないのでね」

「存外、貴方も甘いのか?」

「どうだろうな? だがまぁ、少々貴公に興味があるからな。それなりの間、付き合ってもらう事にはなる」

「そうか、よろしく頼む」

「ああ」


 “直に見ると美しい”と言いたいのは、むしろこちらの方だ。と、フィオラは叫びたくなった。映像で見てはいるが、実物とはやはり違う。この男は、あまりに美しすぎる。見ていると、その瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


「ん、なんだ? 私の顔に何かついているかね?」

「いや。恐ろしい程に美しい顔だと思ってな」

「だろうな。もしも侮辱してきたら、この場で殺していたところだ」

「そ、そうか。それは命拾いをした……かな」

「ククク……」


 呼吸をするかのように、平然と“殺す”という言葉が出てきた事に、恐怖を覚えるフィオラ。やはり、この男は恐ろしい。圧倒的すぎる霊力だけではなく、纏う雰囲気が、何処か人間離れしているのだ。


「それでは連行させてもらう。ああ、忘れていたが、私はあくまで一介のハンター……皇国に雇われた傭兵に過ぎん。あちらが望むのなら、貴公の首を刎ねさせてもらう事になる。覚悟はしておいてくれたまえよ」

「わかっているさ。私も軍人だからな。だが、自分で言うのもなんだが、あっさりと首を刎ねて終わりにしてしまう程、私の命は安くない。王国との取引材料として利用される可能性の方が高いと思うね」

「言葉を返すようでなんだが、貴公の首を故郷に送りつけることで、見せしめにするという事も考えられるのではないかな?」

「否、だ。そんな事をすれば、我が国の人間たちが怒り、戦が長引くよ。まあ、貴方が皇国に味方する限り、我々の勝利はほぼあり得ないだろうが……」

「ふむ、なるほどな。高貴な身分の者として、高い教養を持っているらしいな、貴公は。ならば、私の下に置いてみるのも一興か……」

「生憎だが、貴方のような人物の役に立てるほどの優れた才能を、私は持ち合わせてはいないよ」

「そうとも限らんさ。ただの勘だが、私のそれはよく当たるからな」

「…………」


 埒があかない。この英雄殿は、どうしてこうまでして自分を傍に置きたがるのか、と、フィオラはため息を吐いた。無論、心の中で。


「おぅい、フィオ~!」

「む?」

「安心しろ。私の仲間だ」

「となると、あの斬撃の嵐の……」

「……ま、まぁそういうことだな……」


 相変わらず真っ暗な空間の奥から、この場には不似合いな、底抜けに明るい声が届いてきた。状況から考えるに、この主こそが、あの地獄を顕現させた犯人と言うことになる。


「おっ、この子が敵の大将さん?」

「そうらしい。何でも第三王女様だとのことだぞ。丁重に扱ってやれ」

「がってん! あ、わたしミリーナ! さっきはごめんね? 怖かったでしょ」

「あ、ああ……私はフィオラ。紹介されたとおり、フリヘルム王国の第三王女だ」

「ま、今回は運がなかったと諦めてね! フィオと敵対しちゃった相手に、手加減なんてできないからさ~。あ、でも、生き延びてたってことは悪運が強いのかな?」

「フィオラ殿。こいつはこのようにバカそのものだが、怒らせると非常に面倒だ。貴公も体験しただろう? 精々、機嫌を損ねないように注意することだ。それと、ミリーナを傷つけるような真似をしたら、私は容赦なく貴様を殺す。よく覚えておけ」

「わ、わかった……わかったから、霊力をおさめてくれないか? その圧力で、今にも潰れてしまいそうだ……」

「む、すまん」

「フィオ、何やってんのさ。この子は普通の人間なんだから、気をつけないとあっさり死んじゃうんだよ?」

「うるさい、わかっている」

「わかってないから言ってんの!」

「散々暴れた貴様に言われたくはないわ!」

「な、なにおぅ!?」

「……あ、あの……二人とも落ち着いてくれ……」

「「ぐぬ……」」


 戦闘という名の蹂躙があったとは思えないほどにほのぼのとした雰囲気で話しかけてきたかと思えば、思わずチビってしまいそうな程のプレッシャーを浴びせられ、そして何故か痴話喧嘩を見せられる羽目になったフィオラ。

 彼女の中で、この二人の印象が固まった。それは、“超が付くほどの変人カップル”である。そして恐らくそれでだいたいあってる。


「はぁ……」

「どしたの? おなかでも痛いの? 霊術で治してあげよっか?」

「いやいや、貴様の馬鹿加減に呆れているのではないか?」

「んなっ!? またキミはそうやって人を! どうしてそんな悪い子に育っちゃったのかねえ、この変人は!」

「貴様に育てられた覚えはない」

「真面目に返さないでよ」

「知るか。さっさと行くぞ」


 再度、深いため息を吐く。なんだか、この二人と一緒にいると、どんどん精神がすり減らされていく気がするのだ。とても、今が戦争中だとは思えないのんきさだ。


「気をしっかり持たねばな……」

「聞こえているぞ。まぁ、私に任せておけ。私とて、無益な殺生は好まん。お前たちが退いてくれるのなら、それが一番良い」

「キミが言ってもいまいち説得力ないんだよなぁ」

「お前に言われたくはないな」

「こ、今回は確かにやりすぎた感があるけどね!? そんなにねちっこく責めてくる必要あるかなぁ!?」

「大有りだ。少々荒れていたからといって、王国軍に当たるなど、愚かにも程がある。そのせいで必要以上に命が失われてしまったではないか」

「それはほんと申し訳ないっす」

「謝るのならフィオラ殿に謝れ」

「い、いや。こっちは侵略者なのだし、本当ならあのまま全滅していたんだ。むしろ、よくあれで抑えてくれたと、感謝せねばなるまい」

「フィオ、この子優しい。うちで面倒見てあげようよ」

「ペットかこいつは。軽々しく言うな、馬鹿者」

「いいじゃん。どうせ連れ歩くつもりなんでしょ? フィオのことだし」

「さぁな」


 本当に、気が抜けてしまう。英雄殿もどこか変だが、このミリーナという女性はもっと変だ。あんな地獄のような目に遭わせてくれたかと思えば、フィオラの身を案じてみたり。かと思えば急に痴話喧嘩という名のコントを繰り広げてみたり。変人の極みだ。

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