第三章
第1話 廻る歯車
吸血王リンドによる、ベルガナッハ襲撃から一ヶ月が経ち、着実に、街は復興への道を歩んでいる。我々が居るから、様々な作業が素早く進むし、資金面においても、皇女殿下であらせられるマリアージュが居るため、問題は全くない。
一番の問題となっていた、アシュリーが破壊した城壁の修繕……というか建て直しも、責任を持って私が協力したため、今はもう以前の威光を取り戻しているしな。
まぁそんなこんなで皆が忙しく、さすがにカインツ卿と直接会う機会は訪れなかった。が、オフィスを通じて感謝状をもらったし、世間的には『吸血王を倒した』事になっているため、ハンターランキングも大きく順位を上げたので、特に文句はない。感謝されたくて戦ったわけでもないしな。
尚、今回の一件で、フィリルがついにサウザンドナンバーズに名を連ねる……はずだったのだが、他でもない彼女自身が固辞したため、1001位という微妙すぎる順位に落ち着く結果となった。
曰く、『ご主人さまより先にサウザンドナンバーズ入りするなんて、とんでもない! だいたい、わたしは大したことしてませんし!』とのことだ。意外と真面目な女である。
「ついに見えてきたな」
「早すぎよ。こんな超スピードで駆け上がってくなんて、勇者もビックリだわ」
「呼んだ?」
「いや、ミリーナさんじゃなくて」
「あはは」
ベルガナッハで一番大きいという宿屋の部屋を取り、全員で集まって会話をしている。あれからワタワタとしていて、結構な日数を食ってしまったし、そろそろリンドの娘を助けてやらないとまずい。
リンドの生死を確認するためにやってきた、マヌケな魔物を捕まえて、人質は必ず生かしておくようにと脅しておいたが、肝心のタナトスにきちんと伝わっていない可能性もあるし、娘が既に殺されている事だって、充分に考えられる。
「そんな事より、早く助けにいかねぇと……」
「わかっている。場所の調査も終わったし、さっさと済ませてしまうとしよう」
「すまねえ」
「リリナリア。情報は確かなんだよね?」
「うん。がっつりしっかり確認してきたよ~」
「では、行くとしようかの!」
「魔王の次は、邪神かぁ……。全然知らないけど、やっぱり馬鹿みたいに強いんだろうな……」
「プルミエディアちゃんたち人間組は、絶対に無理をしないようにね。強敵はわたしたち人外組が排除するから」
「てめーも元人間のはずだけどな、一応」
「昔の話だもん」
正直な事を言えば、もっとこの街に留まって、色々と楽しみたいという気持ちもある。だが、リンドの娘の件を差し引いても、私は急がねばならなかった。
それは、ふと気になって、アシュリーに聞いてみた事がきっかけだった。
我々と合流する前のアシュリーが、何故わざわざ軍を率いて人間の国に攻め入っていたのか。何が目的だったのか。どうせ大したことではないだろうと思い、頭の片隅に追いやっていたのだが、なんとなく思い出し、なんとなく聞いてみただけだったのだ。
しかし……。
『フィオグリフ様がその昔お作りになられた、
衝撃的だった。人間たちにはまだ知られていないのは確からしいが、魔王たちにはとっくの昔に察知されていたと言うのだ。それどころか、アシュリーは既に使用済みだという。
しかも話はそこで終わりではない。
『あ、
リンドが、衝撃の事実を告げてきたのだ。魔王たちだけでなく、私自身は全然知らない邪神どもですらも、
黒歴史がまさかの大拡散を果たしていたことに、私は相当なショックを受けた。よろよろと床に倒れ込み、そのまま寝込んでしまい、ミリーナに介抱されたほどだ。
冗談ではない。これ以上、あんな物の拡散を許してなるものか。いくら劣化コピーといえど、黒歴史は黒歴史だ。
そんなわけなので、まずはタナトスを締め上げ、ブツの出所を調べる必要がある。知っているのなら、大拡散の主犯を聞きだし、そいつを殺しに行くつもりだ。
「フィ、フィオ? なんか目が怖いよ?」
「……気のせいだろう」
「そんなに、嫌なんだね。
その、
「ああ。断じて許さん。アレは全て、この世から抹消してやる。絶対にだ」
「……なんでそんなにマジなのよ……。故郷が滅びた云々は、作り話だったんでしょ?」
「そうだが、アレだけは消さねばならんのだ。邪魔者は全て滅する。必ずな」
「そ、そう」
間違っても、ミリーナを失ったばかりの私が、狂いきった末に生み出した物だと知られるわけにはいかない。特に、ミリーナ本人には。絶対に、絶対にだ。
