第3話 タナトスとの戦い②
なんとか、目的地である“忘れられた墓所”に到着した。だが、とても邪神の本拠地とは思えないほどに見窄らしく、寂しい場所だった。
とにかく何もない。あるとすれば、ボロボロに崩れかけている墓石と、中央に佇む、古めかしい慰霊碑ぐらいだ。
「さて、この地下に空間が広がっているのだろうが、どうしたものかな」
周囲を見回しながら、“出入口”を探してみる。
軽く叩いただけで崩れ去る物に、刻まれている名前がかすれて読めなくなっている物。とにかくひどい有様だ。
やはり、怪しいのは……。
「この、慰霊碑だな」
何か仕掛けがあるとするなら、まずはコレを疑うのが正しいだろう。そう考え、グルグルと慰霊碑の側を回り、様々な方向から観察してみる。
が、何もない。
「むぅ。まさか、あのクソトカゲめ。誤った情報を集めていたのではあるまいな」
あまりの進展のなさに、思わず彼女を疑う。そして、なんとなく慰霊碑のてっぺんに手を置いてみた、その時。
「うぉっ!?」
突然、見知らぬ霊力が噴き出し、慰霊碑が崩れ去った。そして、その下には深い穴があり、どうやら降りられそうだと確認できる。
「……結果オーライだな、うむ」
なんとなく正規の入り方ではない気がするが、まぁそんなことはいいだろう。終わりよければ全てよし、というやつだ。
そう自分を納得させ、穴の下へと飛び降りた。後で確認して気付いたのだが、実はきちんと梯子がついていた。まぁ、普通はそれを使うのだろう。
……ドンマイ、私。
とりあえず地下に無事潜入できたわけだが、中は意外なほどに豪華だ。まるで、どこぞの宮殿にでも転移したかのように思える程だった。
「…………」
無駄に派手な装飾が施された通路を、無言で歩き続ける。それとなく気配を探ってみたが、敵らしき反応はほとんどない。まずいな。タナトスは、侵攻側に回っているのかもしれん。早くリンドの娘を救出して、ミリーナたちと合流しなければ……。
「……微かだが、オーバーデッドの気配を感じるな。となると、この部屋が当たりか?」
焦りに似た感情を抱き始めた私だったが、幸運にもあっさりとお目当ての人物を見つけることができた。いや、まだそうと決まったわけではないか。きちんと確認しなければな。
「……ふぅ」
深呼吸をし、できる限り穏やかな笑みを浮かべながら、ドアを二回ノックした。
しかし、返事はない。ああ、アレか。タナトスの部下あたりが来たとでも勘違いして、放置しているのかもしれない。
再度ノックをし、適度に大きな声で、優しく呼びかけてみる。
「吸血王リンドの娘。助けに来たぞ。居るのなら返事をしろ」
ガタン、と物音がした。よし、もう一押しだな。
「いないのか? なら帰るぞ」
ガタガタン! と、物音が大きくなった。そして、ドアが、凄まじい勢いで開かれる。
否、吹き飛んだ。
「ごふっ」
「待ってぇ! 誰だか知らないけどぉ、置いていかない……でぇ?」
仮にも敵の本拠地だし、慎重になるべきか、と思い、自動防護結界を張らず、リミットも全てかけた状態でいたのが悪かった。ドアの前に居たため、吹き飛んだそれをモロに食らったのだ。
「……暗黒が漏れてしまったではないか。どうしてくれる」
「……えっ、なんで生きてるのぉ? まさか、同族……かしらぁ?」
「まずは謝らんか。私を誰だと思っている」
「……どちら様ぁ? パパの、お友達ぃ?」
傷から暗黒が漏れ、辺りを黒く染めていく。こういう時はせめてファーストリミット程度は解除しておくべきかもしれんな。
きょとんとした顔をしている彼女をひとまず連れだし、適当な部屋に避難する。
「…………」
「えっ、えっ?」
そして、ジリジリと追い詰め、壁に背を当てた彼女の顔のすぐ隣に、勢いよく手を打ち付けた。人はこれを“壁ドン”と呼ぶらしいな。
「一応、確認しておく」
「な、なに……かしらぁ?」
「貴様がリンドの娘だな?」
「そう、だけどぉ……あなたは誰なのぉ?」
「暗黒神だ。父親からの頼みで、貴様を助けに来てやった。ありがたく思うんだな」
「…………」
私の正体を告げた瞬間、彼女がフリーズした。かと思えば数秒後、狂ったかのように叫び出す。
「ええぇぇえええぇ!? あ、ああああ、暗黒神~!? えっ、えぇ!? なんでぇ!? むぐっ」
「騒ぐな愚か者。それに、二度も言わせるな」
「む~っ、む~っ」
あまりにもうるさかったため、咄嗟に手でその口を塞いでやった。なんだかまるで私が悪者であるかのようなシチュエーションだが、気にしたら負けだと思う。
「いいか、さっさと脱出して、貴様をリンドの元に届けてやる。その後は勝手にしろ」
「む~っ」
コクコクと首を縦に振る、女。そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。
ああ、苦しそうにしているので、そろそろ口を解放してやることにした。
「貴様、名はなんという?」
「リ、リンナ……」
「そうか。いいか、リンナとやら。決して無駄に騒ぐなよ。いちいち耳に響いて不快だ」
「は、はいぃ」
「それと、そんなに怯えるな。別に取って喰ったりはしないぞ」
「はい、すみませぇん」
……なんだろうな。この不快感は。妙に間延びした口調と、甘ったるい声が合わさって、やたらとかわいこぶっているように思える。これで普通にしているつもりなのか?
「……ん?」
「どう、しましたぁ?」
「静かにしろ」
「はいぃ」
ちっ。足音が近付いてきているな。外部の者がわざわざ居るわけでもなし、十中八九タナトスの部下だろう。まぁ、ちょうどいいか。目的だったリンナの救出はあっさりと果たせたし、ついでに邪神様がご在宅かどうか、確認しておくとしよう。
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