第9話 暗黒神様、ご到着


「な、なんですの、この荒れようは……」


 ようやくベルガナッハ領の街、ベルガナッハへとたどり着いた我々。しかし、そこに広がっていたのは、見るも無惨に崩れ去った城壁と、夥しい数の死体。恐らくはベルガナッハの衛兵たちだろう。


「……アシュリーは何をしている……? 奴がいて、このザマだと……?」

「酷いですね、これは……」

「突っ立ってる場合じゃないわ! 負傷者はどこに収容されているの!?」

「急いで探しましょう!」

「うん!」


 少々、甘く見ていた。アシュリーが先行して足止めする以上、大した被害は出ていないだろうと高を括っていたのだ。まさか、こんな有様になっていようとは……。

 崩れ去った城壁を抜け、街の中へと入る。やはり、入口付近は外同様の酷い有様だ。


「フィオ、見て。あっちの方は全然被害が出てないみたい。どう言うことだろうね?」

「リンドの奴、途中で引き返しでもしたか?」

「うーん……」


 ミリーナが指し示したのは、街の奥に広がる、立派な建物が建ち並ぶエリアだ。裕福な者たちの居住区だと思われる。そこはたしかに、嘘のように綺麗なままだった。

 街の中を走っていると、ボロボロになってはいるが、まだ形を留めている立派な建造物を発見した。なんとなくだが、雰囲気からしてハンターズオフィスだろう。もしやと思い、仲間たちを連れてその中へと足を踏み入れる。


「こ、これって……!」

「ビンゴだな。しかし、なかなかの光景だ」


 傷だらけで、血塗れな戦士たちが悲痛な叫びを上げていた。中には、手足を失っている者もいる。どうやらここが野戦病院になっているようだな。


「みんな、負傷者の治療はできる?」


 ミリーナの真剣な声に、皆が頷く。釣られて、私もつい頷いてしまった。まぁいいか。治療ぐらい、いくらでもしてやろう。


 だが、アシュリーの姿が見えないのが、どうも気にかかる。少しな。


「あなたたちは?」

「ハンターよ! この街が吸血王に襲われていると聞いて飛んできたけど、少し遅かったみたいね。とにかく、手を貸すわ! 治療ぐらいならできるから!」

「わかったわ、ありがとう!」


 怪我人の治療に当たっていた女が、私たちに気付き、声をかけてきた。オフィスのスタッフか、回復霊術を専門とする神官あたりだろう。


「ミリーナ、ここは任せるぞ」

「うん! すぐに終わらせるよ!」

「頼む」


 私が担当するべきなのは、瀕死の重傷を負った者たちだろう。早速、そこらの人間に聞いてみた。


「今にも死にそうな者たちは、奥か?」

「え? え、ええ。でも、彼らが吸血王の眷属から受けた傷が、どうしても治せないの……」

「任せろ。すぐに元通りにしてやる」

「えっ?」


 場所を確認し、適当なところで会話を打ち切った。急いだ方がいいだろうしな。


 オフィスの奥に行くと、確かに、一見死んでいるようにしか思えない、青白い顔で横たわる者たちを見つけた。一応確認してみたが、きちんと生きてはいるようだ。だが、いつ命の鼓動が止まってもおかしくはない。


「…………」


 暗黒霊術を使い、重傷者たちの傷を癒してやった。無論、体内に渦巻いていた、邪悪な霊力も取り除いてある。これで問題なく目を覚ますだろう。

 しかし、この感じ……。間違いなくリンド本人の霊力だ。ということは、奴が直接出てきたのか? であれば当然、アシュリーが応戦したはず。奴はどこへ……?


