第2話 暗黒神様、筋肉老領主と対面する


「ようこそ、リアクラフト様。今回は、どのような御用件で?」

「こんにちは。今回私はあくまで付き添いというか、オマケです」

「おや? そうなのですか」


 屋敷に入ると、小綺麗な正装に身を包み、紳士然とした男性が出迎えてくれた。まさか、これがアレクサンドル卿と言うことはないだろうし、恐らくは執事だと思う。

 リアが視線を向けてきたので、私が前に出ようとしたのだが……。フードの影でにっこりと微笑むミリーナに、その怪力でがっしりと腕を掴まれた。おいやめろ。今の私はリミットを全てかけているから、人間程度の力しかないんだぞ。


「フィオ? 黙ってた方がいいって言ったよね?」

「……そうだな」

「わかればよし」

「…………」


 あの言葉は割と本気だったらしい。いや、いいんだ。別にいいんだが、その笑顔をやめろ。なんか、妙に不気味だぞ。

 そして、私が変な汗をかいているのをスルーし、プルミエディアが前に出た。一応はパーティーリーダーである彼女が説明するのが妥当か。うむ、そうだな。


 ふと、リアに抗議の視線を向けてみる。



 ……目を逸らされた。おのれ、ちびっ子め。


「あたしたちはハンターでして。アレクサンドル卿からの依頼を受け、その内容についての説明を受けるためにこうしてやってきました。お取り次ぎをお願いします」

「……まあ、リアクラフト様のお知り合いであるなら、問題はないのでしょうな。承知しました。では、応接室にご案内させて頂きます」

「ありがとうございます」

「いえいえ」


 かつてないほど丁寧な口調で、プルミエディアが喋っている。コイツ、こんな風に話せたのか!


 執事と思しき紳士に連れられ、だだっ広い屋敷を歩く私たち。やたらと部屋が多いが、一際目を引くのが、透き通ったガラスの向こうに見える、人間同士がぶつかりあうフィールドだ。なんとなくコロシアムのそれに似ているが、こっちのは恐らく訓練所だろうな。


「フィオ」

「なんだ」

「やらないか」

「後でな」

「ご、ご主人様? ミリーナ様? い、いったい何を……」


 ミリーナが言っているのは、“後であのフィールド借りて、久しぶりに模擬戦やらない?”ということだ。何故だかレラは勘違いしているようで、顔を赤くし、狼狽えている。


「そりゃあ、フィオと二人きりで、あーんなことや、こーんな事をするに決まってるでしょ~? うふふ」

「な、なな……!?」

「あーんなことや、こーんな事……!?」

「わたしの身体で、フィオが触れてないとこなんて──」

「あ、ミリーナ様。もう着きましたよ」

「って、お~い! いいとこなのに!」

「普段は妙に恥ずかしがり屋なのに、変な時に大胆になりますね、あなたは。それに、お二人とも。いえ、プルミエディアさんも。ミリーナ様の戯言には耳を貸さなくて良いですよ」

「地味に酷いな」


 ミリーナも何やら悪ノリし、レラとついでにアシュリーをからかっていた。が、タイミング良く応接室の前に到着し、リアが冷静な声でそれを告げる。

 そして、執事が頭を下げ、軽く言葉を交わしてから去っていった。どうやら、アレクサンドル卿は既にこの部屋の中に居るようだ。いつの間にか、連絡がいっていたのだな。


 さて。今回私はただの村人Aになろう。話を進めるのは、プルミエディアに任せる。何かあっても、リアやレラがサポートするだろうしな。


 そして、ちびっ子とプルミエディアが視線を交わし、ちびっ子が頷いた。

 コンコン、と二回扉を叩く、ちびっ子。もとい、リア。ちなみに、あんまりちびっ子ちびっ子連呼していると、怒って風霊術をぶちかましてきたりする。やはり気にしているらしい。


「入りたまえ」


 穏やかな、老人の声が聞こえた。


「失礼します」


 リアも、短くそれに応え、扉を開ける。そして堂々とした足取りで部屋に入り、私たちもその後に続いていく。


 応接室の中は、レイグリードの部屋ほどに華美ではないが、伯爵の屋敷というだけはあって、うるさくない程度に煌びやかな装飾品で彩られていた。

 その中央に、長いテーブルがあり、更にその奥に、長い髭をたくわえた白髪の老人が、ほどほどに立派な椅子に腰掛けていた。しかし、老人といってもヨボヨボではなく、むしろ筋骨隆々で、その身に纏った豪華な服の上からでも、鍛え上げられた肉体が確認できる。


 間違いなく、彼こそがアレクサンドル卿だろう。


「我が屋敷へようこそ。まずは適当な椅子に腰掛けるがよい」


 その言葉に従い、アレクサンドル卿とテーブルを挟んで対面する形となっている椅子の中央に、プルミエディアが。その両隣に、リアとレラが。リアの隣にアシュリー、レラの隣にミリーナ、ミリーナの隣に私、という風に座っていく。

