第6話 ミリーナvsイシュディア兄妹!


 この世の物とは思えぬ、幻想的な風景が、目の前に広がっている。ミリーナが作った異空間の中であり、ここでいくら暴れても、外界に影響はないし、ミリーナの神気が漏れ出る心配もない。なので、今は奴もフードを脱ぎ捨てている。輝く金色の髪が眩しい。


「レン君、シイナちゃん! そろそろ、目開けていいよ~!」

「「はい」」


 何故かサプライズにしたいらしい、友人ミリーナの提案で視覚と聴覚を封じていた二人の肩を叩き、それに反応した兄妹が耳を自由にしたところに、明るく声をかけている。

 さて、そのイシュディア兄妹は……。


「……こ、これは……!?」

「すごい、綺麗な所……」


 奴の目論見通り、目を丸くし、驚愕を示していた。まあ、普通の人間は異空間など作れないからな。屋敷の中にいたのに、いきなりこんな世界が目の前に現れれば、誰だって驚く。

 その反応に気をよくしたのか、ミリーナがドヤ顔になっていた。バカ丸出しである。


「私はここに来るのは二回目ですね」

「そうだな。恐らく、今後は幾度となく訪れることになるだろうよ」

「ご主人様が作られる異空間は、どのような場所なのですか?」

「ん? うーむ、そうだな。私が今まで殺した者たちの骸が山のように積み重なっていて、赤黒い溶岩が所々に噴き出している、といった感じだ」

「……な、なるほど。地獄みたいですね……」

「まぁな。私自身、滅多に行かんし」

「そうなのですか?」

「行く必要がないからな。今はミリーナがいるから、尚更だ」

「……私も、こんな場所を作ったり、できるようにならないのでしょうか……」

「どうだろうな? その手の話なら、ミリーナの方が得意だぞ。聞いてみるといい」

「そうなのですか?」

「ああ。私は人間のレベルに合わせてそういう話をするのは、苦手だからな」

「あ、あ~……そういう意味ですか……」


 ドヤ顔を決めるミリーナの後ろで、静かに会話をする私とレラ。

ふむ、異空間を作れるようになりたいのか。暗黒霊術を使いこなせれば容易いのだが、そう上手くはいかんだろうしな……。

できれば、可愛い奴隷の願いを、叶えてやりたいのだが……。


 言ってから気付いたが、そういえばミリーナもあくまで、時空聖剣の力でここを作っているのだったか。やはり、人間の身では難しいのかもしれないな。


「なんかフィオが和やかに会話しているのが、ちょ~っと気にくわないけど……。

レン君! シイナちゃん! 早速、やり合おっか!」


 戯言を呟いた後、時空聖剣を呼び出し、強く握るミリーナ。おいおい、一般人相手にそれを使うつもりか? 殺してしまわないだろうな。


「は、はい! よろしくお願いします!」

「全力で、いいんですよね?」


 姿勢を正し、綺麗にお辞儀をする、レン。

 対照的に、目をギラつかせ、好戦的な表情を見せる、シイナ。バトルマニアなのだろうか。


「レラ。一応、私の隣にいろ。ミリーナの戦闘は、周りに被害を及ぼしがちだからな」

「はい。私はご主人様のお傍にいます」

「うむ」


 レラの手を握り、共に少し下がっておく。時空聖剣を使うとなると、ここら一帯が奴の攻撃範囲になるからな。気を抜いているとレラが危ないのだ。


 そして……。


「いつでもいいよ」


 時空聖剣を片手で・・・握り、空いた左手で、挑発するかのように手を動かすミリーナ。相変わらずの怪力具合だ。


「…………」

「…………」



 沈黙が、辺りを支配する。

さすがに、戦闘が始まろうとしている時に会話をするほど、私は空気が読めない男ではない。



「はっ!」


 レンが動いた。

 地を蹴り、一直線にミリーナの元へと向かっていく。そして、剣を振り上げたが……。


「遅い」

「ぐっ!?」


 その剣を振り下ろす前に、ミリーナがレンの身体を蹴り飛ばした。恐らく、私以外に、この場で、今のミリーナの動きを見切れた者はいないだろう。


「次」

「…………!」


 棒切れのように吹き飛んでいく兄を見て、冷や汗を流す、シイナ。今の一瞬で、力の差を察したのだろう。

 だが、だがしかし。彼女は、引かない。


「はぁぁっ!」


 レン同様、地を蹴り、距離を詰めるシイナ。だが、先ほどとは違い、一直線ではない。バカ正直に向かっても、蹴り飛ばされるのは目に見えているからだ。

