第14話 暗黒神様の気まぐれ


 ……魔王、か。

 ふと、肩で息をする吸血王の姿を見る。王者としてのプライドを捨て、ただ一人の父親として、絶対者たる私へと立ち向かってきた、愉快な男。


「……無傷、か」

「当たり前だ」

「……ハハッ、乾いた笑いしか出ねえよ。あんたの身体はどうなってんだ」

「さぁな」


 全身全霊を込めた一撃は、結局、私の身体に傷を付けることは叶わなかった。まぁ、当然の結果だ。フィリルの時とは違い、今の私は全ての力を解放した状態だからな。

 しかし、合格点をくれてやってもいいだろう。穏やかな笑みを浮かべ、地面に座るリンドを前に、私はそう思っていた。


「なぁ、殺される前に聞いても良いか」

「娘のことか」

「ああ」

「助けてやる。ありがたく思え」

「ほ、本当かッ!?」


 跳ね上がりながら、前のめりになって聞き直してくる。そんなに信じられんのか。失礼な奴め。


「ただし」

「……ん?」

「貴様が私の奴隷になればな。無論、今の地位からは降りてもらう」

「へ?」


 コイツは、ハナから死ぬつもりで来ている。果たして、それをそのまま殺してやったところで、罰になるのか? ならないだろう。ならば、死なない程度にこき使ってやる方が面白い。

 つまり、『吸血王』には死んでもらうが、目の前にいる『リンド』という男は殺さない。これが、私の出した結論だ。


「ああ、『吸血王』は世間的に死んでもらうぞ? 私の知名度を爆発的に上げるチャンスなのでな」

「ちょ、ちょっとタンマ! わ、わけわかんねーんだけど!? なんで突然そうなったの!? “ああ、ここで死ぬんだな”っつー俺の悲壮な心はどこに置いていけばいいの!?」

