第10話 暗黒神様、遭難する


 負傷者の治療に奔走し、ベルガナッハでの初日は瞬く間に幕を閉じた。話を聞いてみると、どうやらアシュリーはかなり奮戦したらしく、相当数の敵を殲滅したらしい。さすがに、腐っても魔王か。

 だが、奴らの主戦力である数体のオーバーデッドと、吸血王リンドは未だ健在とのこと。日を開けた以上、傷も完全に癒えているはず。敵対してみると、本当に厄介なものだ。オーバーデッドというのは。


 宿をとり、珍しく個室で思考に耽っていた私だが、扉の奥から最も親しい友人の声が届いてきた。


「フィオ、おはよ。もう起きてるんでしょ?」

「ミリーナか。まぁな。リンドの奴をどうしてやろうかと、考えていたところだ」

「……やっぱりね。部屋、入っていい? うん、いいよね。入るよ~」

「……聞いた意味はあるのか?」


 有無をいわさず入室してきたが、果たして質問の必要はあったのか? まぁ、別に構わんが。ミリーナだしな。

 真顔で現れた彼女は、そのまま無言でベッドに腰掛けた。私の隣だ。


「話は聞いたよ~。あなたが昔、リンドに教えた霊術で、今回アスガルテが酷い目に遭わされたそうだね」

「…………」

「大方、自分を責めてるんでしょ」

「ぐぬっ」


 見事に図星を突かれた。今でもそうなのかもしれないが、リンドと出会った頃の私は、物事を深く考えると言うことを放棄していた。ちょうどミリーナを失って荒れていた時期だったから、ということもあるが。

 私が一人のオーバーデッドに戦いを教えることで、世界にどれほどの影響が出るのか。そして、こうして私にも仲間ができた場合、私が教えた霊術が、大切な仲間に牙を剥く恐れがあるという事など、考えもしていなかったのだ。


「誰かを失うのは怖いもんね」

「……ああ」

「ま、そのトラウマを植え付けちゃったのは、わたしなんだろうけど」

「…………」


 私は昔、この手で、何よりも大切なヒトを殺している。まぁ今はそれが隣にいるのだから、神生どうなるかわからんものだが。

 とにかく、あんなに慕ってくれているアシュリーが苦しむ姿を見て、何とも言えない気持ちになったのだ。


「でもまぁ、フィオのおかげで助かったんだしさ。それに、アスガルテは自分の意志でついてきて、危険を承知で先行したんだから、そんなに自分を責めることはないと思うけど?」

「だが、私があの霊術を教えてさえいなければ……」

「たらればを言っても仕方ないでしょー。過去をうじうじ引きずる事に、何の意味があるの? バカみたい」

「なんだと?」


 な、なんなんだこいつは。私を慰めに来たのではないのか? ただ単に馬鹿にするために来たのか?


「フィオ。あなたがやるべき事は何?」

「……リンドを仕留めることだ」

「そうだね。じゃあ、こんな所で悩んでいる暇は無いはずだけど?」

「…………」

「ほら、立った立った! 時間を無駄にするほど、愚かなことはないよ~」

「……ああ、そうだな」

「まったく、センチメンタルなデカブツなんだから。そんなあなたに、わたしからプレゼントをあげようじゃないかっ!」

「ん?」


 ミリーナが立ち上がり、私に向き直る。そして、私の顔を引き寄せ……。


「んっ……」

「……!?」


 そっと、口づけをしてきた。


 突然の事に動揺し、目を見開く私。

 満足気に、しかし照れくさそうに、頬を染めて笑うミリーナ。


「がんばれ、フィオっ!」

「あ、ああ……」

「そ、そんじゃ、行こっか~!」

「……うむ?」

「みんなのところ! もう全員集合してるんだよ? あなたは大遅刻です!」

「そうなのか」

「そうなのです! だから、終わって帰ってきたら、罰ゲームね!」

「なにっ!?」

「えへへ~」


 とても嬉しそうな表情をしながら、ミリーナは部屋から出ていった。少々遅れて、私もその後を追う。

 彼女の柔らかな唇の感触が、どうしても頭から離れないのは、何故だろうか。




「なぁ、ミリーナ」

「な、なにかな?」

「どうして我々は、こんな所に二人きりで居るのだろうな」

「あ、あはは~……」

「…………」


 今朝の甘い雰囲気はなんだったのか。今、我々は、遭難している。山の中で二人きりだ。

どうしてこうなったのかというと、あの後、再び街に攻め込まれる前にこちらから攻めてしまおう、という話になり、皇女殿下ことマリアージュ一行を残し、出発。

 その後、ベルガナッハから少々離れた場所にある、高い山に陣取っていたリンドの軍勢を発見し、途端にミリーナの馬鹿が「吸血王討ち取るべし~!」などと叫びながら突撃していったのだ。慌てて私が追い、馬鹿と合流はできたものの見事にはぐれ、遭難と相成ったわけだ。


「ミリーナ」

「な、なぁに?」

「私はお前という存在が、よくわからなくなったぞ。何故あそこで単身突撃を敢行した? お前がもしもアシュリーの二の舞になったら、全く笑えん」

「ご、ごめんなさい」

「あんまり心配をかけるなよ……まったく」

「…………」

「おい。何故目を逸らす?」

「え、べ、別にっ!?」


 こいつ、まさか……?


「私に心配してほしかった、とか言うのではないだろうな」

「なぁっ!? な、なななな何のことかな! やだなぁフィオったら! そ、そそそそんなわけないじゃん! ちょっとだけアスガルテが羨ましかったとか、そんな事あるわけないし!」

「……ダダ漏れだぞ」


 コイツはやっぱりダメ人間だ。私が目を離すとすぐこれだ。まったくもって油断できん。リアがいない今、この馬鹿を制御する役目は私一人でこなさねばならない。骨が折れるな。


「……はぁ。こういうのもなんだが、お前が一番大切なのだ。だから、こんな無茶はするな。胃に穴が空いてしまう」

「……フィオの身体に、胃ってあるの?」

「うるさい」

「……ありがと、フィオ。ごめんね。早くリンドを見つけて、ベルガナッハへの侵攻を止めなきゃいけないのに。ごめんなさい」


 俯きながら、彼女が謝ってきた。なんだか、私が悪者になったようで気分が悪い。こいつのこういうところは、卑怯だ。

 そして──


「罰ゲームを帳消しにしろ。それで手を打ってやる」

「……断るっ!」

「なんだとっ!? 普通、そこは素直に頷く場面だろうが!」

「いやっ! 罰ゲームは絶対だよ! わたしが決めたんだからね! このわたしが!」

「なんなのだその傲慢さは!」

「こんな事言うの、フィオだけだよ……」

「そんなサービス精神などいらぬわ!」

「ぬ~っ」


 この、長年付き合っていても全くもって理解不能な所は、どうにかならないのだろうか。私は、コイツが実は星の彼方から飛来してきた異生物だとしても、驚かんぞ。それほどまでに変人だからな。

 さて、まずは残されたプルミエディアたちと合流するか、はたまたリンドを探し出すか。どちらにしようかな。

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