 そして、微動だにしないミリーナの背後を取り、二つの剣を振り上げる。


「……!」

「ん」

「えっ!?」


 振り下ろされた二つの剣は、しかし、指一本で弾き飛ばされた。デコピンの要領で、二本共に。常人の目には留まらぬ速さだ。

 尚、ミリーナはシイナの方を向いてはいない。後ろ向きのままで、腕だけを動かしたのだ。身体が柔らかい奴である。


「す、すごい……」

「普段バカっぽいから、強そうに見えないだろうが、あいつは意外とできるのだ」

「そ、そうですね。本当に、意外でした……」


 ミリーナの人間離れした動きに、レラが驚いている。そういえば、奴の戦闘を間近で見るのは初めてなのだったな。まあ私も、久方ぶりに見たのだが。

 それにしても、蹴りに指か……。案外、周りのことを気にして戦っているのか? いや、時空聖剣を振るってしまわないようにしているだけか。なら、何のためにアレを握ったのか、と聞きたくなるがな。


「ほい」

「きゃっ!」


 レンと同様に、今度は妹の身体を蹴り飛ばすミリーナ。何度も言うが、殺してはダメなのだぞ? きちんと加減をしているんだろうな。ちょっと心配になってきたぞ。


「……どうしたの? もう来ないの?」

「うっ、ぐう……」

「いたた……」


 加減、できているとは言えないな。

 蹴り飛ばされた二人は、とても痛そうに呻いている。派手に飛んでいたからな。うむ、ミリーナのバカにやらせた私が間違いだった。こいつ、人を鍛えるには向いていないぞ。


「まだ始まったばかりだよ?」

「ぐ……!」

「い、いたい……」


 呻きながらも、懸命に立ち上がろうとする、レン。そんな彼に対し、少しずつ、少しずつ歩きながら、しかし着実に距離を詰めていくミリーナ。そのままトドメを刺しに行きそうな勢いだ。

 人選ミスか……。さて、一週間で、どうやって鍛えたものかな。だいたい、儀式というのは具体的に何をするのだ? 後でアレクサンドル卿に聞いておかなければならんな。


「ミリーナ、めだ」

「何言ってるの、フィオ。まだ蹴りを一発入れただけだよ? まだまだ立ち上がれるでしょ」

「バカか。相手はちょっと鍛えただけの一般人だぞ。お前と一緒にするな」

「そりゃそうだけど。でも、これで終わりじゃ、さすがにさ」

「…………」


 身体は兄妹の方を向きつつも、ちらちらとこちらを見てくるミリーナ。わかりやすい奴め。

つまり、私と戦いたいんだな。

 ちょうどいい。見取り稽古という言葉があると聞くし、世界最強クラスの(元)人間と、世界最強の怪物との、最強同士の対決というものを、見せてやることにしよう。レラもいるし、ギャラリーは少ないながらも充実している。


「ご主人様……?」

「教官……」

「せんせー……」

「フィオせんせー……」

「誰がフィオせんせーだ。さらっと紛れ込むな」

「なんでわたしだけ!?」


 お前に“せんせー”とか言われると、なんだかムズムズするんだよ。おとなしくフィオとだけ呼んでおけばいいんだ。


「……ふぅ」


 ため息を吐き、前へ出る。


「レン、シイナ。格上同士の戦いを見るのも、訓練のうちだ。よく目に焼き付けておけ。

レラ。二人の治療をしてやれ」

「はい、ご主人様」

「んふふ~。フィオっ! やろっか!」


 ファーストリミット、解除。


 セカンドリミット、解除。


 サードリミットは、外さなくてもいいだろう。いや、外さない方がいい、の間違いだな。うっかりミリーナを殺してしまったら困る。


「ミリーナ。本気で来い」

「当然! どうせわたしの異空間だしね!」

「……自然破壊も、程々にしておけよ。いくら異空間とは言えどもな」

「フィオにだけは言われたくないかなぁ」

「なんだと?」

「破壊具合なら、わたしより遙かに上じゃん」

「ぐ……う、うるさい!」

「ほらまた、そうやってすぐごねる!」

「ごねてなどいない!」

「ごねてますぅ~!」

「えぇい、その口、塞いでやるぞ!」

「へんっ、来いやぁ~!」


 口喧嘩から、私たちの戦いは始まる。


 久々だな。この感覚も……。

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