第二章エピローグ “──”アザトリウス
暗黒神がかつて生み出した、負の遺産。それは、不完全な進化に留まっている、魔なる者たちに、“力”という祝福を与える、秘宝。
「我は何故生まれたのか。その答えは、どこへ行き、誰に問えば、知ることができる?」
いつから存在したのか。それすらもわからない。だが、我を生み出した者が誰なのか、それは知っている。
「我が父、暗黒神フィオグリフよ。貴公は、我が求める答えを持つのだろうか」
恐らく、否。我は我であるが故に、かの者が、“全知”と呼ぶには程遠い存在だと知っている。しかし、それでも、何かがわかる気がした。
「ここに居たか、アザトリウス」
「……貴公か。何の用だ」
豊満で、蠱惑的な魅力を振りまく、美貌の女性。いや、見た目からすると少女と言う方が正しいか。
我は、この者が嫌いだ。果てしなく我が儘で、独善的で、自己中心的だから。
「そんなに邪険に扱うなよ、こんな美少女を」
「性すら定まらぬ者が、何を言うか」
「ふふ、それは確かに」
彼女は笑った。呑気な他人が見れば、思わず見蕩れてしまうだろう程の、美しい、無邪気な顔で。しかし、我は嫌悪感しか抱かない。
「おっと、忘れるところだったよ。君の振りまいた種が、そろそろ花を咲かせそうだ」
「そうか」
「そうだとも。人が、魔王が、邪神が、それぞれ動き出すぞ。そして互いを食い合う。ああ、そこに勇者を放り込むのも面白いな。適当に見繕っておくとしよう」
これだ。姿だけは美しいこの者が、こうまで我に嫌悪感を抱かせる理由。“自分以外の全てをゲームの駒としか見ておらず、平気でその命を奪う”。自分が、その者たちから信仰を捧げられているにも関わらず、だ。
しかし、最も大事な存在を忘れているな。下手を打てば、こやつとて足元を掬われかねないというのに。
「暗黒神も、な」
「そうだ! そうだな! ああ、やはり彼は最高だ。無意識のうちに、混乱という風を、余の世界に送り込んでくれる」
「恋する乙女のような表情を浮かべるな、気持ち悪い」
「ふふ、そう言うなよ。もちろん余は君のことも愛しているぞ」
「やめろ」
まったく、何が悲しくて、こやつに協力せねばならんのだ。愛しているなどと、気安く言ってくれるなよ。反吐が出る。
「それだ。その反抗的な目。まさしく、反抗期の少年のようだ。とても愉快で、愛おしい」
「玩具として、だろうが」
頬を染め、穏やかな笑みを浮かべながら、口に指を当てる彼女に、悪態をついてやった。しかし、きょとんとした顔で返される。
「そうだが?」
「……ふん」
「ふふ、まぁそう腐るな。余の心を射止めたければ、それこそフィオグリフのように大きい男でなければな。でなければ、余の肉体は満足できんよ」
「肝心の暗黒神は、貴公の事を毛嫌いしているようだがな」
「知っているとも。だが、その方が燃えてくるというものだ。簡単に心を捧げてくる有象無象より、なかなか振り向いてくれない彼の方が、乙女心をくすぐってくるのさ」
「……乙女……?」
とうにそんな歳ではないはずだが。ついに脳まで腐ったのだろうか。
「自分の歳を考えろ」
「……?」
「何をそんなに不思議そうに……」
「ふふ。教えておいてやろう、アザトリウス。とある世界には、こんな言葉がある」
「なんだ?」
適当に聞き流しながら、一応返しておく。でないとすぐに不機嫌になって、とんでもないことをしでかすのだ。この女は。
「心はいつでもJKッ!!」
「じぇー……?」
「女子校生、という意味だよ。詳しく知りたいのなら、後で覗いてみるといい。地球という星だ」
「…………」
心底どうでもいいな。そんな事より、あの世界がどうなるのか、暗黒神はこれからどう動くのか、我が知りたいのはそれだけだ。
「おい、どこへ行く」
「散歩だよ。なぁに、ちょっと遊んでくるだけだ。君は膝を抱えて待っているといい」
「母を待つ幼子か、我は」
「あながち間違いでもないだろう?」
「黙れ」
突然歌い出したかと思うと、こじゃれた服に身を包み、外出の準備を始めだした。こやつの考えていることは、本当によくわからぬ。
「ははは、待っていろフィオグリフ! 今、このグローリアちゃんが会いに行ってやるゾ☆」
「……ぶりっ子するな。果てしなく似合わん」
「かわいいだろう?」
「いや」
「ははは! では行ってくる!」
「スルーするなら聞くな」
こうして、『光神帝』グローリアは、鼻歌を歌いながら神域を飛び出していった。
おのれ。正なる神々から小言を頂くのは我なのだぞ。ちょっとは周りに気を配らんか、駄女神め。
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