第4話 タナトスとの戦い③


「状況はどうなんですの!?」

「ミュラーが落ちました! タナトス軍がこの皇都へ押し寄せるのも、時間の問題です!」

「くっ……! 第三騎士団、全隊抜剣! 迎撃の準備を整えなさい!」

「はっ!!」


 ど、どうしよう……!? 奴ら、ありえないぐらい侵攻が速い!! リンドの話じゃ、まだまだ時間に余裕があったはずなのに!


「ミリーナさん、あたしたちはどうすれば!?」

「まぁまぁ、落ち着きなよプルミエディアちゃん。周りがわたわた慌てているときこそ冷静にならなくちゃ」

「そんな、フィオグリフみたいな悠長な事言ってていいんですか!?」

「焦らない焦らない。ちょ~っと耐えてれば、そのフィオが助けに来てくれるからさ~。そしたらあっと言う間に勝ち確ですぜ?」

「だからって、ドリンクを飲みながらだらけるというのは、ちょっと……」

「あはは~」


 ……はぁ。この人、本当にのんきね……。フィオグリフを信頼しているのはわかるんだけど、さすがにこうまでだと……。

 しかも、あたしたちが居るのって、思いっきり外だし。マリアージュ殿下もいらっしゃるのには驚いたけど、彼女はああ見えて指揮官としての教育も受けているらしいの。

『聖バルミドス皇国第三騎士団』の指揮権まで持っているとかで、たくさんの騎士たちに囲まれて、馬の上で声を張り上げてるわ。


「あ、リリナリアちゃん」

「プルちゃん、大変! 奴ら、もうすぐそこまで来てるよッ!!」

「えっ!? う、嘘でしょ!? どうなってるのよ!」


 偵察に出ていたリリナリアちゃんが帰還したけど、信じがたい情報を持ち帰ってきた。北の街、ミュラーを攻め落としたタナトス軍が、もうこの皇都のすぐ近くにまでやってきているらしい。とても、アンデッドで構成された軍とは思えないほどの速さね。


「ミリーナ、どう見る?」

「ん~、普通に歩いて進軍してるわけじゃなさそうかな~」

「ふむ、確かにのう」


 気付くと、さっきまでだらけきっていたミリーナさんと、アシュリーが、真剣な表情で話し込んでいた。ようやく戦闘モードになったみたい。ていうか切り替え早ッ!


「空間霊術で集団転移してきたんだろうな。そうでなければ、この速さはおかしい。ま、それはそれで、何で俺たちが見つけたときはノロノロと歩いてたのかっていう疑問が残るんだが」

「冗談キツいよ、生首くん。奴ら、いったい何万体居ると思ってるの~? いくらなんでも、それを集団転移させられる術士……なん……て……」


 リンドが苦笑いを浮かべ、リリナリアちゃんが疑問の声を上げてたけど、途中で何かに気付いたみたい。最後が消えるように小さい声になってるもの。


「リリナリアちゃん、ちなみに、敵の数は?」


 なんだか嫌な予感がして、それを振り払うように聞いてしまった。いや、敵がどれだけ居るのかを知るのは、基本中の基本だし、とても大事なことだけどね。


「ん、50万体ぐらい」

「…………」


 耳を疑った。ただでさえ力で劣る、あたしたち皇国側の総兵数が5万しかいないのに、その10倍……?


「……嘘でしょう? 嘘よね?」

「大方、攻め落とした街の人間たちもアンデッドに変えて、数を増やしておるのじゃろうな。いくらなんでも多すぎるからのう」

「だろうな。こりゃ、この戦いに勝てたとしても、皇国側には大打撃だぜ? ただでさえ、人類同士での殺し合いがいつ起きるかもわかんねえのに、貴重な戦力がゴッソリ持ってかれた事になるんだからよ」

「案外それが狙いだったりしてね~。フリヘルム王国か、ノストラ王国あたりとタナトスが手を結んでたりとか」

「ノストラ王国なら、あり得ない話でもないかも。あそこの王様って、とにかくなんでも利用することで有名みたいだし。ボク調べによるとね」


 あまりにも絶望的な戦力差を知り、頭を抱えるあたし。しかしそこの横で、冷静に、いや、のんきに、会話をしている人外組。あ、レラちゃん。フィリル。あなたたちはこっち側よね? なんか平然としてるけど。


「50万体ものアンデッドを集団転移させることができる程の術士となると、真っ先に浮かぶのは、邪神タナトスだね。もしかしたら、ご主人様が向かった本拠地は囮で、こちら側に敵の大将が来ているのかも」

「もう少し焦りなさいよ、レラちゃんっ! 敵はこっちの10倍もいるのよ!? おまけに、どうせ化け物みたいに強いんだろう、邪神とかいう得体の知れない怪物までセットっていうんなら、今、この上なくやばい状況なのよ!?」

「こういう時こそ冷静にならなければ。焦りは判断を鈍らせ、つまらない失敗をやらかす元になる」

「う……」


 ぬぬぬ、この子はなんでこんなに落ち着いていられるの……? 確かに心強い味方がいるにはいるけど、それでもタナトスに勝てるかどうかはわからないのに。

 あたしは、怖くて仕方がないわよ。


「あ、敵が見えましたよ~」

「えっ?」


 不意に、フィリルがのんびりと告げた。彼女が指さす方向を見ると、確かに、ぞろぞろと蠢く死者たちが居た。


「来ましたわね……」

「殿下」

「わかっていますわ。重霊撃砲、用意!」

「はっ!」


 マリアージュ殿下が叫ぶと、皇国の紋章が刻まれた“重霊撃砲”という兵器が、ずらりと並んだ。ああ、兵器っていうのはつまり、戦闘用の機械よ。色々な物があるんだけど、皇国が好んで使っているのは、この重霊撃砲と、狙撃霊破砲ってヤツね。なんだか、フィオグリフがこの光景を見たら、すごい喜びそうな気がするわ。


「……目標、射程圏内!」

「よし……撃てーーーーッ!!」


 微かに青く光る弾が一斉に放たれ、徐々に近付いてきているアンデッドの群れに、襲いかかる。

でも……


「なっ……!?」

「ま、曲がった!?」


 着弾するかと思われたそれらは、急激に方向を変え、空の彼方へと消え去っていった。どうみても自然の動きじゃないわね。


「……次弾装填、急ぎなさい!」

「は、はっ!!」


 あまりにも不可思議なものを目にし、少しの間呆然としていたマリアージュ殿下だけど、すぐに気を取り直して、指示を飛ばしている。なんだか、まるで別人みたいね。


「ダメじゃな、これは」

「え?」

「ああ。皇国の騎士団さんとやらは、残念ながら役に立たないようだぜ。あんな火力じゃ、さっきの結界を抜く事はできねえよ」

「そんな……」

「やっぱり、タナトスっていうのが来ているのでしょうか~?」

「おそらくな。俺らで頑張るしかねえか」

「ひとまず足止めぐらいはしておかないとねぇ。フィオに怒られちゃう」

「ミリーナちゃんよ、あんたはここでおとなしくしててくれねえか? 下手に前に出して怪我でもされたら、俺がフィオグリフさんに殺されちまう」

「……大丈夫だよっ!」

「その溜めに不安しか覚えねえよ。いいから留守番しててくれ」

「……むぅ、過保護バカのフィオめぇ……」


 会話をまとめると、さっきの“曲がって飛んでいった弾”はタナトスが張った結界のせいで、つまりはフィオグリフの方はハズレで、こっち側に来ちゃってると。


 はぁ。あたし、生きて帰れるのかしら……。

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