 色々と考えてみたが、結局誰かに聞いてみるのが一番早いだろう。負傷者たちが横たわる空間へと戻り、ミリーナによる治療を呆然と見ている人間に、話しかけてみた。


「アシュリーという女を知らぬか? どこぞで貴族令嬢でもやっていそうな、派手な服を着た奴なのだが。ああ、あとやたら尊大な口調だ」

「あなた、あの子の知り合い?」

「ああ。パーティーメンバーだ。故あって、彼女に先行してもらっていた。しかし、どうも姿が見えないのでな」

「じゃあ、あなたがあの子の言っていた……“フィオグリフ様”って人?」

「そうだが?」

「よかった、やっと来たのね。すぐにあの子の元へ案内するわ。ああ、他の人は連れてこないでって言っていたから」

「……そうか、頼む」

「ええ」


 わざわざ案内役が必要ということは、どこかに隠れているのか? それに、私以外の者を連れてくるなとは、どういうことだろう。さすがに怒られたくないから、とか、そんなしょうもない理由ではないだろうしな。きっと。


 レザー製のおしゃれな防具に身を包んだ女性に連れられ、歩いていくと、常人ならばまず寄りつかないであろう、薄暗く、湿った空気が漂う場所へとたどり着いた。建物の外には出ていないので、ハンターズオフィスの地下に広がる空間、ということになる。

 こんなところに、アシュリーが?


「ここから先はあなた一人で行って。道なりに進めばいいから」

「……? ああ、わかった」


 それだけ告げると、女性はさっさと帰って行ってしまった。本当に、私一人しかいないな。よほど誰かに見られたくない状態にでもなっているのか?


「……ん?」


 歩いて進んでいくと、やがて、甲高い声が聞こえてきた。それは、奥へ進むほどに、大きくなっていく。


 いや、待てよ。もしもリンド本人が出てきたというのならば……。

 まずかったかもしれん。アシュリーだけを先走らせたのは、失敗だったか……。


「ちっ、やはりこれは……」


 間違いない。この甲高い声は、アシュリーの悲鳴だ。加えて、ガリガリと何かを削るような音も聞こえてくる。どうやら嫌な予感が的中しそうだぞ。


 とうとう、悲鳴の元までたどり着いた。

そこで見たものは、口から血を流し、苦痛に顔を歪め、地面をかきむしる、アシュリーの姿だった。


「フィオ……グリフ……さま……」

「……アシュリー……」


 私の姿を認めると、アシュリーの動きがぴたりと止んだ。大方、情けない姿を見せまいと、必死に耐えているのだろう。

 彼女に近付き、そっと手を当てた。


「やはり、これは……」



 《クレシェンドペイン》。私がリンドに教えた、強烈な呪いを与える霊術だ。これを食らった者は、想像を絶する激痛に襲われ、一ヶ月もの間苦しみ続け、そして死ぬ。アシュリーにはこの手の術は効きにくいのだが、リンドの奴が想像以上に腕を上げていたということだろう。

 分析を終え、呪いをそっと解除する。これで、アシュリーは解放されたはずだ。もう激痛に苦しむ事も、死ぬ事もない。


「フィオグリフ様……そのう……」

「すまんな、アシュリー。私が先行させたばかりに、こんな目に遭わせてしまった」

「うぇっ!? い、いいえ! あなた様が謝られる事ではありませんぞ! ワシの不甲斐なさがダメなのです!」

「いや。奴は一時期とはいえ、私の弟子だった男だ。こうなる事は充分に想定できた。平和ボケして、のんきに構えていた私の責任だとも」

「フィオグリフ様……」



 ク、ククク……ククククククク……。



「アシュリー」

「はいっ!」

「リンドはどこへいった」

「あ、え、えーっと……。あなた様の霊力を感知したのか、一時撤退していきました。さっきの呪いは、その置き土産だと……」

「そうか。そうかそうか。ク、ククク……」

「フィオグリフ様……?」



 リンドめ。よくわかった。



「久しぶりに、本当の本気を出すかな」

「えっ、えっ?」

「アシュリー。私はな」

「は、はい」

「私の仲間を傷つける者は、絶対に許さん。事もあろうに、こんなふざけた置き土産を……。舐められているのだ。この私がだぞ? ならば、少々、痛い目に遭わせてやらねばなるまい。生まれてきたことを後悔する程度にな」

「フィオグリフ様ぁ……! わ、ワシごときにために……! 優しすぎて涙が……!

ぐすん……」


 さて、どんな殺し方をしてやろうか。ひと思いに潰すのではつまらんしな。置き土産をしてくれた礼だ。心行くまで堪能してもらわねば。


 あの世への旅を、な。

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