 何故だか、アレクサンドル卿から一番遠ざけられてしまった……。


 そして、筋骨隆々の老人が、品定めをするかのように我々を眺めてきた。その後、大真面目な表情で一言。



「美人さんしかおらんのぉ、ヒョホホ」



 なるほど。コレはスケベ爺らしい。私は、そっとファーストリミットを解除し、いつでもミリーナを守れるようにスタンバイした。まあ、リアと良い勝負ができるという程度なら、ミリーナ相手では戦いにもならんだろうが。


「イシュディア伯。お言葉ですが、一人だけ男性が居ますよ」

「なん……じゃと……?」


 リアの言葉に、大きく目を見開き、呆然と呟くスケベ爺。そして、改めて我々を眺めてきた。ものすごく真剣な表情で。


「リアクラフト。嘘じゃろ?」

「本当です」

「嘘じゃろ。どう見ても全員、ビューティフォーな美人さんではないか」

「いえ、嘘を言っても仕方ないでしょう」

「しかし、のう」


 埒が明かないな。こんなくだらない話で時間を無駄にするほど、愚かなことはない。そう考えた私は、さっと手を挙げ、口を開いた。


「アレクサンドル卿。残念だが、私は男だ」

「フィオ、お口にチャック。せめて敬語ぐらい使おうね」

「うるさい。プルミエディアかお前は」

「あ、あたしは“お口にチャック”なんて言わないわよっ!」

「ミリーナ様。良い歳こいてその台詞は、ちょっと……引きます」

「ひどっ!?」

「あー、あー、面倒じゃのう。敬語だとかなんだとか、そんなもんどうでもいいではないか」

「人間は、そういうのを大事にするのよ」

「知っとるが、本当に面倒じゃ」


 何と言うことだろう。私が少し口を開いただけで、連動するかのように騒がしくなってしまった。リアがため息をついているのがうっすらと見え、アレクサンドル卿は口を大きく開け、目を見開いたまま止まっている。


 そして、急に老人が大声で叫ぶ。


「ば、ばばば……バカなぁぁあ!? 男!? 男じゃと!? こんな美人さんばかりの中に、一人だけ、男、じゃとぉぉ!?」

「イシュディア伯、落ち着いてください」

「落ち着けるかっ! ハ、ハーレムではないか! この儂が夢にまで見た……。

いや! 男子にとって、永遠の夢じゃ! それも、ただのハーレムではなく、全員美人!? そんなもの、有り得てたまるかぁぁぁッ!」


 って、おい。何をそんなに興奮しているのかと思えば、そこか。


「こ、このアレクサンドル! 決闘を申し込ぉぉぉむ!! 無論、相手はお主じゃ!」


 はて、何故だろうな。私たちは、いや、私はただ、請け負った依頼の内容を聞きに来ただけだというのに、何故この老人から決闘を申し込まれなければならんのだろう。実に不可解だ。


「えっ、ご主人様と?」

「伯爵さ~ん? やめといた方が……」

「ど、どうするのよ、これ……」

「どうもなりません。まぁ、大丈夫でしょう」


 レラが驚き、ミリーナが苦笑いし、プルミエディアが困惑する。そんな中、何故かリアだけはいつも通り冷静だった。


 そして、空気を読まずに激高するバカが一人。


「き、貴様のような老いぼれが、フィオグリフ様と戦おうなどと、千年早いわ! ワシが成敗してくれるッ!」


 言うまでなく、アシュリーだ。


「頼むからお前は黙っていろ」

「ふきゅん」


 今にもテーブルを蹴飛ばそうとしているアシュリーの後ろに素早く回り込み、手を回して鼻をつまむ。彼女は奇声を上げてから耳を赤くし、へなへなと腰を下ろした。随分とちょろい魔王だ。

 さて、どうするかな。まさか依頼主と一戦交えるわけにもいかんし……。


 よし。


「さぁ、表へ……ッ!?」


 リミットをかけたままの状態で、全開の殺気を浴びせた。戦わずして勝つ、という言葉を体現してみせる以外、この場を丸くおさめる方法が思いつかなかったのだ。

 ファーストリミットは先ほど外してあるので、今のアレクサンドル卿は、魔王から全開の殺気を浴びせられる事と同義の体験をしているはずだ。


「な、何という凄まじい……。お主、いったい何者じゃ……?」

「…………」


 無事、老人が鎮まった事を確認し、全開にしていた殺気を収めた。尚、ミリーナから“お口にチャック”指令を言い渡されているので、無言を貫く。

 そんな私の代わりに、プルミエディアが口を開いた。気を落ち着かせるためか、何度も深呼吸をした上で。


「あたしたちは、ハンターなんです。例のリスキークエストを請け負い、その内容を伺うためにやってきました」

「な、なんと! そうであったか。これは、すまないことをした。勝手に突っかかっていった挙げ句、戦う前に負けるとはのう……」

「屋敷の方は、何も?」

「う、うむ!? いや、そう言われてみれば、依頼がどうとか言っておった、かな……」

「……説明を」

「あ、はい……」


 どうやら、アレクサンドル卿は、怒りのあまり依頼のことを忘れていたらしい。脳まで筋肉なのだろうか。伯爵がこれで、大丈夫か?

おまけに、半眼のリアに冷たく言われただけで、縮こまる始末だ。

本当に猛将なのだろうな?


 とにかく、これでようやく本筋に入れる。

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