第3話 暗黒神様、依頼内容を聞く


「今回、このような形を取った事には、もちろん理由がある。普通、依頼主とハンターが接触する事は、滅多に無いからのぉ」


 落ち着いた様子のアレクサンドル卿が、ゆっくりと口を開いた。またよくわからん事で暴れ出さないとも限らないので、私は引き続きミリーナを、いや、ミリーナたちを守れるようにしておく。


「回りくどい話は好かんし、お主らも無駄な時間を取りたくはないであろう。が、これだけは言っておかねばならん」

「なんです?」

「他言は、無用じゃぞ。オフィスの者たちにもじゃ。そこは、必ず守ってもらう」

「なるほど、わかりました」


 ギラリと、鋭い視線を浴びせてくる老人に対し、コックリと首を縦に振るプルミエディア。わかってはいたが、やはり他の者には知られたくない内容らしい。


 アレクサンドル卿は、満足そうに頷くと、引き続き言葉を繋げた。


「儂には孫が二人おるんじゃ。ちょうどお主らと同年代の、男と女が一人ずつな。そして、その両親……つまりは、儂の息子とその嫁さんは、15年前……。 女子の方の孫を生んでからすぐに、殺されてしもうた」

「15年前……」

「ええ、存じております。確か、イシュディア家を継ぐための儀式で、お二方とも、魔物に襲われ、亡くなられたのでしたね」

「うむ……」


 15年前と言えば、まだプルミエディアは物心がつくかつかないか、といったところだ。外見では一番若いリアが説明できたのは、彼女がオーバーデッドであり、外見と年齢が一致しない存在だからだろう。つまり、少なくともプルミエディアよりは年上ということになる。


「儂としては、息子がどの程度まで成長したのかを確かめるために、ちょっとした試練を課しただけじゃったんじゃがな……」


 とても寂しそうに呟く、アレクサンドル卿。彼は庶民の生まれらしいから、一族に代々伝わる儀式だとか、そんなものはあるわけがない。つまり、息子の力を試すために、自ら考え出した“試練”を、やらせてみたのだろう。


「……すまぬ、話が逸れたな」

「いえ。心中お察しします」

「ふふ、優しい子じゃの」


 自分が考え、送り出した儀式で、息子夫婦が命を落としたとなると、いかに猛将といえど彼の心に大きな傷を残したのだろう。成り上がりとはいえ伯爵なだけはあって、さすがに涙こそ見せないが、その表情はとても寂しそうで、悲しそうだった。


「それで、今回の依頼に関してじゃが……。

一週間後、“儀式”を再び執り行うつもりなんじゃ。儂もそろそろ歳じゃし、お迎えが近い身。さっさと次世代に託さなければならぬからの」

「15年前と同じ物を、ですか?」

「……うむ。兄の方にな。妹は、もう少し歳を重ねてから、嫁に出てもらうつもりじゃ」

「政略結婚、ですか」

「そうなるのぉ。この家は儂が一代で築き上げたもの。故に、伯爵とは思えんほどに土台が貧弱じゃ。今のままでは、儂が死んだ後に、間違いなく混乱が起きるであろう。孫には悪いが、少しでも優秀な貴族と縁を結んでおかなければならんのじゃよ」

「…………」


 元は庶民とはいえ、今は立派な貴族、か。確かに、皇国有数の猛将とまで言われるアレクサンドル卿の跡継ぎが貧弱な青年では、間違いなく他の貴族たちに侮られ、最終的には家諸共取り込まれてしまうだろうしな。

 15年前に犠牲者を出した、忌まわしき儀式を再び執り行うのもやむなし、か。政略結婚についても同様、歴史の浅いイシュディア家の土台を固め、一代で終わらせないためにはどうしても必要なのだろう。


 さて、わざわざ我々にこんな話をしたと言うことは……。


「今回の依頼じゃが、兄の方……レンと言うのじゃがな。アレを鍛え、儀式の際にも、影から護衛してもらいたいのじゃ」


 やはりな、そうきたか。


「気付かれないように、ですね?」

「うむ。儀式の際はな。奴が一人で危険な儀式を完遂した、という事実が重要なのじゃ。そうすれば、奴にも素敵なお嫁さんがやってきて、我が一族もより盤石になるじゃろ」

「言い方は悪いですが、かつてレン君のご両親が亡くなられた程の儀式を、彼一人で突破したとあれば、周りに与えるインパクトは絶大でしょうしね。ご両親は、“ドラゴンキラー夫婦”と呼ばれた凄腕でしたし」

「ドラゴンキラー……」


 15年前の事などよく知らない我々の為だろう。リアがまた、さりげなく補足説明をしてくれた。レラはたぶん知っているだろうが、ミリーナはその頃死んでいたはずだし、アシュリーも同様に封印されていたしな。

 誰ともなく、“ドラゴンキラー”という気になるワードを、ぼそりと呟いたのがその証拠だ。


 まぁ、影から護衛するというのだから、実際にはそのレンという孫だけで儀式を成し遂げた、と言うことにはならないわけだが。そこはきっとアレクサンドル卿が何とかするのだろう。事が終わった後で、鍛えるとかな。


「リアクラフトがおるのなら問題はないと思っておったが、どうやらそれより腕が立つ者もおるようじゃしの。お主ら以上の適役は、今更探しても見つからんじゃろ」

「ありがとうございます。ところで、その“レン様”には、今回の事は……?」

「もちろん内緒じゃ。くれぐれもバレぬように頼むぞ。あの子に紹介する際は、お主らはレンを鍛えるためにやってきた教官、とでも言うつもりじゃから、そのつもりでな」

「わかりました」


 そりゃそうだ。ハナから護衛がいるとわかっていたのでは、儀式にならない。周りにも伝わってしまうだろうし、そのレンという小僧が、“自分だけで、両親も成し得なかった事を成し遂げたぞ!”と思いこむ事が大事なのだ。

 知らない方が良いこともある、というやつだな。うむ。ちょっと小僧が道化っぽいが、まあ仕方あるまい。


「うむ、よろしく頼むぞ!」

「ええ、お任せください」


 満足気に微笑み、手を差し出してくるアレクサンドル卿。その正面にいたプルミエディアが、我々を代表し、がっちりと握手を交わした。

 さて、そうなると……。


「では、早速紹介してやらねばな。今は恐らく訓練所におるじゃろう。ついてくるがよい」


 そう言って席を立つアレクサンドル卿。我々も、遅れないようについていく。

 ドラゴンキラーとまで呼ばれた夫婦の忘れ形見か。果たしてどんな人物なのか、楽しみだな。まあ妹の方は、今回あまり関わることは無さそうだが。

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