「黙れ。拒否は許さん。ほら、さっさと首を差し出せ。オーバーデッドならば、それを斬られたぐらいでは死なんだろう」

「んなァッ!? あ、悪魔! 生きたまま首を斬られて晒し者にされるとか、何それ!?」

「安心しろ。事が済んだ後は、“あっ、なんか死んだ吸血王のそっくりさんが歩いてる”とでも受け取られるように改変しておいてやる」

「そんな変な方向に力使うなよぉ!」

「うるさい。さっさとしろ。娘がどうなってもしらんぞ」

「えぇぇえぇええ!?」


 吸血王……いや、リンドの悲鳴が響いたが、ここは私の異空間だ。他の誰かに届くことはない。残念だったな。


 クックック……。

 いっそのこと、全ての魔王を奴隷にしてみるのも良いかもしれん。うむ、我ながら素晴らしいアイデアだ。

 名付けて、“全魔王奴隷化計画”。



 こうして、愉快すぎる今後の展望を描き、これから待っているだろう素晴らしい未来に胸を躍らせながら、シクシクと涙を流している生首を鷲掴みにして、異空間を脱出した。

 むう。娘が助かるというのに、何故そんなに悲しそうな顔をしているのだ? 私、何か悪いことをしたか? いや、していないな。うむ。



「ふうぅ……。さすがに、オーバーデッド十人相手は、キツかったねぇ~……」

「ミリーナ、無事だったか」

「あっ、フィオ! おかえり~」


 元の世界に戻ると、返り血で全身が真紅に染まりきった、不気味な女がいた。ミリーナだ。辺りには(故)オーバーデッド軍団の残骸が転がっており、激戦の跡が窺える。


「あ、その生首が、吸血王? なんか泣いてるけど……何したの?」


 私の右手にある元吸血王に気付いたらしく、不思議そうな表情で尋ねてきた。軽く頷き、事実をそのまま伝えてやる。


「奴隷にしただけだぞ。ああ、コイツの娘がタナトスとかいう邪神に囚われているらしくてな。それを助けてやる事にした」

「へー、そう」

「って軽いなッ! もっとこう、他に言うことがあんだろうが、初代勇者!!」

「無いかなー。フィオがそうしたいっていうんだもん。わたしはそれについてくだけ~」

「外道かッ! 本当に勇者かよ、コイツ!?」

「黙れ。潰すぞ」

「…………」

「あはははっ!!」

「笑うなぁッ!」


 リンドよ。お前の気持ちもわかる。この女は、とてもではないが勇者には見えないからな。特に最近は、そのゲスさに磨きがかかっている気がする。

 それにしても、生首がコントを繰り広げているのは、なかなかにシュールだ。


「さぁ、プルミエディアたちを拾って帰るぞ。お前も、そろそろ死体になっておけ」

「……わぁったよ……」

「レラちゃんやフィリルちゃんとは違って、いじめ甲斐があるなぁ~。ねえねえ、フィオ。この人って、どうすれば死ぬの?」

「物騒な事聞いてんじゃねえ!」


 うーむ、リンドを殺す方法か……。コイツの不死性は、オーバーデッドの中でも飛び抜けているからな……。私ならば簡単に殺せるのだが、それ以外の者が……うーむ。


「どうだろうな……。実際、お前とミリーナでは、どちらが強いのだ?」


 双方と戦った経験のある私の感覚としては、リンドの方が一歩上かと思うのだが、ミリーナもミリーナで一応勇者だしな。割と気になる。


「……こんなお気楽勇者なんかよりは、俺の方がぜってーつええ。断言できるぜ」

「生首のくせに何言ってんのかな?」

「これはそこの暗黒神にやられたんだよ!」

「ぷぷー。だっさ~」

「んだとコラ!! この哀れな姿を見て、よく笑えるなてめー! ガチの外道じゃねえか!」

「うるさいぞリンド。死人が喋るな」

「……うぐぅ……」


 くだらんやりとりは一旦終わりにし、プルミエディアたちの元へと急ぐ。あちらにはアシュリーがついているはずだが、奴は一応病み上がりだ。過度な期待をするのは躊躇われる。




「フィオグリフ様! ワシ、頑張った!」

「そ、そうだな。しかし、少々やりすぎだ」

「うぇ?」


 ミリーナの時空聖剣で転移し、一瞬で山を抜けた我々が見たのは、見事に消え去った城壁……だった焦げ目と、山のように積み重なった吸血鬼たちの死体。

 いちいち聞くまでもないが、アシュリーの仕業だ。どうやらミリーナが突っ込み、私がそれを追いかけて消えた後、リンドの別働隊が街に襲来し、残されたメンバーで迎撃に当たったらしい。

 敵を倒したのはいい。が、街を守る城壁まで消し飛ばしてどうする。元々、先の襲撃で崩落していたとはいえ。


「聞いてくださいよフィオグリフさん~! この脳筋女ったら、ボクが止めてもまるで聞かなくて! それで、こんな有様に……」

「なァ!? 貴様、ワシを売るのか!? “どうせなら派手にやっちゃおうよ!”とか言ってきたのはお主じゃろうが!」

「な、何のことかな!? ボク、しらな~い」

「なにおう!? しらばっくれるか!」


 なるほど。戦犯はリリナリアだったか。このクソトカゲめ。余計なことを……。


「トカゲ」

「は、はい?」

「後で説教だ」

「うえぇ!? な、なぜっ!」

「プルミエディア、レラ、フィリル。大丈夫だったか? 怪我など、していないか?」

「あ、う、うん。まぁ。正直、あたしたちの出番なんてまるで無かったし」

「無傷です、ご主人様」

「代わりに衝撃的な蹂躙を見ましたけど~」


 ……はぁ。せっかく『吸血王を倒して』街を救ったというのに、これではただの疫病神ではないか。お偉いさんから文句を言われなければ良いのだが……。

 少々憂鬱な気分になりつつ、ハンターズオフィスへと向かうことにした。アシュリー曰く、こういった非常時においても、ハンターが参戦する場合は依頼を通さねばならないらしく、今回も一応『ベルガナッハから防衛の依頼を受けている』とのことだ。私とミリーナはそのまま消えてしまったのだが、あの後で街へ引き返して手続きをしてくれていたようだ。


「ところでご主人様」

「なんだ」

「その生首は……」

「リンドだ。奴隷にした」

「えっ?」


 “死体になっておけ”という命令を忠実に守っているのか、奴はピクりとも動かない。ぱっと見は、本当に死んでいるようにしか思えんだろうな。


「リンド。小声でなら声を出してもいいぞ」

「いてっ! 叩くなって! えーと、その、なんだ。まぁ、この暴虐的な主に命じられて、奴隷になったんだ。よろしくな」

「「「な、生首が喋った!?」」」


 一様に驚く人間組。オーバーデッドとはこういうものだぞ。さすがに生首状態で連れ回される事はあまりないが。


「えっ、それでは……?」

「すまんな、アシュリー。だが、吸血王には死んでもらう。世間的にな。それで許せ」

「い、いえ! あなた様が望むのなら、それで良いのですじゃ!」

「悪いな」

「とんでもありませんぞ!」


 ……一旦立ち止まり、周囲に聞こえないように結界を張った上で、事情を仲間たちに説明する事にした。よく考えれば何も話さないでおくのはおかしかったな。

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