さて、それではそろそろ行くとしようか。黒歴史を全て破壊するために、タナトスとかいう馬鹿を吊し上げなければ。
……あっ。ついでにリンドの娘を助けてやらなければならないのだったな。うっかり忘れるとこだったぞ。
そして、ベルガナッハで新たに購入しておいた馬車に乗り込み、適当な召喚霊を呼び出し、そいつに引かせて出発した直後。フィリルがふと呟いた。尚、今回は御者もクソもあったものではないため、レラも共にいる。
「その
「うむ、そうじゃぞ」
「だったら、つまり、それをかき集めてたっていうタナトスは、軍備を増強していたって事になりますよね? たぶん、他の魔王とか邪神とかも……」
「……あっ」
まぁ、そうなるだろうな。はっ、どうせ私のせいだとも。高価な椅子に座り、召喚霊が引く上等な馬車に揺られながら、窓から外を眺める。
……別にふてくされてなどいないぞ。
「ねぇ、生首」
「今は身体があんだろうが! なんだよ、プルミエディアの嬢ちゃん」
「これ、あたしたち人間側にとって、かなりまずいんじゃない? ただでさえ実力で劣っているのに、そんなドーピングアイテムまで使われたら、打つ手がなくなっちゃうわ」
「だな。それが奴らの狙いの一つでもあるし」
「……やばくない?」
「そうか? フィオグリフさんが人間側についてるんだし、それだけで充分すぎるほど釣りが来ると思うぜ」
「でも、フィオグリフって気まぐれでしょ? 今だって、一応のターゲットだったはずのハデスを放置して、タナトスの方に向かってるわけだし」
「大丈夫だろ。そのタナトスを仕留めちまえば、他の邪神どもだって迂闊な動きはとれなくなるはずだ。何がきっかけでこの人に狙われるかわかんねーからな」
「うーん……」
なんかさり気なくバカにされている気がするが、私はそれほどおかしな事はしていないぞ? ハデスをひとまず置いといているのだって、まずはその居場所をリアが調べてくれているからだし。その気になれば、私ならすぐに探し出せるという事実は、まぁ無かった事にするとしてだな。
物事には優先順位という物があるのだ。それに、ハデスにはできる限りの恐怖を与えて、精神も肉体も極限まで痛めつけてやらないと気が済まん。ならば、他の雑務をさっさと済ませて、その後にゆっくりといたぶる方がいい。
魔王たちが私の奴隷となり、邪神どもは次々に消え去っていく。ハデスは、いつ消されるのかという恐怖に怯えながら、日々を過ごすのだ。そして、殺す。徹底的に痛めつけてやる。私のミリーナを、そして、彼女の一族を呪った罪は、そこまでしても尚、償うことの叶わない重罪だ。
「大丈夫大丈夫。フィオは優しいから。あと、わたしに甘いから。いざとなったら、わたしが、“人類を助けて!”って頼んだら、即快諾してくれるよ。ねっ?」
「よく本人の前でそんな事が言えるな。否定できんのが悲しいが」
「んふふ~」
確かに、ミリーナから頼まれたとあれば、引き受けないわけにはいかない。それ以前に、人類が死に絶えて困るのは、私もだしな。せっかく、今の生活を楽しんでいるのだし、それが突然無くなってしまうというのは、耐え難い。
「……相変わらずのバカップルぶりね」
「これで付き合ってねーんだもんな」
「あれ、そうなの? ボクはてっきり……」
「やはり、ミリーナが羨ましいぞ、ワシ……」
「ご主人様とミリーナ様の間には、何者も断ち切ることのできない、深い絆があるからね」
馬車の中で見つめ合っていると、すごい勢いで周りから茶化された。たまには、ゆっくりと二人だけで過ごしたいものだな。
「あ、そういえば」
「ん?」
「マリアージュ殿下だけど、そろそろ皇都へ帰るそうよ」
「そうなのか」
「ええ。立ち寄ることがあればよろしくですわっ! っておっしゃってたわ」
「覚えておこう」
「嘘ばっかり。フィオの事だから、数時間後には綺麗さっぱり忘れてるよ」
「皇女殿下相手に、それもどうなの……? いや、今更すぎる気もするけど……」
他愛のない会話を繰り返しながら、召喚霊に引かれた豪華なニュー馬車は、街道をひた走る。
向かうは、皇国の僻地にあるという、“忘れられた墓所”。そこが、邪神タナトスの本拠地だということだ。リリナリアが国中を飛び回って集めた情報が正しければ、だが。
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