第7話 最強の(元)人間vs最強の怪物!
初めてミリーナと出会った時。コイツは、何の力もない、ただの貴族の娘だった。強いて言えば、ラヴクロイツ家が、当時世界を支配していたらしいとある国家の、名門貴族だった、ということぐらいか。
もう、何万年前の事だったかすら、覚えていない。恐らく、人の世にも、あの国の事など残ってはいないだろう。私も大して興味はなかったしな。
あれからかなりの時が経ったが、人の暮らしはさほど変わっていないように思える。“機械”という変な物が出てきたりはしているが、建物の作りが劇的に変わっているとか、執政方針が様変わりしたとか、そんな事も全くない。少し、不思議だがな。
「変わらんな、ミリーナ」
凄まじい光の柱が立ち上る程の神気を噴き出し、心の底からワクワクしている様子の彼女に、そっと声をかけた。
ただの娘だったコイツが、強者との戦いに高揚感を覚えるほどのバトルジャンキーになってしまったのは、ぶっちゃけ私のせいだ。
家出をし、ふらふらと私の住処に迷い込み、何故かそのまま居着いた、不思議な少女。そんな彼女は、たまに現れる侵入者を一撃で粉砕する私を見て、“あなたみたいに強くなりたい”などと言い出してしまったのだ。当時は勇者などいなかったから、主な侵入者は身の程知らずの魔物共だったが。
「どうしたの、急に。わたしはいつだってわたしだよ?」
「少々、昔を思い出していた。ただのひよっこだったお前が、瞳を輝かせて、私に戦いの教えを請うてきた、あの頃を」
「よく覚えてるね」
「お前は忘れたのか?」
「まさか。フィオと過ごした日々は、今も昔も、一瞬たりとも忘れた事なんてないよ」
「そうか」
「うん」
「実を言うと私は少し忘れていた」
「ひどいなぁ」
「これだけ長く生きていれば、どれだけ大事な記憶でも、色褪せてしまうものだ」
「……そっか。そうだよね」
「ああ」
人間だった頃のミリーナには、寿命という壁があった。オーバーデッドの魔王となった今では、その壁も無くなったが……。ハデスを倒し、再び彼女が人間に戻ったら……。
やはり、いずれ別れは来る……か。
「あ、フィオ。わたしは人間に戻る気なんて無いよ? ハデスを倒したら、今度はフィオがわたしだけに呪いをかけてくれればいいんだよ! そうすれば、ずっと、ず~っと一緒に居られるもん!」
「……む? お前、それでいいのか?」
「当たり前でしょ~。今更、あなたから離れてなんてあげないんだからっ!」
……ふ、ふふ……。
明るくそう言い放つミリーナに、不覚にも私は感動してしまった。
そうか。お前は、こんな私と、無数の命を奪ってきた私のような者と、ずっと、一緒に居てくれるというのか。
……が。
ちょっと泣きそうになっていた私に、彼女は容赦なく、『見えない斬撃』を
「隙有りィ!!」
「ちょ、おまっ!?」
奴の得物である、時空聖剣ラグナロク。
これは、途方もない攻撃範囲と切れ味を誇る逸品で、その気になれば、巨大な山ですら一刀両断してしまうという化け物だ。実際に、ミリーナが山を斬りとばすのを見たことがあるからな。
そんな物を、邪神レベル(仮想だが)にまで力を制限している私に対して不意打ちで振るうとは、なかなかにゲスい事をする。危なく上半身と下半身がサヨナラするところだったぞ。
まあ、別に死なんが。
「貴様……! 人が感動しているところに、斬りかかってくるとは何事だ!?」
「ふっふ~ん? 忘れたのかね、フィオさんや。今は、手合わせの最中なんだよ~? 隙をさらす方が悪いんだよ~だ!」
「…………」
ちょっと出てきていた私の涙を返せ。
この腐れ外道め。それでも(元)勇者か!
「ふ、ふふふ……。そうか、そんなに叩きのめされたいか……! ならばその望み、叶えてやろう!!」
「さっさと来~い! 泣き虫フィオ~!」
「おのれ……! 調子に乗るなよ!」
ミリーナめ……!! 人を馬鹿にしおって!
後で覚えてろよ、外道!
「お返しだ!」
「なんのっ!」
私も、時空聖剣のパチモンで、そっくりそのまま同じ一撃を返した。だが、それを斬撃で相殺するミリーナ。
余波で、異空間の中にある山がいくつか、吹っ飛んでいった。相変わらずの自然破壊っぷりである。私とミリーナがやりあうと、こうなってしまうのだ。
奴は無駄な破壊を嫌うのだが、こういう時は別らしい。そこは、未だによく理解できん。
あっ。
いかん、今はギャラリーが!?
「もういっちょ!」
「待て、ミリーナ!」
「やだ!」
「うぉっ!? 話を聞け、天然勇者!」
「なにおぅ!?」
レラたちの事を思い出し、制止を試みた。だが、そんな私の頑張りも虚しく、再び斬撃を飛ばしてくるミリーナ。
コイツは、本当に……。
「今はレラたちが居るのだぞ!」
「……あっ」
ピタリ。奴の動きが止まった。
私が馬鹿だった。我々が戦うというのに、ギャラリーを置くなどそもそも無謀だったのだ。斬撃を飛ばし合うだけでも、周囲へ及ぼす被害は甚大なものとなる。久し振りすぎて、そんな当たり前のことすら忘れていた。
「や、やば……」
「生きているだろうな……?」
慌てて、レラたちの行方を探す。肉片になっていなければいいのだが。さすがに、こんなくだらない事で命を落としたのでは、奴らが哀れすぎる。
「…………」
「お」
いた。よかった、生きているようだ。
その目は完全に怯えており、何かが降って来やしないかと、キョロキョロ見回しているが。
ああ、レラは割と元気だ。怯えているのは、レンとシイナだけだった。
だが。
「やっと気付いた! ご主人様! ミリーナ様! もっと周りに気を配ってくださいっ! この短い時間で、普通に死にかけましたよ!」
ごもっともである。すまん。というかよく生きていたな。そこに驚きだぞ、我が奴隷よ。
「「面目ない」」
私とミリーナは、二人揃って頭を下げた。返す言葉もないとは、まさにこのことだろう。
……まさか、自分の奴隷に叱られるとは思わなかったぞ……。
「フィオ」
「なんだ」
「結界張ってあげようよ」
「……だな」
「そんな事ができるなら初めからやってください……。この二人が怯えきっているではないですか」
「「面目ない」」
私が悪いのではない。ミリーナが悪いのだ。外道なミリーナが悪いのだ。いきなり攻撃してきたから、結界を張る暇も無かったのだ。そうなのだ。だから私は悪くない。悪くないぞ。
そう自分に言い聞かせつつ、サードリミットも解除し、飛びっきり強固な結界でレラたちを守ってやった上で、再びサードリミットをかけなおし、改めてミリーナと向き合う、私。
「ミリーナ」
「うん」
「真面目にやるか」
「そうだね。もう周りの心配もいらないし、全力全開でいくよ!」
「ふん、上等だ!」
攻撃範囲こそデタラメだが、これまでの攻撃は、全て“ただの斬撃”だ。本当の意味では、ミリーナの全力ではない。
奴の、本当の本気。
つまりは、勇者だけに許される、神気を纏い、放たれる……神技。
ここからは私も少々気合を入れるとしよう。
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